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【第四章】
【第十二話】悩み多きお客様⑥
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「良かったな!ヴァイス」
ホッとした顔で言われても、竜紀に対してヴァイスは「…… あぁ」と短い言葉しか返せなかった。これでやっと外を自由に歩ける様になるのはもちろん嬉しく思うが、自分を追い返す為の努力が一つ実ったのだと思うと…… どうしたってやり切れない気持ちになる。
そんなふうに天と地程反応の違う二人の様子を見て、七音はどうしても違和感を抱いてしまう。そもそもヴァイスには戻る気が無いとは知らず、帰る手段に向かって一歩前進したかもしれない割にはどうしたって嬉しそうに見えないのだから当然だろう。
(私と八代さんが話していたら浮気がどうこうって言っていたから、きっとヴァイスさんは八代さんの事が好き…… なんだよね?)
竜紀だけが突っ走り、ヴァイスは嫌々振り回されているだけなのだったら、行き着く結果はどうしたって不幸なものになるはずだ。そう考えてしまうせいで、『彼らはちゃんと意思疎通が出来ているんだろうか?』と、どうしても気になってしまう。お節介かもとは思ってもヴァイスは自分と同じく、違う世界から来た者なのだから折角なら後悔の無い結果に行き着いて欲しいと願う気持ちを七音は捨て切れない。
「ただ、既存品ではどれも何処に身に着けるにしてもサイズが全く合わないので…… 今ある大きめの何かを、イヤリングかイヤーカフに改造する感じでどうでしょう?それでも数日お時間を頂く事になるかと」
「今日中には、流石に無理ですか?」
「そうですね」
ずっと緊急の依頼品につきっきりで七音との時間をこの身はあまり持てていなかった為、エルナトはキッパリとそう言い切った。
実際の所、数時間もあればで魔力の補充までひっくるめて完成品を渡せるだろうが、正直言ってやりたくない。このあとはもう食事をして、風呂に浸かり、七音の添い寝で眠るのだと決めている。
「…… 困ったな、そう何度も巨体のヴァイスを連れ歩くのはリスクが高いのに」
「かといって、近くの宿屋に泊まるのも無理だぞ?」
ぼやく竜紀に対し、ヴァイスが追い打ちをかけた。
「んー…… 近隣での野宿も危険だよね。魔物が居るかもしれないし、そもそも道具が無い。だけど、さっきまで居た烏のヒトに護衛を頼む金銭的余裕なんかも無いしなぁ」
夜盗程度ならヴァイスのみでも対応出来るが、魔物相手となると現状のままでは無理がある。前の世界に居た時並みに魔法を使えたならどんな状況でも対応出来得るだけの力が彼にはあったが、今はせいぜい五分五分といった所だ。
「じゃあ、ここに泊まればいいのでは?」
すっと挙手をしながら、七音が言う。だがそれに対し、エルナトは骨髄反射並みの速度で「嫌です!」と大きな声で却下した。
「…… あ、すみません」
口元を手で塞ぎ、慌てて謝罪はしたがエルナトには撤回する気はない。他の男が七音と同じ屋根の下で眠るだなんてちょっと考えただけでも絶対に許せないからだ。
(夜は何が起こるかわからないんだ、他人なんか同じ家に置いておけるか!)
仕方ないと思いながら深い溜め息をつき、渋い顔をしながら、「…… 今から作りましょう」とエルナトが二人に伝えた。
「え、でもそうだとしても、もう汽車の最終が…… 」
「僕は移動魔法が使えると言いましたよね?八代神社の場所は把握していますから、どんなに遅くなっても家まで直接お送り届けしましょう」
そう言ってエルナトが前髪を軽く掻きむしる。今日もまた残業かと思うと気が重くってしょうがない。
そんな様子のエルナトの横で口元を少し綻ばせた七音の表情をヴァイスは見逃さなかった。エルナトからこの言葉を引き出せると確信して、『ここに泊まれば』と言ったんだなと悟った。
「じゃあ僕は、作業室にまた戻ります。はずれにくさを考えて魔装具はイヤーカフにしようかと思いますが、使用者的にはどうですか?そうそう、今回は時間がありませんから、デザインや色などといった苦情は一切受け付けませんから悪しからず」
ニコッと笑った表情を浮かべてはいるが、纏う空気が表情と全く一致していない。装具に対して特にこだわりも無い為ヴァイスは「あぁ」と短く答えたが、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「私は、お茶のおかわりでもお持ちしますね。そうだ、時間も時間ですから、お二人に軽食もお出ししましょうか」
チラリと時計を見上げ、七音が言う。微かに美味しそうな匂いが居住スペースから漂ってきているせいで彼女自身空腹になってきていた。
「そうですね。それらはクルスに用意させましょう。準備が出来たら呼びますから、ナナリーはこちらへ運ぶのだけお願いします」
「わかりました」と頷く七音に対し、「じゃあ、お疲れ様です。ナナリーはもう奥で休むといいですよ」と言い、エルナトが彼女の背中を軽く撫でる。
「いえ、お客様だけを店に放置するわけにはいきませんから、私はここで接待していますね」
素直に従わぬ七音の態度のせいで、エルナトの胸の中でちりっと黒い何かが燃える様な感覚が生まれた。だがここで彼女の腕を無理に掴み、この感情のまま奥に連れ帰りでもしたら今後一切信用して貰えなくなる。
…… そうなれば、今までの全てが台無しだ。
ぐっと不快な感情を吐き出すのを堪え、エルナトが「…… では、お願いしますね」と少し首を傾げながら笑顔でそう口にする。抱いている感情のせいでエルナトは少し不自然な表情になってしまったが、七音はそんな彼に対し、優しい笑みを返しながら無言で頷いたのだった。
ホッとした顔で言われても、竜紀に対してヴァイスは「…… あぁ」と短い言葉しか返せなかった。これでやっと外を自由に歩ける様になるのはもちろん嬉しく思うが、自分を追い返す為の努力が一つ実ったのだと思うと…… どうしたってやり切れない気持ちになる。
そんなふうに天と地程反応の違う二人の様子を見て、七音はどうしても違和感を抱いてしまう。そもそもヴァイスには戻る気が無いとは知らず、帰る手段に向かって一歩前進したかもしれない割にはどうしたって嬉しそうに見えないのだから当然だろう。
(私と八代さんが話していたら浮気がどうこうって言っていたから、きっとヴァイスさんは八代さんの事が好き…… なんだよね?)
竜紀だけが突っ走り、ヴァイスは嫌々振り回されているだけなのだったら、行き着く結果はどうしたって不幸なものになるはずだ。そう考えてしまうせいで、『彼らはちゃんと意思疎通が出来ているんだろうか?』と、どうしても気になってしまう。お節介かもとは思ってもヴァイスは自分と同じく、違う世界から来た者なのだから折角なら後悔の無い結果に行き着いて欲しいと願う気持ちを七音は捨て切れない。
「ただ、既存品ではどれも何処に身に着けるにしてもサイズが全く合わないので…… 今ある大きめの何かを、イヤリングかイヤーカフに改造する感じでどうでしょう?それでも数日お時間を頂く事になるかと」
「今日中には、流石に無理ですか?」
「そうですね」
ずっと緊急の依頼品につきっきりで七音との時間をこの身はあまり持てていなかった為、エルナトはキッパリとそう言い切った。
実際の所、数時間もあればで魔力の補充までひっくるめて完成品を渡せるだろうが、正直言ってやりたくない。このあとはもう食事をして、風呂に浸かり、七音の添い寝で眠るのだと決めている。
「…… 困ったな、そう何度も巨体のヴァイスを連れ歩くのはリスクが高いのに」
「かといって、近くの宿屋に泊まるのも無理だぞ?」
ぼやく竜紀に対し、ヴァイスが追い打ちをかけた。
「んー…… 近隣での野宿も危険だよね。魔物が居るかもしれないし、そもそも道具が無い。だけど、さっきまで居た烏のヒトに護衛を頼む金銭的余裕なんかも無いしなぁ」
夜盗程度ならヴァイスのみでも対応出来るが、魔物相手となると現状のままでは無理がある。前の世界に居た時並みに魔法を使えたならどんな状況でも対応出来得るだけの力が彼にはあったが、今はせいぜい五分五分といった所だ。
「じゃあ、ここに泊まればいいのでは?」
すっと挙手をしながら、七音が言う。だがそれに対し、エルナトは骨髄反射並みの速度で「嫌です!」と大きな声で却下した。
「…… あ、すみません」
口元を手で塞ぎ、慌てて謝罪はしたがエルナトには撤回する気はない。他の男が七音と同じ屋根の下で眠るだなんてちょっと考えただけでも絶対に許せないからだ。
(夜は何が起こるかわからないんだ、他人なんか同じ家に置いておけるか!)
仕方ないと思いながら深い溜め息をつき、渋い顔をしながら、「…… 今から作りましょう」とエルナトが二人に伝えた。
「え、でもそうだとしても、もう汽車の最終が…… 」
「僕は移動魔法が使えると言いましたよね?八代神社の場所は把握していますから、どんなに遅くなっても家まで直接お送り届けしましょう」
そう言ってエルナトが前髪を軽く掻きむしる。今日もまた残業かと思うと気が重くってしょうがない。
そんな様子のエルナトの横で口元を少し綻ばせた七音の表情をヴァイスは見逃さなかった。エルナトからこの言葉を引き出せると確信して、『ここに泊まれば』と言ったんだなと悟った。
「じゃあ僕は、作業室にまた戻ります。はずれにくさを考えて魔装具はイヤーカフにしようかと思いますが、使用者的にはどうですか?そうそう、今回は時間がありませんから、デザインや色などといった苦情は一切受け付けませんから悪しからず」
ニコッと笑った表情を浮かべてはいるが、纏う空気が表情と全く一致していない。装具に対して特にこだわりも無い為ヴァイスは「あぁ」と短く答えたが、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「私は、お茶のおかわりでもお持ちしますね。そうだ、時間も時間ですから、お二人に軽食もお出ししましょうか」
チラリと時計を見上げ、七音が言う。微かに美味しそうな匂いが居住スペースから漂ってきているせいで彼女自身空腹になってきていた。
「そうですね。それらはクルスに用意させましょう。準備が出来たら呼びますから、ナナリーはこちらへ運ぶのだけお願いします」
「わかりました」と頷く七音に対し、「じゃあ、お疲れ様です。ナナリーはもう奥で休むといいですよ」と言い、エルナトが彼女の背中を軽く撫でる。
「いえ、お客様だけを店に放置するわけにはいきませんから、私はここで接待していますね」
素直に従わぬ七音の態度のせいで、エルナトの胸の中でちりっと黒い何かが燃える様な感覚が生まれた。だがここで彼女の腕を無理に掴み、この感情のまま奥に連れ帰りでもしたら今後一切信用して貰えなくなる。
…… そうなれば、今までの全てが台無しだ。
ぐっと不快な感情を吐き出すのを堪え、エルナトが「…… では、お願いしますね」と少し首を傾げながら笑顔でそう口にする。抱いている感情のせいでエルナトは少し不自然な表情になってしまったが、七音はそんな彼に対し、優しい笑みを返しながら無言で頷いたのだった。
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