愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第四章】

【第九話】悩み多きお客様③(ヴァイス・談)

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 手当てをするのを竜紀りゅうきに拒否されてしまった。今までもずっと、オレの行為の何もかもが断られ続け、もうこれで何度目なのかもわからない。
 初対面以降、どんなに心を尽くそうとしても距離を置こうとされ、『娶りたい』『番になって欲しい』との要求を伝えて以降は一度だってまともに話も聞いてはくれない。竜紀にも事由があるのはわかっているが、せめてこちらの言い分や事情、想いを多少なりとも聞いて欲しいのだが…… 現状のままでは到底無理そうだ。この機会に何かが変わればと思うが、頼んだ馬車が神社まで迎えに来られなかった件から始まり、呪われでもしているみたいに何もかも上手くいかない。これらは全てオレの願いを叶える為の試練だとでも考えられれば良いのだろうが、こうも事が進まないと流石に心が折れそうだ。

 烏の面を着けたクルスとかいう者が奥へと引き下がり、残った四人でお茶とお菓子の並んだテーブルを囲み、それぞれが一息つく。
 竜紀の肩の傷は申告通りそれ程深くは無く、幸い絆創膏を貼るだけで済んだが、服の方は今もまだ破けたままだ。手当てを断られてしまった手前、治癒魔法も修復魔法も使えなかったのが悔やまれる。どんな理由があろうとも絶対にオレを頼りたくないそうだ。ここまで頑なに距離を取ろうとされるのはかなり傷付くので勘弁して欲しいのだが、そう思う事さえも竜紀にとっては迷惑な感情らしい。

『お前はいずれ帰るんだから、情が移ってもお互いに良い事無いよ』

 随分前に、オレの顔も見ずに竜紀が言った言葉が耳の奥にまだ残っている。彼の言い分もわからなくはないが、それはあくまでも、元居た場所へ帰る意志と理由のある者に対する言葉だ。

「えっと、お悩みは確か、古書店へ入る為にヴァイスさんの威圧感をどうにかしたいとの事でしたよね?」

 淡々とした口調でエルナトが竜紀に問い掛けた。
「そうです。彼はその…… 早々に帰るべき場所があるんですが、自分ではその方法が全くわからないらしく、帰る手掛かりになる様な情報が何処かにないかと思って。魔法や伝承に詳しい人に会ったり、行ける範囲内にある図書館はしらみつぶしに当たってもみたんですが、学生でしかない身では禁書を観覧なんかさせては貰えないし、そもそも魔法に関する書籍なんか入門編すらもヒト型の僕では理解不能で。結局何にも参考になるものは見付けられませんでした」
「んー…… 。移動系の魔法を探したいとなると、魔塔に当たってみるのが一番でしょう。が、貴方がヒト型である時点で魔塔に保存してある書簡や書籍も観覧出来ません。なので向かいの古書店に目を付けたまでは正解だったかと思いますよ。あの店主は魔塔とアカデミーの図書館の管理者の一人ですから」
「ですよね。…… 色々な人達から同じ様な話を聞いて僕もそう思ったんですけど、昨日直接お願いしてみても、『無駄ですね』と一蹴されてしまって。でもまぁ…… 僕だけじゃ同じ話の繰り返しになっちゃって、詳細を説明出来ていないせいもあるかと思います。なので今日は当人を連れて出直したら、この様です」と言い、竜紀が深いため息をついた。

 オレ的には別に故郷へ帰る気なんか最初から無いのだが、どうぜ言っても無駄だと感じ、口に出来ない。二人が離れる為だとはいえ、こうやってオレの為に時間を割いてくれている事実だけが、同種の居ないこの場所では唯一心の安定に繋がっている状態だ。

「…… 移動魔法は、魔塔…… か」

 ナナリーと呼ばれる少女がぽつりと呟く。無意識に出たその小さな一言に竜紀は全く気が付いてもいなかったが、彼女の隣に座るエルナトの目が一瞬だけ鋭く光った。獲物を逃すまいとする野獣に近い色だ。随分と厄介な者に目を付けられている様だが、オレには関係の無い事なのでわざわざ警告を与える真似はやめておこう。
「移動系の魔法であれば僕が使えますが、目的地までの距離はどのくらいなんでしょう?」
「…… そ、それが、その…… 」
 問い掛けられ、言っても信じてもらえるだろうか?と不安気な瞳をした竜紀が、オレの方へ助けを求めてきた。この店の二人は信じても良い相手なんだろうか?という思いが捨て切れないが、次々に説明を求める視線をこちらに向け始めたとあっては自分の口からちゃんと話さねばならないだろう。
「…… あー…… 。ナナリーとか、いったか」
「え?あ、はい」
 急にオレが話しかけたからか、軽く肩が震えた。風貌の声で怖がっているというよりは、ただ自分が話し掛けられるとは思ってもいなかっただけみたいで、表情は柔らかいものだった。

「最初に言っていくが、オレは“ヨミガエリ”じゃない」
「ん?…… えっと、わかりました」

 何故釘刺された?と言いたそうな顔をされたが、それでも頷いてくれる。数日前から“ヨミガエリ”がこの県内に出現したらしいから、仮面をしていない獣人型である彼女に無駄な期待を持たせる真似はすまいと思っての言葉であると、きっとすぐにわかってもらえるだろう。
 よしっと決意し、頭から深く被ったフードを脱ぐ。そして竜紀の神社で保管されていた木製の白狐の面をもオレが外すと、案の定ひどく驚いた顔をされたのだが…… それはエルナトの方だけで、ナナリーの瞳は予想外にキラキラと輝きだした。

白狐びゃっこの面をした白虎びゃっこって、何か言葉遊びみたいでいいですね」

「…… そ、そうか?」
「はい!」とナナリーに力強く言われ、首を傾げたくなる。冗句か何かだと思われているのなら、きちんと否定するべきだろうか?ただ単に竜紀の住む神社で祀っているのが七尾の白狐だから、家にあった面もそうだったというだけの話なのだが。

「その姿は、なんですか?…… 貴方は、一体何処から来たんですか?」

 動揺しているのが明らかな声でエルナトに訊かれた。そうだ、本来ならこれが正しい反応だ。オレのこの姿はこの世界には絶対に存在し得ないものだからだ。なのにナナリーの方は相変わらず瞳だけを輝かせたままの状態なのは、もしかしたら彼女も別の…… いや、今は触れるべきでは無いか。
 指先の裂けてしまった手袋を脱ぎ、獣と変わらぬ手を三人の前に晒す。獣人型と呼ばれ、獣の様な耳や尻尾、能力を身に付けている者達が当たり前に居るこの世界でも、やはりオレの姿は異質な存在の様だ。

「…… オレは、白虎族のヴァイス。つがいを諦められずに、この異世界まで渡って来た者だ」
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