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【第四章】
【第六話】魔装具店のお客さん④
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クルスと共にプレゼント品の焼却処分をした後、七音はちょくちょくエルナトから『お茶を淹れて欲しい』とか『机の上にある書類の整理を頼みたい』などといった今までもさせて貰えた程度の仕事を任されはしたが、基本的に暇な時間の方が多かった。だが『休憩でもしていて』と言われて何もかも任せて貰えないよりはずっといいので『はい!喜んでぇ!』と居酒屋の店員並みの意気込みで彼女は仕事を引き受け続けた。エルナトとクルスが頼み馴れしてきたら、もっと多くの仕事を頼んでくる様になるかもしれないと内心考えている事は、当然二人には秘密だ。
合間合間に、『こっちでも何か任せてもらえるお仕事はないかな?』と思いながら七音がこそっと店内を覗くと、店の方は相変わらずの状況だった。たまに客が来ても棚に並ぶ魔法薬を購入する為に男性が数人入った程度で、それ以外の時間、クルスは自分が仮面をしているのをいい事に座ったまま居眠りをしていた。
(彼だったら、学校の先生の前で堂々と居眠りしていてもバレないかも)
仮面のおかげももちろんあるだろうが、たとえそれを差し引いても、心の中で七音がそう断言出来るくらい綺麗な姿勢のまま居眠りしていたクルスの姿には感動を覚えるレベルだ。
初対面時には彼はもっと無愛想なタイプかと思っていたのだが、意外にも客が来た時の対応も居眠り姿並みに完璧で、とても丁寧なものだった。『…… 何故あれ程しっかり対応してるのにクルスさんのファンはゼロなんだろう?仮面をしていてもバレそうな気がするくらいにカッコイイのに』と七音は不思議に思った。だが客の態度をよくよく思い返してみると、皆が皆嬉しそうな顔をしていた気がする。黄色い声をあげたりといった露骨なものではないが、まるでスポーツ選手や有名な学者を前にした時の人達みたいな反応だった。
(あれ?もしかして、クルスさんは男性受けするタイプなのかも)
特殊な誕生の仕方をする“ヨミガエリ”は別として、獣人型はエルフ型とは違って魔法を使えない分、身体能力がとても優れている。強者に憧れる感情は誰しもあるものだろうが、男性はより一層その傾向が強いだろう。となると、見目麗しさを惜しげもなく公開しているエルナトよりも、獣人であるクルスの方に軍配が上がるのかもしれない。仮面で素顔が見えなくとも、綺麗な顎のラインや服の上からでも感じ取れる無駄のないアスリート級の筋肉は想像力を刺激されるものがあるから、クルスにだってファンがいてもおかしくはないはずだ。
(…… クルスさんの方は、真っ当なファンばかりっぽくて良かった)
彼らがクルスのファンであるとは断言出来ないまでも、可能性は捨て切れない。
エルナトのファン達は常軌を逸した印象だったが、クルスの周囲は違うみたいだ。七音はそう考えると、その事がちょっと嬉しく思えた。
◇
閉店時間である十七時まであと少しとなった。
先立ってやっていても支障が無い範囲でクルスが店の片付けを始める。今はバックヤードの方に居る七音はその事に気付かぬまま、エルナトの居る作業部屋をちょっとづつ、こっそり整理整頓していた。追い込みのタイミングだったおかげで彼女の動向を気にする余裕が無く、ただ『ナナリーが同じ部屋に居る』という事実のみに安堵している。それを知ってか知らずか、七音は性格を表すかの様に、静かに、且つ丁寧にひっそりと片付けをし続けた。物音を立てない様に気を使うのは案外簡単で、『もしかしたら自分が今は獣人型であるおかげかも』と誇らしい気持ちが湧いてくる。この体になってからまだたった四日目でしかないが、すっかり扱いに慣れてきた気もした。
(…… 体への違和感も無いし、是非とも魔法の練習もしたいけど、そんな機会はあるだろうか?)
並行世界への移動魔法となると術式が思い付くかが難問ではあるものの、最大のネックは体に眠る膨大な魔力をきちんと扱い切れるかどうかだ。術式をきちんと組めても、適切な魔力を混ぜる事が出来なければ暴走し、最悪の場合は死に至るだろう。
帰還か、死か。
そのくらいの覚悟が必要な程、別の世界への長距離転移魔法は難儀を極めるに違いない。ランダムにではなく、特定の世界を指定してとなると尚更だ。その為にはただひたすら加減を覚える為にも練習あるのみなのだが、エルナト達の目を掻い潜ってとなると、七音は段々とそれこそが術式を組む以上に最も難しい気がしてきた。
(いや、きっとチャンスはあるはず。足掻く前に諦めるなんて、絶対にしないんだから)
エルナトとクルスの過保護っぷり、難易度の高い術式の発見、魔力の扱い——
それ以上に解決のしようがない、もっと根本的な大問題がハッキリと『猫でもわかる世界の不思議』には書かれていたのだが、七音は完全に失念している。が、過去一番前向きな気持ちになっている彼女がその事に気が付く気配は無い。その事実に直面した時に事実を受け止め切れるかは受けるショックは相当なものであろうが、その心にエルナトとクルスは間違いなく付け込んでくるに違いないだろう。円満に、互いが望む形に収まればいいのだが、現状のままでは難しそうだ。
「んー!やっと終わりましたよ」
腕を高く伸ばし、背中を後ろに反らせながらエルナトが大きな声をあげた。
「お疲れ様です。お茶でも淹れましょうか?昨日のお菓子もまだ残っていますから、それも出しますか」
『こっそりと、頼まれてもいないお片付けなんかしていないんだから』とでも言わんばかりの笑顔を七音がエルナトに向ける。
「いいですね。じゃあお茶を淹れる道具を一式持って来てだけ貰えますか?淹れるのは僕がやりましょう」
有無を言わさぬ微笑みをエルナトが浮かべた。
「ついでにクルスも呼びましょう。もう店も終わりますし、あれもそろそろお茶を飲みたい頃ですから」
「わかりました」と答え、七音が店の方に居るクルスの元に向かう。それと同時に「いらっしゃいませ」と言うクルスの声がエルナトと七音の耳に届いた。
(閉店間近になったタイミングで客とは。すぐに対応し終える事が出来れば良いが)
とクルスは思ったが、客の顔を見た瞬間、その考えはすぐに捨てる事にした。
合間合間に、『こっちでも何か任せてもらえるお仕事はないかな?』と思いながら七音がこそっと店内を覗くと、店の方は相変わらずの状況だった。たまに客が来ても棚に並ぶ魔法薬を購入する為に男性が数人入った程度で、それ以外の時間、クルスは自分が仮面をしているのをいい事に座ったまま居眠りをしていた。
(彼だったら、学校の先生の前で堂々と居眠りしていてもバレないかも)
仮面のおかげももちろんあるだろうが、たとえそれを差し引いても、心の中で七音がそう断言出来るくらい綺麗な姿勢のまま居眠りしていたクルスの姿には感動を覚えるレベルだ。
初対面時には彼はもっと無愛想なタイプかと思っていたのだが、意外にも客が来た時の対応も居眠り姿並みに完璧で、とても丁寧なものだった。『…… 何故あれ程しっかり対応してるのにクルスさんのファンはゼロなんだろう?仮面をしていてもバレそうな気がするくらいにカッコイイのに』と七音は不思議に思った。だが客の態度をよくよく思い返してみると、皆が皆嬉しそうな顔をしていた気がする。黄色い声をあげたりといった露骨なものではないが、まるでスポーツ選手や有名な学者を前にした時の人達みたいな反応だった。
(あれ?もしかして、クルスさんは男性受けするタイプなのかも)
特殊な誕生の仕方をする“ヨミガエリ”は別として、獣人型はエルフ型とは違って魔法を使えない分、身体能力がとても優れている。強者に憧れる感情は誰しもあるものだろうが、男性はより一層その傾向が強いだろう。となると、見目麗しさを惜しげもなく公開しているエルナトよりも、獣人であるクルスの方に軍配が上がるのかもしれない。仮面で素顔が見えなくとも、綺麗な顎のラインや服の上からでも感じ取れる無駄のないアスリート級の筋肉は想像力を刺激されるものがあるから、クルスにだってファンがいてもおかしくはないはずだ。
(…… クルスさんの方は、真っ当なファンばかりっぽくて良かった)
彼らがクルスのファンであるとは断言出来ないまでも、可能性は捨て切れない。
エルナトのファン達は常軌を逸した印象だったが、クルスの周囲は違うみたいだ。七音はそう考えると、その事がちょっと嬉しく思えた。
◇
閉店時間である十七時まであと少しとなった。
先立ってやっていても支障が無い範囲でクルスが店の片付けを始める。今はバックヤードの方に居る七音はその事に気付かぬまま、エルナトの居る作業部屋をちょっとづつ、こっそり整理整頓していた。追い込みのタイミングだったおかげで彼女の動向を気にする余裕が無く、ただ『ナナリーが同じ部屋に居る』という事実のみに安堵している。それを知ってか知らずか、七音は性格を表すかの様に、静かに、且つ丁寧にひっそりと片付けをし続けた。物音を立てない様に気を使うのは案外簡単で、『もしかしたら自分が今は獣人型であるおかげかも』と誇らしい気持ちが湧いてくる。この体になってからまだたった四日目でしかないが、すっかり扱いに慣れてきた気もした。
(…… 体への違和感も無いし、是非とも魔法の練習もしたいけど、そんな機会はあるだろうか?)
並行世界への移動魔法となると術式が思い付くかが難問ではあるものの、最大のネックは体に眠る膨大な魔力をきちんと扱い切れるかどうかだ。術式をきちんと組めても、適切な魔力を混ぜる事が出来なければ暴走し、最悪の場合は死に至るだろう。
帰還か、死か。
そのくらいの覚悟が必要な程、別の世界への長距離転移魔法は難儀を極めるに違いない。ランダムにではなく、特定の世界を指定してとなると尚更だ。その為にはただひたすら加減を覚える為にも練習あるのみなのだが、エルナト達の目を掻い潜ってとなると、七音は段々とそれこそが術式を組む以上に最も難しい気がしてきた。
(いや、きっとチャンスはあるはず。足掻く前に諦めるなんて、絶対にしないんだから)
エルナトとクルスの過保護っぷり、難易度の高い術式の発見、魔力の扱い——
それ以上に解決のしようがない、もっと根本的な大問題がハッキリと『猫でもわかる世界の不思議』には書かれていたのだが、七音は完全に失念している。が、過去一番前向きな気持ちになっている彼女がその事に気が付く気配は無い。その事実に直面した時に事実を受け止め切れるかは受けるショックは相当なものであろうが、その心にエルナトとクルスは間違いなく付け込んでくるに違いないだろう。円満に、互いが望む形に収まればいいのだが、現状のままでは難しそうだ。
「んー!やっと終わりましたよ」
腕を高く伸ばし、背中を後ろに反らせながらエルナトが大きな声をあげた。
「お疲れ様です。お茶でも淹れましょうか?昨日のお菓子もまだ残っていますから、それも出しますか」
『こっそりと、頼まれてもいないお片付けなんかしていないんだから』とでも言わんばかりの笑顔を七音がエルナトに向ける。
「いいですね。じゃあお茶を淹れる道具を一式持って来てだけ貰えますか?淹れるのは僕がやりましょう」
有無を言わさぬ微笑みをエルナトが浮かべた。
「ついでにクルスも呼びましょう。もう店も終わりますし、あれもそろそろお茶を飲みたい頃ですから」
「わかりました」と答え、七音が店の方に居るクルスの元に向かう。それと同時に「いらっしゃいませ」と言うクルスの声がエルナトと七音の耳に届いた。
(閉店間近になったタイミングで客とは。すぐに対応し終える事が出来れば良いが)
とクルスは思ったが、客の顔を見た瞬間、その考えはすぐに捨てる事にした。
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