愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第四章】

【第五話】魔装具店のお客さん③

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 数十歩程度歩いて行き着いた先は、不用品や処分予定の物ばかりが集められた感のある二畳半程度しかない縦長の狭い部屋だった。壁側一面に天井まである高い棚があり、中には壊れた物がそのまま無造作に置かれている。明かり取り用の窓が上に方にあるにはあるがかなり小さく、あまり役には立たなさそうだ。上からぶら下がる照明は剥き出しのままの電球で、『…… お話に出てくる、お仕置き部屋っぽいや』と思った七音の肩が寒気でブルッと震えた。

「あの中に入れてある物を焼却しておきたいんだ」

 クルスの指差した先を見ると、部屋の最奥にドラム缶を半分に切った感じの丸い筒状の物が置かれていた。何度も使った物なのか、表面に黒く焦げた箇所が幾つもある。

(あれを外にでも運んで使うのかな?)

 ドラム缶の側に立ち、クルスと七音が揃って中を覗く。中には無造作にラッピングを破った後のプレゼントっぽい品や手紙の束が沢山放り込まれていた。
「うっ!」
 七音が反射的に顔を顰め、口と鼻を手で強く覆った。呼吸の過程で自然と吸い込んでしまった空気の匂いが、色々な種類の香水やお菓子と混じり合い、完全に異臭と化していたからだ。それに加え、何やら気味の悪い臭いも混じっている。血のような、ヒトの皮脂や時間の経過した唾液っぽい臭いまで感じ取り、七音は動物的な動きで咄嗟に一歩後ろへと下がった。
「あぁ、俺達の様な獣人型にはキツイよな。悪い…… んな事に付き合わせて」
「いえ、付き合うと言ったのは私ですから」
 とは言ったものの七音は少し後悔していた。魔力を使って解析せずとも分かる程、ドラム缶の中からは悪臭に混じって呪術に近いものまで漂っている。この体は魔力量が多いせいで何もせずともそれらを自然と感じ取ってしまうみたいだ。部屋に入った途端に感じた寒気はこのせいだったのかと七音はすぐに納得した。
「一昨日貰った品なんだが、昨日はバタバタしていたからな。すっかりこの存在を忘れてたんだよ」
「…… お客様からの、プレゼントですか?」
「まぁ、そうだな。コレを贈り物と括るのが正しいかは、疑問しかないけどな」

(確かに…… )

 それぞれがお気に入りの香水を振りかけたであろう何通もの恋文っぽい封筒。髪の毛を糸に編み込んだ物を使って刺繍した模様の入るハンカチ。血を混ぜた染料で染め上げた手作りの手袋。唾液の混じるクッキーといったお菓子類。盗聴機能のある小型ゴーレムの置物や監視魔法をかけたぬいぐるみもドラム缶の中には詰め込まれていたが、それらはもうエルナトの手によって既に機能停止状態になっていた。
「ヒト型は魔力が無いからな。大枚叩いて変な物を買ったり、こういったおまじないに縋る者が多いんだよ」
「お、おまじない…… ですか」

(『好き』の度合いがいき過ぎて、もうコレ、“おまじない”の域を超えて呪いと化しているんですけど…… )

『彼は私だけのモノよ』
『誰にも渡したくない』
『カッコイイ彼氏を連れ歩いて、みんなに自慢したい』
『振り向いて欲しい、手に入れたい——』

 受け取るエルナト相手の感情なんか度外しした身勝手な思いがたっぷり閉じ込められた物を、『贈り物』と言うのは確かに躊躇うものがある。愛情というよりはもう、ただの我欲しか感じられない。心からエルナト自身に惚れているというよりは、見た目のいいいブランドモノを持ち歩きたい欲求に駆られているに近い感情だ。

『みんなが憧れるモノを手に入れて、自分だけが勝ち組になりたい』

 そんな身勝手な感情の篭った物なんて早々に廃棄したいと思うエルナトとクルス二人の気持ちが、七音は痛い程理解出来た。
「これ、外に運ぶんですか?」
 ポケットから取り出したハンカチを三角に折って口元を隠し、後頭部でしっかりと縛る。イヤでも感じ取ってしまう不快な念に対してこんなをしたって気休めにしかならなくても、少しだけマシな気がした。
「いや、このままで大丈夫だ。エルナトの魔法がかかっているから、此処で焼却しても火事にはならないからな」

「じゃあ、さっさと燃やしてしまいましょう!」

 力強く拳を握り、七音が言う。ちょっと驚いた顔をクルスがしたが、「あぁ、そうだな」と言った時にはもう笑顔に戻っていた。

(…… やっぱり、ナナリーの隣は心地いい)

 汚物としか例えようが無い物を前にして感じる不快感すらも綺麗に拭い去ってくれる七音の声と態度が、クルスの心にじんわりと広がっていく。こんな物を押し付けてくる客達の感情と、七音へ抱く自分の感情にはほとんど差が無いとわかってはいても、『こんなナナリー彼女だからこそ、どうしても手に入れたい。自分のモノにしたい。このまま地下室にでも閉じ込めて、永遠に誰の目にも触れない様にしてしまいたい——』と心底願ってしまう。

汚物コレらと同じ想いを俺が君に抱いていても、君はそれでも、俺に対してこの先もずっと…… 笑っていてくれるんだろうか?)

 そんな疑問は口にせず、クルスが近くの棚に置かれたマッチ箱を手に取った。中から一本取り出し、火を付けてドラム缶の中にぽんっと放り込む。すると事前に油でもかけてあったみたいに火が瞬く間に燃え広がり、中にあった品は一瞬で灰と化した。火で浄化でもしたみたいに、不快なモノが全てドラム缶の中から消えていく。七音が口元からハンカチを避けても、もう何も変な臭いは感じ取れなくなった。


「さて、次はっと…… 」
 クルスが棚にしまってあった一冊のノートを手に取り、後半のページを開く。そしてドラム缶の中から少しだけ灰を掬い取ると、開いてあったページの上にそれを振りかけた。
「あ、熱くないんですか?」
 驚き、七音の声が震えた。仕掛けのおかげか中の火はもうすっかり消えているが、灰に熱は残っているはずだと思ったからだ。
「平気だ。エルナトがその辺の調整はしておいてくれているからな」
 魔法万歳。自分だって魔法世界で育ったくせに、こういった方向には魔法を利用した経験の無い七音は感心するばかりだ。
「これでよしっと」
 灰を振りかけた本の上で灰が勝手にうねうねと動き出し、文字として定着していく。七音がそっと覗き込むと、そこには誰から何を貰ったのかや、受け取った日付などの情報が詳細に書き込まれていた。
「これは目録ですか」
「あぁ。『贈った物、使って頂けましたか?』とか『使い心地は?』だ『味は』どうだと色々訊かれる場合もあるからな。客商売だとあまり蔑ろにも出来ないし、情報として一応保存しておくんだ。…… 食い物は全て『食べられちゃって』と言って誤魔化しているけどな」
「なるほど」と言って、七音が頷く。一連の作業の流れは理解出来たので次回からは是非とも私がやる!と志願しようと心に決めた。

(こんな感情にいつまでも晒され続けていたら、エルナトさんの心が壊れちゃうからね)

 そんな気遣いがより一層、彼らの七音に対する執着心を助長する事になるのだと気付かぬまま、客達の歪んだ感情の焼却作業は幕を閉じた。
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