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【第四章】
【第三話】魔装具店のお客さん①(雨宮七音・談)
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そういえば、エルナトは作業部屋に篭ったままだ。
という事は今日は私が店番をする感じかな?
「この看板を店の前にかけて来てもらえるか?」
「了解です」
クルスに渡された鎖のついた大きめのプレートには『店長不在につき、本日は既存品の販売のみとなります』と丁寧な字で書かれている。だったら会計だけをこなせれば良いだけだろうから、やり方さえ教えてもらえれば私でも出来そうだ。——と思ったのだが、考えが甘かった。
「今日は俺が店番をするから、ナナリーは奥でエルナトの手伝いをしてもらえるか?」
残念なことに、出来るだけ私に軽作業しかやらせたくないクルスの徹底っぷりはここでも発揮されてしまった。要約すると『エルナト達の傍でのんびり過ごす事』的契約内容を考えると軽作業がやれるだけでもまだマシだと思うべき…… なんだろうな。
「…… はい」
初仕事の時には書類整理を任せては貰えたが、集中を要する作業中の彼からでは、茶を淹れるくらいしか頼んでもらえない気がする。暗にまた私をソファーで休ませようとしているだけなのではないだろうか。せめて部屋の片付けくらいはさせてもらえるといいのだけれど。
「そういえば、討伐任務はもう終わったんですか?」
「あぁ。目的地が遠方なうえにアホみたいな討伐数を要求されたが、金に物を言わせて解決してきたから問題無い」
金っ⁉︎
「ま、まさか、ヒトに押し付けてきたとかですか⁉︎」
「違う」と言い、クルスがゆるゆると首を横に振る。
「時短のために目的地まで移動ゲートを使ったってだけの話だ。アレは守銭奴ばかりな魔塔のみが管理しているせいで、使用料がバカ高いんだよ」
呆れ声のうえにため息をついている。よっぽどのお値段なのだろうが、貧乏人根性が骨の髄まで身についている私では恐ろしくて金額なんか訊けなかった。蒸気機関車や馬車での移動が一般的なこの世界では、瞬時に移動出来る手段は相当貴重な物の様だ。
「…… エルナトも類似魔法が使えるから、奴にやらせられたら良かったんだが、あっちもあっちで手が空いてなかったから仕方ないんだけどな」
エルフ型であるエルナトが魔法を使えるとわかってはいたが、移動系魔法もこなせるのか。私の世界では長距離移動系は魔法士一級などといった者が扱える高位魔法の一つだったので、彼の腕前は相当なものだろう。
痛い出費に対し苦笑いを返し、「看板、かけて来ますね」と言って店の出入り口へと向かう。受け取ったプレートを引っ掛けられるフックが店先の目立つ場所にあったので、そこにそれをかけて私はすぐに店内へと戻った。
開店時間まではもうすぐだ。
エルナトが店番をしていた一昨日は店舗サイズの割にはなかなかの客入りだったが、本当にクルス一人きりで大丈夫なのかな。普段は魔物の討伐の為にほとんど家にいないらしいのに、接客なんてやれるんだろうか。
どうしても気になって、「店番、本当にお一人でも大丈夫なんですか?」と素直に訊いてみる。するとクルスは口元に手を当ててクスッと笑い、「心配するな」と言った。
「笑えるぞ、エルナトが客の対応をやらないってだけで閑古鳥が鳴くレベルになるからな」
『ヒトの面しか見てない奴らばかりだからな』とでも言いたげにクルスが鼻で笑う。だけど彼だって十二分過ぎる程カッコイイのに、何故客入りにそんな差が出るんだろうか?もしかして既存品のみの販売となるとお高くて手が出ないから、とかなのかな?
客入りが悪くなる原因に確信が得られず首を傾げると、クルスがスッと烏をモチーフとした仮面を背中の方から取り出して自分の顔に当ててみせた。いつでも装着出来る様に、インベントリーの魔法を使った道具に収めて持ち歩いているのだろう。
「あぁ、なるほど」
ぽんっと手の平を拳で叩く。いくらイケメンでも仮面で顔が見えないのでは客も簡単には誘惑されないのか。
「俺だけじゃ、価格が安くて頼みやすい魔装具への魔力補充がやれないとあっては、余計に客も遠のくってもんだ」
「…… ここの品って、手作りなだけあってどれもお高いですもんね」
「それでもエルナトが店番をしている時はそこそこ売れてるんだけどな。俺の時だと男性客に魔法薬系がちょっと売れるくらいだ。まぁ、獣人型の気を引きたい奴なんかよっぽどじゃないといないから、当然っちゃー当然なんだけどな」
「そうなんですか?でも、獣人型って能力が高い者程見目麗しくなる傾向があるんだから、万人にモテても可笑しくない気がするんですけど」
「観賞用になら、そうかもな。仮面をしていようが溢れ出る美貌で、普段は舞台俳優や吟遊詩人なんかをやって稼いでる者も多い。だけど、ヒト型の伴侶には向いてないんだ。獣人は獣人と結ばれないと、お互いが不幸になるからな」
何故だろう?とは思えども、その問いを口にしていいのか判断出来ない。まだ途中までしか本を読んでいないせいもあって、その理由がよくわからない。
クルスは私が“ヨミガエリ”であるとは知らないから、知ったかぶりをせねば食われてしまいそうだ。だが、「そうですね」くらいしか口から出てこない。ここでもまた無知が私の語彙力を大幅に奪った。
「お前は本当に可愛い奴だな」
なのにクルスはそう言って、私の頭をガシガシとちょっと雑に撫でてきた。烏の仮面のせいで表情はよくわからないが、楽しそうな感情が口元に現れている。
「あれ?でも…… 今のクルスさんは仮面をしていちゃ駄目なんじゃ。今は婚活中ですよね?」
「コンカツ?」と首を傾げる仕草が可愛い。大の男がする仕草じゃないのにすごく似合っているのは、仮面をしていようが滲み出てくるイケメン要素せいに違いない。
「結婚することを目標に活動する事、ですよ。…… もしかして、一般的な言い回しじゃなかったりします?」
たらりと冷や汗が伝う。徹底して別の世界から来た者である事を隠しきれず、エルナトに『詰めが甘い!』と叱られた事を思い出した。
「俺は聞いた事が無いから、俗語ってやつか。街にはほとんど居ないから、知らんのも当然かもな。だけど俺はナナリー相手にしか求愛していないが、それでも婚活中って事になるのか?」
「なる、のかな…… 。どうなんでしょう?」
知るか!と言いたい感情を堪えつつ、「——でもまぁ、そうだとしても」と口にして話を逸らそうと試みる。まだ此処から立ち去る事も出来ないのに、触れたくない話題をこれ以上持ち出されても困るからだ。
「このまま仮面をしていても平気なんですか?番を探している時は、外さないと駄目なのに」
「平気だろ、小さな店の内にまで警官がわざわざ来るとは思えないしな。もしエルナト目的の客が来て、同じツラをしている俺に目をつけられたら面倒だから、隠しておきたいんだよ」
「なるほど」
一理あるな、と納得して軽く頷く。「…… 面がバレて、アイツの代用品として発情時期に襲われでもしたら堪ったもんじゃないからな」と呟いたクルスの一言を私は、聞こえなかったフリをして流したのだった。
という事は今日は私が店番をする感じかな?
「この看板を店の前にかけて来てもらえるか?」
「了解です」
クルスに渡された鎖のついた大きめのプレートには『店長不在につき、本日は既存品の販売のみとなります』と丁寧な字で書かれている。だったら会計だけをこなせれば良いだけだろうから、やり方さえ教えてもらえれば私でも出来そうだ。——と思ったのだが、考えが甘かった。
「今日は俺が店番をするから、ナナリーは奥でエルナトの手伝いをしてもらえるか?」
残念なことに、出来るだけ私に軽作業しかやらせたくないクルスの徹底っぷりはここでも発揮されてしまった。要約すると『エルナト達の傍でのんびり過ごす事』的契約内容を考えると軽作業がやれるだけでもまだマシだと思うべき…… なんだろうな。
「…… はい」
初仕事の時には書類整理を任せては貰えたが、集中を要する作業中の彼からでは、茶を淹れるくらいしか頼んでもらえない気がする。暗にまた私をソファーで休ませようとしているだけなのではないだろうか。せめて部屋の片付けくらいはさせてもらえるといいのだけれど。
「そういえば、討伐任務はもう終わったんですか?」
「あぁ。目的地が遠方なうえにアホみたいな討伐数を要求されたが、金に物を言わせて解決してきたから問題無い」
金っ⁉︎
「ま、まさか、ヒトに押し付けてきたとかですか⁉︎」
「違う」と言い、クルスがゆるゆると首を横に振る。
「時短のために目的地まで移動ゲートを使ったってだけの話だ。アレは守銭奴ばかりな魔塔のみが管理しているせいで、使用料がバカ高いんだよ」
呆れ声のうえにため息をついている。よっぽどのお値段なのだろうが、貧乏人根性が骨の髄まで身についている私では恐ろしくて金額なんか訊けなかった。蒸気機関車や馬車での移動が一般的なこの世界では、瞬時に移動出来る手段は相当貴重な物の様だ。
「…… エルナトも類似魔法が使えるから、奴にやらせられたら良かったんだが、あっちもあっちで手が空いてなかったから仕方ないんだけどな」
エルフ型であるエルナトが魔法を使えるとわかってはいたが、移動系魔法もこなせるのか。私の世界では長距離移動系は魔法士一級などといった者が扱える高位魔法の一つだったので、彼の腕前は相当なものだろう。
痛い出費に対し苦笑いを返し、「看板、かけて来ますね」と言って店の出入り口へと向かう。受け取ったプレートを引っ掛けられるフックが店先の目立つ場所にあったので、そこにそれをかけて私はすぐに店内へと戻った。
開店時間まではもうすぐだ。
エルナトが店番をしていた一昨日は店舗サイズの割にはなかなかの客入りだったが、本当にクルス一人きりで大丈夫なのかな。普段は魔物の討伐の為にほとんど家にいないらしいのに、接客なんてやれるんだろうか。
どうしても気になって、「店番、本当にお一人でも大丈夫なんですか?」と素直に訊いてみる。するとクルスは口元に手を当ててクスッと笑い、「心配するな」と言った。
「笑えるぞ、エルナトが客の対応をやらないってだけで閑古鳥が鳴くレベルになるからな」
『ヒトの面しか見てない奴らばかりだからな』とでも言いたげにクルスが鼻で笑う。だけど彼だって十二分過ぎる程カッコイイのに、何故客入りにそんな差が出るんだろうか?もしかして既存品のみの販売となるとお高くて手が出ないから、とかなのかな?
客入りが悪くなる原因に確信が得られず首を傾げると、クルスがスッと烏をモチーフとした仮面を背中の方から取り出して自分の顔に当ててみせた。いつでも装着出来る様に、インベントリーの魔法を使った道具に収めて持ち歩いているのだろう。
「あぁ、なるほど」
ぽんっと手の平を拳で叩く。いくらイケメンでも仮面で顔が見えないのでは客も簡単には誘惑されないのか。
「俺だけじゃ、価格が安くて頼みやすい魔装具への魔力補充がやれないとあっては、余計に客も遠のくってもんだ」
「…… ここの品って、手作りなだけあってどれもお高いですもんね」
「それでもエルナトが店番をしている時はそこそこ売れてるんだけどな。俺の時だと男性客に魔法薬系がちょっと売れるくらいだ。まぁ、獣人型の気を引きたい奴なんかよっぽどじゃないといないから、当然っちゃー当然なんだけどな」
「そうなんですか?でも、獣人型って能力が高い者程見目麗しくなる傾向があるんだから、万人にモテても可笑しくない気がするんですけど」
「観賞用になら、そうかもな。仮面をしていようが溢れ出る美貌で、普段は舞台俳優や吟遊詩人なんかをやって稼いでる者も多い。だけど、ヒト型の伴侶には向いてないんだ。獣人は獣人と結ばれないと、お互いが不幸になるからな」
何故だろう?とは思えども、その問いを口にしていいのか判断出来ない。まだ途中までしか本を読んでいないせいもあって、その理由がよくわからない。
クルスは私が“ヨミガエリ”であるとは知らないから、知ったかぶりをせねば食われてしまいそうだ。だが、「そうですね」くらいしか口から出てこない。ここでもまた無知が私の語彙力を大幅に奪った。
「お前は本当に可愛い奴だな」
なのにクルスはそう言って、私の頭をガシガシとちょっと雑に撫でてきた。烏の仮面のせいで表情はよくわからないが、楽しそうな感情が口元に現れている。
「あれ?でも…… 今のクルスさんは仮面をしていちゃ駄目なんじゃ。今は婚活中ですよね?」
「コンカツ?」と首を傾げる仕草が可愛い。大の男がする仕草じゃないのにすごく似合っているのは、仮面をしていようが滲み出てくるイケメン要素せいに違いない。
「結婚することを目標に活動する事、ですよ。…… もしかして、一般的な言い回しじゃなかったりします?」
たらりと冷や汗が伝う。徹底して別の世界から来た者である事を隠しきれず、エルナトに『詰めが甘い!』と叱られた事を思い出した。
「俺は聞いた事が無いから、俗語ってやつか。街にはほとんど居ないから、知らんのも当然かもな。だけど俺はナナリー相手にしか求愛していないが、それでも婚活中って事になるのか?」
「なる、のかな…… 。どうなんでしょう?」
知るか!と言いたい感情を堪えつつ、「——でもまぁ、そうだとしても」と口にして話を逸らそうと試みる。まだ此処から立ち去る事も出来ないのに、触れたくない話題をこれ以上持ち出されても困るからだ。
「このまま仮面をしていても平気なんですか?番を探している時は、外さないと駄目なのに」
「平気だろ、小さな店の内にまで警官がわざわざ来るとは思えないしな。もしエルナト目的の客が来て、同じツラをしている俺に目をつけられたら面倒だから、隠しておきたいんだよ」
「なるほど」
一理あるな、と納得して軽く頷く。「…… 面がバレて、アイツの代用品として発情時期に襲われでもしたら堪ったもんじゃないからな」と呟いたクルスの一言を私は、聞こえなかったフリをして流したのだった。
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