38 / 86
【第三章】
【こぼれ話】寝室(エルナト・談)
しおりを挟む
やっとナナリーの寝息が隣から聞こえ始め、彼女を挟むようにして横になっていた僕とクルスは同時に瞼を開けた。上半身を軽く起こし、起こしてしまわないようにそっとナナリーの顔を覗き見る。真っ暗闇の中でも彼女の姿は僕らの瞳にだけうっすらと光って見える魔法をかけてあるおかげで、白くて艶やかな頬に涙の跡がしっかり残ってしまっている事がすぐにわかった。
「…… 何がそんなに悲しかったんですか?」
思わず疑問が口をついて出たが、酷く疲れているのかナナリーからは吐息の音しか聞こえてはこない。
彼女の様子がシャワールームへ行く前と後とで違う事にはすぐに気が付いていた。でも必死に冷静を装い、普段通りの表情でいられると、無理に『何かあったのか』と問い詰める事なんか出来なかった。
家中に赤子がうろついても平気な程の加護の魔法をかけてあるから、何処かに体をぶつけたといった類の不注意でどこかが痛むとかではないだろう。昼間の様子からして体調が悪い訳でも無さそうだ。となると古書店で買ったっぽい本が疑わしいのだが、クルスの目で確認した限り猫の写真集と古い小説だったから、あれらは無害な代物のはずだ。
「ホームシックかもしれないな」
そう言って、クルスがもぞっと動いてナナリーの腰に腕を回し、長くて細い脚に自身の脚を絡めた。ルビーを連想させる彼女の紅い髪に顔を擦り寄せ、ピンッと尖った猫耳に甘噛みまでしそうな勢いだ。
「理性、失わない様にしないと」
クルスの額を軽くこずいて、誘惑から気持ちを逸させる。疲れている体では普段以上にナナリーの甘い芳香に擦り寄りたくなるが、今は我慢せねば。
「…… ホームシック説はあり得るかもしれませんね」
ナナリーの様な“ヨミガエリ”は、当人達以外なら誰だって知っている言葉ではあるのだが、個体数の少なさのせいで全く研究が進んでない存在だ。微々たる情報をかき集めてまとめたとしても、数ページにも満たない報告書しか書き上げる事が出来ないくらいに。確証の持てる事実なんて、姿形が元の姿とはかけ離れている事と、側に居るだけで他の獣人型の能力を引き上げる力を持ち、その身を喰らえば様々な望みが叶うレベルの力を得る事が出来る事くらいなものかもしれない。
中身の人格は以前と全く違う事もあれば、今までの記憶が無いだけで性格そのものには変化が無い場合や、ごく稀に全く変わらないパターンもある。そのせいで、全くの他人が憑依した者なのか、元来の性格が表面に出てきた者であるのか、正直全くわかっていない。
元の“ナナリー”がまともだった時期を僕がほとんど知らないせいで、彼女がどれに該当するのか判断出来ないのが残念でならないな…… 。
“ヨミガエリ”である事がわかっている状態で、ここまで長生きしている個体は僕が認識している限りでは目の前で眠るナナリーくらいなものだ。『長生き』とは言っても、たったの数日程度ではあるが。何度も何度も回帰してきた過去に出会ってきた“ヨミガエリ”達は全てすぐに消える羽目になっていたから、この先もずっと僕の傍で生き続ける彼女を『長生き』であると言っても過言ではないだろう。そんな彼女を観察していけば“ヨミガエリ”の生態について色々知れそうだが…… まぁ、そんな事はどうでもいいか。もう一生、ナナリー以外の“ヨミガエリ”と自分から関わる必要なんて無いのだから。
「寂しがる必要なんてないんだぞ、ナナリー」
涙の跡が残る頬をクルスが舌先で優しく舐める。そんなクルスと競う様に僕も自分の脚をナナリーの脚に絡め、彼女の細い肩にそっと寄り添った。
「此処が君の家。僕らはいずれ、家族になるんですからね」
「絶対に、離れないから心配しないで」
「一生、君の傍に居るよ——」
暗闇に消えていく声が全く同じせいで、もうどちらが呟いた声なのかわからない。
両サイドからナナリーを抱き締め、クルスと僕が同時に瞼を閉じた。目を閉じると寝室を満たす月下香の香りがより一層強く感じられる。
「一日でも早くこの香りが、ナナリーを大人にします様に…… 」
二人が同時にクスッと笑い、疲労のたまる体を眠気に預ける。ただこうやって彼女の体に触れるだけではなく、幾千の夜を溶け合って過ごせる日々に思いを馳せながら心地良い夢の中へと落ちていった。
「…… 何がそんなに悲しかったんですか?」
思わず疑問が口をついて出たが、酷く疲れているのかナナリーからは吐息の音しか聞こえてはこない。
彼女の様子がシャワールームへ行く前と後とで違う事にはすぐに気が付いていた。でも必死に冷静を装い、普段通りの表情でいられると、無理に『何かあったのか』と問い詰める事なんか出来なかった。
家中に赤子がうろついても平気な程の加護の魔法をかけてあるから、何処かに体をぶつけたといった類の不注意でどこかが痛むとかではないだろう。昼間の様子からして体調が悪い訳でも無さそうだ。となると古書店で買ったっぽい本が疑わしいのだが、クルスの目で確認した限り猫の写真集と古い小説だったから、あれらは無害な代物のはずだ。
「ホームシックかもしれないな」
そう言って、クルスがもぞっと動いてナナリーの腰に腕を回し、長くて細い脚に自身の脚を絡めた。ルビーを連想させる彼女の紅い髪に顔を擦り寄せ、ピンッと尖った猫耳に甘噛みまでしそうな勢いだ。
「理性、失わない様にしないと」
クルスの額を軽くこずいて、誘惑から気持ちを逸させる。疲れている体では普段以上にナナリーの甘い芳香に擦り寄りたくなるが、今は我慢せねば。
「…… ホームシック説はあり得るかもしれませんね」
ナナリーの様な“ヨミガエリ”は、当人達以外なら誰だって知っている言葉ではあるのだが、個体数の少なさのせいで全く研究が進んでない存在だ。微々たる情報をかき集めてまとめたとしても、数ページにも満たない報告書しか書き上げる事が出来ないくらいに。確証の持てる事実なんて、姿形が元の姿とはかけ離れている事と、側に居るだけで他の獣人型の能力を引き上げる力を持ち、その身を喰らえば様々な望みが叶うレベルの力を得る事が出来る事くらいなものかもしれない。
中身の人格は以前と全く違う事もあれば、今までの記憶が無いだけで性格そのものには変化が無い場合や、ごく稀に全く変わらないパターンもある。そのせいで、全くの他人が憑依した者なのか、元来の性格が表面に出てきた者であるのか、正直全くわかっていない。
元の“ナナリー”がまともだった時期を僕がほとんど知らないせいで、彼女がどれに該当するのか判断出来ないのが残念でならないな…… 。
“ヨミガエリ”である事がわかっている状態で、ここまで長生きしている個体は僕が認識している限りでは目の前で眠るナナリーくらいなものだ。『長生き』とは言っても、たったの数日程度ではあるが。何度も何度も回帰してきた過去に出会ってきた“ヨミガエリ”達は全てすぐに消える羽目になっていたから、この先もずっと僕の傍で生き続ける彼女を『長生き』であると言っても過言ではないだろう。そんな彼女を観察していけば“ヨミガエリ”の生態について色々知れそうだが…… まぁ、そんな事はどうでもいいか。もう一生、ナナリー以外の“ヨミガエリ”と自分から関わる必要なんて無いのだから。
「寂しがる必要なんてないんだぞ、ナナリー」
涙の跡が残る頬をクルスが舌先で優しく舐める。そんなクルスと競う様に僕も自分の脚をナナリーの脚に絡め、彼女の細い肩にそっと寄り添った。
「此処が君の家。僕らはいずれ、家族になるんですからね」
「絶対に、離れないから心配しないで」
「一生、君の傍に居るよ——」
暗闇に消えていく声が全く同じせいで、もうどちらが呟いた声なのかわからない。
両サイドからナナリーを抱き締め、クルスと僕が同時に瞼を閉じた。目を閉じると寝室を満たす月下香の香りがより一層強く感じられる。
「一日でも早くこの香りが、ナナリーを大人にします様に…… 」
二人が同時にクスッと笑い、疲労のたまる体を眠気に預ける。ただこうやって彼女の体に触れるだけではなく、幾千の夜を溶け合って過ごせる日々に思いを馳せながら心地良い夢の中へと落ちていった。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる