愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【こぼれ話】寝室(エルナト・談)

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 やっとナナリーの寝息が隣から聞こえ始め、彼女を挟むようにして横になっていた僕とクルスは同時に瞼を開けた。上半身を軽く起こし、起こしてしまわないようにそっとナナリーの顔を覗き見る。真っ暗闇の中でも彼女の姿は僕らの瞳にだけうっすらと光って見える魔法をかけてあるおかげで、白くて艶やかな頬に涙の跡がしっかり残ってしまっている事がすぐにわかった。

「…… 何がそんなに悲しかったんですか?」

 思わず疑問が口をついて出たが、酷く疲れているのかナナリーからは吐息の音しか聞こえてはこない。
 彼女の様子がシャワールームへ行く前と後とで違う事にはすぐに気が付いていた。でも必死に冷静を装い、普段通りの表情でいられると、無理に『何かあったのか』と問い詰める事なんか出来なかった。
 家中に赤子がうろついても平気な程の加護の魔法をかけてあるから、何処かに体をぶつけたといった類の不注意でどこかが痛むとかではないだろう。昼間の様子からして体調が悪い訳でも無さそうだ。となると古書店で買ったっぽい本が疑わしいのだが、クルスの目で確認した限り猫の写真集と古い小説だったから、あれらは無害な代物のはずだ。

「ホームシックかもしれないな」

 そう言って、クルスがもぞっと動いてナナリーの腰に腕を回し、長くて細い脚に自身の脚を絡めた。ルビーを連想させる彼女の紅い髪に顔を擦り寄せ、ピンッと尖った猫耳に甘噛みまでしそうな勢いだ。
「理性、失わない様にしないと」
 クルスの額を軽くこずいて、誘惑から気持ちを逸させる。疲れている体では普段以上にナナリーの甘い芳香に擦り寄りたくなるが、今は我慢せねば。

「…… ホームシック説はあり得るかもしれませんね」

 ナナリーの様な“ヨミガエリ”は、当人達以外なら誰だって知っている言葉ではあるのだが、個体数の少なさのせいで全く研究が進んでない存在だ。微々たる情報をかき集めてまとめたとしても、数ページにも満たない報告書しか書き上げる事が出来ないくらいに。確証の持てる事実なんて、姿形が元の姿とはかけ離れている事と、側に居るだけで他の獣人型の能力を引き上げる力を持ち、その身を喰らえば様々な望みが叶うレベルの力を得る事が出来る事くらいなものかもしれない。
 中身の人格は以前と全く違う事もあれば、今までの記憶が無いだけで性格そのものには変化が無い場合や、ごく稀に全く変わらないパターンもある。そのせいで、全くの他人が憑依した者なのか、元来の性格が表面に出てきた者であるのか、正直全くわかっていない。

 元の“ナナリー”がまともだった時期を僕がほとんど知らないせいで、彼女がどれに該当するのか判断出来ないのが残念でならないな…… 。

 “ヨミガエリ”である事がわかっている状態で、ここまで長生きしている個体は僕が認識している限りでは目の前で眠るナナリーくらいなものだ。『長生き』とは言っても、たったの数日程度ではあるが。何度も何度も回帰してきた過去に出会ってきた“ヨミガエリ”達は全てすぐに消える羽目になっていたから、この先もずっと僕の傍で生き続ける彼女を『長生き』であると言っても過言ではないだろう。そんな彼女を観察していけば“ヨミガエリ”の生態について色々知れそうだが…… まぁ、そんな事はどうでもいいか。もう一生、ナナリー以外の“ヨミガエリ”と自分から関わる必要なんて無いのだから。

「寂しがる必要なんてないんだぞ、ナナリー」

 涙の跡が残る頬をクルスが舌先で優しく舐める。そんなクルスと競う様に僕も自分の脚をナナリーの脚に絡め、彼女の細い肩にそっと寄り添った。
「此処が君の家。僕らはいずれ、家族になるんですからね」
「絶対に、離れないから心配しないで」

「一生、君の傍に居るよ——」

 暗闇に消えていく声が全く同じせいで、もうどちらが呟いた声なのかわからない。 
 両サイドからナナリーを抱き締め、クルスと僕が同時に瞼を閉じた。目を閉じると寝室を満たす月下香の香りがより一層強く感じられる。

「一日でも早くこの香りが、ナナリーを大人にします様に…… 」

 二人が同時にクスッと笑い、疲労のたまる体を眠気に預ける。ただこうやって彼女の体に触れるだけではなく、幾千の夜を溶け合って過ごせる日々に思いを馳せながら心地良い夢の中へと落ちていった。
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