愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第十二話】眠る前に①(雨宮七音・談)

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 やっと一人での作業を任せてもらえた!と喜んだ食後の片付けが終わり、私は今、エルナトの作業部屋にあるソファーに座って一人本を読んでいる。
 片付けは結局、始めてすぐのタイミングでクルスが帰って来て、彼は着替えもそこそこのまま、私の手伝いを始めてしまった。そのせいで、ちょっとだけでも『働いたわ!』と思う事すら出来ぬ残念な結果に。せめて着替えかシャワーを先に済ませてくれたのなら、その間にさっさと終わらせておける量だったのに。
 クルスが討伐時に着ていた服を真っ赤に染めたまま食器を洗い始めた時は、『いやいやいや!貴方を先に洗おうよぉ!』と言いたくっても言えず、必死に堪える羽目になった。せめて彼も夕食を食べてくれたなら、その隙に片付けをするチャンスが得られたかもしれないと懲りずに考えていたのに、『討伐で沢山動いてきたばかりだから、今はいらん』とあっては『いいや、食べるべきです』なんて私の立場では強くは返せず、結局は今日もほとんど働けなかった事がまだちょっと悔しい。

 今はこうやってのんびり本を読んでいる私ではあるが、それさえも最初は危うかった。
 私的には私室でこっそりこの世界のお勉強をしたかったのだが、エルナトの『作業中何か頼む事があるかもしれないから僕の傍に居て欲しい』から始まり、汚れた体を洗って来ると言ったクルスに『風呂に一緒に入るか?怪我をしていないか直で確認出来るぞ』と言われたりしたのだ。帰宅後すぐの時に、彼の血塗れの姿を見て、『まさか怪我をしたんじゃ⁉︎』と心配していた私をからかっただけだろうが、それにしてはヤケに目が真剣だったのが気になる。
 クルスの冗談は丁重にお断りしたが、エルナトの頼みは常務の一環でもあると思ったので快諾した。待機中にこうやって本を読む事を許してもらえたのは幸いだった。おかげでだたぼぉっと仕事がくるのを待つのではなく、この世界の人口やどういった文明が発展し広まっていったのかといった基本的な情報を堂々と得る事が出来るのだから。

 エルナトは目の前だから、動く気配があったらすぐにわかる。
 その時にはこの『猫でもわかる世界の不思議』ではなく、トウカお勧めの『黒猫』の方を読んでいるフリをしよう。

 …… どこまで私の抱えている秘密を彼に知られても平気なのか、まだわからないのだから。

 そう言えば、クルスが血塗れの状態で帰宅した時はすごく驚いたけど、彼はあの赤い液体を『俺の血じゃないから平気だ。ただのオイルだし、お前が心配する事はない』と話していたっけ。だけど討伐して来たのは魔物のはずなのに、何故あんな血の様な色をしたオイルなんかを浴びる羽目になったんだろうか?

 えっと、この本って魔物についても書かれていたりなんかは…… 。

 ざっと軽く項目だけに目を通し、飛ばし読みししつつページを捲っていくと、期待通り魔物に関して記載されたページがちゃんとあった。流石、正体不明なセフィル存在が直々に勧めてきた本なだけある。

【魔物(まもの)】
 古代人が星の人口管理・調整の為に創り出した創造物の一種。今も尚、地中深くにに埋まる遺跡の最奥で製造され続けている自動兵器の総称。飛行型や集団行動型など行動のタイプは多種多様。姿形も様々だが、色々な獣を混ぜた外装は伝承の存在であるキマイラを連想させる。獣の様な皮に覆われてはいるが、中身は全て鉄鉱資源などで構成されており、地上世界に現存する技術では再現不可能。分解してしまえば資源の宝庫であり、埋蔵資源を採取する手間が省ける為、討伐後の魔物は全てアカデミーと魔塔の管理下に置かれ、人々の生活に還元されているが人口の七割を占めるヒト型達はその事実を知らない。
 魔物は全て犯罪者を狙う傾向が強くある。その事から遥か昔に滅びた古代文明の遺物の監視下に人々が未だに置かれている事が確かではあるものの、全てを除外する事は到底不可能な為、魔塔などの監視者達は現状維持の方針。古代の遺物が魔物を製造し続けている理由が『人類に共有の敵を与え、団結出来る理由とする』であり『人口の過度な増加は希少な資源を早期に枯渇させ、星を破壊する未来に繋がる。未来の為にも人類を徹底した管理下に置き、集団生活に害なす者から優先的に排除せねばならない』であるからだ。
 もう二度と古代人らと同じ過ちを犯させぬ様、星の管理者として魔法に特化したエルフ型と戦闘力の高い獣人型という異種族を、遺伝子改——…… 

「——随分真剣だが、何を読んでいるんだ?」

 不意に耳元で聞こえた声のせいで、全身がビクッと跳ねた。反射的に本をバタンと閉じようとしたのに、先に大きな手を置かれてしまい閉じられない。誰かが近づいて来る足音なんか全く無かったのでかなり驚いた。目の前にある作業机でエルナトは作業を続けているままだから、この声の主はクルスだろう。
 だけどホント——

 い、いつの間にこんな至近距離に⁉︎

 焦る気持ちを隠せぬまま声の主の方へ顔を向けると、キスでもしてしまいそうな程の至近距離にクルスの端正な顔があった。獣人型だからなんだろうか?気配も足音も消して近づけるだなんてズル過ぎるわ。せめて私も同じ様に出来ているのならいいのに。
「何だ。エロ本でも読んでいたみたいな驚き様だったから期待してたのに、ただの写真集じゃないか」
 私の読んでいた本を閉じられぬ様に挟んでいた手をどけ、ちょっと残念そうな声でクルスが言った。

 いやいやいや、何を期待していたんですか、貴方ってヒトは。
 流石にそんな本、人前では…… って、いいえ。一切全く全然よ、読みませんよ、えぇ。

「さっきから随分と真剣に読んでいたからどんな本か気になっていたのに…… 知るまでもなかったな」と、クルスがボソッと呟き、ドカッと音を立てながら隣に座る。彼は今さっき此処へ来たばかりのはずなのに、まるでエルナトの気持ちを代弁しているかの様な発言に疑問を抱いた。

「…… だけど、可愛いな。猫タイプの君が、猫の写真集なんか真剣に眺めていただなんて」

 愛らしさすら感じてしまう程のにへら顔をしながら言われたが、私はそんな本を借りていない。
『…… 猫の写真集?一体何の事だろうか』と不思議に思いながら手に持っている本に視線をやったが、やはり少しの挿絵と文字ばかりだ。だが、細い目をしてジーッと観察すると、微かに文字の後ろに綺麗な街並みと共に猫達が昼寝をしている様な写真っぽいものが印刷されている事に今更気が付いた。だが私の目にはよくよく観察しなければわからないレベルなのに、どうして彼の目にはそちらの方しか見えていないのだろうか?

 あっ——
 もしかして、セフィルさんが何か細工をしたのかも。

 そっか、帰り際に言われた警告なんかよりも、細工をしてあるこの本を直接私に渡す為に一人で古書店に来る様に仕向けてくれたのか。
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