愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第十一話】魔装具店にて②(エルナト・談)

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「本当に良かったんですか?クルスさんを待たずに、食事を済ませていても」
 宅配してもらった弁当で夕食を済ませ、温かなお茶を飲みつつ、ナナリーが僕に対し問い掛ける。クルスの心配までしてくれるのが嬉しく、頬が緩むのを我慢出来ない。そのせいかセフィルからもらったお菓子をつい多めにテーブルの上に出してしまったが、女性は甘い物好きが多いと聞くし、このくらいなら多分食べられるだろう。匂いに釣られてナナリーの気が変わり、彼女も摘むかもしれないしな。
「エルナトさんは甘い物がお好きなんですね」
「割とそうかもしれません。魔法のために術式を組んだり、装飾品を作る為に細かい作業をする事が多いからでしょうね、きっと」
 疲れるとどうしても甘い物が食べたくなる。チェーンスモーカーみたいに常時欲している程ではないしても、セフィルから差し入れをもらえた時はいつもより多めに食べてしまっているかもしれない。
「と、ところで、エルナトさんはこんなに食べても太らないんですか?」
「全部僕が食べるわけじゃありませんからね。あ、でも確かに太りにくいかもしれません、過去一度も恰幅のいい体型だった事が無いので」
「美意識が高そうなので、エルナトさんはこの先もずっとその体型な気がします」とナナリーが力強く断言する。
「そうですか?ありがとうございます」
 微笑みを浮かべ、そう答えた。

 美意識か…… 確かに高いかもしれない。

 ヒト型だった頃のナナリー相手には一度も恋情を抱く事なんか無かったくせに、今のこの、赤毛をした猫タイプの獣人型の容姿はほぼ一瞬で心を持っていかれた。店に来る客達も、僕の気を引きたいのか小綺麗に気飾ったヒト達ばかりだというのに、今のナナリーにだけは惹かれるのだから個々の好みとは不思議なものだ。話せば話す程彼女の落ち着いた内面を知り、もっともっと“ヨミガエリ”となったナリーに惚れ込んでしまい、今ではもう、何かの弾みで前の姿に戻ろうが、中身がこのままなら愛せそうな気までしてしまうくらいだ。

 …… あぁ、早くその身を、どこまでも深く、愛せたらいいのに。

 ずくんっと下っ腹の奥に欲深い衝動を感じ、少しだけ彼女から視線を逸らす。
 まだだ。獣人型の子は発情期が来ない事には、無理に手出ししても体を傷付けてしまうだけなんだから、もう少し待たないと。


「——さて、と。お茶も飲み終わりましたし、テーブルの上を片付けましょうか。食器は私が洗いますから、エルナトさんは一息ついたらお仕事に戻っていても大丈夫ですよ」
  口には出せぬ想いで頭の中がいっぱいになっている俺に向かい、ナナリーが湯呑みをテーブルの上に置きながら自分が片付けをすると提案してきた。普段ならば絶対に即時却下するのだが、この家のキッチンは何重にも安全対策の為の魔法をかけてあるし、急ぎの仕事も終わっていないので、クルスが戻るまでの間だけでも今回は甘えてしまおうか。
「じゃあお願いします」
「お任せ下さい」
 そう答えたナナリーはちょっと嬉しそうだ。今はまだ、従業員という名目でこの家に住んでもらっているから仕事らしい仕事をしたい気持ちが大きいのかもしれない。僕的には何もせずにただ手の届く範囲に座ってくれているだけでも充分なのだが、今のナナリーはお飾りの人形ではいたくないのだろう。

 それにしても、「ナナリーは、食後のおやつは食べないんですか?」と言って首を傾げる。結局彼女は一度もお土産のお菓子に手をつけなかったし、宅配で頼んだお弁当も半分以上残した。そんな量で食事は足りたんだろうかと心配になる。
「あー…… その、トウカちゃんに勧められるがまま結構古書店で食べてきてしまったので、もう。すみません、夕飯の時間を計算に入れず、勧められるがままに食べてしまって」
 すまなそうにしゅんと項垂れる姿まで可愛い。
 だがまぁ柊華のお勧めならば断れまい。僕もあの二人からの無言の圧で、自分は古書店に来たのかケーキバイキングに来たのか判断が付かなくなるくらいに食べさせられた事があったのを思い出し、「あぁ」と呟き納得した。
「足りたのならいいんですよ。もうすぐクルスも戻りますから、残りは奴にでも食べさせましょう」
「すみませんが、お願いします」
 軽く頭を下げ、ナナリーは席を立つと食器類を片付け始めた。ここはもう彼女に任せ、僕は作業に戻るとしよう。あ、でもその前に、伝書鳩が運んで来る依頼書がもう届いているはずだからこの件の依頼人欄だけでもチェックしておこう。どうせ依頼主はセフィルに決まっているとは思うが、確信しておきたい気持ちが抑え切れそうにないから。


       ◇


 外に出てポストの中を確認すると、予想通り既に依頼書がロール状になって入っていた。届け先を知らせる魔装具を身につけているとはいえ、伝書鳩は毎度いい仕事をしてくれる。だが鳩に頼らずとももっと楽な配達方法があるのではとも思うが、この方法で現状誰も困っていないから、きっと当分はこのままだろう。
 依頼書を開き、内容を確認しようとすると、外灯の光が大きなものに遮られて書類に影が出来た。

「…… やっぱセフィルのしわざだったか」

 依頼書を覗き込みながら憎々しそうに呟いた大きな影の主は、クルスだった。僕が外に出た丁度のタイミングで討伐から急いで戻って来たのだ。
 相変わらず全身黒尽くめの格好をしているせいですっかり闇夜の中に溶け込んでしまっている。軍服の様な服や革靴には血の様な赤い液体がベッタリとつき、常にしていた烏の仮面を外しているせいで褐色の頬にまで赤色が飛び散っていた。

「僕抜きで、ナナリーと話したかったんだろうね」
「何を言ったんだか知らんが、どうせロクな話じゃないだろうな」

 揃って深い溜息をつき、家の中へと踵を返す。
 絶対にナナリーには愛情を抱かない相手だとはわかっていても、あまり気分の良いものではない。もう絶対に彼女を一人きりでは外出させまいと改めて決意し、僕は手に持つ依頼書をグシャッと握り潰した。
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