愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第十話】魔装具店にて①(エルナト・談)

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 僕の様にエルフ型として生まれた者の全てが帰属する魔塔という組織からきた緊急の依頼をこなす為、店の奥にある作業部屋に引き篭もって黙々と細かい作業を続けている。魔塔からの依頼でなければ『緊急だ』と言われようが頑なに無視してナナリーと共に古書店へ買い物に出たのに、よりにもよってあのタイミングで魔塔からだけでなく、卒業生全員に所属義務のあるアカデミーからも討伐依頼がウチにくるだなんて、何かがオカシイ。そうは思うも、無茶苦茶な納期を考えると作業を継続せねばならず、疑惑を解消するべく詳細を調べたくても時間が無くて調べられない。だが、どちらかもそろそろ紙での指示書がこちらにも届いているはずなので、依頼者くらいは軽くチェックしておこうか。

「…… ふぅ。こんなに根を詰めての作業は久しぶりだからか、流石に視神経に響くな」

 目頭を指で強めに押しつつ首を左右に倒すとそこかしこに痛みが少し走った。
 視線だけを作業机の隅にある丸い形をした小さな時計の方にやると、針はもう十九時を知らせている。ナナリーを見送ってからもう随分と時間が経ったみたいだが、彼女はまだ此処へは戻っては来ていない様だ。

 大丈夫だろうか?
 道中で転んで大怪我なんかしていないといいんだが。

 行き先はこの店のすぐ目の前にある古書店ではあるが、元の彼女は天才的なくらい死に易く、ほんの数秒目を離しただけで転落死したり馬車に轢かれたりした事が何度もあったから常に気が抜けなかったので、どうしたって今までみたいに心配してしまう。“ヨミガエリ”となり、アレはもう完全に別人のはずだとわかってはいるのに、幾星霜と繰り返してきた時間の中で身に付いた習慣はそうそう変えられそうにはなさそうだ。
「迎えに行こうか…… 」
 だが古書店の店主はセフィルだし、彼女を任せておいても平気な気もする。

 彼はこの世界で唯一、今までの全ての記憶を持ったまま回帰魔法に巻き込まれた存在だから、だ。

 我が身に何が起きているか途中で気が付いた前の“ナナリー”どころか、回帰魔法の起点である僕とて古過ぎて覚えていない全ての出来事すらもセフィルは記憶している。自身が回帰魔法に巻き込まれている事には最初から気が付いていたそうだが、当初はこれといって実害も無かったのでしばらく知らないフリをしていたらしい。

 氷花が如く美しくも冷たい印象の彼がヒトではない“何か”である事は間違い無いだろうが、その正体を僕は知らない。味方かと訊かれれば『そうだ』とは言えないが、少なくとも今の時点ではこちらに害なす存在でも無いはずだ。

 ——“柊華”という、セフィルの逆鱗に何もしなければ、だが。

 幸いにして回帰現象が起きている事を知っていると教えられた事をきっかけに、セフィルの大事な柊華を探す手伝いと、彼女を監禁したうえほとんど放置していた叔母への制裁部屋の用意の為に助力したおかげか、あれ以来ずっと僕の行動に対し不干渉でいてくれている。なので彼の店に本を買いに行った程度のナナリーに対しても普通に対応してくれるだろう。これもまた、彼女が幼い柊華に対して優しくしていればの話だが、今のナナリーであれば心配ないはずだ。“ヨミガエリ”なせいか周囲に正体を知られないようにと神経質になっているから、今までのナナリーの様に、ヒステリックな態度を周囲に対してとる事は無いだろう。本人はまだイマイチ“ヨミガエリ”そうであると信じ切れていない様子だが、まぁおいおい嫌でも体感していくだろう。


 カタッと店の方から音がして、その後すぐに「只今戻りました」とナナリーの小さな声が聞こえてきた。僕が作業に集中していた場合を想定して驚かさない様にと気遣ってくれたのか、本当に春風が如く優しいヒトだ。
 席を立ち、作業部屋を出て店の方に顔を出す。すると、視線が合った途端彼女はホッとした表情をして「お疲れ様です。今は休憩中ですか?」と声を掛けてくれた。こういう些細な仕草を前にすると勝手に期待してしまう。

 彼女も僕に対して憎からず思っているのでは、と。

「えぇ、流石に目が疲れてきたので休憩がてらお茶でもと思って。そうだ、良かったら一緒に飲みませんか?あ、それよりも今の時間だったら、食事の方が良さそうですね。ナナリーが出てすぐに近所のお弁当屋さんに宅配を頼んでおいたので、きっともうそろそろ裏の出入り口前に置いてあると思うので」
 討伐任務も任されたせいでクルスに食事の用意をさせる事が出来なかったので、仕方なく信用出来る店に弁当を頼んでおいた。ナナリーの口にする物は出来れば自前で用意したいが、急な仕事があるとそれも難しいのが残念だ。
「休憩も大事ですし、そうしましょうか。私が用意しますから、エルナトさんは休んでいて下さい」
 そう言って、ナナリーが手に持っていた大きな紙袋をこちらに差し出してきた。
「こちら、古書店のセフィルさんからのお土産です。えっと…… 『仕事を押し付けたお詫びだ』と言っていましたよ」
 ヒクッと無意識に口の端が動いた。急ぎの仕事の依頼主の正体が依頼書を見ずともわかってしまったからだ。

 普通にちゃんと考えればすぐにわかる答えだったのに、失念していたな。

 セフィルの抱えている蔵書数は異常だ。大量の本を一体何処に保管しているのかもわからないが、店内にある本棚の並ぶ方へ向かうとフッと彼は消え、次の瞬間にはこちらが欲しいと思う本を必ず用意してくれている。希少本だろうが何だろうが絶対にあっさりと仕入れてくれる為、アカデミーも魔塔も、彼の古書店をよく頼っていると聞く。そのうえ双方の建物内にある巨大な図書館の管理責任者の一人でもあるらしいから、緊急の依頼を個人的な理由でねじ込む事だって彼なら難なく出来るというのに。

 僕抜きでナナリーと話してみたかったのか?
 …… でも、何だってそんな。

 もしかしたら彼女が“ヨミガエリ”である事にも既に気が付いているのかもしれない。どうやって情報を仕入れているのか不明だが、不思議と色々知っているからな、彼は。

「——エルナトさん?」

 名前を呼ばれ、ハッと我に返る。どうやら色々考え込み過ぎて、いつまで経ってもナナリーから土産の入る紙袋を受け取らない事を不思議に思わせてしまったみたいだ。
 子猫の様に愛らしく小首を傾げる彼女の仕草にきゅっと胸の奥を締め付けられつつ、大きな紙袋をありがたく受け取る。セフィルの作るお菓子はどれもこれも見た事が無い物が多くてまるで異世界の産物の様なのに、造形が美しくて美味しいものばかりなので、食べるのが楽しみだ。
「ありがとうございます。夕食後にもで、一緒にどうですか?」
「あー…… いえ、私はいいです。お店で沢山食べたので、もう甘いものは…… ちょっと」
 彼女の言う、『ちょっと』とはどういう意味を含んでいるんだろうか?これ以上食べると太りそうだとか、そんな理由か?ナナリーなら太っても可愛いだろうに、勿体ない。『もし太った姿が嫌だったとしても、どうせそろそろ激しい運動を周期的にせざるおえない日が来るんだから、心配いならいよ』とは逃げられる要因になりそうなので言わないでおいた。
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