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【第三章】
【第九話】古書店⑦(雨宮七音・談)
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「そうだ、本の代金。…… おいくらですか?その、恥ずかしい話、あまり持ち合わせがないので金額次第では分割払いでお願いしたいんですが…… 」
段々と消え入りそうな声になっていき、手をモジモジとさせた上に、視線まで泳いでしまう。財布の中身は全て目覚めた部屋の借り主である“ナナリー”さんの財産であり、自分自身の資産ではないから余計に気不味い。
「もう頂いていますよ?」
不思議そうな声で言われたが、私は財布に触ってもいない。それどころか手荷物を開けてすらいないので、驚きつつ慌てて鞄の方へ顔を向けた。
「貴女の貴重なお時間を柊華の為に頂きましたからね、それで充分ですよ」
「…… でも」
火の車の渦中にある財布的にはありがたい提案ではあるが、嫌々無理矢理お茶会に参加させられた訳でも無いのに『じゃあお言葉に甘えて!』とは流石に言いづらい。
「貴女がその本の存在を完全に忘れた頃にでも勝手にこちらで回収させてもらうので、『タダより高いモノは無い』といった心配もしなくていいですよ」
反射的に『どうやって⁈』と言いそうになったが、不思議とこのヒトだったらやれそうだなとも思った。
「じゃあ、この本は『お借りします』って事でどうでしょうか?」
将来的に回収されるのなら、代償を払ったうえでの購入という程よりも、最初からその方が気持ち的にもありがたいし。
「では、その様にしておきましょう」
同時に頷き、本の扱いが決まった時、「こちらはどうちましゅか?」と、文庫本の『黒猫』を両手で掴み、高らかに掲げたトウカが言った。
オ、オカシイ。私はまたあれをそっと返したはずなのに!
どうやら彼女は意地でもあの本を私に買わせたいみたいだ。かなり高い本みたいだし、店員は店の利益を考えるものだろうし当然の行為か。
「その本もお貸しするという事でどうでしょう?柊華のオススメの一冊ですからね、古い本なのでどうしても古典的な文章にはなっていますが、きっと楽しめるかと思いますよ」
「え、いいんですか?」
「よんだらカンソウおしえてくらしゃいね!」
キラキラと瞳を輝かせながら持っていた文庫本を私に渡してくれる。別に彼女は売り上げの為にこの本を推しているわけでは無いのだと今更気が付き、急に申し訳ない気持ちになってきた。純粋に読書を楽しんでもらえたらという幼子の優しさを邪推してしまうとは、幼いトウカの姉ポジションに保護者であるセフィルから認可された身としては失格だ。
「次会う時までには読んでおきますね」
ニコニコ笑顔の奥に内心を隠し、トウカの頭を撫でてみる。すると子猫のように瞼を閉じて、うっとりとした様子で軽く首を傾けてくれた。
か、可愛い!
弟妹達と違って、孫の様に無責任に愛でる事の出来る対象であるからか、より一層可愛く見える。
愛玩対象としていつまででも鑑賞していたくなる愛らしさだ。
が、そんなふうに萌える私の体に鋭いナイフが如くセフィルからの暗い視線がグサグサと無遠慮に突き刺さる。このままではこの体もトウカの叔母の様にバラバラにされかねないと思い、私は不快に感じさせない程度にゆっくりとトウカの頭から手を離したのだった。
「で、では、両方とも大事に読ませてもらいますね」
そそくさと、でも丁寧に二冊の本を鞄の中に入れ帰りさっさと支度を整える。
「はいでっしゅ」
レンタル古書店という訳でもないだろうに本当にいいんだろうか?と、まだちょっと心配になりつつも、時間を対価として希望通りの本と暇潰しの古書を一冊手に入れた。これで少しは一般常識を身につけられるはずなので、慎重に並行世界からの帰還方法を調べ始める取っ掛かりにもなるだろう。この先彼らが信用に値する存在だと確信出来れば、またこの店で、帰る方法に深く関わる内容の本もないか訊いてみるのもいいかもしれない。
「こちら、手土産にどうぞ。カストルは甘い物が好きなので、細かい作業で疲れていたとしても、きっと機嫌がよくなると思いますよ」
「ありが…… えっと、いいんですか?こんなに」
振り返り、セフィルが持っているお菓子を詰めてくれた箱の入る紙袋を見た途端、お礼の言葉が途切れて疑問を口にしてしまった。テーブルの上に残っていたお菓子を全て詰めただけにしては、袋が大きい。『様な気がする』とかそんなレベルではない。余り物以外にも追加で色々箱詰めしたのか、ホールケーキの箱が四個くらいは入っていそうな量だ。こんな大きさの紙袋は衣料品店からの帰りくらいでしか持った事がない。
…… こんなの、私にも持てるだろうか?
そんな心配が頭をよぎる。
「大丈夫ですよ、見た目程重量はないので」
心でも読んだみたいに私の心配事に的確に答えてくれたが、ただ単に感情が思いっきり顔に出ていただけだと思う。
「『仕事を押し付けたお詫びだ』とでも言って渡せば、彼なら当然の様に受け取りますよ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく頂きます」
軽く会釈しつつ、土産の入る袋を受け取る。彼の言う通り左程重くなく、私でも普通に片手で持ち帰る事が出来そうだ。もしかしたら重量軽減系の魔法がかけられた袋なのかもしれない。
「またきてくらしゃいね」
出口へと向かい、店の扉を開けて外に一歩足を踏み出した私に対してトウカが高く上げた腕を元気に振りながら声を掛けてくれた。
「丁寧なおもてなし、ありがとうございました」
土産の入る袋の中身が崩れぬ様に両手で持ち手を掴み、軽く礼をしつつ感謝を伝えた。
「ナナリーさんは、このまま真っ直ぐ魔装具店に戻られるんですか?」
「はい。時間も時間ですし、そのつもりです」
そもそも行き先が目の前の古書店だけならと限定的な許可をもらっての外出なので、他の店にも立ち寄ってから帰宅したとバレたら今後の外出に影響しかねない。初めてでいきなり約束を破りでもしたら、この先ずっと一人での外出を許してもらえない事態にすらなり得るくらいエルナトとクルスの二人は過保護過ぎる気がするので、当然このまま真っ直ぐ彼らの店に戻るつもりだ。
「そうですか。んー…… もう出逢ってしまった後なので今更貴女に言っても無意味でしょうけど、あまりカストルには心を開かない方がいいですよ。それと、今後は頼る相手をきっちり見極めてからの方がよろしいかと」
「…… そ、そうなんですか?」
それにしても、セフィルはさっきからずっと、エルナトとクルス、一体どちらの話をしているんだろう?一貫して苗字呼びだし、二人共ひっくるめての話として受け取るべきなんだろうか。
「どうせ彼も私と同じで、ロクなことを考えてはいませんからね」
と口にし、『私が言った事は彼には内緒ですよ』とでも言うみたいに、セフィルが自分の口元に指を立てる。
甘くて美味しそうな土産の入る袋だけをくれればいいものを、ただこのまま真っ直ぐ店に帰る事すらも不安になる情報まで、彼は私に贈ってくれたのだった。
段々と消え入りそうな声になっていき、手をモジモジとさせた上に、視線まで泳いでしまう。財布の中身は全て目覚めた部屋の借り主である“ナナリー”さんの財産であり、自分自身の資産ではないから余計に気不味い。
「もう頂いていますよ?」
不思議そうな声で言われたが、私は財布に触ってもいない。それどころか手荷物を開けてすらいないので、驚きつつ慌てて鞄の方へ顔を向けた。
「貴女の貴重なお時間を柊華の為に頂きましたからね、それで充分ですよ」
「…… でも」
火の車の渦中にある財布的にはありがたい提案ではあるが、嫌々無理矢理お茶会に参加させられた訳でも無いのに『じゃあお言葉に甘えて!』とは流石に言いづらい。
「貴女がその本の存在を完全に忘れた頃にでも勝手にこちらで回収させてもらうので、『タダより高いモノは無い』といった心配もしなくていいですよ」
反射的に『どうやって⁈』と言いそうになったが、不思議とこのヒトだったらやれそうだなとも思った。
「じゃあ、この本は『お借りします』って事でどうでしょうか?」
将来的に回収されるのなら、代償を払ったうえでの購入という程よりも、最初からその方が気持ち的にもありがたいし。
「では、その様にしておきましょう」
同時に頷き、本の扱いが決まった時、「こちらはどうちましゅか?」と、文庫本の『黒猫』を両手で掴み、高らかに掲げたトウカが言った。
オ、オカシイ。私はまたあれをそっと返したはずなのに!
どうやら彼女は意地でもあの本を私に買わせたいみたいだ。かなり高い本みたいだし、店員は店の利益を考えるものだろうし当然の行為か。
「その本もお貸しするという事でどうでしょう?柊華のオススメの一冊ですからね、古い本なのでどうしても古典的な文章にはなっていますが、きっと楽しめるかと思いますよ」
「え、いいんですか?」
「よんだらカンソウおしえてくらしゃいね!」
キラキラと瞳を輝かせながら持っていた文庫本を私に渡してくれる。別に彼女は売り上げの為にこの本を推しているわけでは無いのだと今更気が付き、急に申し訳ない気持ちになってきた。純粋に読書を楽しんでもらえたらという幼子の優しさを邪推してしまうとは、幼いトウカの姉ポジションに保護者であるセフィルから認可された身としては失格だ。
「次会う時までには読んでおきますね」
ニコニコ笑顔の奥に内心を隠し、トウカの頭を撫でてみる。すると子猫のように瞼を閉じて、うっとりとした様子で軽く首を傾けてくれた。
か、可愛い!
弟妹達と違って、孫の様に無責任に愛でる事の出来る対象であるからか、より一層可愛く見える。
愛玩対象としていつまででも鑑賞していたくなる愛らしさだ。
が、そんなふうに萌える私の体に鋭いナイフが如くセフィルからの暗い視線がグサグサと無遠慮に突き刺さる。このままではこの体もトウカの叔母の様にバラバラにされかねないと思い、私は不快に感じさせない程度にゆっくりとトウカの頭から手を離したのだった。
「で、では、両方とも大事に読ませてもらいますね」
そそくさと、でも丁寧に二冊の本を鞄の中に入れ帰りさっさと支度を整える。
「はいでっしゅ」
レンタル古書店という訳でもないだろうに本当にいいんだろうか?と、まだちょっと心配になりつつも、時間を対価として希望通りの本と暇潰しの古書を一冊手に入れた。これで少しは一般常識を身につけられるはずなので、慎重に並行世界からの帰還方法を調べ始める取っ掛かりにもなるだろう。この先彼らが信用に値する存在だと確信出来れば、またこの店で、帰る方法に深く関わる内容の本もないか訊いてみるのもいいかもしれない。
「こちら、手土産にどうぞ。カストルは甘い物が好きなので、細かい作業で疲れていたとしても、きっと機嫌がよくなると思いますよ」
「ありが…… えっと、いいんですか?こんなに」
振り返り、セフィルが持っているお菓子を詰めてくれた箱の入る紙袋を見た途端、お礼の言葉が途切れて疑問を口にしてしまった。テーブルの上に残っていたお菓子を全て詰めただけにしては、袋が大きい。『様な気がする』とかそんなレベルではない。余り物以外にも追加で色々箱詰めしたのか、ホールケーキの箱が四個くらいは入っていそうな量だ。こんな大きさの紙袋は衣料品店からの帰りくらいでしか持った事がない。
…… こんなの、私にも持てるだろうか?
そんな心配が頭をよぎる。
「大丈夫ですよ、見た目程重量はないので」
心でも読んだみたいに私の心配事に的確に答えてくれたが、ただ単に感情が思いっきり顔に出ていただけだと思う。
「『仕事を押し付けたお詫びだ』とでも言って渡せば、彼なら当然の様に受け取りますよ」
「じゃ、じゃあ遠慮なく頂きます」
軽く会釈しつつ、土産の入る袋を受け取る。彼の言う通り左程重くなく、私でも普通に片手で持ち帰る事が出来そうだ。もしかしたら重量軽減系の魔法がかけられた袋なのかもしれない。
「またきてくらしゃいね」
出口へと向かい、店の扉を開けて外に一歩足を踏み出した私に対してトウカが高く上げた腕を元気に振りながら声を掛けてくれた。
「丁寧なおもてなし、ありがとうございました」
土産の入る袋の中身が崩れぬ様に両手で持ち手を掴み、軽く礼をしつつ感謝を伝えた。
「ナナリーさんは、このまま真っ直ぐ魔装具店に戻られるんですか?」
「はい。時間も時間ですし、そのつもりです」
そもそも行き先が目の前の古書店だけならと限定的な許可をもらっての外出なので、他の店にも立ち寄ってから帰宅したとバレたら今後の外出に影響しかねない。初めてでいきなり約束を破りでもしたら、この先ずっと一人での外出を許してもらえない事態にすらなり得るくらいエルナトとクルスの二人は過保護過ぎる気がするので、当然このまま真っ直ぐ彼らの店に戻るつもりだ。
「そうですか。んー…… もう出逢ってしまった後なので今更貴女に言っても無意味でしょうけど、あまりカストルには心を開かない方がいいですよ。それと、今後は頼る相手をきっちり見極めてからの方がよろしいかと」
「…… そ、そうなんですか?」
それにしても、セフィルはさっきからずっと、エルナトとクルス、一体どちらの話をしているんだろう?一貫して苗字呼びだし、二人共ひっくるめての話として受け取るべきなんだろうか。
「どうせ彼も私と同じで、ロクなことを考えてはいませんからね」
と口にし、『私が言った事は彼には内緒ですよ』とでも言うみたいに、セフィルが自分の口元に指を立てる。
甘くて美味しそうな土産の入る袋だけをくれればいいものを、ただこのまま真っ直ぐ店に帰る事すらも不安になる情報まで、彼は私に贈ってくれたのだった。
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