愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
29 / 86
【第三章】

【第五話】古書店③(雨宮七音・談)

しおりを挟む
 私の言葉の端々から何かを察しているのだろうか?

 いいや、違う、大丈夫だ。流石にこの短時間でボロを出すような会話はしていない、はず。だがセフィルは、エルナトとクルスを私から引き離し、この店に一人で来る様に仕向けた張本人である事は間違いない。…… 根拠はまだ何もないけど、彼の発言から察するに多分きっとそうだ、と思う。となると、やはり私が初日にやらかした、諜報員を呼び出す魔法でこの地域一体の空に蝶々を大量発生させてしまった件から色々見抜かれてしまったパターンだろうか?あの様な不可解な現象が起こり、その後現れた見知らぬ獣人型だというだけで何かと推察するには無理がある気がするけれども。

 ——そんな事を考えて、一人黙ったまま神妙な顔つきで悩んでいると、「おまたちぇしまちたぁ!」と元気な少女の声が本棚の影から不意に聞こえ、可愛い姿を見逃してなるものかと即座に視線をやった。セフィルはもうすでに優しい表情で彼女を見詰めていて、どうやら私は一歩出遅れたっぽい。

 えっと…… 怪力系の子、なのかな?

 そう思ってしまうくらい、高く積み上がった本を小さな体で運んでいる。あれでは前も見えないだろうに何故か彼女の足取りは軽やかだ。相変わらず愛らしい足音が聞こえてきそうな動き方をするもんだから、ついほんわかとした気分に。だが、どうしたって子供一人に運ばせるにはえげつない量の本を持っている事がどうしても気になり、私は椅子から腰を浮かせて本の運搬を手伝おうとした。なのにセフィルに無言のまま首を横に振られ、座るようにと促されてしまった。
「運搬に適した魔装具を使用しているので、あのくらいなら平気ですよ」
 彼の言う通り、少女の両腕には美しい細工の施された太めのバングルが装着されている。きっとあれがその魔装具なのだろう。“怪力”と“透視”の効果でも付与されているんだろうか?
「お向かいで店を営むカストルとは、永い付き合いなのですよ。…… 予定よりも早く両親を亡くし、しばらくの間まともとは言えない環境下に居たせいで小柄になってしまった柊華とうかを気遣って、彼がわざわざ贈ってくれたんです」

 “予定”

 人が亡くなるという不幸な出来事に対して使うには、あまりにも不適切な言い回しだ。まるでトウカの両親が亡くなる事を事前に知っていたとしか思えない。だがそんな事が可能なのは、計画的な他殺の時か、あるいは——

 ドンッ!という大きな音で、私は思考の海から無理矢理引っ張り上げられた。
 さっきまで目の前に並んでいたはずのケーキスタンドや水色のハーブティーの残るティーカップはいつの間にか丸テーブルの隅に移動してあり、その代わりトウカの運んできた本が山のように積まれている。
 改めて眼前にするとやっぱりすごい量だ。軽く口が開き、しばらくの間呆気に取られてしまうくらいに。二、四、六、八…… ざっと数えただけでも、厚みの違う様々なサイズの本が四、五十冊はありそうだ。この量をあんな小さな子供が運んだのかと、改めて驚いてしまう。

「このらいんあっぷは、いかがでしゅか?」

 空いていた席に腰掛け、ジュースを片手にしているトウカにふふんっと誇らしげな顔で訊かれ、私は反射的に笑顔で応えた。
「こんなに選んでくれてありがとう」
「ごきぼうのしながあったら、ぜひかってくらしゃいね?」
「う、うん…… 」
 財布の中身が悲しい程貧相な私に対し、ど直球でのお願いがきた。
 背伸びした言葉選びをしていようが、大量に本を運べようが、相手は子供。がっかりさせず、成功体験をさせてもあげたいから是非この中からも買う本を選んであげたい所なのだが…… トウカの選んできた本は、どれもこれも猫、猫!猫!!『猫』の文字が入る本ばかりだった。

『猫のいる生活』
『猫との楽しい暮らし』
『猫のいる風景』
『吾輩は猫——

 どの本も全て、猫関連である。明らかに今の私の容姿に影響を受けているラインナップだ。赤毛であるというだけでも目立つだろうし、全般的にヒト型が多い中で珍しく来た獣人型の客なのだとするならばこうもなろう。だが、おすすめの本を選ぶ際にちょっとは猫系を混ぜてしまうのならまぁ頷けるが、全て、となると流石にやり過ぎだ。当然ながら私が探したい内容の本とはかすりもしていない。
 お金の絡む話ではあれども子供のする事だし、衣食住の心配もなくなったのだからここは一つ一番安い本でも選んでおこう。

 考えをまとめ、うんと頷く。
 そして私はずらりと並ぶ本の山の中から、『黒猫』というタイトルの文庫本を一冊手に取った。真っ先に裏を見て価格を確認したが文庫なだけあって印刷されている値段はかなりお手頃だ。本の状態は良いが、デザインセンスからこの本がかなり古い物である事が伺えるから、きっとこの表示価格よりも更にかなりの安価だろう。
「じゃあ、この本にしようかな」
 手に取った本をトウカに見せると、「おおぉー。おねがたかいでしゅね、おかいあげありがとうございまふ!」と言われ、私は慌ててセフィルの方へ顔を向けた。
「流石、魔装具店にお勤めというだけあって、本を選ぶセンスもいい。その古書は何世紀も前に発行された初版本なので、世界に数冊しか現存していない物なんですよ。コレクターの間では数百万出しても欲しいと言うヒトもいる一品です」
 軽く拍手をされながら言われたが、明日をも知れない様な財布の中身である我が身ではそんな物を買える訳がない。『ならば支払いは分割で!』と交渉する程この本が欲しい訳でもないので、私は無言のままそっと手に取った文庫本を本の山の中に戻した。

「さて——」
 パンッと軽く手を叩き、セフィルが口元に笑みを浮かべる。

「余興はここまでにして、次は私が貴女のご希望の品をお持ちしましょう」

 そう言って席を立ち、私とトウカを残したまま、今度はセフィルが本棚の方へ消えて行ってしまった。…… しかし、トウカのチョイスを余興扱いとは、愛情ありきとはいえちょっと酷いような気が。それとも私の行動に対して余興扱いしたのだろうか?
 それにしても、彼女に対して『店員の仕事を何か勘違いしている』と言っていたが、『いやいや、完全に貴方の影響ですよ』と突き付けてやりたい気分に段々となってきた。だって私は今もまだ、どんな本を探しているかなんて彼らに伝えていないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました

Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。 そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて―― イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

中でトントンってして、ビューってしても、赤ちゃんはできません!

いちのにか
恋愛
はいもちろん嘘です。「ってことは、チューしちゃったら赤ちゃんできちゃうよねっ?」っていう、……つまりとても頭悪いお話です。 含み有りの嘘つき従者に溺愛される、騙され貴族令嬢モノになります。 ♡多用、言葉責め有り、効果音付きの濃いめです。従者君、軽薄です。 ★ハッピーエイプリルフール★ 他サイトのエイプリルフール企画に投稿した作品です。期間終了したため、こちらに掲載します。 以下のキーワードをご確認の上、ご自愛ください。 ◆近況ボードの同作品の投稿報告記事に蛇補足を追加しました。作品設定の記載(短め)のみですが、もしよろしければ٩( ᐛ )و

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

処理中です...