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【第三章】
【第五話】古書店③(雨宮七音・談)
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私の言葉の端々から何かを察しているのだろうか?
いいや、違う、大丈夫だ。流石にこの短時間でボロを出すような会話はしていない、はず。だがセフィルは、エルナトとクルスを私から引き離し、この店に一人で来る様に仕向けた張本人である事は間違いない。…… 根拠はまだ何もないけど、彼の発言から察するに多分きっとそうだ、と思う。となると、やはり私が初日にやらかした、諜報員を呼び出す魔法でこの地域一体の空に蝶々を大量発生させてしまった件から色々見抜かれてしまったパターンだろうか?あの様な不可解な現象が起こり、その後現れた見知らぬ獣人型だというだけで何かと推察するには無理がある気がするけれども。
——そんな事を考えて、一人黙ったまま神妙な顔つきで悩んでいると、「おまたちぇしまちたぁ!」と元気な少女の声が本棚の影から不意に聞こえ、可愛い姿を見逃してなるものかと即座に視線をやった。セフィルはもうすでに優しい表情で彼女を見詰めていて、どうやら私は一歩出遅れたっぽい。
えっと…… 怪力系の子、なのかな?
そう思ってしまうくらい、高く積み上がった本を小さな体で運んでいる。あれでは前も見えないだろうに何故か彼女の足取りは軽やかだ。相変わらず愛らしい足音が聞こえてきそうな動き方をするもんだから、ついほんわかとした気分に。だが、どうしたって子供一人に運ばせるにはえげつない量の本を持っている事がどうしても気になり、私は椅子から腰を浮かせて本の運搬を手伝おうとした。なのにセフィルに無言のまま首を横に振られ、座るようにと促されてしまった。
「運搬に適した魔装具を使用しているので、あのくらいなら平気ですよ」
彼の言う通り、少女の両腕には美しい細工の施された太めのバングルが装着されている。きっとあれがその魔装具なのだろう。“怪力”と“透視”の効果でも付与されているんだろうか?
「お向かいで店を営むカストルとは、永い付き合いなのですよ。…… 予定よりも早く両親を亡くし、しばらくの間まともとは言えない環境下に居たせいで小柄になってしまった柊華を気遣って、彼がわざわざ贈ってくれたんです」
“予定”
人が亡くなるという不幸な出来事に対して使うには、あまりにも不適切な言い回しだ。まるでトウカの両親が亡くなる事を事前に知っていたとしか思えない。だがそんな事が可能なのは、計画的な他殺の時か、あるいは——
ドンッ!という大きな音で、私は思考の海から無理矢理引っ張り上げられた。
さっきまで目の前に並んでいたはずのケーキスタンドや水色のハーブティーの残るティーカップはいつの間にか丸テーブルの隅に移動してあり、その代わりトウカの運んできた本が山のように積まれている。
改めて眼前にするとやっぱりすごい量だ。軽く口が開き、しばらくの間呆気に取られてしまうくらいに。二、四、六、八…… ざっと数えただけでも、厚みの違う様々なサイズの本が四、五十冊はありそうだ。この量をあんな小さな子供が運んだのかと、改めて驚いてしまう。
「このらいんあっぷは、いかがでしゅか?」
空いていた席に腰掛け、ジュースを片手にしているトウカにふふんっと誇らしげな顔で訊かれ、私は反射的に笑顔で応えた。
「こんなに選んでくれてありがとう」
「ごきぼうのしながあったら、ぜひかってくらしゃいね?」
「う、うん…… 」
財布の中身が悲しい程貧相な私に対し、ど直球でのお願いがきた。
背伸びした言葉選びをしていようが、大量に本を運べようが、相手は子供。がっかりさせず、成功体験をさせてもあげたいから是非この中からも買う本を選んであげたい所なのだが…… トウカの選んできた本は、どれもこれも猫、猫!猫!!『猫』の文字が入る本ばかりだった。
『猫のいる生活』
『猫との楽しい暮らし』
『猫のいる風景』
『吾輩は猫——
どの本も全て、猫関連である。明らかに今の私の容姿に影響を受けているラインナップだ。赤毛であるというだけでも目立つだろうし、全般的にヒト型が多い中で珍しく来た獣人型の客なのだとするならばこうもなろう。だが、おすすめの本を選ぶ際にちょっとは猫系を混ぜてしまうのならまぁ頷けるが、全て、となると流石にやり過ぎだ。当然ながら私が探したい内容の本とはかすりもしていない。
お金の絡む話ではあれども子供のする事だし、衣食住の心配もなくなったのだからここは一つ一番安い本でも選んでおこう。
考えをまとめ、うんと頷く。
そして私はずらりと並ぶ本の山の中から、『黒猫』というタイトルの文庫本を一冊手に取った。真っ先に裏を見て価格を確認したが文庫なだけあって印刷されている値段はかなりお手頃だ。本の状態は良いが、デザインセンスからこの本がかなり古い物である事が伺えるから、きっとこの表示価格よりも更にかなりの安価だろう。
「じゃあ、この本にしようかな」
手に取った本をトウカに見せると、「おおぉー。おねがたかいでしゅね、おかいあげありがとうございまふ!」と言われ、私は慌ててセフィルの方へ顔を向けた。
「流石、魔装具店にお勤めというだけあって、本を選ぶセンスもいい。その古書は何世紀も前に発行された初版本なので、世界に数冊しか現存していない物なんですよ。コレクターの間では数百万出しても欲しいと言うヒトもいる一品です」
軽く拍手をされながら言われたが、明日をも知れない様な財布の中身である我が身ではそんな物を買える訳がない。『ならば支払いは分割で!』と交渉する程この本が欲しい訳でもないので、私は無言のままそっと手に取った文庫本を本の山の中に戻した。
「さて——」
パンッと軽く手を叩き、セフィルが口元に笑みを浮かべる。
「余興はここまでにして、次は私が貴女のご希望の品をお持ちしましょう」
そう言って席を立ち、私とトウカを残したまま、今度はセフィルが本棚の方へ消えて行ってしまった。…… しかし、トウカのチョイスを余興扱いとは、愛情ありきとはいえちょっと酷いような気が。それとも私の行動に対して余興扱いしたのだろうか?
それにしても、彼女に対して『店員の仕事を何か勘違いしている』と言っていたが、『いやいや、完全に貴方の影響ですよ』と突き付けてやりたい気分に段々となってきた。だって私は今もまだ、どんな本を探しているかなんて彼らに伝えていないのだから。
いいや、違う、大丈夫だ。流石にこの短時間でボロを出すような会話はしていない、はず。だがセフィルは、エルナトとクルスを私から引き離し、この店に一人で来る様に仕向けた張本人である事は間違いない。…… 根拠はまだ何もないけど、彼の発言から察するに多分きっとそうだ、と思う。となると、やはり私が初日にやらかした、諜報員を呼び出す魔法でこの地域一体の空に蝶々を大量発生させてしまった件から色々見抜かれてしまったパターンだろうか?あの様な不可解な現象が起こり、その後現れた見知らぬ獣人型だというだけで何かと推察するには無理がある気がするけれども。
——そんな事を考えて、一人黙ったまま神妙な顔つきで悩んでいると、「おまたちぇしまちたぁ!」と元気な少女の声が本棚の影から不意に聞こえ、可愛い姿を見逃してなるものかと即座に視線をやった。セフィルはもうすでに優しい表情で彼女を見詰めていて、どうやら私は一歩出遅れたっぽい。
えっと…… 怪力系の子、なのかな?
そう思ってしまうくらい、高く積み上がった本を小さな体で運んでいる。あれでは前も見えないだろうに何故か彼女の足取りは軽やかだ。相変わらず愛らしい足音が聞こえてきそうな動き方をするもんだから、ついほんわかとした気分に。だが、どうしたって子供一人に運ばせるにはえげつない量の本を持っている事がどうしても気になり、私は椅子から腰を浮かせて本の運搬を手伝おうとした。なのにセフィルに無言のまま首を横に振られ、座るようにと促されてしまった。
「運搬に適した魔装具を使用しているので、あのくらいなら平気ですよ」
彼の言う通り、少女の両腕には美しい細工の施された太めのバングルが装着されている。きっとあれがその魔装具なのだろう。“怪力”と“透視”の効果でも付与されているんだろうか?
「お向かいで店を営むカストルとは、永い付き合いなのですよ。…… 予定よりも早く両親を亡くし、しばらくの間まともとは言えない環境下に居たせいで小柄になってしまった柊華を気遣って、彼がわざわざ贈ってくれたんです」
“予定”
人が亡くなるという不幸な出来事に対して使うには、あまりにも不適切な言い回しだ。まるでトウカの両親が亡くなる事を事前に知っていたとしか思えない。だがそんな事が可能なのは、計画的な他殺の時か、あるいは——
ドンッ!という大きな音で、私は思考の海から無理矢理引っ張り上げられた。
さっきまで目の前に並んでいたはずのケーキスタンドや水色のハーブティーの残るティーカップはいつの間にか丸テーブルの隅に移動してあり、その代わりトウカの運んできた本が山のように積まれている。
改めて眼前にするとやっぱりすごい量だ。軽く口が開き、しばらくの間呆気に取られてしまうくらいに。二、四、六、八…… ざっと数えただけでも、厚みの違う様々なサイズの本が四、五十冊はありそうだ。この量をあんな小さな子供が運んだのかと、改めて驚いてしまう。
「このらいんあっぷは、いかがでしゅか?」
空いていた席に腰掛け、ジュースを片手にしているトウカにふふんっと誇らしげな顔で訊かれ、私は反射的に笑顔で応えた。
「こんなに選んでくれてありがとう」
「ごきぼうのしながあったら、ぜひかってくらしゃいね?」
「う、うん…… 」
財布の中身が悲しい程貧相な私に対し、ど直球でのお願いがきた。
背伸びした言葉選びをしていようが、大量に本を運べようが、相手は子供。がっかりさせず、成功体験をさせてもあげたいから是非この中からも買う本を選んであげたい所なのだが…… トウカの選んできた本は、どれもこれも猫、猫!猫!!『猫』の文字が入る本ばかりだった。
『猫のいる生活』
『猫との楽しい暮らし』
『猫のいる風景』
『吾輩は猫——
どの本も全て、猫関連である。明らかに今の私の容姿に影響を受けているラインナップだ。赤毛であるというだけでも目立つだろうし、全般的にヒト型が多い中で珍しく来た獣人型の客なのだとするならばこうもなろう。だが、おすすめの本を選ぶ際にちょっとは猫系を混ぜてしまうのならまぁ頷けるが、全て、となると流石にやり過ぎだ。当然ながら私が探したい内容の本とはかすりもしていない。
お金の絡む話ではあれども子供のする事だし、衣食住の心配もなくなったのだからここは一つ一番安い本でも選んでおこう。
考えをまとめ、うんと頷く。
そして私はずらりと並ぶ本の山の中から、『黒猫』というタイトルの文庫本を一冊手に取った。真っ先に裏を見て価格を確認したが文庫なだけあって印刷されている値段はかなりお手頃だ。本の状態は良いが、デザインセンスからこの本がかなり古い物である事が伺えるから、きっとこの表示価格よりも更にかなりの安価だろう。
「じゃあ、この本にしようかな」
手に取った本をトウカに見せると、「おおぉー。おねがたかいでしゅね、おかいあげありがとうございまふ!」と言われ、私は慌ててセフィルの方へ顔を向けた。
「流石、魔装具店にお勤めというだけあって、本を選ぶセンスもいい。その古書は何世紀も前に発行された初版本なので、世界に数冊しか現存していない物なんですよ。コレクターの間では数百万出しても欲しいと言うヒトもいる一品です」
軽く拍手をされながら言われたが、明日をも知れない様な財布の中身である我が身ではそんな物を買える訳がない。『ならば支払いは分割で!』と交渉する程この本が欲しい訳でもないので、私は無言のままそっと手に取った文庫本を本の山の中に戻した。
「さて——」
パンッと軽く手を叩き、セフィルが口元に笑みを浮かべる。
「余興はここまでにして、次は私が貴女のご希望の品をお持ちしましょう」
そう言って席を立ち、私とトウカを残したまま、今度はセフィルが本棚の方へ消えて行ってしまった。…… しかし、トウカのチョイスを余興扱いとは、愛情ありきとはいえちょっと酷いような気が。それとも私の行動に対して余興扱いしたのだろうか?
それにしても、彼女に対して『店員の仕事を何か勘違いしている』と言っていたが、『いやいや、完全に貴方の影響ですよ』と突き付けてやりたい気分に段々となってきた。だって私は今もまだ、どんな本を探しているかなんて彼らに伝えていないのだから。
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