愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第三話】古書店①(雨宮七音・談)

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 少しづつ色の違う小さめのレンガが綺麗に敷き詰められた歩道が特徴的なこの商店街は、和のテイストが強いカストル家の営む魔装具店以外は全て、ヨーロッパ旅行にでも来たような錯覚を感じさせる雰囲気だ。美麗なステンドグラスの使われた窓ガラスが特徴的な店や、石を綺麗に削った動植物をモチーフとした飾りがあしらわれた建物などが軒を連ね、夕刻独特の日差しが全体を茜色に染め上げている。それらの実態が八百屋だったり鮮魚店だったりするとは、とてもじゃないが想像つかない美しさだ。
 通りを行き交うヒト達は夕飯の食材を買い求めている者が多いのか、抱えている紙袋の上からはネギや大根などといった物がチラリと見えている。“ナナリー”の部屋みたいに大型の食料保管庫が無い家はほぼ毎日買い物に出ないといけないだろうから、ここの世界で料理をするヒト達はちょっと大変そうだ。

 そんな人波を縫って、私は今、魔装具店の対面にある古書店の前に一人で立っている。
 当初の予定では、ソファーの上でイチャイチャしている様にしか見えなかったであろう私達に突然、『二人して、僕の噂話ですか?悪趣味ですねぇ』と声を掛けてきたエルナトと、何をしたって私の手を離してくれなかったどころか、人様の肌を楽しそうに甘噛みし続けていたクルスとの三人で古書店に来るはずだった。だが、『やましい事をしていた訳じゃ無い』『そんな悪趣味な真似はしていない』と慌てて否定する間も無く、彼らのピアス型魔装具に通信の様なものが同時に入り、急遽私だけでこの店に行く流れになってしまったのだ。
 確かエルナトには魔塔とかいう場所から緊急の仕事の依頼が。クルスは所属しているアカデミーから魔物の討伐命令が入ったと言っていたと思う。

『…… 今は休暇中なのに。しかも二人同時に依頼が入るとか、絶対におかしい』

 面倒くさそうに荷造りをしつつ、顰めっ面でそう呟くクルスの言葉に私も強く同意したくなった。エルナトも『魔塔からの依頼なんか、何年振りやら。しかも、こんな唐突に急ぎの依頼だなんて初めてですよ』とこぼしているから、余計にだ。
 二人への依頼に何らかの意図を感じるが、“魔塔”が獣人型達にとっての“アカデミー”みたいに、エルフ型の者達が通っていた教育機関であることくらいしか諜報員の魔法で得られていない私では、答えなんか見出せるはずもなかった。
『一人で大丈夫か?』と、心配そうに声をかけてくれたクルスが荷造りもそこそこの状態で私の元に近寄り、頬に手を添えてきた。

 これ以上ボロを出さぬ為にも、一刻も早くこの世界の情報収集がしたい。
 仮初の姿だけではどこまでエルナト以外の者達を騙し続けられるのか不安だ。

 そんな理由で昨日からずっと行きたいと思っていた古書店は、通りを挟むとはいえ魔装具店のすぐ目の前だ。しかも挟むのは車道じゃなく、歩行者しか通れない道なので事故やトラブルなんか起こりようがないと思うのだが、心配性の二人はそう考える事が出来ないみたいだった。

『一人で行動させるだなんて…… 心配で胃が壊れそうです。そうだ!もういっそ、僕らの仕事が終わるまで延期にしませんか?』

 そう言ってエルナトが私の後ろに立ち、両肩に手を置く。
 クルスとエルナトの両名に前後を挟まれ、居た堪れない気持ちになった。顔面偏差値が異様に高い二人にこんな近距離に寄られる事にどうにも慣れることが出来ない。しかもほんのりといい香りがするし…… 多分これは、昨夜寝室で嗅いだ月下香の香りだろう。
 匂いに刺激され、あの時の状況を少し思い出しせいで頭が少しくらっとしてきた、その時——

「——だからぁ!助けて下さいって、お願いしますよ!」

 古書店の中から、悲痛な色を帯びた大きな声が聞こえ、私は回想から現実に引き戻された。
 あぁ、そうだ。…… 私はこの声が原因で、もう何十分もの間ずっと、店の前に立ったままでいるんだった。

「何度もお願いしているじゃないですか。いい加減、少しくらいこっちのお願いを聞いてくれたっていいんじゃないですか?」
 切迫している感じのある若い男性の声だけが聞こえるが、彼が説得しようとしているであろう相手の声は店の外までは全く聞こえてこない。相手に無視されているというよりは、ただ単に男性の声がかなり大きいのだろう。

 こんな状況で店に入ってもいいんだろうか?

 自分は客だ。クローズ状態にある訳でもない店なら好きなタイミングで入ってもいいじゃないかとは思うのだが、わざわざトラブルの起きている時に入る気にもなれない。かと言って、近傍に他の書店があるわけでもなし。ならば少し遠いが図書館へ行き先を変更しようかとも考えたが、『目の前だから』という理由で最終的に私一人での行動を渋々嫌々仕方なく許してくれたエルナト達が大激怒しそうな気がしたので、結局何十分も様子を伺いつつ、古書店の前から動けないでいる。

 もうそろそろ入ろうか?
 いやいや…… 説得中の様だし、お邪魔しては駄目だろ。

 ぐるぐると同じ事ばかり考えているうちに、店内から「——わかりました。今日はこれで一旦帰りますが、次は問題の元凶を連れて来るんで、絶対に協力して下さいね!」と言う声が聞こえ、同時にバタバタと元気な足音がこちらに向かって来た。
 マズイ、このままではこちらの存在に気が付いていないであろう男性が勢いよく扉を開けるに違い無い。そして木製の小洒落た扉は私の顔面にクリティカルヒットし、おっとりとした性格の人間だったならば運命的な出会いの瞬間が生まれてしまうだろう。だが残念ながら私はそういった類の状況はご遠慮願いたい。『怪我をさせてしまったお詫びにお茶でも』とか、『今すぐ病院へ!』とか言いながらお姫様抱っこされたりなんてシチュエーションになんぞ絶対になってたまるか。
 その一念の元、大きめに一歩後ろへ下がり店の扉が開くであろう範囲から退避する。と同時に予想通りの勢いで扉が開き、私が今さっきまで立っていた場所が見事に攻撃範囲内と化した。

「——あ、すみません。大丈夫でしたか?」

 声から予想していた以上に若い男性が、すまなそうな声で謝ってくる。短めの黒髪がよく似合う、ちょっと気の弱そうな印象のヒトだ。とてもじゃないが店の外まで聞こえる様な大声を出すタイプには見えず、ちょっと驚いた。
「あ、はい」と短く答えながら頷くと、私と同じ歳くらいの男性はホッと息をついた。よく見ると制服っぽいものを着ているので、高校生くらいの子なのかもしれない。
「どうぞ。…… えっと、この店のお客さん、なんですよね?」
 そう言いながら男性は、長い腕を伸ばして扉を開けたままにしておいてくれた。
「ありがとうございます」
 軽く会釈をしながら、目的の古書店へと入って行く。すると店内にはエルナトよりも色素の薄い印象のある白銀の髪色をした男性が、小さな黒髪の少女を膝に乗せた状態でカウンター奥に置かれた椅子に座っていた。

「いらっしゃいませ。——あぁ、やっぱり君でしたか。良かった、上手くいったんですね。ちゃんと一人で来られた様で安心しました」

 彼のその一言を聞いた瞬間私は、『あ、この人が私からエルナトとクルスを引き離した張本人だ』と、動物的な本能的と共に悟ったのだった。
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