愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第二話】心苦しき時間②(雨宮七音・談)

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 クルスへの認識を改ねばと思った事もあってか、流石にこのまま手を繋いでいてはいけないような気がしてきた。どうにかしてこの手を離さなくては。だけど、出来るだけ不快感を与えず、尚且つ不自然では無い様に振る舞いつつが鉄則だ。
 彼は私の雇い主であるエルナトの家族であるという事を念頭に置き、「…… はは、クルスさんでも冗談を言うことがあるんですね」と言いながら、ゆっくり手を引こうとした。だが、困った事にビクともしない。こちらの心境を察して力を緩める、なんて事をする気がクルスには全く無いみたいだ。

「誰が“ヨミガエリ”なのかもわからない間は、狸と狐の化かし合いみたいな時期が続くからな、精神的にも疲れる事になるぞ?軽い気持ちで取り合いが出来る相手じゃない。あぁ…… でも、心身共に疲れ果てた君を俺が癒してやれば、強い繋がりが持てそうだな」

 クルスはそう言いつつ、手を繋いだままになっている私の腕を軽く持ち上げた。途端、手首に二本の小さくて硬いものが軽く当たる感触と同時に、熱い吐息とぬるっとした柔らかいモノが肌の上を優しく撫で始める。だが、目元を温める為に置かれたままになっているタオルのせいで状況がきちんと把握出来ない。でもきっとコレは、間違い無くクルスが私の手首を甘噛みしているのだと思う。
「んくっ」
 どうにか堪えはしたが、彼の舌先が肌の上を少し滑るだけで変な声が口から出てしまいそうだ。『止めて』と、今すぐにでも言ってバッと無理矢理腕を引こうがきっと私を責める者なんて誰一人としていないだろう。だが困った事にその一言が口から出てこない。それどころか、手を離そうとすら出来ない始末だ。体中から力が抜け落ち、甘い蜜の入る坩堝の中へ緩やかに落ちていく様な、変な感覚が私を包む。目元は温かなタオルで覆われたままだし、これではまるで目隠しプレイでもしてしまっているみたいだ。

「発情期もきていない様なねんねのお子様にはまだ手出しすまいと思っていたのに、随分と可愛い反応をしてくれるんだな」

 クスッと笑うクルスの声が聞こえる。やっぱり彼も信用しちゃいけないヒトだ。
 そう思うのに、さっきよりもほんの少し強く手首を噛まれただけで、警戒心ごと容易く摘み取られてしまった。

 それにしても、発情期って?

 あぁ、そう言えば、クルスは昨夜もそんな話をしていた気がする。まさか獣人型にはそんな恐ろしい期間が存在しているんだろうか?私は魔力が無いはずの獣人型でありながら魔法を使える様に、発情期は無いなんて例外もあればいいのに。

「もういっその事、このまま俺とつがってしまわないか?“ヨミガエリ”なんか手に入れられなくても、俺達がついていれば叶わない願いなんてほとんど無いから別にいいじゃないか」

 私の指の付け根を指先で優しく撫でながら、甘く囁く。肌を甘噛みされているせいか全身が過敏になっていて、そんな箇所をちょっと撫でられただけなのに体が軽く跳ねた。
 いいのか悪いのか、車酔いの様な具合の悪さまでが魔法みたいに溶けていく。体の不調が消えるのは嬉しいけど、こんな消え方は健全じゃない。

「——エルナトさんに!」

 声を振り絞り、助けを求めるみたいな勢いでエルナトの名を口にする。この場に来て欲しとか、そういう訳では無い。ただ、この状況を改善する為にも、事実をクルスに伝えねばとその一心で。
「ん?エルナトが、どうかしたのか?」
 きょとんとした声でクルスが私の肌を甘噛みするのを止めた。だが、やっぱり繋いだままの手は離してくれないみたいだ。
「エルナトさんに交際を申し込まれていて、なのでこれ以上は…… その…… 」

「ははっ!エルナトが、君に交際を?んなまどろっこしい真似をアイツがする訳が無いだろ。俺みたいに色々すっ飛ばして、『いきなり結婚を申し込まれた』の間違いだろ」

 流石二人は兄弟っぽいだけある。完璧にエルナトの行動を見抜いているじゃないか。
 そして困った事に、エルナトの言っていた話は勘違いではなかった様だ。わかりにくかっただけで、クルスの『じゃあ、諦めたら俺に声を掛けてくれ。俺の方は、いつでも大歓迎だから』という発言も、彼的には告白や求婚のつもりで間違いなさそうだ。

「…… ここに居なくても、ちゃんと気遣ってくれるんだな。益々君にハマりそうだ」

 私の発言を、クルスはまるで自分に対しての気遣いだったかの様に喜ぶと、熱の籠った声でそう呟きながら、私の手の甲にちゅっと口付けをしてくる。そのせいで私は、『ぎゃー!』と黄色とも何とも言えない不可思議な感情を含む悲鳴を心の中だけであげた。

 それにしても、エルナトへの気遣いをどうしてクルスが喜んだんだろうか?

 ふと不思議に思ったが、不意に聞こえた「二人して、僕の噂話ですか?悪趣味ですねぇ」と言うエルナト本人の声で打ち消されてしまった。
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