愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第二章】

【第十一話】回想〜出会いの裏側②〜(エルナト・談)

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 扉に店の開店合図となる『オープン』と書かれた札を出した。頼んだパンはまだ届いていないので空腹のままなのだが、昨日の晩に作ったスープでも飲みながらのんびり待つとしよう。

 洋風の古風な外観をした店が多いこの商店街の中、僕の店は珍しく瓦屋根の店構えといった感じで和をモチーフとしている。店で扱っている魔装具は洋風なデザインの物が多いので内装と商品がチグハグではあるのだが、誰からも『変だ』と言われた事はないので、きっとこの差が返って味を出しているのだろう。ただ自分が和風な建築物の方が落ち着くから、暮らすにも断然この方がいいという理由なだけなのだが、その事を知る者は僕以外には特にいない。出来るだけ独りで居たい僕には、そこまで話す相手なんか一人もいないからだ。客として、同業者として、同じ商店街の仲間として和やかに人と接する事はあれども、それ以上の関係を誰かと築く気なんかさらさら無い。
 ——と、この時までは、心の底から本気で思っていた。


 ガラリと店の引き戸が開く音が聞こえた。反射的に『いらっしゃいませ』と言って応え、接客の為に入口へと向かう。
 ほぼ開店と同時に来る客は、以前購入した魔装具への魔力の補充が目的の客が多いから、きっとこの人もそうだろうと思い、赤い髪をした獣人型の女性へと近づいた。

 獣人型の客とは珍しいな。

 彼らは普段、獣人型のみを集めた教育機関でもあるアカデミーからの依頼で魔物狩りをしに郊外へ出張っている者ばかりなので、僕の様なエルフ型やヒト型とは違って本物に会う事は殆ど無い。街に居たとしても舞台俳優や吟遊詩人などといった仕事に従事している者が多いので、劇場や酒場、大きな広場にでも足を運ばないと見掛ける事すら難しい稀な存在だ。なのにこんな商店街の一角に居るということは、昨日の壮観な夜空を目撃した者の一人なのだろう。あれだけの魔法を使えるのは、刻を戻す魔法をも使える僕を除けば、もう“ヨミガエリ”しかいない。だからきっと、愛らしい猫耳の生えた獣人型のこの女性は、“ヨミガエリ”を手に入れるべく戻って来た者といった所か。
 彼女達獣人型は肉弾戦や武器の扱いには長けているが、エルフ型とは違って魔法が使えない。だから普段使っている魔装具の手入れか、魔力の補充にでも立ち寄ったのだろう。同型同士で、力の源である“ヨミガエリ”を奪い合う下準備の為に。

『何かお探しですか?』

 店員としての決まりきったセリフを口にして、赤髪の女性に声をかけた事で視線がぶつかった、次の瞬間——
 僕は目を見張った。驚き過ぎて、頭の中が真っ白になる。

 モデル並に整ったスタイルをした高身長に、何処に居ようが目を引きそうな美しい赤い髪。ゆらゆらと揺れる細長い尻尾とピンと尖った猫耳は何度見ようが飽きがこないと確信出来る程、愛らしさの塊だ。白いブラウスにロングスカートといったシンプルな服装であろうが隠しきれぬ大きめな胸のサイズも正直そそられる。なのに腰はとても細く、腕に抱けば簡単に折れてしまいそうだ。だが僕が驚いた最も点は、そんな美麗な見目のせいじゃない。

 …… “ナナリー”?

 見た目も雰囲気すらも全然違うのに、何故か目の前に立つこの女性が僕の知る“ナナリー”であると確信出来てしまう。だが根拠のなる物証的なものは何も無い。ただ感覚的に、そう感じてしまうのだ。

 いや、そんな馬鹿な。
 何か勘違いをして——

 とまで思った辺りで、僕はハッと昨夜目撃した光景を思い出した。それは“ナナリー”の自殺したシーンだ。

 獣人型の者達が喉から手が出る程に欲する“ヨミガエリ”の出現は、ヒトの死がトリガーとなっている。死体に何らかの力が働き、死んだはずのヒトが元々の姿とは完全に違う容姿となって復活を遂げる事がごく稀に起きる事があり、いつしかその者は“ヨミガエリ”と呼ばれる様になった。『死者の魂が黄泉から帰って来たのではないか』という憶測から来た呼び名だろうが、姿形が全く違ってしまう理由までは解明出来ていない。

 “ヨミガエリ”は不思議と獣人型の容姿のみで現れるが…… こ、ここまで容姿端麗な者は初めて見た。腹の奥が重くなるような、変な感じがする。気を付けねば、呼吸が乱れ、心臓はばくんばくんと高鳴って酷く騒がしい音が相手にまで聞こえてしまいそうだ。
 僕が刻を戻す原因となった“ナナリー”を前にした時には一度も感じなかった体の変化に、戸惑いを隠せない。胸を掻きむしり、『いや待て、彼女コレは“ナナリー”なんだぞ?』と、今にも口に出してしまいそうだ。

 散々僕の中に眠る負の感情を呼び起こさせられるきっかけとなった“ナナリー”を、僕は保護対象以外の感情で見た事は殆ど無い。最初の頃に感じていた憧れなんか、刻を繰り返しているうちに微塵も無くなった。数多くの感情をあの子に捧げても、頑なに死守してきたというのに…… まさか今度は、僕の“愛情”までも奪うというつもりか?まさかその為に、自分から死を?

 そう考えた瞬間、意外にも不快な感覚よりも、『それならば、喜んで捧げようじゃないか』と強く思った。
 
『いえ。こちらは貴方へのお届け物です。…… えっと、あ——』
 赤髪の麗しき姿になった“ナナリー”の発する声も、以前とは全然違いとても心地いい。金切声じゃなく、二言目には『助けろ』『もう死にたくない』とも言わぬ瑞々しい唇が動く様子はずっと見ていたいくらいだ。
『あぁ、リゲルさんのお使いですね?ありがとうございます』
 パン屋の名前も、店主の名前も知らないままに僕の元へパンを届けに来たのだと察し、そのうっかりとした部分にさえ好感を持ててしまう。

 そうか、コレが一目惚れってやつか。

 胸の奥から湧き上がってくるこの感情に身を任せ、今すぐにでも、元は“ナナリー”であったであろうこの者を自分のモノにしたいと激しい衝動に駆られた。どうやってこの場に引き止めようか、僕の感情を捧げるよりもまずは、君の心から堕とすか。それとも体から堕とそうか…… 。そんな事ばかりを考え、心が逸る。彼女に優しくしてやりたいとか、愛を捧げたいという感情よりも、より強く願うのは奪い倒したい衝動の方ばかりで、愛と呼ぶには歪かもしれないが、そんな事はどうでもいい。

 僕から“愛情”という感情までもの君は引き出したんだ。
 その中身が例え、僕の知る“ナナリー”とは別人であろうが、その責任を取って貰おう。


【第二章・完】
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