愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第三章】

【第一話】心苦しき時間①(雨宮七音・談)

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 ピンと尖っているはずの赤い猫耳には元気が無く、尻尾も現在の体調と感情を露呈するかの様に項垂れた状態になりながら、私は今、商店街で魔装具店を営むカストル家の居間に置かれたソファーの上に仰向け状態で寝転んでしまっている。『ヒト様の家でこんな…… 』という気不味い思いをも覆い隠すかの様に目元に置かれた温かなタオルが心地いい。傍に座るクルスが心配そうな表情をしているであろう事がタオルのせいで何も見えずともわかるのは、さっきからずっと、彼に手を握られているせいだろう。

 …… この状況って、エルナトさんが見たら怒られるんじゃ。

 別に彼とどうこうなる約束をしている訳でもないのに、そんな心配が頭の片隅を過った。クルスを警戒せねばならぬ根拠として聞かされた話をまるっと信じている訳ではないからか『クルスに喰われる』と散々言われたというのに、彼の体温から伝わってくる優しさのせいでクルスに対する警戒心なんか、困った事に微塵も湧いてこない。

「…… すまん。まさかここまで酔うとは思わなかったんだ」

 申し訳なさそうなクルスの声が聞こえ、「こちらこそすみません。荷物の片付けを、早くしないといけないのに…… 」と、私はか細い声で謝った。
 彼は何にも悪くない。ただ、自分のこの体が予想外に脆かっただけで。だが元の平凡を絵に描いたような体でも同じ状況になっていた気もする。自分もクルスと同じ“獣人型”という割には、高低差に弱い事だけは間違いなさそうなのがとても残念だ。

 弟妹達と一緒に観たアニメや漫画なんかでは、ヒーローや怪盗が屋根の上などを飛ぶように移動していくワンシーンが軽やかで楽しそうだったのに、いざ自分がそれを経験すると、ただただ怖いだけだった。腰元を抱えられていたという状態もまずかったのかもしれない。せめてお姫様みたいに横抱きでとか、背負ってもらっていたのなら違ったんだろうか。
 ウチの家族の多さのせいもあって遊園地のジェットコースターすらも私は未経験だったが、きっとクルスとの屋根上移動よりは怖くないに違いない。元の世界に戻れたら、是非遊びに行ってみたいものだ。


       ◇


 ソファーの上で横にならせてもらってからしばらく経ったのに、今もまだ体が上下に揺れている気がする。エルナトが家に戻る前に引っ越しの荷物を整理しておかないと。このままでは彼だけが最終確認の為にとアパートに残った意味が無くなってしまうのに、まだまだ動けそうにない。だけど焦ったからといって体調が回復するわけがないのも事実だ。クルスが傍に居なければ治癒魔法を使ってさくっと体の不調を治してしまえるのだが、エルナトの警告を思い出し、安易に魔法を頼るのはやめておいた。
「片付けの心配はするな。俺達でやれる分はやっておくから、君の方は後日でいいだろ」
 渋い顔をしている私の心境を、見えている口元だけで察してくれたクルスが優しい声を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
 こんなに優しい声色で話せる様なヒトが、“ヨミガエリ”とかいう希少な存在をパクリと食べてしまうだなんて本当なんだろうか?エルナト流の趣味の悪い冗談なのでは?と、エルナトに対して疑いの念が生まれ始めた。

「何か欲しい物はないか?水でも持って来ようか?」と、私の手の甲をそっと撫でつつ、クルスが訊く。
「…… いえ、平気です」
 手の方は少しくすぐったくて平気ではないが、困った事に心地よさが上回ってしまって『離して』と言いづらい。
「そうか。…… あぁ、そういえば、昨日から店の向かいにある古書店に行きたがっていたよな。何か探している本でもあるのか?」

 この世界の事がわかる本や元の世界に帰る方法の書かれたものがないか、探したいです。

 そんな言葉は流石に言えず、ぐっと腹の中に本心を飲み込み、「プライベートの時間に、何か面白い読み物でもあればと思っているだけですよ」と言って本音は誤魔化した。

「…… そうか。、本が好きなんだな」

 少々引っ掛かる言い回しのせいで疑問符が頭に浮かぶ。だが、その引っ掛かりの原因をどうにかする前に、「ところで、ナナリーは本気で“ヨミガエリ”を狙っているのか?」と、クルスの方から返答に悩む問い掛けをされてしまった。

 エルナトからはその“ヨミガエリ”とやらが、そもそも私自身であると指摘された。

 だが、その事は絶対にクルスの様な獣人型の者達には気付かれてはいけない事であるらしい。『そうなると、私が今すべき返答は…… 』と、頭を働かせようとしたが、乗り物酔いの様なこの体調のままではろくな言葉が浮かんでこない。
「まぁ…… そう、ですね」
「無理だろ」
「ど、どうしてで、ですか?」
 根拠の提示も無しにハッキリ無理だと言われると、『彼はもうすでに何かに気付いているのでは?』と深読みしてしまい、言葉が吃った。あぁもう焦り過ぎだ、ちゃんと落ち着かないと。
「君はこんなに華奢なのに、どうやって他の獣人共を出し抜く気だ?ライバル達は皆、君と違って、魔物相手に戦い続けている歴戦の猛者ばかりなんだぞ?」
 そう言いながら、クルスが私の手首を軽く掴んだ。身長の割に細い事が気になっているのだろうか?
「あはは…… さて、どうしましょうね」
 気の抜けた声しか出ない。体調の悪さも原因だろうが、簡単に話を聞いた限りでは個人的には価値の見出せない正体不明の者に対し、本気でどうこうしようという気持ちがそもそも無いせいだろう。
「そうですねぇ…… 。例えば、ご近所にレアモンスターがポップしたからちょっと見に行ってみようかな?程度な気持ちで外した仮面だったので、適当な所でさっさと諦めるかもしれませんね」
 エルナトとの話から得た知識を活用してそれっぽい話をテキトーにでっち上げてみたが、騙されてくれるだろうか?
「レアモンスターか。“ヨミガエリ”に対して随分と変な表現をするんだな、君は。だが、言い得て妙なのが不思議だ」
 弟妹達と一緒に遊んでいたゲームの影響で可笑しな言い回しになってしまったが、笑っている様な声色で答えてくれたので、あながち間違いではないみたいだ。

「でも、そうか…… 。なら、心配はいらないな。万が一にもすごい偶然と奇跡が起こって、君が“ヨミガエリ”と番う事になったら、それを看過出来るか不安だったんだが、その程度の気持ちならば、好い加減な所で掻っ攫えばいいか」

 …… ん?つがう?
 つがうとは、なんぞや?

 またよくわからない言葉が出てきたが、例の如く意味を訊けない。彼と私は同じ獣人型であるので尚更だった。
 だが、また更に疑問が増えた中で一つだけわかった事がある。クルスは見た目に反して優しい人であるかもという認識は、どうやらしない方が良さそうだ。本当に優しい人は、『掻っ攫う』だなんてきっと言わないから。
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