愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第一章 (雨宮七音・談)】

【第七話】与えられた部屋

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 ——その、まさかだった。

 全体的に、室内は全て和と洋のいいとこ取りをして上手く融合させた佇まいはとても落ち着きがあって居心地が良さそうだ。
 広くはないながらも、光り輝く数々の魔装具のおかげで煌びやかな印象を持つ店内。大きな机と書類棚に囲まれた事務室、色々な道具で溢れかえっている作業室、洗面所やキッチンといった水回りの設備のある部屋や、住み込みの従業員が使う為にと用意された部屋、二階にある広い物置部屋などに案内されたが、その間ずっと私達は三人揃って手を繋いだままだった。
 エルナトが先頭になって家の中を進み、部屋の用途の説明を最後尾にいるクルスがしてくれる。
 最初のうちはイケメン二人に挟まれて居た堪れない気持ちだったのだが、高身長の三人が仲良く手を繋いだまま家中を歩いている様子は客観的に考えるとひどく滑稽で、最後の方はもう笑うことしか出来なかった。そのおかげか、ちょっとだけ二人との距離が縮まった気がする。彼らは私の雇用主なのでそれが良い事であるかは何とも言えないが、少なくとも不利益に繋がるものではないだろう。

「俺が昼飯を作るから、ナナリーは自分の部屋で休んでいてくれ」
 ぐるりと室内を一周し終わり、クルスが言った。
「私が作りましょうか?料理は普段からやっていましたし。雇って頂いた身で、このままただ部屋で休むというのは、ちょっと…… 」
「怪我をするかもしれないから駄目だ」
 キッパリハッキリと言われたのだが、私ってそんなに不器用そうに見えるのだろうか。
「そうですよ、食中毒や誰かに毒を盛られる危険もありますし。今後先は、私達が与えた物以外は極力に口にしないで下さいね」
 エルナトにまで過度な心配をされてしまった。その上、変な指示が追加されてしまう。
「…… それは、買い食い禁止という事でしょうか?」
 おつかい時の楽しみが一つ減りそうな予感がする。それにしたって彼らは過保護過ぎやしないだろうか。唯一の従業員とはいえ、所詮は赤の他人なのに。

「そうだ」「そうですね」

 また二人の声が綺麗に重なっている。双子、みたいなものにはよくある事なのだろうか。
「だが心配するな、そもそも一人で外出はさせない。俺らと一緒であれば毒味もできるし、外食をしても問題無い」

 そんなに恐ろしい世界なの?此処は。

「まぁ…… そのうち調理を頼む事もあるだろうが、少なくとも今日は駄目だ、準備が出来ていないからな」
「わかりました。今日は指示通り引き下がりますが、準備が終わったら是非やらせて下さい」
 私がはっきりとした声でそう告げると、二人は口元を綻ばせ「ナナリーの手料理か…… 」と、同時に小さな声でぽつりとこぼした。
「早急に用意します。浄化や事故防止の為の魔法をたっぷり込めた調理器具と食材を揃えておきますね」
「…… お、お願いします」
 そこまでしないと任せてもらえない理由がわからないが、ちゃんとした仕事を任せてもらえる可能性を見出せた事は喜んでおこう。

「部屋で何か不足している物があったら遠慮無く言ってくれ。すぐに用意するから」
「それだったら、今日の分の着替えが欲しいので、一度自宅に戻りたいです」
「着替えでしたらもう既に、ちょっと手直しをするだけで着られる物が部屋に沢山ありますから心配はいらないですよ」
「化粧水の類や洗面道具も一通り用意してあるから心配するな」
「そう…… ですか。ありがとうございます」

 随分と用意周到な気がするけど、彼らの他に、ここには姉妹でもいるのかな。
 でも、それっぽい部屋は無かった気がする。

「この後にでも、部屋の中の物を見てみてくれ」
「わかりました。では、昼までには確認を済ませておきますね」
「そうしてくれると助かる。俺達はあまり気が利く方じゃないから、細かい事だろうが何でも言って欲しい」
「そうですよ。一切遠慮しないで下さいね、これからはずっと一緒に居るんですから」
 ニコッと微笑むエルナトの言葉が妙に引っ掛かる。『こちらからクビを切る事はない』程度の意味なのだろうが、いちいち表現が重いのは何故なんだろうか。
「じゃあ、また後でな」
「僕も、ちょっと仕事をしてきますね」
「はい。案内ありがとうございました」
 それぞれがそう言い、握ったままにされていた手の甲に口付けをしてくる。気恥ずかしいが逃げられず、私は無言のまま顔を真っ赤に染めて俯く事しか出来なかった。


       ◇


 与えられた部屋はこの屋敷の一番奥で、商店街側からは随分と離れた位置だった。日当たりがよく、横に大きい窓からはしっかりと整備された庭の全貌が一望出来る。庭に置かれた木製の大きなアーチには薔薇の花が綺麗に咲き、細い通路を綺麗に飾る。紅葉やライラックなどの木が並び立ち、彼岸花や鬼灯、桔梗といった花が咲き誇っていてとても綺麗だ。花々から微かに魔力の匂いがするので、開花時期はいじっているのかもしれない。
 庭の奥の方には和風にアレンジされたガゼボがあり、椅子やテーブルなども完備されているので天気の良い日にはそこでお茶でも飲めそうな感じだ。
「…… お洒落だなぁ」
 あんな物は観光地くらいでしか見る機会が無かったので、個人宅にある事に驚きを覚える。沢山稼いでんだなぁ…… というのが、ロマンチックな思考になれない私の正直な感想だった。

 そんな景色が一望出来る窓ははめ込みになっており、どれも開けられそうにない。上の方に空気を通す為の小さな窓があるけれど、子猫が通れるか否か程度の細い造りだ。外側には防御魔法が幾重にも張られているが、魔力の無い者には見えない仕様になっている。この部屋からの逃走防止というよりは、外部からの攻撃を防ぐ為の用途で使う術式が描かれているので、この魔法が原因で私が彼等を警戒する必要は無さそうだが、もしかしてカストル家には敵が多いのだろうか?
 部屋の中には大きめの机と座り心地の良さそうな椅子、ゆったりとした一人掛け用のソファーにテーブルと壁側に本棚が二つ。背の高い観葉植物や赤い薔薇を飾った花瓶などもあって物悲しさはないのだが、何故かベッドが何処にも見当たらない。寝室が隣にあるのかな?とも思ったのだが、そういった続き部屋も存在しなかった。
 クローゼットの中にはお洒落な服がずらりと並んでおり、帽子、手袋、コート、新品の下着などといった物も多数揃っていたが、どれもサイズは小さめでこのままでは着られそうにない。
「元の“私”だったら丁度いい感じだね」
 どれもこれもがそんなサイズの物ばかりだと、今の自分って平均よりもかなりデカイんだね…… と、強く実感した。
「それにしても…… 布団は、どこに?」
 クローゼットの奥やその上の棚に畳んだ布団でもあるのかな?と思ったのだが、それも見当らない。ソファーはベッドに変形するタイプでもなさそうだし、下に引き出しがあって、そこに毛布が入っているという構造でも無いようだ。あちこちの引き出しを開け閉めして膝掛けは探し当てたが、これだけではきちんと眠れそうにはなかった。
「早速、二人には布団を要求しないと」
 布団一式以外には特に不足品は無さそうだ。筆記具の類やちょっとした本も棚にはあったので、暇を持て余すこともしばらくはないだろう。
「あとは…… この世界の情報が欲しいけど、ネット環境だとかは存在しないんだよねぇ。となると、近日中に二人にお願いして、本屋か図書館にでも行ってみるしかないのかなぁ」
 図書館はここからはちょっと離れているが、この店のすぐ向かいに古書店があったのは確認済みだ。目と鼻の先なので、休憩時間を利用して行ってみる事も可能だろう。
「ボロを出してしまう前に、何かいい本が手に入るといいなぁ」
 この世界の常識なんかをまとめた本がそう都合よくあるとは思えないが、誰が信用出来る相手なのか判断出来ない以上、たとえ徒労に終わったとしても探してはみないと。


 ふわりと美味しそうな香りがドアの向こうから漂ってきた。もうすぐお昼ご飯なのかな?何か手伝える事はないだろうか。食器を出すくらいなら、『危ないから』と止められる事は流石に無い気がする。
 部屋の確認は済んだし、手伝うためにキッチンに行ってみようと思い、私がドアノブに手をかけようとした時、トントンッとノックする音が向こう側から聞こえてきた。
「はい。今開けますね」
 ドアを開け、誰が来たのだろうかと不思議に思っていると、エルナトの姿が目に入った。
「ちょっと部屋に入ってもいいですか?」
「えぇ、問題ありません。どうぞ」
 ドアを全開にし、エルナトを招き入れる。すると彼は真っ直ぐにクローゼットへと向かい、開き戸を開けて中の確認を始めた。
「サイズが全て合っていないので直そうと思うんですが、適正寸法を確認する為にも、ここにある服のどれかに着替えてもらっていいですか?」
「…… 今ですか?」
「はい。今すぐに。まだ他に仕事があって、時間があまりないので急いでもらえると助かります。後ろを向いてますから、さぁどうぞ」

 いやいやいや!無理ですよ!

 後ろを向いてくれたとしても、成人男性の側で着替えなんか出来る訳がない。
「えっと、ちょっとだけ廊下に出てもらうとかは…… 」
「んー…… その間も惜しいというか。この問答さえも時間の無駄なので、いっそ僕が着替えを手伝いましょうか」
 そう言って、エルナトがクローゼットの中にある一枚のワンピースを手に取った。前開きタイプなので今のままでも着られそうなデザインではあるものの、絶対に胸周りのボタンが止まりそうに無いのが見ただけでわかる。丈も短いから太腿が半分以上露出してしまいそうだし、絶対に着替えたくない。
「や、流石にあの…… 」
 ハッキリ断りたいが、こうも無垢全開な眩しい笑顔を向けられると、純粋な善意でそう言ってくれているのだとわかり、私は言葉に詰まってしまった。

「それとも、魔法を使って自分で手直ししますか?」

 それだ!今朝みたいに、生活魔法を使って自分で直すのが一番いいじゃないか。
「そうします!枚数が減ってはしまいますけど、どの服だったら無くなっても問題ないですか?」
「…… 。特にこの服だけは絶対に残して欲しいといった要望は無いので、好きにしていいですよ」
 一瞬真顔になったが、エルナトはすぐに穏やかな笑みを浮かべ、手に取っていたワンピースをクローゼットの中に戻してくれた。
「ナナリーは、魔法が得意なんですね」
「得意とまでは言えませんが、困らない程度には」
「へぇ…… 」と言ったエルナトの声が普段よりも低く、背中にざわっと悪寒が走った。

 な、何か失敗した?
 でも彼だって魔装具を造るくらいだし、外には防御魔法が展開してあるんだから魔法のある世界で間違いないはずなのに…… 。

 何も言えずに固まっていると、エルナトが私の頭を優しい手つきで撫で始めた。
「じゃあ、全て着られるサイズに直しておいて下さいね。デザインなんかも、ナナリーの自由にしていいので」
 彼の声も撫でる手つきも優しいのに、バクバクと私の心臓は煩く騒いでいる。カッコイイ人からの好意を感じてという訳ではないせいで、額からは冷たい汗が伝い落ちた。
「はい。ありがとう…… ございます」
 顔が見られず、俯いたまま答える。

「…… 可愛い可愛いナナリーに、一つ良い事を教えてあげます」

 エルナトはそう言うと、私の耳元に顔を近づけてきた。
 そしてバリントンボイスに近い程の声色で、そっと囁く。

「僕の前以外では、魔法は使わない方が身の為ですよ。そんな事をしたら、獣達に食べられちゃいますから」
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