愛と呼ぶには歪過ぎる

月咲やまな

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【第一章 (雨宮七音・談)】

【第五話】面接

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「では、面接を始めましょうか」
 ホットミルクの入るカップを持ちながらそう言われたが、本当に口頭での質疑応答だけでいいのだろうか?メモはしなくていいの?簡単なものでもいいから、履歴などは書かなくていいのかな…… と、質問をされる側の私が些細な事を気にしつつ、魔道具店での面接が急遽開始された。
「では、この世の美を全てかき集めたかの如き——」だなんて、一々誉め言葉を入れようとするカストルの言葉を、「そういった前置きは抜きでお願いしてもいいですか?話がなかなか進まないんで」と言って遮った。

「ですが、一目惚れしている相手はとにかく褒めろと言うじゃないですか」

 えっと…… 。
 誰が口にしたのだろう?んな格言、私は知りませんが。

 和やかな笑みを浮かべながさらっと『一目惚れ』なんて単語が出てきたが、どこまでが本気なのだろうか?せめて多少なりとも照れ臭そうに言われた方が実感が持てるのだが、そんな気配が微塵も無いせいで、どうにも真に受ける気にはなれない。
 …… 多分だけど、この美丈夫は誰にでもこう言っているんだろう。だってこの容姿だったら当然の様にものすごくモテそうだ。取っ替え引っ替え品を変え、男女構わず無作為に摘み喰いしているに違いないもの。

「えっと、まずは自己紹介からでいいですか?」

 イケメンへの偏見を笑顔の奥に隠し、一目惚れ発言を完全に受け流した私に対してカストルが優しい声色で、「はい、お願いします」と短く返してくれる。『変な前置きはやめろ』という要求はきちんと聞いてくれるみたいで、ちょっと安心した。

「私は、ナナリーといいます。歳は十八です。両親はすでに他界し、現在は一人暮らしをしています」
「素敵なお名前ですよね。獣人型なのに苗字が無いという事は、アカデミーには通っていないのですか?」

 また出た、“アカデミー”。

 響き的に教育機関である事は間違い無いだろうが、獣人だというだけでその言葉が出てくるのは何故なんだろうか?本来ならば獣人が当然行くべき場所ということ?だとしたら、『行っている』もしくは『行っていた』事にした方がいい?
 いや…… どんな場所なのかも全くわからないのに、嘘をついても確実にボロが出てバレててしまうに決まってる。どこのアカデミーの出身かだなんて訊かれたら、それだけでもう完全に終わりだ。ここは無難に、『行ってない』と正直に答えるべきだろう。
「いいえ。残念ながら」と正直に話し、私は首を横に振った。
「どうしてですか?」

 どうしてって…… 。知りませんよ、そんな事は!

 とも言えず、適当な言い訳を考える。通えなかった理由として一番有り得そうなのは、やっぱり——
「きん——」とまで言った言葉を、カルストが「アカデミーは無償の教育機関なので金銭面での問題は無かったでしょうから…… あぁ、限定的な能力だったせい、ですか?」と言って遮った。

 あ、あ、危なかったぁぁぁぁぁぁ!

 あのまま『金銭面の都合がつかず通えなかった』と言っていたら、私がこの世界の者じゃ無いとバレる所だった。
 まさか助け舟を?
 いやいや、そんなはずが無い。まだ失敗のしようが無いくらいしか言葉は交わしていないもの。今さっきのは、別として。

 それにしても、『限定的な能力だったから』というのはどういった意味だろう。無能で使えない子は、そもそも入学資格を得られない教育機関なのだろうか?だとしたら、それを言い訳として使うには丁度いいかもしれない。
「実はそうなんです」
「やはりそうでしたか。じゃあ、ナナリーはどんな能力を持っているんですか?そこまで美しい姿だって事は、相当な潜在能力持ちなのに」

 知らんがなぁぁ!

 でも何か言わないと!
 能力次第で容姿のレベルが変わる?だから蝶々をあんなに呼び出せたの?——って、今はそれどころじゃないな。何か、何か役に立たないけどそれっぽい能力を言わないと!

「…… えっと『絶対にタンスの角に足をぶつけない能力』です」

 真顔で答えはしたが、やっちまった感が半端無い。死亡フラグが墓場に刺さっている様子が脳裏をよぎる。
 終わった、何もかも。何でこんな言い訳しか浮かばなかったのだろうか。焦っていたとはいえ、もっと上手い事も言えただろうに、何に対してもそこそこにしか才能の無い自分ではこれが限界だったのだろう。

「あははは!」
 案の定、腹を抱えて笑われてしまった。

 今からでも『冗談ですよ』と言おうか。だけど『じゃあ本当はどんな能力なんですか?』と訊かれたらものすごく困る。無償の学校に行けない程にくだらないけど、綺麗な容姿になったスゴイ能力って何よ?で思考が止まるからだ。もっと頭脳労働が得意な奴になりたかった…… と心の底から思う。
「す、すみません。笑うべきじゃなかったのに。想定外過ぎて嬉しくなってしまって。でも、絶対にぶつけないってちょっと羨ましいです。あれってすごく痛いですよね…… ホント、何で?ってくらいに」
 涙目になりながらも、カストルはそう言った。まさかあんな嘘丸出しな話を本気で信じてくれたのだろうか。
「そう、らしいですね」
「あぁそうか、ナナリーは知らないですよね。ぶつけた事が無いんですから」
 嘘くさい笑顔でも向けてくれた方がマシなのに、天使みたいな微笑みを向けられて罪悪感で彼を直視出来ない。こんな純心で、この人はよくまぁここまで生きてこられたものだと心配になるレベルだ。
「あまりに能力が限定的過ぎると、せっかく獣人型で生まれたのにもったいないですよね。僕の知り合いで、『種馬並みに繁殖能力がある』者がいましたが、案の定アカデミーからは声がかかっていませんでしたし。結局ヒト型と同じ学校へ通い、大人になってからはナンパ師になったとか夜の帝王になったとか、怪しい噂だけは色々聞きますが、実際には今頃どうしている事やら」

 …… た、種馬ですか。

 コメントに苦しんでいると、カストルが「…… 女性にする話ではありませんでしたね」と苦笑いをする。わかってもらえて良かったです。
「えっとアカデミーの出身ではないとなると、急遽入る討伐遠征の仕事なども無いでしょうから、ウチに住み込みで働きませんか?」

 へぇ、アカデミーに入ると遠征任務があるのか。
 その代わり、学生の間は無償で授業を受けられるって仕組みなのかな?もしかすると将来への投資ってやつかもしれない。

「住み込みですか。とてもありがたいです、今の住居は二ヶ月後に取り壊しになるところだったので」
「では、住み込みで決まりですね」
「ところで、どういった仕事内容何でしょうか?私はアクセサリーを作った経験もありませんし、壁側の棚に並ぶような薬品っぽい物の調合も出来ません。この魔装具店で私が出来そうな仕事が何も思い浮かばないのですが…… 」
「問題ありませんよ、貴女に頼みたいのは雑務なので。僕の淹れたお茶を飲んだり、作った料理を食べてもらうのが仕事です。僕の収入は自由に使ってくれて構いません。たまに掃除や洗濯といった事を少しだけ頼むかもしれませんが、基本的には僕の傍に座って肩でも揉んでくれていればそれで」

 それは、雑務ですか?
 まさか嫁か?嫁が欲しいのか?

 ともちょっと考えたが、彼の淹れたお茶を飲んだり、手作り料理を食べるのはだけの存在は嫁じゃないな。しかもカストルの収入は全て自由に?待って、全然意味がわからない。

 これは新手の詐欺なのでは?

 でも、何も持っていない私を騙すメリットなんか何も無い。油断させてどこかへ売り飛ばすつもりだったとしたら、話は別だけれども。
「あ、毎晩添い寝もして頂けると、とても嬉しいです。僕は深刻なレベルでの不眠症なので、ナナリーの美声で子守唄や本を読んでもらえたりしたら眠れると思うので」
 無理です!と言いたいのに、『深刻なレベルの不眠症』だと言われると断りづらい。だけど、目の下にクマも無いし、その話は本当なのだろうか?と疑ってしまう。

「その目は僕の話をお疑いですね?この魔装具で顔色を誤魔化しているだけで、本当はひどいクマがあるんですよ。外してみせますか?」

 こちらの考えが見透かされていたみたいで、私は慌てて「大丈夫です。すみません…… そういった機能を持つ装具もあるのですね」と言って謝った。
「えぇ。店頭に並べてあるものは生活魔法をかけている物が大半です。丸耳をしたヒト型の者達は魔法を使えませんから、こういった物で補うほかありませんしね」

 へぇ、そうなのか。

 という事は、カストルみたいなエルフっぽい外観の者は魔法を使え、ここに並ぶ魔装具の様なアイテムを作れるのかな?獣人は何かしらの個性的な能力を持つ事も知れたし、それぞれの種は血液型みたいに“型”で分類しているのもわかった。この短時間でちょっとだけこの世界の常識が身に付いた気がする。

 それにしても、仕事の内容が『本の読み聞かせ』『添い寝』『雇用主の淹れたお茶を飲む』『出された料理を食べる』『肩揉み』って…… 。
 たまにはちゃんと掃除洗濯といった雑務があるみたいだが、果たしてそれは仕事を言えるのだろうか?アルバイの経験の無い私でも、何か違うって思う業務内容だ。しかも給与が『収入から好きに使え』ではイマイチ詳細が不明なままだし、お休みの頻度もわからない。でも住み込みで働けるのは魅力的だし、正直すごく心が揺れてしまう。

 お金、住む場所、食事。

 切実な問題点であるこの三つを確実に悩まなくて良くなるのは心の余裕にも繋がるだろう。でも、でも、本当に詐欺じゃないんだろうか。自分にだけ都合が良過ぎている気がして、彼を信じられない気持ちが捨て切れない。

 ひとまずホットミルクでも飲んで、少し落ち着いて考えないと。

 そう思っていると、カストルが胸ポケットの中から一枚の紙を取り出した。羽根ペンと黒いインクの入る小瓶も何も無い空間からサッと魔法で出現させ、テーブルに並んでいた食器類がカップだけを残し、全てどこかへ消えていく。

「条件に不満が無ければ、契約書にサインを」

「…… え?」
 笑顔で差し出された紙には、何故か『婚姻届』と書かれていた。
 本やドラマでよく見る書式そっくりで、『へぇ、こっちでもこういったデザインなのね』と思う気持ちと、『——はぁ⁉︎』と叫ぶ自分とが頭の中で同居している。
 無言のまま婚姻届を凝視していると、カストルが「あ、間違えましたね。すみません、今必要なのはこっちだ」と言って、別の用紙を出現させた。焦っている様子から本当に間違った事が見て取れたが、婚姻届を普段から持ち歩いているって、かなり変わった人だと思う。
 この時の私は、こちらの反応を見て、『今はその時ではないな』と彼がただ諦めただけだったなんて、当然知る由もなかったのだった。
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