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サイドストーリー
初めての料理
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これは、僕と那緒がまだ子供だった時の話だ。
今までも仕事の忙しい両親に代わり料理はしてきたけれど、祖父に合わせて作っていたので子供の喜ぶ料理がわからない。自分の分しか作らない時なんて本当に適当で、焼き魚とお味噌汁に白いご飯だけなんてのもしょっちゅうだ。
そんな僕が今、目の前にちょこんと座る少女の為に料理をしないといけないとなると……さて、どうしたものか。
「えっと、那緒は……夜ご飯に何が食べたいですか?」
「何でもいいです」
那緒が迷う事なく答える。困った、具体的に言ってくれた方が助かるんですが、彼女にその気は無いようだ。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「特にないです」
…… だから、それでは困るんですって。
「じゃあ…… 嫌いな物は?」
「野菜が嫌いです」
彼女が小さい理由はソレでしょうか?
「野菜はしっかり食べないといけませんよ。大きくなりたいでしょう?」
五歳だというのに敬語で話し、僕に寄り添うようにすぐ隣に正座で座る那緒の頭を優しく撫でながらそう言うと、彼女が「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。
「大丈夫、新鮮な野菜は甘いんですよ。だからゆっくり少しづつ食べられるものを増やしていきましょうか」
ちょっと不安そうな顔をしたが、コクッと素直に頷いてくれた。
自己主張が少ない子だなと感じたが、きっと僕の小さな頃もこうだったんじゃないだろうかと思う。
時間的にも、とにかく何か食べさせてあげないと空腹のはずだ。そう思った僕は、食材の確認をしようと台所へ行く為に立ち上がった。
「どこへ行くんですか?」
不安そうな顔で、那緒が僕を見上げる。
「台所ですよ。那緒も来ますか?」
「…… いいんですか?」
「もちろんです。でも、危ない物も多いので気をつけて下さいね」
「はい」
嬉しそうに笑う那緒に、少しドキッとした。
幼女趣味はないのに、彼女の笑顔には惹かれる何かを感じてしまう自分に対して不快感を感じる。自分の頬を軽く叩き、居間から出ようとすると、那緒が当たり前のように僕の左手に両手でしがみ付く。それに応えるように手を握り返すと、子供らしい可愛い笑みを浮かべて僕を見上げてきた。
懐いてくれたみたいですね、よかった。
祖父から五歳の子供の面倒をしばらく見る事になったと聞かされた時は、正直不安で仕方なかったが、この子ならなんとかなりそうだ。
隣の家に住む小さな子とも一緒に遊んだりもする事があるので、子供の扱いには多少慣れているつもりではいるが、一緒の生活となると勝手が違う。短時間ならかまえても、長時間となると疲れたり、煩わしいと正直感じてしまう子もいる。なので、子供との同居に対しいったいどうなる事かと思ったが、大人しい子の様で安心した。あとはもう少し自己主張してもらえると助かるんですが…… こういう性格なのか、緊張しているのか。
色々と考えているうちに、手を繋いだまま台所へついたので、引き戸を開けて一緒に中へと入る。
『家族が増えるから』と、那緒がこの家に一緒に暮らす事が確定してすぐ、彼女の為に新しくリフォームされた広い台所。今までの台所では、ちょっとした旅館程度の広さがあるのはよかったのだが、全てが古くて使い勝手がものすごく悪かった。
冬は隙間風が入ってきて寒かったし、今時土間のある台所というのも時代に合わないだろうと感じていた。いつか新しくしてもらえないかとは常々思ってはいたが、祖父と二人の生活ではそこまでは必要ないと言われ続けていたというのに…… 。
やはり祖父も、小さな子供が家に来る事に何かしらの緊張を感じていたのか、大きなきっかけがないと動けないタイプなのか。それとも、可愛い子が来ると舞い上がっているのか。
まぁどんな理由であったとしても、台所が最新の物に一新された事実だけを喜んでおきましょう。ここで料理をするのはどうせ僕だけですしね。
「そこに座っていてもらってもいいですか?」
台所で食事を済ます事も一人の時はよくあったので、その時に使っていた椅子を指差しそこに座ってもらった。
「よいしょっ」と小さな声で言いながら、よじ登るように上がり、椅子に座る。背の低い彼女には大人の使うサイズの椅子は相当座りにくそうだ。
何か彼女の使いやすい椅子も考えてあげないといけませんね。そんな事をちょっと考えながら、祖父と僕だけで使うには大き過ぎると感じていた冷蔵庫を開けて食材の確認をする。那緒が来る前に祖父が色々買い込んでいてくれたようで、いつもより食材が多めに冷蔵庫の中に入っていた。
煮物だったら悩む事無く作れるんですが、この材料の中から五歳の那緒が喜ぶような料理となると…… 。
「ハンバーグ…… ?」
ボソッと呟いた料理名。でも作り方がよくわからない。何となくは想像出来るが、材料の分量などを全く知らないものをはたして作っていいものだろうか。
口元に手をあてて、冷蔵庫の中身とにらめっこしたまま棒立ち状態になる。レシピを探すという初歩的な事をすっかり失念していた。
すると那緒が小さな声で「あのぉ」と僕に声をかけてきた。
「あ、ハンバーグは嫌いでした?」
「いえ、大好きですけど作り方で悩んでいるみたいだったんで」
うぐっ…… ばれちゃいましたか、なかなか鋭いですね、お子様なのに。
「…… もちろん食べた事はあるんですがね、作った事がないのでどうしたものかと思いまして」
ちょっとだけ焦りを感じてしまった。困った姿を見せて、小さな子共を不安にさせたくない。しかも、レシピがわからなくて作れないなんてくだらない理由で困ってるだなんて全くもって情けない。
「私、わかりますよ。二人分とかは計算できませんけど」
「……え?」
「読んだ事があります。合いびき肉・卵・パン粉・ナツメグ・塩・こしょ——」
そう言い始めた那緒に向かい「待って下さい、今出しますから」と、両手を出して言葉を止めた。それらの材料がある場所はわかる。急いで言われたとおりに材料を出し、那緒の座る場所のすぐ前にある作業台の上に並べた。
他の食材も全て那緒の口からサラサラと、本でも読んでいるようにスムーズに詰まる事無く出てくる。付け合せの材料までもきっちり教えてくれた。
「よく覚えていますね、ビックリしましたよ」
「美味しかったんで、どうやって作るのかと思って」
大きいボウルを用意して、彼女に言われるままの手順と分量で僕は那緒と一緒にハンバーグを作り始めた。
五歳とは思えぬ記憶力に、少し驚きを感じながら。
「——出来ましたね!」
初めての料理でもないのに、きちんとこなせた事が嬉しくてたまらない。お皿にのせ、台所にある作業台の上に一度それを置き、付け合せにと作った人参の甘煮やコーンを盛り付ける。ハンバーグを焼いている間に作った少量のチキンライスをクマの形に整えて盛り付けてあげると、那緒から歓喜の声があがった。
「那緒のおかげで作り方は覚えたので、今度は旗でも立ててあげましょうか」
微笑みながらそう言うと、何度も何度も笑顔で頷いて答えてくれた。子供らしい笑顔に心が温かくなる。
「さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょう」
「はいっ」
「あ、居間まで運ばないと。ここじゃ食べにくいですよね、味気ないし」
「大丈夫ですよ、ここの方が楽でしょう?」
まぁ…… 確かにすぐ目の前にシンクがあるので楽といえば楽ですが。いいんですかね?ここまで甘えて。
「私お腹空きました」と言い、那緒がそわそわする。年相応の仕草に安堵した。
「わかりました、じゃあここで食べちゃいましょうか」
当然のように箸を出して那緒に渡すと一瞬「あれ?」と言いたげな顔をしながらそれを受け取った。
「あ、この料理は箸じゃなかったですね」
また失敗した。
慌てて僕がフォークとナイフを出そうとすると「スプーンだけ貸してもらえますか?ハンバーグは箸で食べたいです」と気遣うような声で言われた。
五歳に気遣われてしまう僕って…… 。
情けなさに心が沈むが、流石にそれは表面には出さなかった。これ以上気を使わせるせるのは、高校生だというのに情けないだろうと思ったから。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
那緒が僕からスプーンを受け取る。
一緒に手を合わせ「いただきます」と食事前の挨拶。
まずは出来栄えを知りたいと思った僕は、真っ先にハンバーグに箸を入れた。彼女も考える事は一緒だったようで、同じくハンバーグを口に運んでいる。
「美味しいっ!」
少し大きめの瞳を更に大きくし、那緒が叫ぶように言った。
確かに。初めて作ったわりに上出来だと思う。火加減も問題なかったみたいだ。
「大和兄さんってお料理上手なんですね!」
ニコニコと那緒が笑ってくれた。
「那緒の教えてくれたレシピがよかったんですよ。僕は決して料理上手ではないです」
「でも、こんなに美味しいですよ」
天使みたいな笑顔で言われた。ここまで料理を褒めてくれる相手に会ったのは初めての事だ。
「失敗しなかったのは、下手にアレンジしようと思わなかったからだと思いますよ。基礎も出来ないうちにアレンジすると失敗しやすいですしね。あとはきっちりレシピを守れば、食べ物で作ってるんですから、食べられない物が出来る事はありません」
だが、僕の言葉に対し、那緒が首を横に振って否定した。
「それでも、すごいなと思います。美味しいですよ、本当に。お店のみたい」
「そうですか?ありがとう」
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
少し硬い表情で、一人になる事を怖がっている感じがあったのに、それもすっかりなくなっている。食欲が満たされたからなだけかもしれないが、それでも那緒が喜んでいるという事実は僕に大きな幸せを感じさせた。
「明日、幼稚園の後にでも一緒に本屋に行きませんか?」
「本屋ですか!行きたいです」
「一緒に那緒の好きそうな料理の本を、選びましょう」
「はいっ」
それからというもの、僕はすっかり料理が趣味になった。もっと『美味しい』って言ってもらいたい、もっと那緒に喜んでもらいたい。その一心で、料理の腕もどんどん上がり、今ではお菓子類も上手に作れるようになった。
幼稚園のスモックの名札が外れたと言われ、縫ったのがきかっけで裁縫も覚え、那緒の服も縫えるようになったし、那緒が読む本がないと言えば、童話を書く事も出来る様になった。
那緒の可愛い笑顔を見て以来、僕の行動の理由は全て『那緒の笑う顔が見たい』になっていった。
那緒に関係のある事ならば、全て習得してみせる。
那緒が喜ぶならどんな事でもしよう。
僕の作る箱庭の中だけで、君が生きていけるように。綺麗で可愛い人形のような君を、僕の腕の中だけで生きていけるように。
一生誰にも渡さない。
その為なら、僕の立場は兄でもいい……。
側に一生いられるのなら。
あぁ…… 僕だけの、可愛い子——
【終わり】
今までも仕事の忙しい両親に代わり料理はしてきたけれど、祖父に合わせて作っていたので子供の喜ぶ料理がわからない。自分の分しか作らない時なんて本当に適当で、焼き魚とお味噌汁に白いご飯だけなんてのもしょっちゅうだ。
そんな僕が今、目の前にちょこんと座る少女の為に料理をしないといけないとなると……さて、どうしたものか。
「えっと、那緒は……夜ご飯に何が食べたいですか?」
「何でもいいです」
那緒が迷う事なく答える。困った、具体的に言ってくれた方が助かるんですが、彼女にその気は無いようだ。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「特にないです」
…… だから、それでは困るんですって。
「じゃあ…… 嫌いな物は?」
「野菜が嫌いです」
彼女が小さい理由はソレでしょうか?
「野菜はしっかり食べないといけませんよ。大きくなりたいでしょう?」
五歳だというのに敬語で話し、僕に寄り添うようにすぐ隣に正座で座る那緒の頭を優しく撫でながらそう言うと、彼女が「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。
「大丈夫、新鮮な野菜は甘いんですよ。だからゆっくり少しづつ食べられるものを増やしていきましょうか」
ちょっと不安そうな顔をしたが、コクッと素直に頷いてくれた。
自己主張が少ない子だなと感じたが、きっと僕の小さな頃もこうだったんじゃないだろうかと思う。
時間的にも、とにかく何か食べさせてあげないと空腹のはずだ。そう思った僕は、食材の確認をしようと台所へ行く為に立ち上がった。
「どこへ行くんですか?」
不安そうな顔で、那緒が僕を見上げる。
「台所ですよ。那緒も来ますか?」
「…… いいんですか?」
「もちろんです。でも、危ない物も多いので気をつけて下さいね」
「はい」
嬉しそうに笑う那緒に、少しドキッとした。
幼女趣味はないのに、彼女の笑顔には惹かれる何かを感じてしまう自分に対して不快感を感じる。自分の頬を軽く叩き、居間から出ようとすると、那緒が当たり前のように僕の左手に両手でしがみ付く。それに応えるように手を握り返すと、子供らしい可愛い笑みを浮かべて僕を見上げてきた。
懐いてくれたみたいですね、よかった。
祖父から五歳の子供の面倒をしばらく見る事になったと聞かされた時は、正直不安で仕方なかったが、この子ならなんとかなりそうだ。
隣の家に住む小さな子とも一緒に遊んだりもする事があるので、子供の扱いには多少慣れているつもりではいるが、一緒の生活となると勝手が違う。短時間ならかまえても、長時間となると疲れたり、煩わしいと正直感じてしまう子もいる。なので、子供との同居に対しいったいどうなる事かと思ったが、大人しい子の様で安心した。あとはもう少し自己主張してもらえると助かるんですが…… こういう性格なのか、緊張しているのか。
色々と考えているうちに、手を繋いだまま台所へついたので、引き戸を開けて一緒に中へと入る。
『家族が増えるから』と、那緒がこの家に一緒に暮らす事が確定してすぐ、彼女の為に新しくリフォームされた広い台所。今までの台所では、ちょっとした旅館程度の広さがあるのはよかったのだが、全てが古くて使い勝手がものすごく悪かった。
冬は隙間風が入ってきて寒かったし、今時土間のある台所というのも時代に合わないだろうと感じていた。いつか新しくしてもらえないかとは常々思ってはいたが、祖父と二人の生活ではそこまでは必要ないと言われ続けていたというのに…… 。
やはり祖父も、小さな子供が家に来る事に何かしらの緊張を感じていたのか、大きなきっかけがないと動けないタイプなのか。それとも、可愛い子が来ると舞い上がっているのか。
まぁどんな理由であったとしても、台所が最新の物に一新された事実だけを喜んでおきましょう。ここで料理をするのはどうせ僕だけですしね。
「そこに座っていてもらってもいいですか?」
台所で食事を済ます事も一人の時はよくあったので、その時に使っていた椅子を指差しそこに座ってもらった。
「よいしょっ」と小さな声で言いながら、よじ登るように上がり、椅子に座る。背の低い彼女には大人の使うサイズの椅子は相当座りにくそうだ。
何か彼女の使いやすい椅子も考えてあげないといけませんね。そんな事をちょっと考えながら、祖父と僕だけで使うには大き過ぎると感じていた冷蔵庫を開けて食材の確認をする。那緒が来る前に祖父が色々買い込んでいてくれたようで、いつもより食材が多めに冷蔵庫の中に入っていた。
煮物だったら悩む事無く作れるんですが、この材料の中から五歳の那緒が喜ぶような料理となると…… 。
「ハンバーグ…… ?」
ボソッと呟いた料理名。でも作り方がよくわからない。何となくは想像出来るが、材料の分量などを全く知らないものをはたして作っていいものだろうか。
口元に手をあてて、冷蔵庫の中身とにらめっこしたまま棒立ち状態になる。レシピを探すという初歩的な事をすっかり失念していた。
すると那緒が小さな声で「あのぉ」と僕に声をかけてきた。
「あ、ハンバーグは嫌いでした?」
「いえ、大好きですけど作り方で悩んでいるみたいだったんで」
うぐっ…… ばれちゃいましたか、なかなか鋭いですね、お子様なのに。
「…… もちろん食べた事はあるんですがね、作った事がないのでどうしたものかと思いまして」
ちょっとだけ焦りを感じてしまった。困った姿を見せて、小さな子共を不安にさせたくない。しかも、レシピがわからなくて作れないなんてくだらない理由で困ってるだなんて全くもって情けない。
「私、わかりますよ。二人分とかは計算できませんけど」
「……え?」
「読んだ事があります。合いびき肉・卵・パン粉・ナツメグ・塩・こしょ——」
そう言い始めた那緒に向かい「待って下さい、今出しますから」と、両手を出して言葉を止めた。それらの材料がある場所はわかる。急いで言われたとおりに材料を出し、那緒の座る場所のすぐ前にある作業台の上に並べた。
他の食材も全て那緒の口からサラサラと、本でも読んでいるようにスムーズに詰まる事無く出てくる。付け合せの材料までもきっちり教えてくれた。
「よく覚えていますね、ビックリしましたよ」
「美味しかったんで、どうやって作るのかと思って」
大きいボウルを用意して、彼女に言われるままの手順と分量で僕は那緒と一緒にハンバーグを作り始めた。
五歳とは思えぬ記憶力に、少し驚きを感じながら。
「——出来ましたね!」
初めての料理でもないのに、きちんとこなせた事が嬉しくてたまらない。お皿にのせ、台所にある作業台の上に一度それを置き、付け合せにと作った人参の甘煮やコーンを盛り付ける。ハンバーグを焼いている間に作った少量のチキンライスをクマの形に整えて盛り付けてあげると、那緒から歓喜の声があがった。
「那緒のおかげで作り方は覚えたので、今度は旗でも立ててあげましょうか」
微笑みながらそう言うと、何度も何度も笑顔で頷いて答えてくれた。子供らしい笑顔に心が温かくなる。
「さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょう」
「はいっ」
「あ、居間まで運ばないと。ここじゃ食べにくいですよね、味気ないし」
「大丈夫ですよ、ここの方が楽でしょう?」
まぁ…… 確かにすぐ目の前にシンクがあるので楽といえば楽ですが。いいんですかね?ここまで甘えて。
「私お腹空きました」と言い、那緒がそわそわする。年相応の仕草に安堵した。
「わかりました、じゃあここで食べちゃいましょうか」
当然のように箸を出して那緒に渡すと一瞬「あれ?」と言いたげな顔をしながらそれを受け取った。
「あ、この料理は箸じゃなかったですね」
また失敗した。
慌てて僕がフォークとナイフを出そうとすると「スプーンだけ貸してもらえますか?ハンバーグは箸で食べたいです」と気遣うような声で言われた。
五歳に気遣われてしまう僕って…… 。
情けなさに心が沈むが、流石にそれは表面には出さなかった。これ以上気を使わせるせるのは、高校生だというのに情けないだろうと思ったから。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
那緒が僕からスプーンを受け取る。
一緒に手を合わせ「いただきます」と食事前の挨拶。
まずは出来栄えを知りたいと思った僕は、真っ先にハンバーグに箸を入れた。彼女も考える事は一緒だったようで、同じくハンバーグを口に運んでいる。
「美味しいっ!」
少し大きめの瞳を更に大きくし、那緒が叫ぶように言った。
確かに。初めて作ったわりに上出来だと思う。火加減も問題なかったみたいだ。
「大和兄さんってお料理上手なんですね!」
ニコニコと那緒が笑ってくれた。
「那緒の教えてくれたレシピがよかったんですよ。僕は決して料理上手ではないです」
「でも、こんなに美味しいですよ」
天使みたいな笑顔で言われた。ここまで料理を褒めてくれる相手に会ったのは初めての事だ。
「失敗しなかったのは、下手にアレンジしようと思わなかったからだと思いますよ。基礎も出来ないうちにアレンジすると失敗しやすいですしね。あとはきっちりレシピを守れば、食べ物で作ってるんですから、食べられない物が出来る事はありません」
だが、僕の言葉に対し、那緒が首を横に振って否定した。
「それでも、すごいなと思います。美味しいですよ、本当に。お店のみたい」
「そうですか?ありがとう」
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
少し硬い表情で、一人になる事を怖がっている感じがあったのに、それもすっかりなくなっている。食欲が満たされたからなだけかもしれないが、それでも那緒が喜んでいるという事実は僕に大きな幸せを感じさせた。
「明日、幼稚園の後にでも一緒に本屋に行きませんか?」
「本屋ですか!行きたいです」
「一緒に那緒の好きそうな料理の本を、選びましょう」
「はいっ」
それからというもの、僕はすっかり料理が趣味になった。もっと『美味しい』って言ってもらいたい、もっと那緒に喜んでもらいたい。その一心で、料理の腕もどんどん上がり、今ではお菓子類も上手に作れるようになった。
幼稚園のスモックの名札が外れたと言われ、縫ったのがきかっけで裁縫も覚え、那緒の服も縫えるようになったし、那緒が読む本がないと言えば、童話を書く事も出来る様になった。
那緒の可愛い笑顔を見て以来、僕の行動の理由は全て『那緒の笑う顔が見たい』になっていった。
那緒に関係のある事ならば、全て習得してみせる。
那緒が喜ぶならどんな事でもしよう。
僕の作る箱庭の中だけで、君が生きていけるように。綺麗で可愛い人形のような君を、僕の腕の中だけで生きていけるように。
一生誰にも渡さない。
その為なら、僕の立場は兄でもいい……。
側に一生いられるのなら。
あぁ…… 僕だけの、可愛い子——
【終わり】
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