愛玩少女

月咲やまな

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本編

愛玩少女〜第2話〜

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 ——あぁ、夢か。

 桜子は、目の前に立つ女性の顔を見て即座にそう思った。顔がペンでぐちゃぐちゃに無理矢理塗りつぶしたみたいになっていて、口元くらいしか認識出来ない。なのにソレに対して怖いとか化け物かと騒ぐ事もなく、当然のように受け入れている。ならばもう、彼女がコレを夢だと思うのは当然だろう。

『今日はお隣のお宅に手伝いを頼まれてね、桜子が行って来てくれないかしら』
『あぁソレがいいわ。お隣の若旦那ったら、いっつも桜子ばかりに目がいっているもの。いっそ輿入れさせてもらえるように、アンタから誘ったらいいのよ』
 ニタニタと笑う口元が少し怖い。冗談で…… 言っている訳ではなさそうだ。
『お隣さんはお金持ちだからねぇ。アンタが嫁いでくれればウチだって安泰だ。まぁ若とか言うわりにはもう旦那さんは随分と年がいっているはずだけど』
『そういえば、若旦那さんって…… 何度も何度も嫁候補に逃げられているそうじゃない。ならもう、なりふり構ってもいられないだろうから…… よかったわねぇ。真っ白い、化け物みたいなアンタでも、脱いで押し倒せば何とかなるかもよ?あはは!』
『いっつもぼけっとしてるアンタでも、そのくらいは出来るでしょう?』

 どうやら彼女達は桜子の家族、のようなのだが、会話内容からは気遣いなど微塵もない。厄介払いしたい、そのついでに家が栄えるのなら好都合だという考えを、全く隠す気もないみたいだ。

 気持ち悪い…… 気持ち悪い——

 彼女らの言葉と笑い声がねっとりと耳の奥にまとわりつく。
 この人達が母なのか、姉なのか…… 顔が見えないせいで正体はわからないが、そんな事はどうでもいい。この場から離れる事が出来るのなら何でもする。どうなってもいい。ここよりも居心地の悪い場所など、そうは無いだろうから。


『では、行って来ますね』
 玄関で振り返り、挨拶をするがそこには誰もいない。彼女がどこで何をしようがどうでもいいみたいに、ガランッとした薄暗い玄関先と廊下が目の前に広がっている。なのに奥からは下品な笑い声が聞こえ、桜子の心にちくりと痛みが走った。


       ◇


 ゆっくりと重い瞼を開ける。体を起こし、真っ暗な室内で桜子は天井を見上げた。窓の無いこの室内は一切の光がなく、音もない。ソレでも何か聞こえはしないかと思い耳を澄ませると、自分の心音だけが聞こえてきて、夢見が悪かったせいで騒がしくなったのだろうなと彼女は察した。
「嫌な夢…… 何だって、あんな…… それにしても、誰だったのでしょう?あの人達は」
 何となく、無くした記憶の断片に違いないとわかったが、気分は良く無い。もっと知りたいとも思えず、この先もずっと記憶には蓋をしたままでいてもいいような気さえした。

 コンコン…… 。

 どこからともなくノック音が聞こえ、壁の一部にしか見えなかった場所が開いて、室内にハクが入って来た。
「どうしたの?」
「…… ハク、さん?そちらこそ、こんな夜中にどうしたんですか?」
「桜子が起きたみたいだったから、様子を見に、ね」
 手にはカンテラのような物を持っており、それをベットの側に引っ掛ける。おかげで真っ暗だった室内に明かりが生まれ、二人は互いの顔を確認する事が出来た。

「まだ夜中だけど、目が覚めちゃったのかい?」
「…… はい。変な夢を見てしまって」
「夢見が悪かったのか。それは良くないね…… ところで、どんな夢だったの?」
 ベットの側にある椅子に腰掛け、ハクが穏やかな声で問いかける。だが、穏やかなのは声だけで、彼の瞳はスッと冷めている。大事な存在の安眠を遮るモノの正体を早く知りたくて、心は落ち着かない。
「何と話していいのかわからないんですけど、女性が二人側に居て、隣の家に手伝いに行けと。いっその事、こ…… 輿入れでも、するといいって、言われて」
「…… へぇ」とこぼしたハクの声が、たった一言だったのに、地を這う蛇のようにねっちこく、ザワッと桜子の背筋に寒気が走る。普段とは違う低い声は、とてもじゃないが彼の口から出た音だとは思えず、彼女は『また幻聴か何かだろうか?』と思った程だった。

「二人の女性が、そんな事を言っていたんだ。不快だね、とても…… とーっても…… 」

 膝に肘をつき、ハクが口元を手で覆う。目が座っていて、ここのは居ない何かをじっと見ているみたいだ。
「そうですね、あまり居心地は良く…… なかったです。何がどうとか説明はし難いし、殴られたとかがあるわけでもないのに。あの場から逃げられるなら、何だってするなと、思うくらいには…… って、すみませんただの夢なのに、こんな話をしてしまって」
「いいんだよ。話てくれてありがとう。僕は、桜子の事ならば何でも知りたいから。これから先も、どんな事だろうとも教えてね」
 そう言って、ハクが桜子の方へ腕を伸ばすと、そっと優しく彼女の頭を何度も撫でる。彼が動くたびにふわりと良い香りが鼻腔をくすぐり、何の香りだろうか?と桜子は不思議に思った。
「とてもいい香りですね。優しい香りで落ち着きます」
「あぁこれかい?芍薬しゃくやくという花の匂いだよ」
「…… シャクヤク?」
 名前を聞いてもピンとこず、桜子が首を傾げた。
「牡丹に似た大きな花でね、お薬にも使える便利なお花なんだよ」
「何だかちょっと薔薇みたいな香りですね」
「あぁそうかもね。…… どんなお花か、見てみたい?」
「はい!」
「いいよ、じゃあ近いうちに持って来てあげる。花瓶も用意して、ここへ飾ろうか。…… この部屋は、ちょっとシンプルだもんね」
「…… ちょっと?」では無いだろう。ものすごく、だ。と、思った気持ちが桜子の顔に出る。そんな彼女の顔を見て、ハクが穏やかな笑みを浮かべる。

(何だって、何だってしよう…… 。愛らしい彼女を守れるのなら、何だって——)

「でも、もうちょっと待ってね。まずは他に、から、そっちが優先だ」
 お仕事とかかな?と思い、桜子が素直に笑顔で頷く。
「でも、桜子が眠れるまではまた側に居てあげるね。今度はそうだな…… 何かお話でもしようか。昔話とか、それとも童話のような物語がいいかな?」
 私は子供じゃないのだけど、とは感じても、彼の心遣いがくすぐったくて桜子は「じゃあ、童話で」とおねだりをする。
「いいよ。僕が知っているお話は少ないけど…… そうだな、高い塔の上に一人きりで眠る竜の物語とかはどうかな?お姫様がね、寂しい寂しいって泣き続ける彼を助けてくれるって内容なんだけども」
「ロマンチックですね。お姫様が助けてくれるだなんて、珍しいし気になります」
「良かった。じゃあ…… 目を閉じて、大きな大きな古代樹の森を想像してみて——」
 言われるがまま、桜子が目蓋を閉じる。
 広がる暗闇の隅に、カンテラの明かりがちょっとだけ明るい。そんな画面の中に、桜子は広大な森を想像し、『良かった…… 何も無い自分でも、出来る事があるのだ』と安堵しつつ、ハクの穏やかな声と物語にその身を預けたのだった。
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