「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【最終章】

【第7話】説明と報告

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「——さて、そろそろそちらの紹介を頼めるか?」
 兄弟間での誤解も解け、潮が棗の隣に座っているメランの紹介を改めて求めた。潮は持ち前の勘の鋭さからメランを『只者ではない』と察しているのか、すっと背筋を正して両の拳を膝に置く。
「えっと……」とこぼし、棗がチラリとメランに視線をやる。そして『何からどう説明したものか……』と少し悩んだ。きちんと考えてから来たら良かったと今更な後悔をしながら。
「雰囲気的に、一緒に冒険者配信をやってる“バトレル”さん、だよね?」
「はい。本名をメランと言います」
 澪に訊かれ、胸に手を軽く当ててメランが自ら名乗った。
「やっぱ、ボクらが配信してるって知って……」
「そりゃ、ね。潮がそれっぽい動画を引き当てて、オレも一緒に確認して、揃って確信を持ったって感じー」と、驚く棗に対して自慢げに澪が言う。
「髪を極力帽子の中に押し込んで、仮面で顔を隠してもさ、行動とか、発言とか、何よりもその声でわかるよ。だって、オレらの自慢の弟だもん」
「“冒険者配信”は手っ取り早く稼ぐ手段として最も思い付きやすいものでもあるからな。散々周囲から叱られて、『家出をした』という前提で探す事にして真っ先に検索したら割とすぐにわかったんだ」
 棗は『こわっ!』と内心思ったが、声に出すのは控えた。義兄達の自慢気な顔の前ではとてもじゃないが本心は言い辛い。
「同時並行してネットでも目撃情報募ったけど、そっちは残念ながら空振りだったから即止めちゃった。あ、ちなみにそっちの先生はこの二ヶ月間ずっと、この周辺をひたすら探して走って、めっちゃ体力だけが増えた感じみたーい」と言い、脳筋行動を見下すような意地の悪い笑みを澪が浮かべた。返す言葉もなく森元が押し黙る。

「——んで?お仲間さんと帰省したのはどうして?オレらはネットで『見守る宣言』してたはずだけど、それはノーチェックだったとか?」
 首を傾げる澪に対し、「いや……」と棗が言う。

「実はその……子供が、出来まして……」

 小さな声で棗がそう言った途端、「「「——はぁ⁉︎」」」と大人達三人の大声が被った。
「実はそうなんです。僕と棗との間に子供が出来まして、家族にはきちんと報告したいと——」と説明を始めたメランの言葉を、「待って!」と澪が遮った。
「……メランさん、でしたっけ?」
「はい」
「男性じゃなく、もしかして……女性、なんですか?」
「いいえ。実も心も間違いなく男ですよ」
 ニコニコ顔でそう言われても理解が及ばず、澪達は困惑顔だ。

「……人間男性の妊娠例なんかあったか?」
「いやいやいや。流石に聞いた事はないよ?」

 潮と澪が小声で確認する。森元は正座姿のまま頭を抱え、「まだ十八なのに、もう子供を?」とブツブツ呟き、顔色は真っ青だ。
「えっと……彼は、その、堕天使でして……。人間じゃないんで、子供も可能、みたいな?」
 棗は『実は、メランの自慰の結果溜まった精液の巨大な塊に自分の精液が幾分か混じって、結果的に子供が出来たみたいです』とは言えず、テキトウに言葉を濁す。馬鹿正直に全てを話すのはかなり恥ずかしい。
「……天使?」と呟き、次の瞬間には潮の顔がぱっと明るくなった。その変化の理由がわからず『ん?』と棗が軽く首を傾げる。

「流石は棗だな!澪!」
「ホントだね、潮!」

 潮と澪が子供みたいにはしゃぎだし、森元は感極まった様子で口元を押さえながら涙を流す。棗は「え?待って、何?どういう状況?」と慌てたが、メランは満足気に、ぽすんと棗の方へ体を寄せた。
「ウチの天使の伴侶になるなら、やはりそのくらいの相手じゃないとな」
「だよねぇ。そのくらいじゃないと釣り合わないもん」と澪が潮の言葉に激しく同意する。森元も何度も頷いており、棗だけが取り残された感じだ。

(いやいやいや、待って。『堕』の部分は何処に消えた?どうでもいいのか⁉︎)

 もう既にどうにもならない事に対して反対されるよりかはずっとありがたいが、ここまで喜ばれると逆に引く。メランの場合は『堕』が付けども、『天使』クラスじゃないとウチの弟とは釣り合わないと思われていた事にも驚きを隠せない。『ダンジョンでメランに出会わなければ、ボクは結婚も出来なかったのか!』と、頭を抱えたい気分にもなってきた。

 気を取り直し、棗が顔をあげて義兄達の方に視線をやった。
「……えっと、これって、反対はされていない感じで合ってますか?」
 恐る恐る棗が訊くと、「もちろん」と潮が断言する。
「もう棗も大人だしな。子供の件は最大限協力しよう」
「家族なんだしねぇ、当然でしょう」
 義兄の二人が賛同すると、森元がすっと高らかに手を挙げた。

「俺、高校教師辞めて保育士の資格取りに行って来ます」

「——は⁉︎」と驚き返す棗だったが、潮と澪は「賛成だ」「それ良いねぇ」と嬉しそうに頷いた。
「俺はどんな形であろうが棗を支えたいんだ!」
 キラキラとした目で言われても棗が困る。一人の人生の進路を変えさせるとか、これ以上責任は背負いたくない。
「いや、あの、先生?ちょっと——」と棗が止めようとしたのに、「いっそウチに住み込むか?」と潮が言うと「喜んで!」と森元が返してしまった。

(『ストーカーめ!』って先生を敵対視していた義兄にいさんは、何処に⁉︎)

 困惑する棗を置き去りにして、話がどんどん勝手に進んでいく。
「赤ちゃん用の玩具買わないと!」
「いやいや、まずはベビーベッドやオムツじゃないか?」
「哺乳瓶や着替えもだな」と楽しそうに会話を弾ませる大人達の暴走が止まらない。

「——んで?いつ戻って来るんだ?こっちには。それまでには子供部屋を用意しておくぞ!」
「あ、もう部屋借りる当てがあるんで、実家には戻りませんよ」

 潮の問い掛けに対して棗がそう答えると、この世の終わりみたいな顔を大人三人組にされてしまった。
「あ、なら、僕が転移魔法陣をどっちにも描いてあげようか?来ちゃダメなタイミングでは、どっちからでもロックを掛けておける仕様にしてあげられるよ。これで甥っ子にも会いたい放題だね」
 メランの提案に「「アンタは天使か⁉︎」」と潮と澪が叫ぶ。
「そうだよー。まぁ、『元』だけどねぇ」なんて返す様子は完全に寸劇の様だ。

(来ちゃダメなタイミングって、やっぱアレの最中に事だよな……)

 熱を持つ頬を棗がそっと手で隠す。そんな彼を取り残したまま大人三人組はその後も想像と妄想を爆発させた未来絵図を語り続け、宵闇市にまで帰るタイミング完全に逃した棗とメランはそっと二階にある棗の部屋まで逃げて行った。
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