「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【最終章】

【第1話】古書店(弓ノ持棗・談)

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 義兄達に見切りをつけて家を飛び出してから約二ヶ月の時が流れ去った。ボクらは相変わらずダンジョンに潜って経験値とポイントを稼ぎ、手に入れたアイテムや装備品を売って日銭を稼ぐといった生活を送っている。でも、当初の勢いは何だったのかってくらいにあれからあまりレベルは上がってはおらず、35で停滞している。現在攻略中である四階層目の敵が強いから先に進めないとか、この辺ではもう敵を倒しても得られる経験値がしょぼいのにフィールドが広くって五階層目に降りる為の階段にまで辿り着けないからとか、そういった理由じゃない。

 ……恥ずかしながら、単純に、えっちな事に勤しみ過ぎているからだ。

『今日こそは、もっと稼ぎますよ!』
『うん、そうだねぇ』なんてお互いに言いつつも、段々とメランが婀娜めかしい雰囲気になっていって、気が付けば最下層のベッドで組んず解れつとか……。覚えたての猿か!ボク達は!!って状態なのだ。

(……でも、付き合いたてのカップルってこんなもん、だよな?)

 比較対象が側にいないので自信は無いが、今まで触れてきたコンテンツの中ではそんなもんだったから、自分が特別ヤバイのかもとすら思いたくないな。

 ——そんな事はさて置き。ボクらのレベルが30を超えると、最近は混んでいないおかげで『低レベル』判定が緩くなっていた無料の簡易宿泊所も流石に利用出来なくなった。ダンジョン周辺には温泉付きの有料宿泊所が多々あるけど当然それらはそれなりのお値段な訳で。狭いとか、質素な部屋を選んだりとか素泊まりであっても、連泊となると収入をあまり貯蓄には回せなくなってしまう。それでも最初の頃は意地もあって利用していた。夜ご飯はダンジョン最下層にあるあの洋館で済ませ、広いお風呂も借り、ちゃっかりスル事だけしてから地上に戻って有料宿泊所にて寝泊まりした。だけどそれでは、流石に自転車操業とまではいかずとも、ボクらの稼ぎでは消えていくお金の方が多い。

 このままはキツイから、やっぱりいずれは市内にちゃんとした部屋を借りたい。

 その為にも『今はとにかくお金を貯めたるんだ』と自分に言い訳をし、ここ最近はずっと洋館で寝泊まりしてしまっている。
 洋館はダンジョンの最下層にあり、ダンジョン内部って事は魔素が充満しており、男であろうがアナルであろうが、メランの意志一つでナカが濡れてしまう訳で。宿泊所に向かう時間を気にする必要もなく、そうなると与えられる快楽に容易く流されて、気が付けば朝に——というパターンを繰り返している。

(慣れって恐ろしいよなぁ……。あんなに怖かったはずのあの洋館が、今ではすっかり居心地のいい場所になっているんだから)

 掃除や食事、備品の管理といった随所に、メランの配下達の気遣いが感じられるせいもあると思う。
 でも、ずっと深夜な場所に一日中居る気にはどうしたってなれない。なので今日みたいに攻略そのものを丸々休むつもりでいる週末でも朝一番からすぐ地上に出て、日が沈むまでの時間をメランと共に過ごしている。今さっきも宵闇市の市街地にある不動産屋で賃貸物件についての話をしてきた所だ。“冒険者配信”にアップされた動画の方で稼げていた分の入金もされたし、このままいけばそろそろ市内に部屋を借りても生活していけそうなので、初期費用や家賃などの目安を知る為にいくつか物件を見て来たのだ。

 ……だが、『内見だけ』で済むはずがなかった。

 その中でも一番条件の良かった物件を実際目にすると、まんまと『此処に住みたい!』と思ってしまったのだ。しかも運の良い事に神憑物件(神族が住む物件の事を指す)と隣接しているアパートときたもんだ。神族が持つ特性のおこぼれで運気が上がるとかそういった事が目当てなんかじゃない。ただ単に、その近傍だと『完璧』と言い切れるくらいに治安が良いからだ。でもまぁ、こっちにはメランが居るんだからそんなこだわりは不要かもだけど。

(間取りは狭かったけど二人だけだし、相当古い建物だけど室内はきっちりリノベーションまでされてた。ダンジョンに一本で行ける駅までギリ徒歩圏なのに家賃も安かったから、あそこに本決まりで良さそうだな)

 隣接する神憑物件の方には神様夫妻がお子様と共に暮らしているそうなのだが、それ故に安全面で過敏になっていて、内見した方のアパートですら入居希望者の身元審査が相当厳しいそうだ。でもメランの身元がこれでもかってくらいにクリーンだったおかげでその審査も問題無いと不動産屋から既に太鼓判を貰えた。流石は元・天使様だ、『堕天はしていようとも、他人様を無差別的に害するタイプの堕ち方ではないから良い』そうな。その話を聞く分には、どうもボクが考える程にはメランの堕天具合は深刻ではない気がする。

(となると、やっぱ元通りになる方法を見付けたい所だよな)

 ——ボクはそう思い至り、今は市内にある古書店に来ている。最初は順当に図書館にとも思ったんだが、『堕天した天使を元に戻す方法が記載された本なんて、その辺に点在している様な図書館にあるのか?』と疑問が湧いてやめた。だからって古書店になら並んでいる保証があるワケでもないんだけど、何も行動しないよりかはマシかな程度の気持ちで。
「ねぇねぇ。急に古書店に行きたいだなんて、何か探している本でもあるの?」
「えっと……まぁ、はい」
 難儀な事に現状のままの彼をもすっかり好きになってしまってはいるのだが、やっぱりあの『まとも』だった期間のメランも恋しく思う。ボクのせいで堕天させてしまったという罪悪感もまだあるし。だから堕天する前に戻れる様にその手段を探してやりたい。——でも、そんなボクの考えは彼にとってはただのお節介かもしれないとも思うと、理由を伝えられず口篭ってしまった。
「ふーん……」と言いつつ、メランが周囲の本棚に視線を移す。納得してくれている感じは少しも無いが、だからってボクを問い詰める気もないようだ。なのでボクも彼に倣って本棚の方へ視線を戻した。

 風の伝手で聞き齧った話によると、この古書店は『本の精霊』が営む店らしい。何らかの条件が揃わないと開店せず、宣伝もしていないから所在も掴めず、『何処にでもあるのに何処にも無い店』と表現される事もある不可思議な店だ。そんな店がこうやって普通にあるのだから、流石は妖達が造った宵闇市である。
 ノスタルジックな印象のある古い商店街の一角によく馴染んでいる外観をしたこの店の内部はそれ程広くはない。“古書店”のはずなのに何故か小さなアンティーク品が飾られた背の低いガラス製のショーケースの方が多いし。なのに本棚に並ぶ本はどれも興味深いものばかりだった。

(あ、子供の頃に読んだきりでタイトルを思い出せずにモヤってた絵本だ。……こっちには続巻を探せずに諦めていた本の続きがあるし、料理の本なんかも結構多いな)

 完全に『ボク』を対象としたラインナップばかりが厳選して並んでいる。『精霊が営む店』というだけあって色々とお見通しの様で、どれも一度は読んでみたい本のみだ。……なのに今一番欲しい本は何処にも無い。店内に並ぶ本のタイトルを何度も往復しながらしらみ潰しにしていっても見付ける事は叶わなかった。ダメ元で店主に訊きたくともその姿は店内にはなく、奥に声を掛けてみようかと悩んでいると、背後から「……諦めがついたかい?」と言いながらメランがボクの肩に顎を置いてきた。

「『知りたい』『欲しい本』なのに此処にも無いなら、この世界の何処にも無いよ。この古書店に並ぶのは、世界中の本の中から棗の為だけにピックアップされた物だけ、だからね」

「……そっかぁ」
 じゃあどうやって方法を探そうか。何か少しくらいは知っていそうだった祖母はもう他界して随分経つし、日記といった類の遺品も無い。一度も口にはしていなかったから祖母の出身地である村の名前も知らないから、村の歴史から方法を探る事も不可能だ。

(これって、もう詰みじゃね?)

 やっぱ店主に、本当に『堕天使を元に戻す方法』が書かれた本が無いのか訊いてみよう。ワンチャンに期待してそう決めたのに、メランがボクの腰に腕を回してぐっと後ろに引いた。

「もしかして、僕を元に戻す方法でも探しているの?」
「——っ!」

 一度も言葉にしていないのにどうしてわかったんだろうか。前にもちょっと思ったが、やっぱり心を読んでいるとか?
「『何でわかったの?』って顔してる。やっぱり正解、なんだ?……はぁ」
 長い長いため息を吐き、 メランが僕の肩に今度は額を置いた。
「ちなみに、心を読んだりとかはしていませんよー。棗は表情の変化が乏しいけど、胎児だった時から観察していた僕には微細な変化までは隠しきれないってだーけ。そりゃ、ぶっちゃけ人間の考えくらい簡単に読めるよ?読めるけどさぁ、そこって流石に夫夫ふうふでも超えちゃいけない一線だってわかってるし。全てを知りたいけど、腹の中は知らない方が燃える場合もあるからねぇ……フフッ」
 拗ねていた声が段々変化していき、妙な熱を帯びて終わった。腰に回されている腕に力が入る。
「『イヤイヤァ』『ヤダヤダァ』って駄々っ子みたいになっていても、内心では欲しくって欲しくって体の方が素直に反応しちゃっているとか、想像が膨らむ分、心を読めない方がずーっと燃えるんだよねぇ」とうっとりとした声でメランが言葉を続けた。何の話をしているのかすぐにわかってしまい、不覚にも腹の奥がキュッと反応してしまう。店内には店主どころか他の客すらも居なくて良かった。

 メランの纏う空気が急に変化し、「……あのねぇ」と真面目な声が背後から聞こえた。
「……僕を元に戻すとか、もうそんな方法は探さなくていいよ。此処じゃない何処かをも探したり、もしも『戻す方法が書かれた本がある』と誰かに言われたとしても、ね。そもそもさぁ、個々の事案なんてその時々で対処法だって変わってくるから参考にもならないよ。それにね、僕は確かに棗に恋をしたせいで闇堕ちしたし、堕天状態にもなったけど、それで変わったのは表面的な行動や性格や話し方、あとは翼と髪の一部の色くらいなもんで生まれ持った能力や力量は前のままだ。堕ちたせいで君と引き離された訳でも無し、寧ろ現状に満足しているんだからさ」
「で、でも……」
 そうは言われても『成る程。そうですね』とすぐには返せない。相手は天使だった存在で、そんな上位の者の未来を一個人が大きく変えてしまったんだ、当人が気にしてなかろうが、すぐに納得なんて出来なかった。

「僕は万人を満遍なく愛するよりも、たった一人をずっと愛していたい。……ねぇねぇ、それじゃぁダメなの?イヤ?『皆大好きー♡』なんて言ってる僕の方がいいの?まぁ以前の僕じゃ、そんな事そもそも言わないけども」

「……良くは、ない、っすね」
 言っていて段々頬が熱くなっていく。そしてちょっとそのアイドル的な様子を想像して笑ってもしまった。

「んー……。でもまぁ、どうしてもって言うのなら、方法が無い事もないんだけど」

「あるんですか⁉︎」
 知ってるならどうして実行しないんだと一瞬思ったが、現状に不満が無いのなら試すわけがなかったな。
「この方法なら多分ってレベルだし、今まで誰も試していないから確証の無い話で、そもそも本当に元通りになる保証もない。それでもやるって言うなら止めはしないけども」
「……それでも、聞くだけ聞きたいです」
 意を決し、ごくりと息を呑む。するとメランが「そっかぁ」と言い、軽く息を吐いてから再び口を開いた。

「棗のね、この眼球を抉り出すの♡」

 そう言い、メランの大きな手が急にぐっと目の前に迫ってきた。その勢いのまま本当に抉られるのかと一瞬焦ったが、その手は直前でピタリと止まった。
「妖精達の加護のかかったこの綺麗な綺麗な髪色は僕でもどうしょうも出来ないけど、一番の元凶である瞳をどうにかすれば多分きっと魅了状態は解消出来るんじゃないかな。ねぇ抉る?抉ってみる?大丈夫!痛くなーい様にはしてあげる♡だけどねぇ、もし魅了効果を解除したはずなのに僕が元通りにならなくても、空っぽになった箇所を完治してもらえるとは思わないでね。この綺麗な瞳は僕が貰うから。その代わりに僕の一部を使って作った義眼を入れてぇ、その新しいお目々では僕の姿しか認識出来ない様にしようか!そうすればぁ、何処かに棗を閉じ込めなくっても、実質僕達二人だけの世界になるよ♡……ふふ、あははははは!」
 バサッという音と共に目の前に大きな影が出来上がる。そして周囲には数多の真っ黒な羽が舞い散った。

「ねぇねぇ、どうする?どうするぅ?それでもこの目を抉り出す?喜ぶのは僕だけだと思うけど」

 荒い息遣いで言われ、ゴリッと背後に硬いモノが当たり始めた。
「確かにこの瞳がとっても好きではあるけどね、今の僕は棗の全てがだぁぁぁい好きなの♡どうにかして髪色を変えようが、この瞳を抉り出そうが、棗を構成する全ての要素を愛しているから、天使になんか戻る気は全っ然無いけどねぇ。——となると、僕に戻る気がない以上、堕天状態の解消なんか何しても無駄って事だ!」と言い、またメランが大声で笑った。耳奥や周囲に響く、とても気味の悪い声で。

(当人にその意思が無いなら何をしても駄目だってんなら、今までのやり取りそのものも全部無駄って事じゃねぇか!)

「……だからね、棗は何も気にする必要なんか無いんだよ。これからもずっと僕からどろっどろに愛されてぇ、一生どころか死んでも僕の傍に居ればいいだけなんだから」とメランが耳元で囁き、頬から顎のラインを愛おしそうな手付きで撫でてくる。彼の要求はめちゃくちゃ重たいのに、強い愛情が篭っているからかじわりと胸が熱くなっていく。その途端、この無駄に終わった時間すらも有意義なものに思えてくるんだから、恋愛感情ってマジで厄介なものだなと痛感した。
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