「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【幕間の物語・③】

屋敷で働く身の呟き(名もなきメイド・談)

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 “わたくし”はメラン様のお屋敷に勤める“名もなきメイド”でございます。あ、いや、「名乗る程でもない」と言った方が正しいですね。雇用主は堕天使であるメラン様。勤め先はダンジョン・“黄昏”の最下層に建つラスボスの為に建てられた廃墟の如き洋館の立ち入り禁止区域です。此処はまだ未攻略エリアですし、そもそも“人間”でもない故に“冒険者”にはなれないわたくしなんぞは本来『ダンジョン』とは立ち入らない場所なのでございますが“メイド”として雇用された流れで此処で働いている次第であります。
 この屋敷にはわたくし以外にも勤務している者が多数おりますが、全て獣がヒトの様に二足歩行している“獣族”です。同僚の獣種は犬、狐、ハムスターなどと多種多様ですが、人の姿に酷似しており、頭部には獣の耳が、尾骨辺りには尻尾のある“獣人”は一人もおりません。『獣人達は、人間達とカップルになる率が高いから駄目』との事でした。

(わたくし達獣族も、人間達からは結構人気なのですけどねぇ)

 猫の様にフサッとした真っ白な尻尾を揺らしながら廊下を掃除をしつつ、ふとそんな事を思いましたが、メラン様の奥様である棗様が『獣族を好ましく思う者そう』なのかは一切知らされてはおりません。知らされてはおりませんが、頑なに会わせない様に勤務時間を管理している事を考えると、答えは明白でしょう。わたくし達はきっと奥様の恋愛対象ではないけれど、好ましくは思われる対象ではあるのだと思います。

(ですがこの屋敷の“奥様”なのですから一度くらいはお会いしてみたいものです。……まぁ、無理でしょうけども)

 このお屋敷には絶対に入ってはいけないお部屋が二十部屋以上もあり、その全てに『奥様の私物』とやらを展示してあるらしいので、メラン様のその行動を鑑みると奥様にお会いするのは諦めた方が良さそうですね。

 勤務時間は九時から十五時とパートやアルバイト並みに短く、更には休憩時間は最長二時間まで取っても良いという異例の待遇。なのに給与は高額。有給休暇ももちろんあり、しかも週休三日という厚遇っぷりなので人気の職場となっております。まぁその分求められるスキルは高めなので優秀な人材しか働けませんけども。

(さて、お次は浴場でも掃除しますか)

 ——そんな事を考えていると、急に警告音が『ピー!』と鳴り響き始めました。目の前には『五分後に緊急退勤時間となります。直ちに作業を中止して下さい』という文面が空中に表示され、周囲からざわっと動揺を示唆出来る音が。わたくしは掃除担当なのでただ作業を中断して掃除道具を片付けるだけで済みますが、調理担当の者達は今頃大慌ての状態なのでしょう。

(……ここ数日間は、毎日ですねぇ)

 勤め始めて一週間程度は何事もなく定時まで働けていたのですが、この数日間は午後になるとこの様に緊急退勤時間がやってきます。メラン様ご夫夫ふうふが屋敷に帰宅した事によりわたくし達は強制退去させられるのです。その関係で中途半端になっている調理や掃除などは全てメラン様が程良く誤魔化して下さいますのでわたくし達にお咎めは一切無いのが救いですね。まぁ、雇用側の勝手な都合で地上にある更衣室へ緊急転送されるのですから、当然の配慮とも思いますけども。

 此処からの時間はダンジョンの攻略を中断し、独占するみたいに奥様を囲い込み、メラン様はべったりとした愛情を奥様のお体にたっぷり注ぐのでしょう。
「……人間の腰痛には何が効果的でしたっけ」
 同僚である犬型の獣族に訊かれ、「確か、温めると良かった気がしますねぇ」と返す。その事を考えると浴場を掃除し損ねた事が悔やまれます。
「マッサージも効果的だったはずですよ」
「じゃあ、明日は寝室のサイドテーブルにマッサージ用のオイルでも置いておきましょうか」
「そうですね、そうしましょう」
 明日の予定を話しつつ、同僚達と共に帰路に着く。人外が故に無尽蔵な体力をお持ちのメラン様のお相手を、人間である奥様が一身に引き受けるのかと思うと多少気掛かりにはなりつつも、本日のお仕事は終了ですので気持ちの方も切り替えながら帰ろうと思います。
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