「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
28 / 41
【第3章】

【第7話】 自覚③(弓ノ持棗・談)

しおりを挟む
「——うぐっ、えぐっ……」と嗚咽を漏らしながら“ナナクサ”さんが顔を服の袖で何度も拭っている。一目で惚れて、だけど最速で失恋したからか、悲しみで涙も鼻水も止まらずに苦戦している様だ。メランにフラれたショックがこれだけ大きいとか、あの一瞬のうちにどれだけ深い好意を抱いていたんだろうか。
 そんな彼の様子が他人事には思えず、ボクはポケットの中からハンカチを取り出した。
「あの……このハンカチ、使いますか?」
 恋敵からの厚意なんか不要かもだが、ハンカチを“ナナクサ”さんに差し出すと意外にも鼻をすすりながら素直に受け取ってくれた。
 すっかり腫れてしまっている目にそっと当てる。正直、洋画のワンシーンなんかである様に躊躇無く鼻水をフンッ!とかまれる事を覚悟しながら渡したのだが、行動力だけじゃなく良識もある人だったみたいだ。

「あ、あの!洗って返したいんで、交際を念頭に私とフレンド登録しませんか⁉︎」

 ひっどい顔をしながら“ナナクサ”さんがボクの方に距離を詰めて来た。キラキラと輝く瞳が随分と眩しいが、まさか、今度はこっちに惚れたとか言わないよな?——あ、いや、言っているのか!

「ダメだよー。さっきも言った通り、この子は僕のお嫁さんだからね」

 メランもすぐこの状況を理解したのか、背後からボクをぎゅっと抱き締めてくる。今さっき、ここ最近の『まともな彼』に対して好意を抱きつつある事を自覚したばかりなせいか、いつもと違って変に緊張してきた。この距離では心臓の音が彼にまで聞こえてやしないかと心配が募る。
「でもそうなると、このハンカチは——」と口にした“ナナクサ”さんの言葉を、メランが「そのハンカチはそのまま返してくれていいよ、後は僕がどうにかするから」と言って遮った。

「……っていうかさ、こっちがダメなら即あっちって、いくらなんでも移り気過ぎやしないかい?」

 至極当然の疑問をメランが呆れた様な声で容赦無く口にした。ボクも心の中だけで激しく同意しておく。
「あ、そう、ですよね……すみません。でも、その、優しくしてもらって嬉しかったので」
 彼の気持ちが今ならすごくよくわかる。……好意的な方向に、気持ちが揺らぐのも。ボクの場合は、普段人から好意を向けられ慣れしていないから余計にそうなりやすいのかもしれない。
「第一、顔も知らない相手をよく一目で好きになれるね。これでもし運良く僕らと仲良くなっていて、でも、仮面を取った姿は酷く残念な容姿だったらその時は一体どうしていたんだか」
 “ボク”相手では絶対にしそうにない程の追い討ちのかけ様だ。これが彼の素なのか?もしそうなのだとしたら、ボクに対しては随分と猫を被っているという事になるが、それって辛くはないんだろうか。

「あ、その点は問題無いです。お二人共一度素顔を見た事があったんで」

 そう言って、“ナナクサ”さんが軽く手を挙げる。
「以前、お二人がお姫様抱っこ状態で案内所付近の通りを歩いていた事があったでしょう?あの時『めっちゃカッコイイ人おるやんっ!』って目を奪われていたんで、“ローグ”さんの仮面の下の御尊顔はバッチリ記憶済みです」
「……あぁ、あの時に」
 ボクに続き、「成る程ねぇ」とメランも頷く。
 あの日はまだフードを被って顔を隠す事もなくメランは正々堂々と通りを闊歩していたから納得である。……そうなると、他にも“ナナクサ”さんみたいにガチ恋勢に加入済みな方々が既に大勢いそうだ。
「んでも、残念な事に“ガンナー”さんの顔は全然思い出せないんですよねぇ」

(この顔の側にボクが居たって、こっちは霞んで覚えられないのも納得だわ)

 ちらりと後方に居るメランの顔を見上げる。だけどあまり彼を見続けていると自分の平凡さに嫌気がさしてきそうだ。
「あのね、“クー”の顔が彼の記憶に残っていないのは“妖精の加護”のおかげだよ」と、急にメランがボクに耳打ちしてきた。
「“クー”のお婆様の生まれ故郷の人達は綺麗なモノ好きな妖精達に好かれるくらい美形揃いでね、その美貌のせいで随分と過去には苦労もしてきたんだ。愛人にする為にと誘拐されたり、高級な性奴隷に落とされたりとかね。だから、人間の醜い欲望に心を痛めた妖精達がその髪に“インビジブル”の効果を持たせたんだ。残念ながら万人に効果的なものではないし、人外にはほぼ効かないし、相手次第では逆効果だったりもするんだけど、僕の可愛い可愛いお嫁さんを程々には隠せてありがたかったなぁ」
「“加護”っても、“幸運スキル”とかの類とかじゃないんですね」と小声で返す。言葉の響き的にもそういった感じのものかもと期待していただけにちょっと残念だ。
「残念ながら、ね。でもガンナーには丁度良いナチュラルスキルじゃない?ダンジョンの敵にも少しは効果があるし」
「……まぁ、確かに」
「大丈夫。僕が激運持ちだから、この先一生“クー”に苦労はさせないよ」と言いメランがニコッと微笑む。出会ったばかりの頃だったら『一生って、いや、怖っ!』と思ったんだろうが、今ではちょっと嬉しくなってくる。誰かに好意を抱くと、自分の考え方や言葉の受け止め方にまで影響が出るもんなのか。

「あ、あの……」
 メランと二人でこそこそ話していると、“ナナクサ”さんが躊躇いながらも声を掛けてきた。「ん?」と言いながらメランが首を傾げると、彼が意を決したかの様に口を開く。

「ダンジョンで、出会いを求めるのは間違っているんでしょうか!」

 真面目に語り出したらめっちゃくちゃ長くなる問い掛けをされて答えに困った。それこそ何十冊もの本が書ける程の語りになるからボクらに訊くのはやめて欲しい。
「僕的にはアリだと思うよ。人間達が愛に溺れて狂い泣く姿は見ていて楽しいしねー」
 メランがあっさりと持論を伝える。だけど人間の狂い泣く姿を『楽しい』と思うその感性は如何なものかとは思うぞ。
「実は私、この惚れっぽい性格のせいでなかなかパーティーに入れて貰えないんですよぉぉ。でも恋人は欲しいし、恋愛だってしたいし、結婚もしたいし、いずれは子供も欲しいんで、出会いの機会は最大限に生かしていきたいんですぅぅ。だって、数を打たないと誰にも当たらないじゃないですか!」
 半泣きになりながら“ナナクサ”さんが語る。気持ちはわかるが、彼がパーティーに参加する度に告白祭りになる様では組んでくれる人が徐々にいなくなっていくのも納得でもある。

(ネットとかで、彼を地雷扱いしている情報が出回っている可能性もありそうだな)

 見た目も悪くないし話した印象的にも良い人そうなだけに勿体無い。だが友人のいないボクでは彼に対して出来る事は何もないから、『この先はもうちょっと手法を変えてから頑張ってくれ』的な事しか言いようがなかった。


 ——その後、少しの間だけ話をして“ナナクサ”さんとはその場で別れた。メランが拗ねるので三人共フレンド登録などはせず、“知り合い”という立ち位置で落ち着いた感じだ。彼は自称“トレジャーハンター”である為、上等な宝箱の出現はほぼ期待出来ない一階層目だけを避け、その日の気分で色々な階層を探索しているらしいから多分また会う機会もあるだろう。

(その時には、良い報告が聞ける事を願っておくか)

 そんな事を考えているボクを背後から抱き締めたままなメランが、“ナナクサ”さんが去ってからもうしばらく経ったというのに一向に離れてくれない。なんなら首の辺りで何度も何度も深呼吸を繰り返している感さえある。『人の匂いを嗅ぐな!』と思いながら体を少し捩ったが当然びくともしない。これではまるで彼自身が頑丈な拘束具みたいだ。その上背後の一部に段々と違和感を覚え始めた。コ、コレは確実にメランの勃起した逸物だ。しかもボクを、その逞しい腕で拘束したまま、ゆっくりボクを木陰に引っ張り込もうとしている気がする。

「——ちょ!アンタ、まともになったんじゃなかったんですか⁉︎」

 嫌な予感からくる焦りを露わにし、軽く後ろに顔を向けて若干切れ気味になりながらそう言うと、『何の事?』とでも思っていそうな顔をメランがこちらに向けた。
「だって、ここ一週間、朝勃ちの時以外には、んな事してこなかっただろ!」
 突然の変貌に驚き、頭の処理が追いつかない。朝のアレは生理現象であると納得出来ても今は無理だ。
「……してなかったっけ?」と、随分とぼけた声が返ってきた。全然自覚が無かったみたいだ。

「あぁ!多分それは、“クー”のいやらしい姿を脳内でたっぷりと反芻し続けていたからかなぁ。そのせいでちょっとだけ、そっちに気を取られていたんだろうね、きっと」

「——はぁ⁉︎い、一週間ですよ?まさか、その間ずっととか言わないよな⁉︎」
 喋り方がもうめちゃくちゃだ。でも感情的になっているせいか自制出来ない。
「うん」
「『うん』って、んなあっさり!」
「……もしかして“クー”は、その一瞬だけでも、僕があまり触れてこなかった事が残念だった、とか?」と言い、後半にはメランの表情がパッと明るくなった。

(一週間が『一瞬』とか、時間の感覚があまりにも違い過ぎる!)

 とてもじゃないが“人間”であるボクでは推測なんか到底不可能な理由だったとは。
「ざ、残念なんかじゃない!」
 ボクに気遣ってアホな行動を控えていたのなら兎も角、ただ他に気が逸れていただけって巫山戯るな。だが、そうは思っても、『まともになったのかもと勘違いさせる様な行動を取るだなんて、アンタなんか大っ嫌いだ!』とは不思議となれない。メランの優しさに触れ、いい意味で空気みたいに、二人が寄り添う事に違和感を覚えないで済む心地よさを知ってしまった今では、どんなに彼が変態である事を再確信しても残念ながら後には引き返せそうにはなかった。すっかりと、もう勝手に彼の術中に嵌った様な気分だ。『押してダメなら引いてみろ』に自分から陥ったみたいで恥ずかしい。
「そうは言っても、顔が真っ赤だよ?」
 耳元でメランがそう囁き、愛おしそうに甘噛みまでしてくる。ボクに触れている手の動きまで怪しさを増してきた。

「……ねぇ、僕等の別荘に行こうか。此処でこのまま続けたら、世界中に僕らの行為が配信されちゃうからね」

 何も返事が出来ず、ただただ口元に変な力が入る。『コレで同意なんかしようもんなら、初対面時のアレをまたされるのか⁉︎』と思うと不覚にも今回はゾクッと全身が歓喜に震えてしまった。気の持ち様でここまで体の反応が変わるとか、好意とは何とも恐ろしい感情だ。いっそ今すぐにでもこの感情を破棄してしまいたいのに、熱の籠った彼の赤い瞳と目が合った瞬間、まるで魅了の魔法にでもかかったみたいに視線が絡み合って逸らせない。

 ——参ったな。
 ボクは完全に、彼の中にある地雷を踏み抜いてしまったみたいだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

魔拳のデイドリーマー

osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。 主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

処理中です...