「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【第3章】

【第5話】 自覚①(弓ノ持棗・談)

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 冒険者として登録してから一週間が経過した。その間で大体のルーティンがきっちり出来上がってきたと思う。かなり大雑把な話にはなるが、午前中はダンジョンに潜り、切りの良い所で引き上げてからは自動録画された画像のチェックと軽い編集作業などをし、夜は最下層にあるあの豪邸で風呂だけ入って、寝泊まりするのは簡易宿泊所でといった流れである。節約も兼ねてたまにあの豪奢な食堂で食事も頂いてはいるが、相変わらず一度もメランの配下達には遭遇していない。姿を出すなと指示している可能性が高いが、場所が場所だ、幽霊タイプだからボクには視えてはいないだけというオチもありえそうで、こんなご時世なのにちょっと怖い。

 肝心のメランはと言うと、相変わらず『まとも』なままである。

 ここまであまりにも『普通』なままだと、初対面時のアレは、レベル1だっていうのに“下層転移”したせいで錯乱したボクが見た悪い夢か何かだったのでは?とどうしたって疑いたくなってくる。簡易宿泊所のベッドで寝る時は相変わらずぴたりと隣り合った状態ではあるが、『守護天使だから傍に居ないと』だの『狭いから致し方なし』だと言われたらそうなのかと思えてきたし。朝だけは違和感の塊がゴリッとボクの体に当たってはいるけれど、まぁ、男の生理現象なのだからしょうがないだろう。

(んでも、変な発言は絶対にしていたよなぁ……)

 最下層のあの屋敷にはボクの写真を飾っている部屋がなんだとか、両親が既に捨てたはずの物を収集してあるとか、口にするのも嫌な情報のあれこれを。んな話が『聞き間違いである』と帰結するには流石に無理がある。ボクの思い込みや勘違いと仮定するには内容がぶっ飛び過ぎだ。想像出来る域を優に超えている。……となると、何度あの一件を振り返っても、やっぱり悪い冗談だったのかという所に思考が落ち着きそうだ。——そんなこんなと今日も今日とてまた同じ事で頭を悩ませていると、そろそろダンジョンの入り口が見えて来た。中に入れば前回同様二階層目の攻略の続きとなる。
「——そう言えば、あと少しで僕らの動画が公開され始めるね」

(そっか、『冒険者配信』の開始がそろそろだったか)

「確か三日後でしたっけ」
「うん。楽しみだねぇ。でも、あんまり再生数は伸びないと良いんだけど」
「ホントですね」
 こんな事を希望している冒険者なんてきっと何処を探してもボクらくらいなものだろう。再生数も収入アップに繋がるし、知名度だって得られるから個人がお手軽に自尊心を満たすには丁度いいコンテンツなんだから。
「まぁどっちも仮面してるし、先手先手で倒してばっかで視聴者の好奇心を煽るような見所も無いままだし、大丈夫だとは思いますけど」
「初心者特有の不慣れ感や、わちゃわちゃと必死にこなしている感じが売りの時期だからね。それが無いなら、確かに目を惹く事は少ないかもだけど……棗は仮面をしていようが可愛いからなぁ。世界が放っておかない程のレベルだから、夫としては心配だよ」
 頬に手を当て、はぁと メランが大袈裟に息を吐く。『まとも』ではあってもボクらが既に『夫婦』だっていう彼の言い分だけは依然として何度も口にされているままなんだが、悲しいかな、もうすっかり慣れてきてしまった。
「……いや、メランさんに言われても、嫌味って感じしかしないんですけど」

(こちとら『彼女がいない歴=年齢』の身だって事はメランだって知っているだろうに)

 双子の義兄達はモテまくりで、その義弟であるボクは周囲からは放っておかれまくりだったんだ。友人と呼べる存在もなく、一人で過ごすか、遠巻きに見られるか、『弓ノ持兄弟の弟』という付属品扱いだった。だからって別にクラスメイト達からハブられていたわけではないし、時には話をする相手も多少はいた。ただ、そういった相手が『友人』だったかと訊かれると疑問が残るってだけで。

(学校のクラスメイトで、中退後でも連絡を取っている相手もいないしなぁ)

 IT系の社長とモデルという何とも嫌味な組み合わの義兄達との繋がり狙いの子達を避けていたら自然とそうなってしまった。でも唯一、今どうしているか気になっている相手が一人だけいる。高校のクラス担任であった体育教師の森元麻仁もりもとあさと先生だ。立場上ボクの家庭事情を熟知していたから色々と親身になってくれていたし、よく準備室でお茶をご馳走になったりもした。『家庭訪問だ』と何度も家に来てくれたり、準備や片付けの手伝いを頼まれる事も多かったけど、便利な生徒扱いでは無かったと思う。それよりかは、なんと言うか、もっと別の——

「僕のお嫁さんの方が断然素敵だよ!最高位の天使を闇堕ちさせちゃうくらいの魅惑持ちなんて、そうそういるもんじゃないしね!」

 思考の沼に落ちそうになっていたボクの顔を不意に覗き込まれ、至近距離で見た神々しいまでの美顔に目が眩んだ。キラキラと瞳を輝かせ、両方に拳を作って力説している。
「それにほら、僕が美形なのは種属的に当たり前の話だから」
 そういえばそうなのか。……彼以外の天使なんかリアルでは見た事はないけど、宗教画とかを鑑みるとちょっと納得出来た。

「それじゃあ、今日も適当に仕留めていこうか」
「……きちんとした使い方でその言葉を聞くの、初めてかもです」
「あはは。違う意味の方での方が出番が多いもんね」——なんて話をしつつダンジョンの入り口前に既に出来上がっている列に並び、ボクらも足を踏み入れて行く。

(そういえば、朝は時間帯の問題もあって入り口前が混み気味なのは納得だけど、中では全然他の冒険者達には遭遇していないなぁ)

 慣れる為にもとこの一週間は毎日中に潜っているのにまだ一度も中では誰にも会っていない。けどその方が楽だからむしろありがたいか。一人には慣れているし、誰かと一緒に居るのは仕事でもないとどうしたって疲れてくるし。義理とはいえ家族であってもそうなんだ、一期一会な赤の他人なら尚更に。

(……んにしても、今はメランと二人なのに、良い意味で『二人』って感じずに行動出来ているのはやっぱ、彼が“守護天使”だからなんだろうなぁ)

 ダンジョンに入り、着衣が内部仕様に変化していく中そんな事を改めて思った。
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