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【第3章】
【第1話】不意の一撃(弓ノ持棗・談)
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人生初の家出をし、冒険者としてデビューして三日目となった。特に打ち合わせをした訳でもないが、きっと今日も昨日に引き続き敵を倒してポイントを稼ぎ、地上に戻ってアイテムや装備品などを集めて店に売る——の、繰り返しをする予定だと思う。多分調べれば期間限定のイベントなんかも開催されているのだろうが、ボクはまだ“ダンジョン”というものに慣れていないから参加は見送るべきだろう。
「——ねぇ、“クー”。お次はあの団体を狙う感じでどうかなぁ」
メランが指差した先を目視で確認し、銃を構えつつ頷きながら「了解です」と返す。
「今回はちょっと数が多めだけど、いけるかい?」
「不安っちゃー不安ですけど、ボクの取りこぼし分は“バト”が間違いなく仕留めてくれるでしょう?」
「わぁ。その返し、信頼されてるって感じで嬉しいなぁ」と言い、メランがニコッとちょっと子供っぽい顔で笑った。
(……あ。また、だ)
実は、今日は朝からメランがちょっと『おかしい』。あ、いや、違うか。おかしくない事が、おかしいのだ。自分でも意味不明な言葉だが、これ以外に言いようがない。出会いがアレで、その後の行動も“嫁”(ボクはそうだと認めてはいないけども)への愛情過多と言うよりは断然変態寄りの、言動もイカれていたメランが今日は何故かずっと急に『まとも』なもんだから一昨日や昨日との差があり過ぎて逆に怖い。たった半日程度の事なのに、ギャップのせいで『え?なんなん?急に』って感じなのである。
とても良い事のはずなのに、収まりが悪く、しっくりこない。
朝はボクよりも先に起きてダイニングで大人しく待機していたし、昨晩の残りと、追加で用意されていたボク好みのあっさりめな朝食メニューを食べ終えて戦闘に向かう為の準備を整え、早速『前回の最終地点に戻って稼ぐか』となってもずっと今みたいな調子で、無駄でキモイ発言や行動が全然無いのだ。一応ボクらは“BLカップル”という体であり、そうタグ付けした状態で冒険中の様子が配信される様にもう設定してあるはずなのに、BL営業的な行動も無い。『やろう』と言ったのは向こうからなのにだ。——そんなこんなと、ぐだぐだ考え事をしている間に小型のワイバーンの集団を撃滅し終え、ついでにレベルも上がった。
「ふぅ……」
(戦闘には慣れてきたとはいえ、最中での考え事は流石にまずかったな。今のはちょっとヤバかったかも……)
「大丈夫?怪我はなかった?」
戦闘中だったっていうのに考え事をしていた事はバレずに済んだのか、メランはボクを注意するでもなく心配そうな表情をしている。
「まぁ、はい、なんとか。今さっき新しく覚えたスキルがあるんで、多分次は、もっとちゃんと出来るかと」
今回も先手状態で戦闘を開始出来たし、ワイバーン達が攻撃行動にほぼ入る事なく殲滅し終われはしたが、いつもよりも一度に相手した数が多かったので最後の方はかなりギリギリで、一部の接近を許してしまった時は本当に危なかった。鋭い歯の並ぶデッカイ口内を目の前にした瞬間、『あ、これは初の一乙するな』と覚悟したりもしたが、問題の個体はメランが素手でその頭部をぶん殴ってくれたおかげで事なきを得た。彼はどうやら全職種に対応可能っぽいので格闘術も御手の物って感じなんだろう。が、それにしたって、そのお綺麗な顔立ちで素手とか。今も拳が血で染まったままだし、ワイバーンの牙がへし折れて地面に何個も落ちてるし……。『絶対にコイツを怒らせちゃダメだ』と改めて思った。
先程の戦闘でレベルが上がったおかげで、三日目(実質二日目って感じだが)にしてボクのレベルはもう20になった。節目だからか、アニメ等で稀に見るファンネル的な物が自動追尾しながらボクを守ってくれる『自動援護攻撃スキル』をゲットした。そのおかげでボクの周囲にはふわりと二個のシンプル且つ小さな球体が浮かんでいる。この球体は見た目の変更が可能で、それらは宝箱から手に入れる事が出来るそうだ。ちなみにレベルが上がると球体の数も増えるとスキルの説明欄に書いてあった。
「確かに、これは結構使えそうなスキルだね」と言いながら、メランが球体を軽くつっつく。
「ですよね。まだ効果を実感はしていないんでどのくらい頼りになるかは不明ですけど、昔のアニメみたいで正直嬉しいです」
若干興奮気味にそう言うと、メランが嬉しそうに笑顔を浮かべた。昨日までのノリであれば絶対に『可愛いっ!』と飛び付いてきそうなものなんだが、ただ優しく頭を撫でられただけで終わった。
「次の戦闘が楽しみだね」
「……そ、っすね」
似合わない返答の仕方をしてしまう。反射的に警戒していた気持ちの、やり場に困った。
「お次の敵は向こうの方に居るみたいだね。あ、でも南側に行けば宝箱があるなぁ。どうする?先に箱を開けに行くかい?」
「そうですね。箱を先に開けますか」
宝箱があるらしい地点はサーチスキルの範囲外なのか、何処にあるのかボクには不明なままだ。メランもボクと同じレベルのはずなのでサーチスキルのレベルも同じはず。なのにその性能に差があるって事は、この辺も個別の表面データの偽装をしているんだろうな。配信時には冒険者の個別情報までは開示されないけど、メランが此処の“ラスボス”である以上、隠せるものはどんどん隠しておくに越した事はないのだろう。
「この先のルートに敵は居ないよ」
軽く振り返りながら教えてくれ、メランが先に歩き始める。歩幅は合わせてくれているがそれだけで、『道が悪いから抱っこしようか?』もなく、手を繋ごうとか隣を歩きたがったりもしていない。
「……(うーん)」
別段おかしな事じゃないのに、むしろ当たり前なのに、どうしても違和感が拭えないのは何故なんだろうか。たったの二日間イカれていただけけなのに。……もしかすると、出逢いのインパクトがあまりにも強かったせいかもな。
密集している木々の隙間を縫って行き、奥まった箇所に宝箱を発見した。すっかりお馴染みとなったシンプルな木箱だ。この階層と地域に応じた物が入っているのは間違いないが、レアな物や武器を期待出来る雰囲気ではない。でもまぁまだまだ全然不満は無い。今のレベルだと依然として何もかもが足りないので何が入っていようがありがたいからだ。だけど回復薬系だけは余り気味だから効果の低い物とかは売ってしまっても良さそうだな。
しゃがみ、早速宝箱を開ける。目立つようになのか、取り逃がさないようになのか、アホみたいに大きなサイズの箱なのに簡単に開く。外に置きっぱなのだから錆びついていてもおかしくなさそうなもんだが、所詮これらはランダムポップしているだけの、“魔素”が作り出している幻影みたいなものなのだなと改めて痛感した。
「何か良い物はありそうかい?」と背後から、彼も箱の中を覗き込みながら訊かれた。
「んー。どう、ですかねぇ」
一部を手に取りながら中身を確認していくと奥の方に指輪があった。手に取り、早速付与されているスキルの確認をしてみる。するとこの指輪には『痛みの返上』というスキルがついていた。切り傷といった軽傷ではスキルは発動しないが、重症になればなる程その痛みを感じなくさせる効果があるらしい。これがあれば、もし殺されても、ゲーム感覚での復帰が可能になるって寸法だ。もちろん問答無用で一時間分の寿命はバッチリ削られるけれども。
(これ絶対欲しかったやつ!)
メランと今の戦闘スタイルのおかげでまだ一度も“ダンジョンでの死亡”を経験してはいないが、本当なら死んでいた程にめちゃくちゃ痛いとか絶対に嫌だ。軽傷の場合は痛みを無効には出来ない劣化版ではあっても、重症時には効果があるならもうそれで充分である。
「これ、ボクが貰ってもいいですか?」
断られるはずが無い。だってそもそも此処には彼に傷を負わせられる敵なんかどうせいないんだろうから不要な品だろうし、“ボク”が欲しい物を、堕天しようがそれでも“守護天使”という立場である(らしい)彼が奪う事なんか有り得ない。そうは思っていても、一応礼儀として問い掛けた。
なのに返事は、意外にもノーだった。
「だぁめ。必須に近い有用なスキルが付与されているから欲しいってのはわかるけど」と言いながら、メランがボクの手から指輪を奪っていく。
「劣化版であるおかげでレア度は低いから店で買い取ってもらえるよ。需要のある品だから、結構なお値段でね」
確かに少しでも多くお金は欲しい。今後の生活の為にも、お金はあればある程良いから売るべきだという判断も一理ある。だけど、それは余剰分に対して行うべき行為ではないのか?
「……まさか、先手必勝での戦闘スタイルだから不要だとでも言うんですか?だけど、今はそれでいけても、この先はどうなるかなんてわからないじゃないですか」
この先、これ系のスキルは無いと絶対に困る。痛いのが嫌で怖気づき、結局そのせいで危機的状況に陥るってパターンはよくある話だ。メランのおかげでボクはまだ未経験だが、少なくともゲームや漫画では見た事があるシチュだし、ボクなら十分あり得る。
不満全開の状態で彼に視線をやる。するとメランがボクの顎をくいっと軽く持ち上げ、「違うって」と真面目な顔で言った。
「そんなテキトウに手に入れた様な指輪を、お嫁さんにあげるファーストリングになんかしたくないって話だよ」
「…… (んぐっ!)」
メランの背にある木々の隙間からこぼれ見えている淡い黄昏時の光が彼の銀色の髪を優しく彩り、自前の色っぽさに拍車をかけている。眉間に出来た不満のありそうなシワが、今のが彼の心からの言葉である事を強く物語っていた。
「わ、わかりました!んじゃ、指輪以外の装備だった時は、貰っても良いって事ですね?」
慌ててメランから顔を逸らし、少し大きな声で言ったその言葉はやたらと早口になっていた。
「うん。保険の為にもあった方がいいスキルだって事は、僕も認識しているからね」
「んじゃ、全部回収してさっさと次の敵の所に向かいましょうか」
背負っていた鞄を下ろして開け、宝箱の中に入っていたアイテムなどを手動で回収していく。敵を倒した時みたいに手をかざすだけでもインベントリの中に移動出来るってのに、今はそこまで頭が回らない。しかも何でか心臓がちょっと煩い。口元は変に食いしばってしまっているし、手なんかちょっと震えている。
(ボクは異性愛者なのに、それなのに!こ、こんなバグみたいに変な状態になるとか!意味がわからんっ)
超が付く変態が、ちゃんと普通の行動をしているだけなのに。そんな中で不意に『強い好意』を匂わせる一言を言っただけなのに。
メランから変態要素を取り除いたら不用意に人の心を刺激するただの凶器でしかないのかもしれない。そう思うと、今まで通りの彼の方が、ボクの心を意味不明な方向には掻き乱さないでくれる分マシな気がしてきた。
「——ねぇ、“クー”。お次はあの団体を狙う感じでどうかなぁ」
メランが指差した先を目視で確認し、銃を構えつつ頷きながら「了解です」と返す。
「今回はちょっと数が多めだけど、いけるかい?」
「不安っちゃー不安ですけど、ボクの取りこぼし分は“バト”が間違いなく仕留めてくれるでしょう?」
「わぁ。その返し、信頼されてるって感じで嬉しいなぁ」と言い、メランがニコッとちょっと子供っぽい顔で笑った。
(……あ。また、だ)
実は、今日は朝からメランがちょっと『おかしい』。あ、いや、違うか。おかしくない事が、おかしいのだ。自分でも意味不明な言葉だが、これ以外に言いようがない。出会いがアレで、その後の行動も“嫁”(ボクはそうだと認めてはいないけども)への愛情過多と言うよりは断然変態寄りの、言動もイカれていたメランが今日は何故かずっと急に『まとも』なもんだから一昨日や昨日との差があり過ぎて逆に怖い。たった半日程度の事なのに、ギャップのせいで『え?なんなん?急に』って感じなのである。
とても良い事のはずなのに、収まりが悪く、しっくりこない。
朝はボクよりも先に起きてダイニングで大人しく待機していたし、昨晩の残りと、追加で用意されていたボク好みのあっさりめな朝食メニューを食べ終えて戦闘に向かう為の準備を整え、早速『前回の最終地点に戻って稼ぐか』となってもずっと今みたいな調子で、無駄でキモイ発言や行動が全然無いのだ。一応ボクらは“BLカップル”という体であり、そうタグ付けした状態で冒険中の様子が配信される様にもう設定してあるはずなのに、BL営業的な行動も無い。『やろう』と言ったのは向こうからなのにだ。——そんなこんなと、ぐだぐだ考え事をしている間に小型のワイバーンの集団を撃滅し終え、ついでにレベルも上がった。
「ふぅ……」
(戦闘には慣れてきたとはいえ、最中での考え事は流石にまずかったな。今のはちょっとヤバかったかも……)
「大丈夫?怪我はなかった?」
戦闘中だったっていうのに考え事をしていた事はバレずに済んだのか、メランはボクを注意するでもなく心配そうな表情をしている。
「まぁ、はい、なんとか。今さっき新しく覚えたスキルがあるんで、多分次は、もっとちゃんと出来るかと」
今回も先手状態で戦闘を開始出来たし、ワイバーン達が攻撃行動にほぼ入る事なく殲滅し終われはしたが、いつもよりも一度に相手した数が多かったので最後の方はかなりギリギリで、一部の接近を許してしまった時は本当に危なかった。鋭い歯の並ぶデッカイ口内を目の前にした瞬間、『あ、これは初の一乙するな』と覚悟したりもしたが、問題の個体はメランが素手でその頭部をぶん殴ってくれたおかげで事なきを得た。彼はどうやら全職種に対応可能っぽいので格闘術も御手の物って感じなんだろう。が、それにしたって、そのお綺麗な顔立ちで素手とか。今も拳が血で染まったままだし、ワイバーンの牙がへし折れて地面に何個も落ちてるし……。『絶対にコイツを怒らせちゃダメだ』と改めて思った。
先程の戦闘でレベルが上がったおかげで、三日目(実質二日目って感じだが)にしてボクのレベルはもう20になった。節目だからか、アニメ等で稀に見るファンネル的な物が自動追尾しながらボクを守ってくれる『自動援護攻撃スキル』をゲットした。そのおかげでボクの周囲にはふわりと二個のシンプル且つ小さな球体が浮かんでいる。この球体は見た目の変更が可能で、それらは宝箱から手に入れる事が出来るそうだ。ちなみにレベルが上がると球体の数も増えるとスキルの説明欄に書いてあった。
「確かに、これは結構使えそうなスキルだね」と言いながら、メランが球体を軽くつっつく。
「ですよね。まだ効果を実感はしていないんでどのくらい頼りになるかは不明ですけど、昔のアニメみたいで正直嬉しいです」
若干興奮気味にそう言うと、メランが嬉しそうに笑顔を浮かべた。昨日までのノリであれば絶対に『可愛いっ!』と飛び付いてきそうなものなんだが、ただ優しく頭を撫でられただけで終わった。
「次の戦闘が楽しみだね」
「……そ、っすね」
似合わない返答の仕方をしてしまう。反射的に警戒していた気持ちの、やり場に困った。
「お次の敵は向こうの方に居るみたいだね。あ、でも南側に行けば宝箱があるなぁ。どうする?先に箱を開けに行くかい?」
「そうですね。箱を先に開けますか」
宝箱があるらしい地点はサーチスキルの範囲外なのか、何処にあるのかボクには不明なままだ。メランもボクと同じレベルのはずなのでサーチスキルのレベルも同じはず。なのにその性能に差があるって事は、この辺も個別の表面データの偽装をしているんだろうな。配信時には冒険者の個別情報までは開示されないけど、メランが此処の“ラスボス”である以上、隠せるものはどんどん隠しておくに越した事はないのだろう。
「この先のルートに敵は居ないよ」
軽く振り返りながら教えてくれ、メランが先に歩き始める。歩幅は合わせてくれているがそれだけで、『道が悪いから抱っこしようか?』もなく、手を繋ごうとか隣を歩きたがったりもしていない。
「……(うーん)」
別段おかしな事じゃないのに、むしろ当たり前なのに、どうしても違和感が拭えないのは何故なんだろうか。たったの二日間イカれていただけけなのに。……もしかすると、出逢いのインパクトがあまりにも強かったせいかもな。
密集している木々の隙間を縫って行き、奥まった箇所に宝箱を発見した。すっかりお馴染みとなったシンプルな木箱だ。この階層と地域に応じた物が入っているのは間違いないが、レアな物や武器を期待出来る雰囲気ではない。でもまぁまだまだ全然不満は無い。今のレベルだと依然として何もかもが足りないので何が入っていようがありがたいからだ。だけど回復薬系だけは余り気味だから効果の低い物とかは売ってしまっても良さそうだな。
しゃがみ、早速宝箱を開ける。目立つようになのか、取り逃がさないようになのか、アホみたいに大きなサイズの箱なのに簡単に開く。外に置きっぱなのだから錆びついていてもおかしくなさそうなもんだが、所詮これらはランダムポップしているだけの、“魔素”が作り出している幻影みたいなものなのだなと改めて痛感した。
「何か良い物はありそうかい?」と背後から、彼も箱の中を覗き込みながら訊かれた。
「んー。どう、ですかねぇ」
一部を手に取りながら中身を確認していくと奥の方に指輪があった。手に取り、早速付与されているスキルの確認をしてみる。するとこの指輪には『痛みの返上』というスキルがついていた。切り傷といった軽傷ではスキルは発動しないが、重症になればなる程その痛みを感じなくさせる効果があるらしい。これがあれば、もし殺されても、ゲーム感覚での復帰が可能になるって寸法だ。もちろん問答無用で一時間分の寿命はバッチリ削られるけれども。
(これ絶対欲しかったやつ!)
メランと今の戦闘スタイルのおかげでまだ一度も“ダンジョンでの死亡”を経験してはいないが、本当なら死んでいた程にめちゃくちゃ痛いとか絶対に嫌だ。軽傷の場合は痛みを無効には出来ない劣化版ではあっても、重症時には効果があるならもうそれで充分である。
「これ、ボクが貰ってもいいですか?」
断られるはずが無い。だってそもそも此処には彼に傷を負わせられる敵なんかどうせいないんだろうから不要な品だろうし、“ボク”が欲しい物を、堕天しようがそれでも“守護天使”という立場である(らしい)彼が奪う事なんか有り得ない。そうは思っていても、一応礼儀として問い掛けた。
なのに返事は、意外にもノーだった。
「だぁめ。必須に近い有用なスキルが付与されているから欲しいってのはわかるけど」と言いながら、メランがボクの手から指輪を奪っていく。
「劣化版であるおかげでレア度は低いから店で買い取ってもらえるよ。需要のある品だから、結構なお値段でね」
確かに少しでも多くお金は欲しい。今後の生活の為にも、お金はあればある程良いから売るべきだという判断も一理ある。だけど、それは余剰分に対して行うべき行為ではないのか?
「……まさか、先手必勝での戦闘スタイルだから不要だとでも言うんですか?だけど、今はそれでいけても、この先はどうなるかなんてわからないじゃないですか」
この先、これ系のスキルは無いと絶対に困る。痛いのが嫌で怖気づき、結局そのせいで危機的状況に陥るってパターンはよくある話だ。メランのおかげでボクはまだ未経験だが、少なくともゲームや漫画では見た事があるシチュだし、ボクなら十分あり得る。
不満全開の状態で彼に視線をやる。するとメランがボクの顎をくいっと軽く持ち上げ、「違うって」と真面目な顔で言った。
「そんなテキトウに手に入れた様な指輪を、お嫁さんにあげるファーストリングになんかしたくないって話だよ」
「…… (んぐっ!)」
メランの背にある木々の隙間からこぼれ見えている淡い黄昏時の光が彼の銀色の髪を優しく彩り、自前の色っぽさに拍車をかけている。眉間に出来た不満のありそうなシワが、今のが彼の心からの言葉である事を強く物語っていた。
「わ、わかりました!んじゃ、指輪以外の装備だった時は、貰っても良いって事ですね?」
慌ててメランから顔を逸らし、少し大きな声で言ったその言葉はやたらと早口になっていた。
「うん。保険の為にもあった方がいいスキルだって事は、僕も認識しているからね」
「んじゃ、全部回収してさっさと次の敵の所に向かいましょうか」
背負っていた鞄を下ろして開け、宝箱の中に入っていたアイテムなどを手動で回収していく。敵を倒した時みたいに手をかざすだけでもインベントリの中に移動出来るってのに、今はそこまで頭が回らない。しかも何でか心臓がちょっと煩い。口元は変に食いしばってしまっているし、手なんかちょっと震えている。
(ボクは異性愛者なのに、それなのに!こ、こんなバグみたいに変な状態になるとか!意味がわからんっ)
超が付く変態が、ちゃんと普通の行動をしているだけなのに。そんな中で不意に『強い好意』を匂わせる一言を言っただけなのに。
メランから変態要素を取り除いたら不用意に人の心を刺激するただの凶器でしかないのかもしれない。そう思うと、今まで通りの彼の方が、ボクの心を意味不明な方向には掻き乱さないでくれる分マシな気がしてきた。
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