上 下
20 / 35
【第2章】

【第9話】新居(メラン・談)

しおりを挟む
 無事、新居に嫁を呼び込む事に成功した。折角の僕ら新居に来るんだ、昨日みたいに強制的に転移させる事も可能ではあったが、出来れば『自分でやって来た』ていにしたかったから昼間の間ずっと我慢した甲斐があったな。
 最初はただ唖然とし、お次はぱくぱくと口だけ動かしはしたが、結局棗は反射的に文句を言いたいのに声にはそれを出せずにいる。前任のラスボスの首を見た時に抱いた恐怖心が勝って、僕にキツイ言葉を感情任せに投げるのはまだ怖いんだろう。

(君は僕の守護対象だし、そもそも自分の“お嫁さん”を害する事なんか絶対にしないのになぁ)

 僕はまだまだ信用度が足りないみたいだ。献身的且つドロッドロに甘やかしていけば、いつかは僕を信用してくれるといいんだけど。……こういうサプライズをしなければもっと早くに信頼を勝ち取れるとわかってはいても、今の自分では我欲に争う根気が無いから難航しそうだ。

「さぁさぁ、冷めちゃう前に食べようよ!」
 片手で軽く背中を押し、棗をダイニングテーブル周りに並ぶ椅子にまで誘導する。昨晩のうちに全て綺麗に一新したおかげでこの屋敷内は家具どころか床も壁も埃一つ無く綺麗だから、椅子に座る事すら嫌がられるといった類の心配はいらないはずだ。照明は蝋燭を使う物ばかりなので薄暗さはあまり改善出来てはいないけれもども、この様式の建物で電灯類を使うのは無粋なのでこのままのつもりでいる。

「だ、ダメですよ!こんなシーン、配信されたらマズイじゃないですか!」

 軽くこちらに振り返り、やっと棗が自分の考えを教えてくれた。その表情には相当な焦りが滲む。この状況を本気で危惧しているみたいだ。
「早く戻りましょう!えっと、まずは編集モードをオンにして、ここのシーンはカットしないと…… 。あ、でもパソコンじゃないからちょっと編集作業が面倒なんだったけ?参ったなぁ…… 」
 第一声は大声だったのに、段々と声が小さくなり、口元に手を当ててぶつぶつと何やら思案している。これは早く、心配する必要など無いのだと教えてあげねば。

「ねぇねぇ。棗はさ、今までやってきたゲームでラスボスの寝室って見たことある?」

「……あるわけですがないじゃないですか」
 何言ってんだ?コイツと語る目をこちらに向けてくる。今でも僕を魅了し続ける菫色の瞳でそんな感情をぶつけられると、全身がゾクゾクしてきて堪らない。
「だよねぇ。魔王城やらなんやらに、ラスボスをぶっ殺す気満々の勇者御一行が突撃しても『最終決戦の為にわざわざ用意したんかな?』くらいご大層なスペースとか、そこに至るまでの経路しか見た事はないよね?普段の仕事で使う執務室とか、キッチンやら風呂場といった場所や魔王達がぐーたらしている所なんかは完全に『舞台裏』だから、表現すらされていないでしょう?此処もそれと同じで、完全に僕らのプライベートは空間だから、他の冒険者達がどんなに壁を壊そうとしても、何をしても、侵入は絶対に不可能なんだ。『冒険者の為のダンジョン』的には『存在しない空間』という扱いに近いかな。同時に『冒険者配信』の録画対象エリアからも外れているから安心していいよ」
「……成る程」と言いながら、棗がやっと安堵の息をついてくれた。

「よし。納得してもらえたし、ご飯にしようか!」
 再度棗の背中を押して席にまで案内する。今度は抵抗する事なく移動してくれ、まだちょっと戸惑いながらもちゃんと椅子に座ってくれた。
 よく顔が見える様に対面の席に腰掛ける。両腕を広げ、「さぁ、どうぞ!食べて食べてー」と声を掛けたが、肝心の棗は訝しげな顔をしていた。
「これ、本当に食べて大丈夫なんですか?」
 ずらりと並ぶ料理を指差し、棗が僕に問い掛ける。
「もしかして、その料理は魔素で出来ている物かもって心配してる感じ?」
「まぁ、はい」
 確かに、ダンジョン内に存在している物のほぼ全ては“魔素”で構築されている。冒険者達が目視している背景も建物も敵も、身に付けている装備品や魔法のエフェクトに至るまで、大体魔素を使用したものだ。なのでダンジョンの中に生息している者達は、たとえそれが兎や鹿みたいな見た目であろうが食べる事は出来ない。ダンジョン飯を食う事は残念ながら不可能なのだ。なので今棗が躊躇しているのも納得である。此処は飲食店でもないから、素材不明の物なんぞ、そもそも怖くて口には入れたくもないのだろう。どんなに空腹で、血糖値の低下で思考回路が鈍くなっていようが警戒心を捨てきれないのは、双子の義兄達と暮らしている間に身に付いてしまった習性であるといえよう。

(僕の嫁があんなのと暮らしている姿を見ているのはストレスでしかなかったけど、この辺は感謝だな)

 警戒心は、無いよりは絶対強い方がいい。僕に対してもという部分だけは残念だけど、誰に対してもフレンドリーにはなれない傾向も強くなるおかげで、羽虫があわよくばと期待して近寄って来る機会も減るからだ。
「これらの料理は、僕が此処のラスボスになった事でダンジョンメーカー達が配下としてつけてくれた者達が作った料理だから食べても大丈夫だよ。皆人外達ではあるけれど、ちゃんと調理の経験が豊富な者達ばかりだから」
 そうは言われても信用出来ないのか、キョロキョロと棗が周囲を見渡す。何処にそんな者達が?と疑っているのだろう。
「この職場は超ホワイトだからね。退勤時間を過ぎたから、もう皆帰ったよ」
 テーブルに頬杖をついてそう告げると、やっと納得してくれたみたいだ。
「じゃあ……せっかくなんで、いただきます」
「うん!食べて食べてー」
「メランさんは、相変わらず食べないんですか?」
「そうだねぇ。元々食事は必要無いから空腹になる訳でもなし、食事をする行為にも慣れていないからか、食べてみようかなって気にはなかなかならないかなぁ。あ、でも、棗が作ってくれた料理ならいつでも歓迎だよ!」
 冗談めかしにささやかな願いを告げる。いつも弓ノ持の義兄達が棗の手料理を食べている姿を見て、羨ましく思っていたから。
「……別に良いですよ。知っての通り、料理は慣れてるんで」
「本当⁉︎」
 料理を小皿に取り分け、それを食べながら「んな事で嘘言ってどうすんですか。まぁ、機会があればって感じではあるけど」と棗が言う。そしてもぐもぐと食事を始める。淡々と、静かに食べる姿をじっと見ているだけですごく楽しい。

(食べる様子って、ホント性的だよなぁ)

 料理を挟んだ箸を口に入れる瞬間に見える真っ赤な舌。美味しさからちょっとだけ嬉しそうに緩む目元や、食事に集中していて会話を楽しむ余地の無いこの雰囲気。咀嚼時に口の中の料理のせいで少し膨らむ頬といい、何もかもが最高過ぎてもう語彙力とかが消滅した状態になりながらじっと魅入ってしまう。
 その人の食事風景を見ると、どういった性行為をする傾向にあるかを知る事が出来る何処かで聞いた事があるが、今の棗の姿をソレに当て嵌めるだけでお腹が一杯になりそうだ。確かに自慰の時も、ひっそりそっと布団の中でモゾモゾとしている感じだったから、あの話はあながち間違いじゃなのだろう。僕がその全てをニヤニヤしながらガン見していただなんて知る由もなかった時期なのに、それでも、服を脱いでしたりとか、風呂場でしたりみたいな事もなかったから、棗は羞恥心が強めなのかもしれない。

(そんな棗を、今後どう崩していこうか)

 先々の事が楽しみで仕方がない。今夜もまた、弓ノ持の家では双子の義兄達などが仕事あがりに必死で棗の行方を探しているけれど教えないでおこう。だってもう、棗は僕だけのお嫁さんなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

処理中です...