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【幕間の物語】
守護天使(メラン・談)
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…… 棗の眠る姿を見ていると、たまにこの子と出逢う少し前の事を思い出す。それは“私”が、まだ『メラン』とは名乗っていなかった時の記憶だ。
◇
——“君”には名前も無く、その存在に気付いてもいない母の胎内でゆるりと揺蕩っていた頃。天高き場所で暮らし、特徴的な銀色の髪とその全てが純白だった翼を持った私は突如下位の天使達に相談事を持ち掛けられた。彼らは人間達の“守護天使”を勤めあげる事で人々の心の機微などといったものに触れたりなどして様々な経験を積み、日々奮闘している身の者達である。私にとっては義理の弟妹、もしくは年若き後輩といった感じの立ち位置の子らだ。
修行中にあるその子らが私と直接話したいだなんて一体何事なのかと思いながら彼らに会うと、相談事とは、一人の胎児に関してだった。ヨーロッパ方面のとある小さな隠れ里に住む者達の血を引く胎児で、“菫色”の瞳を持って生まれる予定だと言う。しかも過去類を見ない程の純度を持って生まれるという厄介な報告でもあった。
(…… あの村の者の血を引くとなると、“妖精の加護”持ちでもあるのか)
こんな世界になるよりもずっと前から、それこそ二千年以上も昔から妖精達と密かに共存してきた者達の血を引く胎児だ。里を飛び出し、世代を経て東洋系の血で薄まろうとも、祖母の様に“妖精の加護”を持っていても別段不思議ではない。とても珍しかろうが、菫色の瞳を持つ者自体もまぁいない話じゃない。
だがその二つが合わさると話が違ってくる。
隠れ里出身の血族に、ごく稀にそういった組み合わせで生まれてきた子供達は今までにも何度かいた。だがその度に、彼らを守っていた“守護天使”達は揃いも揃って、その掛け合わせにより発生した瞳の持つ魅力に魅せられ——
闇落ちしていったのだ。
その魅力の効力は万物を対象としている訳ではないのだが、どうやら私達の様な天使を対象とした時には絶大な力を発揮してしまうらしい。これといって確証は無いのだが、生まれながらに美しいモノに惹かれやすい私達の性質のせいかもしれない。
(となると、生半可な者に守らせる訳にはいかないな…… )
下位の者では早々に、しかも確実に堕ちてしまう。そうなると任命責任なども発生して堕ちた者だけの問題ではなくなるだろう。人の寿命なんかせいぜい長くても百年程度だ。ならばもういっそ私が直接守る他ないなと考え、私は『速水棗』と名付けられた赤子の“守護天使”として東の片隅にある島国に赴く事となった。
八翼もあるこの翼は伊達では無い。真に力ある者にのみ出現させる事の出来る力の象徴でもある。そのおかげか私は自分を保ったまま、しばらくの間は棗を普通に見守る事が出来ていた。母の腕に抱かれ、父に溺愛され、祖父母が温かくて優しい眼差しで孫の誕生を歓迎している。——そんな家族を近くで守るのはとても心地よかった。
乳しか飲めなかった棗が離乳食に進み、次第に意味を持つ単語を覚え始め、床を這い回り、掴まり立ちをしてと緩やかに成長していく。その様子から目が離せない。一分一秒たりとも逃してはならない様な気がする。
(好奇心が強いせいでちょっと目を離すとすぐに何でも口に入れてしまうせいだろうか?それとも、最初から上位種として誕生したせいで、“守護天使”として人間の赤子を側で見守るという経験自体が私にとっては初めてだから新鮮なのか?)
最初はその程度に思っていた。自分の力を過信していたのだ。
一年、二年、三年と時間が経過するにつれ、病的な程に棗から目が逸らせなくなった。菫色をした美しいその瞳と目が合った様な気がするだけで、胸の奥が激しく高鳴り、呼吸が苦しくなっていく。止まる事を知らぬ心臓が激しく脈打つせいで今にも破裂してしまいそうな程だ。
いっそ、悪鬼羅刹らの行為を真似てこの子を喰べてしまいたい。
この家族達からも引き離し、私が直に育ててはどうだ?
——そうだ、その方がこの子も嬉しいに違いない。
そんな事を日々考える様になるにつれ、徐々に私の自慢の翼の色が漆黒へと変わっていった。一翼、二翼と変色していくにつれ、連動するかの様に棗への感情が強くなっていく。
棗が五歳になった頃にはもう、私の翼の全ては漆黒に変色してしまった。欲望に支配されて『堕天』したのだ。
だがその瞬間、不思議と清々した気持ちになった。
自分は“天使”だからと、種族的な特性から今までは万人を愛してきたが、そうする必要が無くなったのだと思うと、悔やむ気持ちよりも喜びの方が圧倒的に大きかった。成長するにつれて一人称が『ボク』となった棗の真似をして、この時私も自称を『僕』と改めた。
色々な境界線が曖昧になっているこんな御時世になろうとも、“守護天使”である僕を棗はその瞳に映さない。…… わかっている。わかってはいても、僕はひたすら棗に愛情を注いだ。“天使”として永年皆々に注ぎ与えていた愛情の全てを。万人に与えても尽きる事の無かった愛情の全てを棗だけに向けたのだ。
闇堕ちしてしまった僕はもう“天使”ではなくなったのだが、最上位であった僕ですら手に負えなかったからなのか、後任の者が新たに遣わされる事がなかったので僕はこのまま棗の守護をする事にした。…… もっとも、後任なんぞが来ても全力で追い払っていただろうし、そうでなくても僕の二の舞になっていただろうから、僕の留置は懸命な判断だったといえよう。
好きだよ、愛している、僕だけの愛しい子——
赤子だろうが、幼児になり、そして少年になろうとも。僕の愛は永遠に君のモノだよ、…… 棗。
絶対に、絶対に、君は誰にも渡すものか。
◇
——“君”には名前も無く、その存在に気付いてもいない母の胎内でゆるりと揺蕩っていた頃。天高き場所で暮らし、特徴的な銀色の髪とその全てが純白だった翼を持った私は突如下位の天使達に相談事を持ち掛けられた。彼らは人間達の“守護天使”を勤めあげる事で人々の心の機微などといったものに触れたりなどして様々な経験を積み、日々奮闘している身の者達である。私にとっては義理の弟妹、もしくは年若き後輩といった感じの立ち位置の子らだ。
修行中にあるその子らが私と直接話したいだなんて一体何事なのかと思いながら彼らに会うと、相談事とは、一人の胎児に関してだった。ヨーロッパ方面のとある小さな隠れ里に住む者達の血を引く胎児で、“菫色”の瞳を持って生まれる予定だと言う。しかも過去類を見ない程の純度を持って生まれるという厄介な報告でもあった。
(…… あの村の者の血を引くとなると、“妖精の加護”持ちでもあるのか)
こんな世界になるよりもずっと前から、それこそ二千年以上も昔から妖精達と密かに共存してきた者達の血を引く胎児だ。里を飛び出し、世代を経て東洋系の血で薄まろうとも、祖母の様に“妖精の加護”を持っていても別段不思議ではない。とても珍しかろうが、菫色の瞳を持つ者自体もまぁいない話じゃない。
だがその二つが合わさると話が違ってくる。
隠れ里出身の血族に、ごく稀にそういった組み合わせで生まれてきた子供達は今までにも何度かいた。だがその度に、彼らを守っていた“守護天使”達は揃いも揃って、その掛け合わせにより発生した瞳の持つ魅力に魅せられ——
闇落ちしていったのだ。
その魅力の効力は万物を対象としている訳ではないのだが、どうやら私達の様な天使を対象とした時には絶大な力を発揮してしまうらしい。これといって確証は無いのだが、生まれながらに美しいモノに惹かれやすい私達の性質のせいかもしれない。
(となると、生半可な者に守らせる訳にはいかないな…… )
下位の者では早々に、しかも確実に堕ちてしまう。そうなると任命責任なども発生して堕ちた者だけの問題ではなくなるだろう。人の寿命なんかせいぜい長くても百年程度だ。ならばもういっそ私が直接守る他ないなと考え、私は『速水棗』と名付けられた赤子の“守護天使”として東の片隅にある島国に赴く事となった。
八翼もあるこの翼は伊達では無い。真に力ある者にのみ出現させる事の出来る力の象徴でもある。そのおかげか私は自分を保ったまま、しばらくの間は棗を普通に見守る事が出来ていた。母の腕に抱かれ、父に溺愛され、祖父母が温かくて優しい眼差しで孫の誕生を歓迎している。——そんな家族を近くで守るのはとても心地よかった。
乳しか飲めなかった棗が離乳食に進み、次第に意味を持つ単語を覚え始め、床を這い回り、掴まり立ちをしてと緩やかに成長していく。その様子から目が離せない。一分一秒たりとも逃してはならない様な気がする。
(好奇心が強いせいでちょっと目を離すとすぐに何でも口に入れてしまうせいだろうか?それとも、最初から上位種として誕生したせいで、“守護天使”として人間の赤子を側で見守るという経験自体が私にとっては初めてだから新鮮なのか?)
最初はその程度に思っていた。自分の力を過信していたのだ。
一年、二年、三年と時間が経過するにつれ、病的な程に棗から目が逸らせなくなった。菫色をした美しいその瞳と目が合った様な気がするだけで、胸の奥が激しく高鳴り、呼吸が苦しくなっていく。止まる事を知らぬ心臓が激しく脈打つせいで今にも破裂してしまいそうな程だ。
いっそ、悪鬼羅刹らの行為を真似てこの子を喰べてしまいたい。
この家族達からも引き離し、私が直に育ててはどうだ?
——そうだ、その方がこの子も嬉しいに違いない。
そんな事を日々考える様になるにつれ、徐々に私の自慢の翼の色が漆黒へと変わっていった。一翼、二翼と変色していくにつれ、連動するかの様に棗への感情が強くなっていく。
棗が五歳になった頃にはもう、私の翼の全ては漆黒に変色してしまった。欲望に支配されて『堕天』したのだ。
だがその瞬間、不思議と清々した気持ちになった。
自分は“天使”だからと、種族的な特性から今までは万人を愛してきたが、そうする必要が無くなったのだと思うと、悔やむ気持ちよりも喜びの方が圧倒的に大きかった。成長するにつれて一人称が『ボク』となった棗の真似をして、この時私も自称を『僕』と改めた。
色々な境界線が曖昧になっているこんな御時世になろうとも、“守護天使”である僕を棗はその瞳に映さない。…… わかっている。わかってはいても、僕はひたすら棗に愛情を注いだ。“天使”として永年皆々に注ぎ与えていた愛情の全てを。万人に与えても尽きる事の無かった愛情の全てを棗だけに向けたのだ。
闇堕ちしてしまった僕はもう“天使”ではなくなったのだが、最上位であった僕ですら手に負えなかったからなのか、後任の者が新たに遣わされる事がなかったので僕はこのまま棗の守護をする事にした。…… もっとも、後任なんぞが来ても全力で追い払っていただろうし、そうでなくても僕の二の舞になっていただろうから、僕の留置は懸命な判断だったといえよう。
好きだよ、愛している、僕だけの愛しい子——
赤子だろうが、幼児になり、そして少年になろうとも。僕の愛は永遠に君のモノだよ、…… 棗。
絶対に、絶対に、君は誰にも渡すものか。
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