「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【第1章】

【第8話】『独り』の終わり(弓ノ持棗・談)

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 またもや男に唇を奪われてしまった。しかも『闇堕ちしちゃったから、その責任を取って嫁になれ』的な要求付きで。

(いやいやいや!意味がさっぱりわからん!)

 わからんのだが、怖くって黙ったまま俯く事しか出来ない。反射的に不満を露わにする事は出来ても、いざ冷静に何かを伝えよう、断ろうとすると推定・ラスボスの惨殺された首を思い出してしまう。そのせいで強気に出られず、残念ながらボクはまだメランの腕の中だ。
「あ、あの…… そろそろおろしてはくれませんか?」
 意を決して口も開いても、悲しいかな、言葉に出せた要求はこの程度だった。
「何故だい?」
「そりゃ…… 男なのにコレってのが、恥ずかしいから、です」
「そんな理由じゃおろしてはあげられないなぁ」と軽いノリで返される。男を抱き運んでいるんだから重いはずなのに、全然そうは見えないのだから驚きだ。物語のお姫様やお嬢様を相手にしているみたいに、『貴女は羽の様に軽い』と本気で言い出しそうな表情である。


 結局、横抱きのままダンジョンの出入り口からはもう随分と離れ、夜中でもまだ随分と人通りの多い場所まで戻って来てしまった。すれ違う人達がこちらに好奇の視線を向けているから、まず間違いなく、彼の姿は誰の目にも映っているに違いない。真っ黒で御大層な数の翼の全てが今は消えているが、銀糸の髪に黒メッシュの入った髪をした燕尾服風の長身青年が低身長の男を抱きかかえて歩く姿はどうしたって目立ってしょうがないみたいだ。新雪の様に白い肌、切れ長なラインを持つ瞳が店々の明かりを受けて赤い宝石の様に輝いているんだ、皆が皆興味を持つのも当然か。左右非対称な髪型のせいで見える左耳には菫色のピアスをつけている。どうせただの偶然なんだろうけど、ボクの瞳の色を意識しているみたいで何だかちょっと恥ずかしかった。

「…… ところで、本当に、貴方はボクの守護天使なんですか?」
「『ア・ナ・タ♡』だなんて照れちゃうなぁ。お嫁さんに『アナタ』呼びされるのに憧れていたけど、良いもんだね!!」

(ボクはそんな言い方はしていない!)

 それに、変なテンションでそんな話をされても困惑しか出来ず、「いや、あの…… ちがっ」と、控えめながらも否定する。だけどメランはどこ吹く風といった様子だ。
「うん、そうだよ。どんな話をしたら信じてもらえるかなぁ。生まれてから今の今まで食べてきた食事の全てを言い当てるとか、それとも君の自慰の頻度でも教えようか?」
 前者はここ数日分以外はボクだって覚えていないから確認のしようがない。後者に至っては口にしたら殺すぞ、と心の中だけで思ったのだがどうやら表情に出てしまっていたみたいだ。メランはニコリと笑い、「そうだよねぇ。二人だけの秘密は安易に口にしちゃダメだったね」と言った。その表情が、本当に知っていそうで恐ろしい。

「まさか本当に、今までずっとボクの傍に?」
「うん!個室のトイレみたいに壁で多少は隔てられる事は多々あるけど、それでも、片時だって離れた事は無いよ」
「…… 皆が皆、そういうもんなんですか?」
「まぁ…… 大体はそんな感じかなぁ。あ、だけど本来僕等は絶対に人間には姿を見せない存在だから、こうやって触れ合って、会話までしている事自体が物凄くイレギュラーな事態なんだよね。そもそも守護者は対象者の『運命』には介入出来ないから、『虫の知らせ』とかで軽く警告するくらいしか普通はしないし」

「そ、それってもしかして、ボクがダンジョンに入ったから、ですか⁉︎」

 だけど、だからってどうしてこうやって対話出来る状態に至ったのか想像がつかない。その程度の理由で守護天使や守護霊といった存在が姿を現して守ってくれるのならダンジョンで死亡する人間は皆無になっているはずだ。なのに実際問題そうじゃないのは確かだし、他人の守護天使など見た事は一度も無いから、彼の言う通り本当なら起こり得ない事態なのだろう。

「半分は正解だね。僕が正常な神経だったなら、その程度では守護対象に自分を認識させたうえに実体化しようとは絶対に思わないから」

「えっ…… じゃあ、つまり貴方は、現在狂っていると?」
 口にしてしまった後で、『言い方!』と自分にツッコミを入れる。もっと違う訊き方があったのに、彼の気を悪くしたらどうしようと不安になったのだが、「あははは!」とメランは笑ってくれた。

「そうだね。君に自認してもらって、その肌にずっと触れていたいって思う程、君に狂っているよ」

 唇が触れそうな距離まで顔を近づけながら言われ、口元を食いしばった。またもや唇を奪われやしないかと気が気じゃない。
「まぁまぁ、そう身構えないで。この先も、今まで通り過ごすだけで大丈夫だからさ」と言い、至近距離のまま、ボクに対してメランが笑顔を向ける。
 そうは言われても、その存在を認識してしまった以上は今まで通りに過ごす事なんか到底無理だろうから、ボクにはもう、心休まる瞬間は無いものだと思わねばならないのか…… 。
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