「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【第1章】

【第2話】活路(弓ノ持棗・談)

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 自分の部屋に戻って早速ボクは室内を見渡した。この際何でもいい、何か売って、少しでも軍資金に出来ないかなと思って。…… だけどお金になりそうな物なんか特に見当たらない。“子供”が買い与えられる物しかそもそも持っていないんだから、当然か。

(本や服なんかは売れば小銭くらいにはなるだろうけど、どれも嵩張るから、運び出すのには無理があるなぁ)

 うん。残念だけど何かを売って足しにという企みは早々に諦めよう。ならば次はと、ベッドに腰掛けて、普段使っている鞄の中から今日貰ったお給料の入った封筒を取り出した。家賃、敷金、礼金と…… 残念ながら、今までの稼ぎとこれを合わせても何処かで部屋を借りるのは無理そうだ。どんな部屋でもいいとなれば可能かもだけど、正直な所、多少はまともな部屋を借りたい。昔と違ってご時世的に治安は良いが、だからって犯罪が皆無な訳では流石にないしな。

(…… しばらくは、ネットカフェで寝泊まりするしかないか?)

 寝床は当面はそれで誤魔化すとしても早々に収入を得る必要がある。…… いや、それよりもまずは、何処に逃げるかの方が問題か。暮らし慣れたこの街では、たとえ新たに仕事を始めても、また兄達に邪魔をされてクビになるだろう。ならば兄達の目の届かない街に行った方が良い。だからって遠ければいいと逃走先を選ぶのは悪手だと思う。慣れない土地では要らぬ苦労がありそうだし、何よりボクの容姿では目立ちそうだ。木を隠すなら森の中と言う。いっそこのまま、一番人口の多い東京からは出ない方がバレないのではないだろうか。

(じゃあ、何処に行く?)

 何か参考にならないかなと、本棚の中に隠してあったフリーペーパーを何冊も引っ張り出してそれを広げる。確か『オススメアイス特集』の記事とかで都内全域を簡略化した地図を掲載してくれていたはずだ。

(——あった!…… け、ど、うーん…… )

 記憶には補正が入っていたのか、実物は思った以上に随分と簡略化し尽くしたものだった。だけど今のボクが頼れる物はかなり少ない。一応スマートフォンを持ってはいるけど兄達が買った子供向けの物だし、検索履歴は全て兄達に通知がいくという地獄の仕様まで標準装備されているので出来れば使いたくない。だけど全く使わないのも怪しまれそうなので普段は確認されても困らない時だけ使い、他はちらりと重要項目だけをコンビニや本屋で立ち読みしたり、じっくり調べたい時には図書館に足を伸ばしたり、今みたいにフリーペーパーを頼りにしているのだ。
 現金を渡しては貰えず、買い物などは全て電子マネーのみでの支払いなので、最悪入った店までチェックされる可能性があるからネカフェで調べ物とかも出来なかった。こんなねちっこい嫌がらせはホント止めて欲しかったけど、明日からは自由になるのだと思うとちょっと気分が良い。

(そうだ、“宵闇市”なら…… )

 ——信じられない事に、今から三百五十年程前までは世界の文明の支配者は人間達だけだったそうだ。だが、とある大学の偉い先生が『幽霊や妖怪なんかいないと証明してみせる!』と意気込んで行った実験により、予想に反して、空想上の存在だとされてきた者達と人間の世界との微妙なズレを破壊してしまったという事件が起きた。

 その日から世界は今の姿に一転した。

 神や悪魔などといった超越者の出現により長きに渡る混乱期に陥り、科学的な進歩は停滞。分野によっては逆行したものまであった。だけど目の前の現実は渋々でも受け入れるしかなく、人間と人外達との共存の為の世界造りが始まりはしたが、それには三百年近い年月を必要とした。——それから更に五十年が経過して今に至るのだが、文明は相変わらず停滞したまま、殆ど新たな進歩はなされていない。
 ボクが目を付けた“宵闇市”は、世界が変異した事件の後に誕生した比較的新しい街である。元々は妖怪達の隠れ里だったらしく、人間達の真似事をして造ったお遊びの様な町が始まりだそうだ。突如町の存在が明るみになり、時を経て市として認められ、人間達が移住して行きはしたが、まだまだ妖怪や獣人達の方が圧倒的に人口が多い。確か、人口の六割か七割が人外達で回る街である。

(妖達なら、家族の反対がどうのって気にしないんじゃ?)

 妖怪や獣人、妖精などといった者達も人間のルールを気にしてはくれているが、順守まではしていない。極力歩み寄ろうとはしてくれているだけで、気分次第では独自のルールを優先する。二十三区内はまだ人間の方が圧倒的に多いが、学校の同級生やお店の従業員さんなどといった距離感でたまに遭遇する人外達は皆そんな感じだった。

(此処でなら、人間の家族間トラブルなんて面倒事には無関心でいてくれるかもしれない)

 それに宵闇市にはもう一つ利点がある。此処は大都市にも関わらず、“ダンジョン”が存在するのだ。殆どが辺鄙な田舎に出現している為、宵闇市内というアクセスの良い場所に出現した“ダンジョン”はその存在自体が非常に珍しい。

(身元がはっきりしなくてもなれる冒険者なら、流石に兄達も、ボクの邪魔を出来ないんじゃないだろうか)

 ちなみに“ダンジョン”とは、世界が混乱の真っ只中にあった時に突如地球全域に出現した、地下に広がる特殊空間の事を指す。全てのダンジョンは一つの団体によって組織的に管理されおり、十八歳以上の希望者達には攻略する権利が与えられる。その者達は皆“冒険者”と呼ばれ、冒険者達がダンジョンを攻略する様子は自動的に撮影されて全世界に配信される。その配信動画はド直球に『冒険者配信』と呼ばれ、長きに渡る啓蒙活動により昨今では人気コンテンツの一つとして世界中に定着した。

(確か…… その配信の再生数次第で収入を得られたりするんだよな。他にもダンジョン内で見付けたアイテムや装備品、鉱石といった素材は買い取ってもらえるし、討伐数に応じてもらえるポイントを換金する事も出来るから、再生数の低い冒険者でもそこそこ食べていけるって聞いたぞ)

 色々なジャンルでのランキングシステムもあり、上位にもなると億万長者にだってなれるのだとか。しかもダンジョン内では装備品に付与されたスキルのおかげで魔法が使え、運動音痴な者でも剣技や格闘をマスターし、ゲームの様な戦闘を実際に体験出来るのだ、冒険者を希望する者は今でも増加の一途を辿っているのも納得である。

(ダンジョンの出現当初とは違って、今ではある程度の階層までは攻略方法も確立されているから安全性は高いって話だし、平均程度の運動能力しかないボクでもきっと、多分、いける…… うん。身バレ防止で仮面を着けて配信している人もいるっていうし、確か匿名での冒険者登録も可能だったはずだ。——よし決めた。宵闇市に行って、冒険者になろう!)

 配信動画は観た事も無いし、今までに一度も“冒険者”に憧れた事すら無いけど、 ボクは今後の活路を宵闇市にある“ダンジョン”に見出した。
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