「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【プロローグ】

こんなはずでは

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 ——走れ、走れ、走れ!もし今止まれば一瞬で『終わる』と、『自分の死』に直面する経験なんか今までに一度も無かったボクですらわかる程の恐怖が後方からじわじじわりと追って来ている。此処には多分“人間”はボク一人だ。きっと今此処で『誰か助けて!』と大声で叫んだ所で意味など無いだろう。悲しいかな、ぼっちのボクは此処に一人で来たから、何処かに隠れていればそのうち仲間が救援に来てくれるという淡い期待すら持てない。今の自分に出来る事はただ、走って逃げる。その一択だけだ。
 暗然とした気持ちのまま、貴族が暮らしていた洋館の廃墟といった感じの、暗澹あんたんとした廊下をひた走る。此処に潜る事を選んだ時点で『死』は覚悟していた。『した』はずだった。でも所詮は『した、つもり』でしかなかったのだと痛感する。呼吸を雑に繰り返しているから喉が痛い。慣れない装備が思った程には体に馴染んではいなかったのか靴の中の足はもう現界だし、滝みたいに流れ出る汗のせいで着ている服は気持ちが悪い。回復薬などの補助アイテムを入れた鞄は何処かに落としてしまった。初期装備の一つである武器も、多分その時に。

(…… でもオカシイ、どうしてこうなった?)

 世界各地に発生した“ダンジョン”を攻略する“冒険者”として、ボクは本日ひっそりとデビューを果た。初心者に支給される初期装備を身につけ、少し前までは夕暮れ時の草原を思わせる様な場所に居た。『ダンジョンの中に入ったはずなのに、一階層目はまるで外みたいだな』と思ったので絶対に間違いない。なのに、突然現れた敵の攻撃を驚きながらも避けようと、咄嗟に一歩横に立ち位置をずらした途端、次の瞬間にはこの廃墟の中に居た。

(コレってまさか…… “下層転移”か?)

 ダンジョン内でたまに起きる現象名が頭に浮かぶ。事前に軽く読んだ冊子によると、『下層転移』は天文学的確率で起きる天災の様な現象で、行き先は決まって『最下層のボスエリア』だそうだ。いきなり何の準備も無く叩き落とされるせいで、冒険者達は皆、瞬殺の元に一階層目へ叩き戻されると書いてあった。どの階層でも起こり得るが、滅多に起きる事でもない。

(なのに何で!よりにもよって!今日、初めて、ダンジョンに挑んだボクがこんな目に遭わないといけないんだ!しかも入って五分もしないで、まだ敵の一体も倒せていなかったのに!)

「はぁはぁはぁはぁ」
 走りに走って、段々走る速度が落ちてきた気がする。自分からこんな場所に来ておいてなんだが、元々体力なんかあまり無い。涙と鼻水で顔もぐちゃぐちゃだ。『いっそ諦めて殺されてしまって、元の階層に戻るか?』と考えたが、かぶりを振ってその考えは選択肢から排除した。

 ダンジョンでなら、たとえ死んでも生き返る事が出来る。

 有り得ないような不可思議な現象だが、まるでゲームみたいだけど、本当だ。だけど死ぬ瞬間の痛みはリアルそのものらしい。あまりの苦痛と恐怖で一度目の死亡で心を病む者もいるという。

(無理!嫌だ!怖いっ!)

 息を切らし、走り続けた廊下の突き当たりとなる壁が目に入った。だけど、どうやら右側に曲がる事が出来るっぽい。行き止まりではない事に少しだけ安心した。
 後方からの気配はずっとこちらを追って来ているから速度は落とせない。なのでこのままの勢いで曲がり、死角に居る間にどうにかして鍵の開いている部屋を探してそこへ飛び込もう。そして息を殺して潜み、追っ手が諦めたら上層へ少しづつ戻って行けばいい。ボクはそう考え、極力走る速度を落とさぬまま角を曲がった。するとどうだ——

(か、階段⁉︎)

 此処は最下層のはずだ、更に下があるとは露程にも想定していなかったボクの目の前に、下に向かう階段がずらりと並ぶ。だが急に止まる事なんかもう無理だ。火事場の馬鹿力でも出たのかってくらいに勢いがあり過ぎる。

(このままじゃ落ちる!)

 その懸念通りボクの体はふわりと宙を浮き、次の瞬間には真っ逆さまに落ちていった。身構える間も無く、初めての死をきちんと覚悟する隙も無く。だけど落下死ならボスに惨殺されるよりかはマシかもしれない。そんな事が頭に浮かんだ時には、ボクの体はぽよんっとした柔いものに、落下により喰らうはずだった衝撃の全てを吸収されていた。

『…… ス、スライム?』

 両手をつき、体を少し起こて落下地点を確認する。するとなんともまぁ見事なまでに透明で巨大なスライムがゆらゆらと揺れていた。助かった!と心から思った。いっそ叫びたいくらいに嬉しかった。——なのに、『…… 捕まえたぁ』と低い声が急に耳元で聞こえ、真っ黒な腕がボクの首に突如絡みついてきた。救いを得ていた気持ちが一気に奈落へと落とされる。ゾッと体が震え、冷や汗が次々と体から噴き出してきた。
『ひっ!』
 短い悲鳴をあげるボクの体を掴み、“追尾者”がぐるっと回転させる。対面になると、ボクは目を見開いて相手の顔から視線を逸せなくなった。端正な顔立ちに視線を奪われたからとかじゃなく、背後に位置するスライムがボクの背面半分をその身に取り込んでしまっているからだ。

(コレが、ラスボスか?)

 ヒト型の追跡者の背には真っ黒で大きな翼が八翼も生えている。追尾者の周囲に散る数多の羽根が、蝋燭の薄暗い光の元でもとても綺麗だ。
『あぁ…… やっと認知してもらえた。コレで君は、僕の花嫁さんだぁ』
 不可解且つ意味不明な言葉を口にし、トロンと溶けた瞳を携えて追尾者がボクに顔を近づけてくる。だがスライムのせいで少しも逃げられない。口元を恐怖で戦慄かせ、情けなくボロボロと涙をこぼしていると、スライムは何かの意図を汲んだみたいにボクの両脚を開かせ、不本意にも追尾者を近くに招き入れる体勢になった。その直後、ごりっと未経験の異物がボクの秘所に当たる。その瞬間反射的にあげた『ぎゃあああああ』と言う悲鳴は、さっきの小さな悲鳴とは全然違う意味を帯びたものになっていたのだった。
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