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【最終章】
【第11話】顛末
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「……消え、た……?」
香水の香りすらも残らぬ虚空を前にして、呆然としながら巴がこぼす。驚きのせいか体が少し震えており、心配そうな顔でカムイがぎゅっと彼女を抱きしめた。
「この先大変ですねぇ、あの子は。詐欺、強盗や窃盗、暴行や強姦だけじゃなく殺人までもと、ありとあらゆる犯罪行為が当たり前に横行する世界で、自身をも騙せる程の妄想力と忘却力だけで生き残るのは無理でしょうに」
近くを浮かぶ御手洗がそう言うと、巴は「……彼女の行いは、そんな世界に連れていかれる程、だったでしょうか……」と揺れる瞳で小さくこぼした。
「んー……。入退院を繰り返していたとはいえ、今までも既に割と好き勝手生きてきた女性みたいですからねぇ。向こうは『騙される方が悪い』を地で行く世界です。自分すらも騙している彼女には、逆にお似合いなのでは?」
今後を心配する片鱗も無く、冷めた反応をする御手洗を見上げ、「本当に、彼女の発言は…… “妄想”だったんでしょうか?」と巴は訊いた。
「儂を“婚約者”であると思い込んでいる時点で、間違い無く全てが妄想じゃよ」
カムイがはっきりと否定して巴の体に頬を擦り寄せる。そうであると確信付ける理由は先程もう告げているからか、二度目は言わなかった。
「このレポートによると、水族館の辺りでカムイ様を見掛けた以降にあの“設定”が生まれ、加速していったみたいなんで、間違いは無いですよ。この項目は、探偵事務所で依頼人側の裏事情を事前に調べる作業を担当している妖怪の“百目”さんからの報告なので確かな情報でしょう。……しっかし、事前に探偵まで雇ってカムイ様の周辺を調べるとか、イヤなくらいの行動力ですね」
淡々と、レポートを捲りながら御手洗が教えてくれた。
「そう、ですか……(あの時から、もう目を付けられて……)」
迫真に迫る喚き具合だったが、どうやら、佐藤の世界観にすっかり呑み込まれていたのは巴だけだったみたいだ。『もしかして、今まで気が付かなかっただけで、ずっとあの人に観察もされていたのかな?』と思うと、背中にゾゾッと悪寒が走った。
「それにしても……もしかして、御手洗さんは“向こうの世界”の事もご存知なんですか?」
「まぁ、“人間”とは違って、ボク達はどっちも好きに行き来できますからねぇ。人の世の悪い側面を凝縮した様な世界よりかわ、不自然な程善意に溢れたこっちが性に合っているんですぐに戻って来ましたけど、花子さんは情報収集も兼ねてよく向こうにも行く様ですよ」
「興味があるのか?」とカムイに訊かれ、「無いなぁ……なんか怖いし」と巴が答える。
「まぁ、その方が良いじゃろうな。今の巴なら観光程度に行く事も可能だが、優しい巴では、本質的に合わんだろ」
頭を撫でられ、巴が甘えるみたいに瞳を閉じる。いつもの逆ではあったが、カムイの事を“幼い子”であるという固定観念が消えたおかげか、彼の与えてくれる優しさをちゃんと享受するつもりの様だ。
「さて、帰ろうかのう」
その言葉を合図としたかのように周囲の結界がスッと消え去る。その瞬間、急に周囲の雑踏音が聞こえ始め、近くの店から人が出て来たり、歩行者達が彼らの近くを通り過ぎて行った。
そんな周囲の様子をじっと見ている巴に、「どうしたのじゃ?」とカムイが問い掛ける。巴はゆっくりその場で立ち上がると、遠い目をしながら、「カムイ君って、本当に“神様”なんだなぁって思って」と改まった声で言った。
御手洗は消える様にして先に戻り、巴とカムイは仲良く手を繋いで徒歩でアパートに帰って行く。巴に気が付かれているとは知りつつも、登場するタイミングを逃した猫屋敷が電柱の影から姿を現し、それに続いて服部も歩道に出て来た。
「それにしても、探偵事務所の資料をどうやって持ち出したんだ?御手洗さんは」
「彼は“幽霊”デスからねぇ、スルッと簡単に出来ちゃいそうではアリますよ!虚言癖の相手を叩き潰すにはシンジツが一番ネ!有用だったら、それくらいシマス!」
「窃盗まですんなよ」
「きっと今頃戻してマス!だからダイジョウブね!」と猫屋敷が親指を立ててみせたが、即座に服部に頭を叩かれた。容赦ないその攻撃により、猫屋敷が頭を両手で押さえてその場に座り込んだ。
「……それにしても、ウチの所長、この後大丈夫かなぁ。佐藤さんの依頼だけじゃなく、多分前回の騒動の原因になった絹ヶ崎さんもウチの依頼者だったろうから、こりゃ暫くの間営業停止になるかもな」
「鴉天狗、きっとウルサイね。報酬欲しさに短期間で二度も神絡みの騒動に関わるトカ。機密情報の十や二十無料で差し出すくらいの要求される気がしマース」
「本当それな」
「差し出せるだけの情報を握ってる所長の“ぬらりひょん”さんもスゴイデスけどね」
「隠密スキルに全振りしてる感じの妖だからな」
「暫く収入無いなら、ワタシが養ってあげマスよ!」と言い、元気に立ち上がって服部の背中を猫屋敷がバンッと叩く。
「あ、いや。自分、家賃収入があるんで、大丈夫っす」
すんっと冷めた顔で即座にそう断りはしたが、服部の耳はいつもより少し赤くなっていた。
香水の香りすらも残らぬ虚空を前にして、呆然としながら巴がこぼす。驚きのせいか体が少し震えており、心配そうな顔でカムイがぎゅっと彼女を抱きしめた。
「この先大変ですねぇ、あの子は。詐欺、強盗や窃盗、暴行や強姦だけじゃなく殺人までもと、ありとあらゆる犯罪行為が当たり前に横行する世界で、自身をも騙せる程の妄想力と忘却力だけで生き残るのは無理でしょうに」
近くを浮かぶ御手洗がそう言うと、巴は「……彼女の行いは、そんな世界に連れていかれる程、だったでしょうか……」と揺れる瞳で小さくこぼした。
「んー……。入退院を繰り返していたとはいえ、今までも既に割と好き勝手生きてきた女性みたいですからねぇ。向こうは『騙される方が悪い』を地で行く世界です。自分すらも騙している彼女には、逆にお似合いなのでは?」
今後を心配する片鱗も無く、冷めた反応をする御手洗を見上げ、「本当に、彼女の発言は…… “妄想”だったんでしょうか?」と巴は訊いた。
「儂を“婚約者”であると思い込んでいる時点で、間違い無く全てが妄想じゃよ」
カムイがはっきりと否定して巴の体に頬を擦り寄せる。そうであると確信付ける理由は先程もう告げているからか、二度目は言わなかった。
「このレポートによると、水族館の辺りでカムイ様を見掛けた以降にあの“設定”が生まれ、加速していったみたいなんで、間違いは無いですよ。この項目は、探偵事務所で依頼人側の裏事情を事前に調べる作業を担当している妖怪の“百目”さんからの報告なので確かな情報でしょう。……しっかし、事前に探偵まで雇ってカムイ様の周辺を調べるとか、イヤなくらいの行動力ですね」
淡々と、レポートを捲りながら御手洗が教えてくれた。
「そう、ですか……(あの時から、もう目を付けられて……)」
迫真に迫る喚き具合だったが、どうやら、佐藤の世界観にすっかり呑み込まれていたのは巴だけだったみたいだ。『もしかして、今まで気が付かなかっただけで、ずっとあの人に観察もされていたのかな?』と思うと、背中にゾゾッと悪寒が走った。
「それにしても……もしかして、御手洗さんは“向こうの世界”の事もご存知なんですか?」
「まぁ、“人間”とは違って、ボク達はどっちも好きに行き来できますからねぇ。人の世の悪い側面を凝縮した様な世界よりかわ、不自然な程善意に溢れたこっちが性に合っているんですぐに戻って来ましたけど、花子さんは情報収集も兼ねてよく向こうにも行く様ですよ」
「興味があるのか?」とカムイに訊かれ、「無いなぁ……なんか怖いし」と巴が答える。
「まぁ、その方が良いじゃろうな。今の巴なら観光程度に行く事も可能だが、優しい巴では、本質的に合わんだろ」
頭を撫でられ、巴が甘えるみたいに瞳を閉じる。いつもの逆ではあったが、カムイの事を“幼い子”であるという固定観念が消えたおかげか、彼の与えてくれる優しさをちゃんと享受するつもりの様だ。
「さて、帰ろうかのう」
その言葉を合図としたかのように周囲の結界がスッと消え去る。その瞬間、急に周囲の雑踏音が聞こえ始め、近くの店から人が出て来たり、歩行者達が彼らの近くを通り過ぎて行った。
そんな周囲の様子をじっと見ている巴に、「どうしたのじゃ?」とカムイが問い掛ける。巴はゆっくりその場で立ち上がると、遠い目をしながら、「カムイ君って、本当に“神様”なんだなぁって思って」と改まった声で言った。
御手洗は消える様にして先に戻り、巴とカムイは仲良く手を繋いで徒歩でアパートに帰って行く。巴に気が付かれているとは知りつつも、登場するタイミングを逃した猫屋敷が電柱の影から姿を現し、それに続いて服部も歩道に出て来た。
「それにしても、探偵事務所の資料をどうやって持ち出したんだ?御手洗さんは」
「彼は“幽霊”デスからねぇ、スルッと簡単に出来ちゃいそうではアリますよ!虚言癖の相手を叩き潰すにはシンジツが一番ネ!有用だったら、それくらいシマス!」
「窃盗まですんなよ」
「きっと今頃戻してマス!だからダイジョウブね!」と猫屋敷が親指を立ててみせたが、即座に服部に頭を叩かれた。容赦ないその攻撃により、猫屋敷が頭を両手で押さえてその場に座り込んだ。
「……それにしても、ウチの所長、この後大丈夫かなぁ。佐藤さんの依頼だけじゃなく、多分前回の騒動の原因になった絹ヶ崎さんもウチの依頼者だったろうから、こりゃ暫くの間営業停止になるかもな」
「鴉天狗、きっとウルサイね。報酬欲しさに短期間で二度も神絡みの騒動に関わるトカ。機密情報の十や二十無料で差し出すくらいの要求される気がしマース」
「本当それな」
「差し出せるだけの情報を握ってる所長の“ぬらりひょん”さんもスゴイデスけどね」
「隠密スキルに全振りしてる感じの妖だからな」
「暫く収入無いなら、ワタシが養ってあげマスよ!」と言い、元気に立ち上がって服部の背中を猫屋敷がバンッと叩く。
「あ、いや。自分、家賃収入があるんで、大丈夫っす」
すんっと冷めた顔で即座にそう断りはしたが、服部の耳はいつもより少し赤くなっていた。
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