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【最終章】
【第10話】虚構の戯言④
しおりを挟む「——こ、こんなの、茶番よ!くっだらない!」
佐藤の叫び声が、真実の一端を知り、心通わせた二人の邪魔をする。彼女の空気の読めなさに呆れ、御手洗、猫屋敷、服部の三名が同時に深いため息をついた。
「もういい!もーいいわ!どうしたってアステルの事を思い出せないっていうのなら、もうこっちから捨ててやるんだから!」
一度も手に入れていないのに、よくまぁそんな言葉を吐けるものだ。
すっと背筋を伸ばして立ち、佐藤が巴とカムイの二人を睨み付ける。そして彼女はニタリと笑った。
「……いらないモノは、消すに限るわよねぇ」
勝ち誇った顔をし、ふふっと笑いつつ佐藤がくるりと踊るみたいに回った。まるで最終兵器でもあるみたいな余裕に満ちた雰囲気だ。その空気のせいか、巴が咄嗟にカムイの体を抱き締めて守ろうとするみたいに自分の方へ引き寄せた。その行為が余程嬉しかったのか、カムイはそっと頬を染める。
「アステルが聖女だって信じなかったアンタ達が悪いのよぉ?アステルと結婚するべきなのに、可愛いアステルに尽くすべきなのに、そんなのを選ぶとか信じらんないわぁ、マジで」
心底人様を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、佐藤は口元を手で少し隠した。
「アステルねぇ、あの女の呪いのせいで“聖なる力”は使えなくなっちゃったのは本当なんだけど、実は、一番大事な能力は保持したままなの。ア・ン・タのおかげで、ねー」と言い、佐藤がカムイを指差した。
「庇ってくれて、本当にありがとぉ。あ、でもぉ、覚えていないんだからお礼を言う必要もなかったかぁ」
カムイ達の方に視線をやったまま、佐藤が天を仰ぐ。そして彼女は両腕を天を抱くみたいに高く上げた。
「もうね、命乞いしたって止めてあげないんだから!」
自信に満ちた顔が気持ち悪くてしょうがない。“聖女”を自称するよりも、“悪徳令嬢”の方が遥かに似合いそうだ。
佐藤が何をする気なのかわからず、巴の心臓がバクバクと鼓動を早める。そんな巴の頭を神威がそっと撫で、「大丈夫じゃ。小さいながらも、この周囲には結界を張ってあるからな」と彼女に小声で伝えた。だが、目視出来るものではないのか、巴には結界を認識出来ない。でも先程からこれだけ店の前で大騒ぎをしているのに誰も来ないのはそのおかげなのかもなと納得した。
「もうぜーんぶいらないわ!前世からの婚約なんか、こっちから破棄してやる!消えろ、消えろ、消えちまえばいいんだぁ!不用品なんか死んで消えろ!焼却炉で燃えるみたいになって、魂のカスすら残らないくらい一片も残らず消えちゃえぇぇ!」
あははははははは!と勝ち誇った顔で佐藤が高らかに笑う。だが……何かが起きている様な気配は何も無く、巴は周囲を見渡して困惑するばかりだ。『カムイ君の結界のおかげ、なのかな?』と一瞬考えはしたが、何の根拠も無く違う気がしてならない。
「コレはもう、彼奴らに見付かったな…… 」
誰に聞かせるでもなく、カムイがぽつりと呟く。『何の事だろうか?』と巴が不思議に思っていると、「あースッキリした!」と言いながら、佐藤が二人とその周囲を浮遊している御手洗の方へ向き直った。
「………… 」
清々しい顔だったのが、ゆっくりと目を見開き、徐々に佐藤が口元を戦慄かせる。
「な、な、何で?何でまだそこに居るの⁉︎」
耳が壊れんばかりの叫び声だ。本気で今の状況を理解出来ていないのか、佐藤が頭を抱えて何度も「何で⁉︎」と叫んでいる。だがこの状況を掴めずにいるのは巴も同じで、電柱の影に潜んだままになっている猫屋敷と服部も訳が分からず困惑顔だ。
そっと御手洗が巴に近づき、「……この、“ぬらりひょん”さんから掻っ払って来たレポートによるとですね、佐藤さんは、馬鹿みたいに強い『忘却』の能力を持っているそうです。『能力』とは言っても、半端無い思い込みの力で『自分の世界』から相手の存在を消し去るというだけで、実際にはその人が消えたりなんかしていないんですけどねぇ。だけど彼女的にはもう何人もの存在を『自分の中から』消し去って来たんで、『特別な能力』であると思い込んでいるみたいです」と耳元で語った。
その声は猫屋敷にも聞こえ、その内容を服部に伝える。すると彼は額に手を当てて俯き、深いため息を溢した。
「ウチの所長からの情報かぁ……」
アパートの大家である服部の本業は探偵事務所の職員である。存在感の無さを買われてスカウトを受け、存在感の無い者同士で和気藹々と仕事をしているのはいいのだが、如何せん所長の“ぬらりひょん”はお金に弱く、『佐藤って人にカムイ様の情報を売ったのは所長か?となると、あの冒険者にも所長が売ったんじゃ……』と段々心配になってきた。
「さぁなぁ。……儂が“神”だからとか、じゃないのか?」
テキトウにそう言って、カムイが呆れ顔で軽く首を横に傾げた。ちゃんと的を得た答えであった事には当人達の誰も気が付いてはいない。
「だが、そんな事に気を取られている場合ではないぞ」と言い、カムイが佐藤の足元を指差した。
「……え?」とこぼし、佐藤が自分の足元に視線を落とす。その途端、「ひっ!」と情けない悲鳴を佐藤があげた。
「何?何?何なの?これは!」
悲痛な声で叫び、その場から直様動こうとする。だが地面からは無数の手の様な真っ黒な影が煙の様に立ち上り、彼女の脚を絡め取っていた。
「止めてよ!何なのコレは!」
脚を動かそうとしても、もう動けない。必死に手で払い除けようとしたが煙の様なソレに触れる事は叶わず、徐々に佐藤の体を下から侵食し始めた。脚を、腕を、腰を影のような手が掴み、ぐっと下方向に引っ張る。途端、ここは“道路上”なのだからこれ以上下になんか行けるはずがないのに、彼女の体が沼の上にでも居るかの様にずんっと沈んだ。
「助けて!お願いっ!もう消えろなんて言わないから!」
涙声で佐藤が訴えるが、「其方はもう、彼奴らに『見付かった』から、もう無理じゃ」とカムイは冷めた瞳のまま彼女に告げた。
「“鏡像世界”を知っておるか?」
「…… は?何よそれ…… 」
「世界が今の様な構造になった時、偶然生まれたもう一つの世界じゃ。『こちら側』とそっくりな鏡写しの様な別世界の事じゃ。もしかすると、其方が言う『異世界』とやらに近い立ち位置かもしれぬな」
「そ、それと、この状況に何か関係があるわけ⁉︎」
のんびりと話を聞いている余裕なんか全く無く、佐藤が叫ぶ。不可思議な現象のせいで恐怖する顔色は青白く、脂汗が肌からぼたぼたと滲み出ては落ちていく。
「あの実験の失敗により“妖”や“超越的な力を持つ者”などといった達が“人間”の文明に一層深く関わる様になったはいいが、“善性”の強い者の望む世界と、“悪性”の強い者達とでは意見の相違が出てしまってな。結局はどうせ世界が二つあるのだ、綺麗に棲み分けて、好きにその力を発揮しようと話がついんじゃ。全ての人間は基礎となっている“善なる者が統治するこちらの世界”に生まれ出でるが、“向こう側”の者達が『これは』と思う者が居た場合は、其方の様に連れ去られる」
「何で⁉︎どうしてよ!アステルは“聖女”よ⁉︎“悪性”の強い者なんかとは、無関係じゃないのよ!」
納得がいかず、噛み付くような勢いで佐藤が叫んだ。
「自身を顧みる能力の多大なる欠如。他人の気持ちを微塵も理解する気がなく、自分の考え出した都合の良い“設定”を本気で信じ込んでいる時点でもう、“こちら”には向いていないな」
「んな訳があるかぁぁ!“設定”?ふざけんな!真実だって何度も言ってるだろうがぁ!婚約者だったくせに、アステルを守って死んだくせに、大事な事忘れんなよ‼︎」
「……まだソレを言うておるのか」
「助けろぉぉ!また昔みたいに、アステルの身代わりになりなさいよ!」
「ありもしない物語に縋るな」
「鬼!悪魔ぁぁぁぁ!お前なんか、神様でも何でもないわ!」
「所詮ソレは、受け止める側の勝手な判断で押し付けられた属性じゃからな。其方にとっては、そうなのだろうよ」
佐藤の体にまとわりつく煙の様な影の手が、とうとう彼女の顔にまで近づいてくる。
『……アタシダケガフコウダナン、テ、ユルセ、ナイ——』
『オマエモ、クルシ、メ……』
『オレイガイハ、ゼンブゴミクズダァァァ』
手の影が佐藤の耳に触れた途端、怨みがましい声がボソボソと聞こえてきた。
「やだ、ヤダヤダヤダ!無理ぃ!何でアステルがこんなめに遭うのよ!」
「神殺しは大罪じゃからな、決定打はそれじゃろうて」
「アンタは生きてるじゃない!未遂よ!未遂なら許されてもいいでしょう⁉︎」
「明確な殺意があったくせに何を言っておるのやら……」と言い、カムイが軽く頭を振った。
「助け、助け、てぇぇ」
花の蕾が閉じていくみたいに、佐藤の体はもう大半の部分が手の影に覆い隠された。
「良かったな。其方の望み通り、儂が目の前に現れる事は一生ないぞ」
影の隙間から辛うじて覗く佐藤の目を見据えてそう言った瞬間、彼女を包み込んでいた真っ黒な影は彼女を捕らえたままずるっと下方へと飲み込まれ、彼方へと消えていった。
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