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【最終章】

【第9話】虚構の戯言③

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「……御手洗さん?」
 ちらりと見上げ、巴が御手洗の名を呼ぶ。このタイミングで巴は電柱の奥に隠れている猫屋敷にも気が付いたが、残念ながら服部の存在は見逃したままだ。
「はいはーい。お二階にお住まいの、御手洗ですよぉ」
 ふわりと浮かびながら御手洗が巴とカムイの側を、浮かびながらぐるりと回る。その様子を間近で見ているアステルの喉から「——ひっ!」と小さな音がこぼれ出た。

(あぁ。このご時世でも、やっぱり幽霊は恐怖の対象なのかぁ)

 一人納得していると、御手洗さんが何処からともなくレポート用紙の束を取り出した。
「“佐藤トメ”二十一歳。本来の髪色は黒、瞳の色も同じですねぇ」と軽く指先を振りながら御手洗が言った途端、“アステル”の肩近くまであるふわりとした金色の髪の色が徐々に真っ黒な色へと変わっていった。青い瞳の色も黒に変わり、カラーコンタクトが地面にぼろっと落ちていく。
「んな⁉︎な、何これ!」
 自身の髪を束で掴み、“アステル”を自称していた“佐藤”が髪色を確認する。
「……トメさん」と巴が彼女の名前を口すると、佐藤はキッと彼女を睨みつけた。
「違う!遅、違わないけど、ソレは、今の生みの親が勝手につけた名前で、アステルの本名じゃ無い!」
 悲鳴に近い声で直様否定する。『レトロ可愛い』と親が付けた名なのだが、彼女にとっては黒歴史並みに封じておきたい名前の様だ。
「えっと、『幼い頃から重度の妄想癖があり、何度も精神科への入退院を繰り返す。今も薬が処方されてはいるが、服用はしていない模様』です」
「妄想じゃないわ!アステルはずっと“前世”の話をしているだけなのに、誰も信じないだけよ!」
「『ヒトのモノは蜜の味』だと言って、恋人のいる男性を多数堕としては捨ててきた。……ほほう、じゃあ今回も“ソレ”みたいですねぇ」
 レポートの一部をまた読み上げ、嫁に一途な御手洗が呆れ顔を佐藤に向けた。
「や、やってない!やってないの、信じて!アステルは記憶が戻ってからずっと、カムイ君一筋なんだから!」
 縋るみたいに佐藤がカムイ達の方へ腕を伸ばす。だが、心底興味の無さそうな瞳を向けられ、佐藤はカッと一気に感情を爆発させた。

「……アステルにそんな態度とっていいの?アンタの秘密、此処でバラすわよ……」

 猟奇的にくわっと見開いた目をカムイに投げる。頭を少し傾げ、ゆらりゆらりと揺れる様子はまるで廃墟に放置された西洋人形の様だ。
「秘密?」と表情も変えぬままカムイがこぼした。『何故知っている⁉︎』と驚きもせず、『止めてくれ!』と騒ぐでもない彼の姿は、佐藤の癪に触ったみたいだ。

「アンタが『落ち神』で、その女を『神隠し』した張本人だって話よ!」

 佐藤は唾吐きながらそう叫んだが、すぐに慌てて両手で自分の口を塞いだ。言ってしまっては、もう『脅し』の材料には使えない。これでは自分から交渉カードをあっさりと捨てた様なものだ。

「……本当、なの?」

 巴の服をぎゅっと掴んでいるカムイの手に力が入る。少しの間黙ったまま口を開けずにいたが、カムイはゆっくり「……あぁ、本当だ」と言葉を紡いだ。

「“落ち神”となっていた儂が、巴を、自らの神域に三百年間隠していた」

「…… 」
 怒るでもなく、じっとしている巴の顔を恐る恐るカムイが見上げる。最初は感情の読めぬ顔をしていた巴だったが、何故かその表情はゆっくりと優しいものへと変化していった。
「そっかぁ。カムイ君が、だったかぁ」
 両手を伸ばし、巴がカムイの体をぎゅっと優しく抱き締めた。周囲の目があるからかすぐに離れたが、今度は彼の両手を手に取って、ふわりと包む。

「やっぱり何も知らなかったのね。ちょっと考えればわかる事じゃない!二人が宵闇市に来たタイミングといい、無能者のクセに“土地神”の“巫女神”に指名された件といい、わかんない方が馬鹿ってもんよ!」

 鼻で笑い、佐藤が吐き捨てる様に言った。
「やっぱり、賢いアステルが、聖女でもあるこの身が“巫女神”になるべきだわ!」
 自らの着ている服の胸元を強く掴み、大声で佐藤が喚く。
「まだ諦めてないんですか?……うわぁ」と御手洗が呟くと、佐藤が彼をキッと睨んだ。感情が昂っているせいか、もう『幽霊』は怖くないみたいだ。

 全ての流れがすとんと腑に落ちた巴がカムイに笑顔を向ける。
「どうして、“神隠し”をしたんですか?」
「……そうせねば、ならなかったからじゃ」
「それは……『好き』だから、とか?」と口したはいいが、後から照れ臭さが襲ってきたのか、巴が頬を赤くしながらきゅっと口をへの字にした。

「すまん……儂には、人間の言う『好き』の感情がわからないんじゃ……」

 悲痛に顔を歪め、カムイが体を強張らせる。『好き』なら許せると前に巴は言っていたが、それがわからぬ以上一生許してはもらえないのかと思うと、『また彼女を何処かに閉じ込めて囲わねば、逃してしまうかもしれん』という考えが彼の中に浮上してきた。
「傍に居て欲しくって、閉じ込めたの?」
「あぁ……」

「……もしかして、祠の側によく居た梟は、カムイ君だった?」

 実家の近くの森の中。小さな頃によく行った小さな祠には、年老いた梟が必ず居た。巴が祠までやって来ると彼女の肩に留まったり、傍に寄り添ってじっと話を聞くだけの、小さな小さな白い梟だ。

 “神隠し”に遭う直前に訪れた場所はあの祠だった。あの場所で“神隠し”に遭ったのだと思うのが一番自然だ。最も縁深い場所でもあるから、あの祠の“神様”が『隠す』流れならば納得がいく。

「……そうじゃ」
 素直に認めたカムイの言葉を聞き、巴が宵闇市に引っ越して来てからの事を振り返る。出来るだけ共に居ようと努めてくれていた事、求愛かと思う程給餌行為にこだわっていた事、“土地神”の“巫女神”に指名された事、デートに……誘ってくれた事も。『好き』が理解出来ないと彼は言うが、そこかしこに愛情しか感じられず、巴は心を決めた。

「じゃあ、私の事を『好きだ』って言って下さい」

「じゃ、じゃが……」
「言葉の意味をきちんと理解出来ていなくてもいいんです。カムイ君は行動で示してくれているから、あとはもう、形だけでも良いんですよ。だから『好き』って言葉で私を騙して、『優しい嘘』で縛りつけちゃえば良いんです」
 優しく包まれた手から感じる互いの体温が心地いい。

(本当に、いいのだろうか……)

 そうは思うも、カムイは抗えない提案に手を伸ばし、「…… 『好き』じゃ」と小さく呟いた。
「『好き』『好き』『好き』『好き』——」
 何度も何度も繰り返し、巴の首に腕を回す。年老いた白梟の姿や、“神域”での大人に近いカムイの容姿を知っているからか、巴は素直な気持ちで彼の抱擁を受け入れる。

「私もですよ、カムイ“様”」

 “君”ではなく、“様”と呼ばれても気にせず、カムイはずっと巴から離れようとはしなかった。
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