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【最終章】

【第7話】虚構の戯言①(賀村巴・談)

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 ——ふぅと一度息を吐き出し、目の前の女性に意識を戻す。

『あの部屋から、さっさと出て行ってくれませんか?』
 同情を誘う顔をしながらそう言ったアステルさんはまだボロボロと涙をこぼし、手でそれを拭っている。私が男性だったら、同情し、ハンカチの一枚でも差し出していた所であろうが、残念がらこちらにそのつもりは無い。そこにある紙ナプキンでも使って勝手に拭けばいい。

 本人曰く彼女は“異世界転生者”であり、“予言の聖女”で“お姫様”。相思相愛の“婚約者”は“公爵様”で、その彼の転生後の姿は“神様”である“カムイ君”だとは、随分と荒唐無稽なお話だ。こんなご時世である事を加味したとしても、何処まで真実味のある話なのか私にはさっぱりである。
 だが、もしも私が、家族や友人に愛されて育っただけの無垢な女であれば、何も疑わずに信じたかもれない。『カムイ君のデートしたい相手は、この子なのか』とも思っただろう。ただの自称・保護者で、同居人でしかない自分が身を引けば、二人はやっと“世界と時間”という壮大な障害を飛び越えて結ばれ、晴れて幸せになれるのだから、と。聖女ならば“巫女神”という私の立場も引き受けられる可能性がある。もし今は無理でも、愛を重ね、いずれは“半神半人”の身となり、正式にその地位をも引き継げるだろう。

 ……だが私は、“秋元柚妃”という自己中心的な女性を知っている。
 彼女は私の人生に大きく関わり、学生時代の全てを台無しにされ、記憶にあるだけでも二十九年間という時を生きてきたのだ——

(こんな話、簡単に『はいそうですか』って、信じられるか)

 気を取り直し、アステルさんをしっかりと見据え、再度軽く息を吐く。
「すみませんが、それは無理です」
 私がはっきりそう告げると、アステルさんの涙がぴたりと止まった。
「私が住んでいる部屋は、私の為に用意された部屋なんです。“彼”は後から入って来た身なので、出て行くのだとしたら、“彼”の方になるでしょうね」
「……成る程」とこぼし、アステルさんがしばし考える。
「でもまぁ、それもありですよね。あんなアパート、アステル達相応しくないんですから」
 随分と『には』の部分を強調している。『庶民であるお前にはお似合いだけどな』とでも言いたいみたいに。
「じゃあ、アステルは彼との新居に相応しいお部屋を探しますね。予算額とかは、神社の人とかに相談したらいいですか?」
 先程まで泣いていたとは思えない笑顔である。早速他者にたかろうとしている辺り、“秋元さん”と同じ臭いがする。

(本当に彼女は“秋元さん”にそっくりだ。顔や仕草がというよりは、人間としての本質が)

「……その辺の話の前に、まずは“彼”と向き合う事が先では?」
「その辺は、貴女の仕事では?」と言い、アステルさんが不思議そうに首を傾げた。
「だって、巴さんは“彼”の保護者なんですよね?なら、『君は別の部屋で暮らす事になったよー』って、『次はこの人と一緒に住んでねー』って伝えるのは、そっちがするべき事ですよ」
「や……あの、急に『知らない人』と暮らせと言われて、あの子が『はいわかりました』なんて言うはずがないですよね?」
「そこはほら、腕の見せ所?」
 頬に指を当て、首を軽く傾げる。丸投げとか……段々頭が痛くなってきた。

「私がそもそも貴女を信用していないのに、何故そこまでしないといけないんですか?」

 余程私の言葉が気に入らなかったのか、『——はぁ⁉︎』と言わんばかりに、アステルさんの眉間に皺が入った。
「アステルの話、ちゃんと聞いてましたぁ?彼とは前世からの婚約者だって言いましたよねぇ?婚・約・者!つまりは、結婚する運命にあるって事なんですよ。“聖女”と“神様”だなんて、最高のカップルじゃないですかぁ」

「もちろん、ちゃんと話は聞いていました。でもその話を信じるに足る程の関係性が私達にはありませんから」

「——はぁ⁉︎」と今回は心に留めず声に出しながら立ち上がって、バンッとアステルさんがテーブルを叩いた。二度目の発言ともなれば流石に我慢し切れなかったみたいだ。
「……お客様」と直様店員の一人に声を掛けられ、彼女は謝らぬまま、不満そうな顔ですぐ席に座った。
「もし貴女の言うとおりその話が事実だったとしても、“異世界転生者”の物語を散々読んできた身なんで、『そんな話をされてもなぁ』って感じなんですよね」と言い、わざとらしく『ふぅ』と息を吐く。
「ひ、酷い!本当の事なのに!」
「じゃあ貴女は、一回りも上の男性がいきなりこの場に来て、『僕達は前世で夫婦だったから、今世でもまた、夫婦になるべきだ』と言って新居を用意し始めたら、喜んで住むんですか?」
「んな話は今関係ないじゃない!」

「関係ありますよ。だって貴女は、先程からずっと、そういう話をしているんですから」

「っ!」
 淡々とした表情のままそう告げると、アステルさんが言葉を詰まらせた。

「貴女の主張通り“彼”の前世が“婚約者”だった“公爵様”だというのなら、御自分できっちりと話をつけ、きちんと説得して下さい。見事に記憶を取り戻し、今度こそお二人が『結婚したい』という流れになったのなら、私は喜んで“彼”を部屋から送り出しましょう」

 そう言ってアステルさんに笑顔を向ける。内心、『やってみろ!でもそうは出来ないから、私に声を掛けたんだろ⁉︎——貴女も!』と思っていたが、鉄壁の笑顔でガッチリ隠せていたに違いない。
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