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【最終章】

【第6話】《回想》トラブルの後日談(賀村巴・談)

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 弁護士さんに仲介を頼み、自分と秋元さんの実家にも連絡を入れた事で彼女の件は思ったよりもスムーズに解決するに至った。彼女の嫁ぎ先の旦那さん一家が雇った弁護士も加勢に加わってくれた事が早期解決の大きな要因だろう。既に事を進めていて、そのうえたっぷり情報を握っている方々が味方であって本当に助かった。

 秋元さんが私の部屋に居た期間は思い返せば一週間にも満たなかったのだが、私の知らぬ余罪があったそうだ。
 まず、此処までは不倫相手の車でやって来たらしい。当然その相手には嫁ぎ先の旦那さんが慰謝料を請求する事になったそうな。狭い町だというのにダブル不倫だったらしいので、まず間違いなくどちらも離婚だろう。過去の不倫を遡ってまでの請求は、これ以上醜聞を広げたくないから諦めたと聞いた。
 もう一つの余罪は外出と金銭に関わるものだった。彼女が襲来した翌日からもう、部屋の鍵を開けっぱなしのまま昼間は外出していたそうだ。『オートロックじゃないのが悪い』だの『鍵を渡さない方がオカシイ』と今でも御立腹だそうな。そんな彼女の外出先はホストクラブだった。一度も行った事が無いので私は知らなかったのだが、昼間でも開いている店があるそうで、売掛とかいう支払い方法で何軒も飲み歩いていたのだとか。
 彼女はお高いボトルを何本も頼み、それらは全て月末に、まとめて私に払わせる気でいたとホストの一人が話していたらしい。
『いいお財布が居るの。働くばかりで貯め込んで使わないとか、勿体ないからアタシが使ってあげるんだー』
 そう言う彼女は、もし手元に現金があったなら、ホスト達に向かってばら撒いていたんじゃないかってくらいの勢いだったそうな。

(私の貯金額なんか知らんはずなんだけどなぁ。まぁどうせテキトウな推測で、勝手に想像したって感じなんだろうけど)

 ホストクラブでの売掛分と、私名義で勝手にネット購入した物の代金。他にも日々の食事代と慰謝料は全て秋元さんの実家の御両親が畑を売って払ってくれた。『何もそこまで……』と少し思ったが、元々嫁ぎ先への慰謝料の支払いの為にも売らねばならなかったそうなので、内情としては、私の件はそのついでといった感じらしい。
 地元の名士とはいかずとも、賀村家私の実家の祖父母は町での発言力だけはあるので、これ以上そういった方々の反感を買いたくはなかったのか事前に聞いた額よりも多めに頂けた。


       ◇


『——ってな感じになりました』
 お昼休憩中。社内にある休憩室の一角を陣取り、コンビニで買った物や自前のお弁当を食べながら池沼先輩にあの一件の後日談を話した。愚痴を聞いて貰ったので先輩には知る権利があると思ったからだ。そして何故か、今回は営業の吉川さんも同席している。秋元さんとは袖擦り合うのも程度の関係だが(と、何度も念押しされた。“一夜の過ち疑惑”を回避したいのだろう)、無関係では無いからという理由で。
『街の生活に味を占めたのか、ご両親の「実家に帰って来てくれ」という願いは無視して、まだこの街に居るそうです。接近禁止命令が出てるんで、多分こっちには襲撃して来ないと思います』
『そっかぁ……んでも、高齢出産で、蝶よ花よと育てた結果がコレじゃぁご両親も辛いねぇ』
『ホントだな。いやぁ、男好きする感じの子ではあったけど、それにしたって随分と我儘放題やったなぁ』
 私の言葉に対し、池沼先輩と吉川さんがそれぞれの感想を述べる。秋元さんに胸を押し当てられて鼻の下を伸ばしていた吉川さんの姿は見なかった事にしてあげよう。

 少しの間を置き、『——実は、な』と吉川さんが口を開いた。
『……ちょっと聞いた話なんだけど、秋元さん、今結構ヤバイ事になってるらしいぞ』
『『え⁉︎』』と驚く声が、池沼先輩と見事に被った。
『あの後すぐ、あの子は夜の世界に入ったみたいなんだけどな』
『でしょうね!』と池沼先輩がすかさず納得する。私は無言まま何度も頷いた。
 高卒ですぐ結婚して家庭に入った人だ。女王様気質であの性格だし、家事も農作業も手伝わなかった身ではやれる仕事なんかそう無いだろう。よく飲み歩いてはいたらしいから、安易な気持ちで夜の世界に飛び込んだのでは?と思ってしまう。
『素人の中でなら可愛い子だったんだろうけど、プロの世界じゃ二流か、ランクの高い店だと三流レベルの容姿だ。二十九歳じゃ今更若さでは売れないし、長年鍛え上げてきた同年代の子達の話術には到底勝てない。それにあの性格のせいで、もてなす側なのに「アタシをもてなせ」な態度じゃ指名ももらえなくって、店で孤立してるって同じ店勤めの子が言ってたわ』

 田舎の学校ではずっと美少女枠で通ってきたから、今更自分が、所詮は“井の中の蛙”であったとは到底認められないのだろう。加えてあの性格だ、全て他人のせいにして、反省なんか少しもしない気がする。

『そのうえ、早速タチの悪いホストに入れ込んでいるって話だ。自信過剰なせいか「自分こそが本命だ」って信じてるみたいで、そのうち売掛の支払いの為に海外に売られでもするんじゃないかって、店の子が心配してもいた』
『え。ソレ教えてくれたお店の子、秋元さんの心配をするとか、めっちゃ優しい人ですね。私だったら、もし同業でも、「お前は売られちまえ」って思っちゃうかも』
 池沼先輩が正直に本心を言ってくれる。言葉にはしなかったが、私も同意見だった。
『まぁ……人生色々あって、流れてきた子も多い業界だからな。明日は我が身だったり、過去を振り返ると共感出来る側面があったりもするんだろうよ』
『『成る程……』』と池沼先輩と共に納得していると、ぞろぞろと外から他の社員達が戻って来た。休憩時間の終わりはもう近いみたいだ。

『でもまぁ、多分コレで一段落だろうから良かったよね!』
 場を〆るみたいに、池沼先輩がパンっと一度手を叩く。
『はい。なので、今週末にでも実家に一度帰ろうと思って、有給も使うんで来週一週間はお休みします』
『そっかそっか。実家の家族に元気になった姿見せて、安心してもらわんとだもんな』と言い、吉川さんが私の頭を無造作に撫でた。
『吉川さん。それ、今はセクハラですよー』
 叫ぶ時みたいに口元に手を当て、池沼先輩が冗談ぽく言う。
『あ!そっか、すまんすまん』
『いえ、大丈夫ですよ』と返し、その後も少しだけ言葉を交わしてから、それぞれが自分の部署に戻って行く。

 これが私達の最後のやり取りになるだなんて、この時は三人共全く考えてもいなかった。
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