ショタ神様はあくまで『推し』です!

月咲やまな

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【最終章】

【第4話】《回想》自称・幼馴染との同居(賀村巴・談)

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『お風呂沸かしてー。あ、お腹も減ったや。鞄、中に運ぶのもお願いね』
 玄関で靴を脱ぐなり早速秋元さんは女王様気取りだ。私部屋なのに、いきなりの我が物顔である。

 ワンルームしかない部屋の三分の一を占めているベッドにドッと秋元さんが倒れ込む。そして『アタシがこっちねー』と言って脚をバタバタとさせた。
『いや、そこ私のベッドだから、秋元さんは床で寝て』
 彼女の鞄なんかもちろん運んでやっていない。部下でも奴隷でもないのだ、家主である私の方に主権はあるはずだ。
『えー無理!そんな場所で寝た事無いし。ホントはこんなベッドで寝るのも嫌なのよ?敷布団オンリーでマットレスも無いし、そもそもパイプベッドなんて今時まだ使う人いるんだねー』
『……いるでしょ、普通に』
 台所の近くに買い物バッグを置く。中から食材を出して冷蔵庫の中にしまっていると、秋元さんが室内にあった座椅子を倒し、ぬいぐるみを枕が代わりみたいに置いて、それをぽんっと叩いた。
『ほら、これで寝られるわよね!』
 わざわざ用意してやった感の滲む明るい笑顔を向けてくるが益々胃が痛む。文句の一つでも言いたくはなったけど、今晩だけだしと堪えてしまった。

(自分の為の、ついでだし)

 要求通りに風呂を沸かし、食事の準備をする。二人分なんか想定していなかったから、私の分は冷凍食品で補う羽目になった。
 出来上がった食事を前にして『粗食ねー』と文句を言われたが、『突然来て、それ言うの?一人分しかないのを無理に二食分にしたんだから。文句言うんなら今からでもホテル取ったら?』と返した。
『仕方ないなぁ、我慢してあげる。優しいなぁアタシって!』
 本気で言っていそうなのがマジで怖い。ニカッと笑う顔に薄ら寒さすら感じた。


       ◇


 弟妹達と交わしているメッセージで知った情報によると、秋元さんは本当に姑といざこざがあったそうだ。結婚してからずっと続く散財っぷりは本当に酷く、一切の家事もせず痩身やマニキュアばかりに気を取られ、ブランド品で着飾っては元・同級生達と飲み歩くもんだから近所の評判も悲惨なものなのだとか。結婚してから十一年間もコレでは熱愛の末に結婚した旦那さんでも擁護しきれないのか、ワガママ放題なせいで流石に愛情が冷めたのか。その辺の真相は定かではないが、とうとう姑さんに追い出されたらしい。

(納得しか出来ない!)

 こんな奴が常に“嫁”として家に居るとか、確かお手伝いさんも居るご家庭だったはずだけど、それでもキツイだろう。……そして今度は私が同じ目に合う羽目になった。

『一泊はさせたんだし、ホテルでも取ってそっちに泊まって』
『無理ー!お金無いもん』
 ゴロンとベッドに寝転がり、塗り直したマニキュアばかりを気にして、二日目はそれ以上話を聞いてはもらえなかった。

 翌日。仕事から帰ると大量の段ボール箱が畳まれる事なく積み上がっていた。『何?これ』と指差しながら訊くと、『あぁ、着替えの服が届いたの。持ち出せた鞄が小さくって着替えが少なかったのよねぇ』と返された。
『はい。これ、払っておいてね』
 手渡されたのは郵便局やコンビニ対応の支払い用紙だった。一、二、三……全部で六枚もある。それぞれが万単位の請求額で、開いた口が閉じられなくなった。
『いやいや、自分で払ってよ。私の買い物じゃないし』
 秋元さんに突き返したが、『柚妃お金無いって言ってんじゃん。だから全部“巴”名義で頼んだもん、アタシに支払い義務は無いわ』と言って振り込み用紙を全て床に捨てた。
『さ、詐称じゃない!』
『ネット経由だからわかんないって、大丈夫ー』と秋元さんはヘラヘラと笑った。
『そのうち返すって』
 彼女の口にした“そのうち”は、アルバイトすらしようとしないもんだから、当然いくら経っても来なかった。

 勝手に居候をされ始めて、三日目。残業でくたびれた体を引きずり、半額になっていた鮭の切り身をスーパーで買って帰ると、『今日の柚妃は“豚の生姜焼き”の気分なのです』と不貞腐れた顔で言われた。
『自分で肉買って来て、自分で調理したら?』と返して聞き流したのだが、『調理実習でくらいしか料理なんかしてないもん、出来ないもん』と秋元さんが頬を膨らませる。ちょろい奴相手なら堕ちる馬鹿もいるのかもだが、貴女を嫌いな女相手にそれは無理だろ。それに二十九歳ともなるとそういった仕草が似合うのは流石に一部の希少種くらいなものだが、残念ながら秋元さんはもうそこから外れている。

 結局長々と反抗するのが面倒になり、再度買い物に行って希望通りに豚の生姜焼きを作ったが、『よく考えたら、こんな遅くに油っぽい物出すとか、馬鹿じゃないの?』と言われて殆ど残された時には、流石に料理の並ぶテーブルをひっくり返したくなった。


       ◇


『……大丈夫?じゃあ、ないよね』
 職場でのお昼休み。そう声を掛けてきたのは池沼先輩だった。アイドルが大好きで、いつも楽しい時間を沢山くれる先輩の顔が珍しく曇っている。これは完全に私のせいだ。
『一緒にお昼ご飯食べに行こうか、奢るからさ』
 秋元さんのせいで金銭面に難ありなので『お弁当があるんで』と断ったのだが、池沼先輩が『んなの、斎藤さんが食べてくれるって。——ね?』と急に隣の席の斉藤さんに話を振る。だが状況を察した斉藤さんはすぐに流れを反芻し、理解したうえで『ありがたく頂くわ』と返してくれた。
 ガタイの良い齋藤先輩のゴツい手に小さなお弁当箱がぽすんと乗る。こんな程度じゃ絶対に足りないよなぁと思ったが、『オヤツ代わりに頂くから』と控えめな笑顔を向けてくれた。
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