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【第三章】

【第15話】事の顛末・後編

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「…… 神威大神かむいのおおかみ様で、間違いないですよね?」

 緊張と興奮で声を震わせながら絹ヶ崎が問い掛けると、「…… 一部からは、そうとも呼ばれているな」とカムイが興味無さげに答えた。
 彼女の前に姿を現したカムイは、長くて白い髪を緩く後ろでまとめ、オーバーサイズのパーカーとハーフパンツスタイルという実に『少年』っぽい姿である。靴を履いたまま彼は無遠慮に一歩、室内へ足を入れた。

賀村さんあの人、あぁは言ってもちゃんと話してくれたのね!)

 彼女には人の良さそうな雰囲気があった。最後の『死んだらお前のせいだ』の言葉が効いたのかもしれない。そう考えた絹ヶ崎は巴の容姿を思い出し、説得もしてくれている事を期待しながら、胸元の細いリボンを解いて女性らしい大きな膨らみを最大限に晒してみせた。この体はすぐにでも貴方の好きにしても良いのだと暗に伝える為に。だがカムイは軽く俯き、はぁと重たい溜め息をこぼした。まるで“神族”を無差別的な性欲の塊みたいに思われている気がして気分が悪い。

「…… 見るに、期待させてしまった様じゃが、儂は其方そちの頼みを断りに来たのだ」

 風ではためくカーテンを背にするカムイの発言を聞き、絹ヶ崎がゆっくりと目を見開いて唇をぎゅっと噛む。一瞬でも期待していたからか苛立ちで胃がキリッと痛んだ。
「ア、アタシはただ、“不老不死”にして欲しいだけなんです!『伴侶にして』と望んでいるわけじゃない。完全未踏破のダンジョンに近々挑むんです。アタシはパーティーの盾役で、どんなに準備をしようがこのまま挑めば死ぬかもしれない。——助けて下さい!お願いします!」
 夜中なのも構わず大きな声で絹ヶ崎は叫んだ。色仕掛けだろうが泣き落としだろうがこの際なんだっていい、とにかく願いを叶えて欲しい一心で。
「儂は根底になっているモノの性質上、生涯で選べる相手は一人だけなんじゃ。どんなに叫ぼうが、それ以上脱ごうが、最悪押し倒されようが、其方の願いを聞き届ける事は無い」
「…… そんな」
 呟いた声が風の音で消える。絹ヶ崎の顔色は一気に青くなり、他に手はないかと必死に考えた。

「じゃ、じゃあせめて、他の“神族”を紹介して下さい!」と絹ヶ崎が声を張り上げて懇願する。土下座するみたいに床に座り、絹ヶ崎は胸元にぎゅっと握った手を当てた。
 カムイは絹ヶ崎の言葉を聞くなり呆れ顔となり、自らの額に軽く手を当てる。『“神族”を“不老不死”の製造機か何かかとでも考えているのか?』と思うと段々イライラしてきた。

「無駄じゃな。其方の魂はもう、散々に食い散らかされておる。そんな魂の者に興味を持つ“神族”を儂は誰一人として知らぬ」

 そう言い、カムイが憐れみにも似た瞳を絹ヶ崎に向けた。
「…… え?」とこぼしはしたが、絹ヶ崎は理解が及ばず言葉が続かない。

「“冒険者配信”とか言ったか。アレはそもそも、人間達が『悪魔』と呼ぶ類の者達が、効率良く、現代に合わせた手法で人間達の『魂』を搾取する為に造った“しすてむ”なんじゃ」

「ダンジョンの管理者達が、悪、魔…… ?な、な、何それ、聞いて、ない、わよ?」
 今はこんな時代だ。古今東西、『悪魔』には絶対に関わるなと人間達は聞かされて育つ。なのに世界的に広がった大人気コンテンツの正体がそんなものであると絹ヶ崎は今まで一度も考えた事がなかった。だが『死ぬ』度に『寿命』を搾取されていっている事を考えると、カムイの話はすぐにすとんと彼女の腑に落ちた。
「まぁ、大々的に宣言はしていないだろうな。だが、“だんじょん”内で死ねば『寿命』を取られ、その『寿命』すらも無くなると最終的には『魂』ごと奪われると、事前確認してから冒険者達は“だんじょん”に挑んでいるんだろう?ならば、詐欺ではないな」
「だからって、“神族”は何でそんなもの放置してんのよ!」
 完全に責任転嫁だとはわかってはいても、そう思う気持ちは止まらない。
「お互いにきちんと了承を得た上での契約じゃ。これはいつでもすぐに辞められる分、人間側の方が圧倒的に利が大きい。人間のルールに従ったシステムでもあるから、感情論だけでその“こんてんつ”を止めてやる程の義理は“神族”儂らには無いからな」
「だからって、だから、って…… 」
 言い返す言葉が浮かばない。いつでも辞められるのに辞めないのは、結局個々の選択なのだから。
「“ダンジョン”に潜った時点でもう、其方が“神族”と交わり、“不老不死”になるのは不可能じゃ。それ程までに死にたくないのなら、もう“冒険者”なんぞ辞めて、少しでも長生き出来る様に生活態度を改めていけば良いではないか」

「“冒険者”を、辞める?…… ここまで、きて?…… 今更?」

 ボソボソと呟き、表情の消えた眼差しを絹ヶ崎はカムイに向けた。
 計画性も無くダンジョンに潜り続け、『残れさた時間』に恐怖し、突如辞めていった者達の末路が彼女の頭に浮かぶ。

(皆が皆、いつの間にか消えていった。表舞台から完全に忘れ去られ、仕事も無く、少しも話題にあがらない…… )

 初踏破に挑んだ時点から既に引退後をも見越して活動していた者達や、トーク技術に優れていたり、演出の巧みさなどを誇れる物達は別の舞台で生き残ってはいるが、見目の良さだけで売れた者達の末路は全て——…… 

『——その年齢で、まだ露出度の高い装備とか、恥ずかしくないんですかぁ?』
『先輩達の配信、最近勢い無いですよねぇ。もうすぐ私達が抜いちゃうんじゃ?って毎回心配してるんですよぉ?』
『顔とスタイルだけ良くっても、ホント、ソレだけって感じですよねぇ』

 最初は『ファンです!』だの『絹ヶ崎姫更さんに憧れて冒険者になろうって決めたんです』と瞳を輝かせながら話し掛けてきた後輩達に、最近言われた言葉が絹ヶ崎の耳奥で幻聴の様に響き出す。勢いがあり、再生数が伸びていく一方である後輩達は一様に慢心し、心無い言葉を周囲に振り撒き、先駆者達に焦りをばら撒いていく。そんな後輩達を見返そうと、挽回しようと無茶をして、結局先駆者達の多くはダンジョンの中で死んでいった。

(…… あぁ、ホント、クソみたいなシステムね)

 もう逃げ場は無いのか、と絹ヶ崎は思った。自分も後輩達と同じ事を先輩達にしてきた。今度は、アタシにその順番が回ってきただけなんだ。

「引退宣言の言葉でも考えておくんじゃな」
 床に座ったまま俯く絹ヶ崎にそう声を掛け、カムイが彼女に背を向ける。すると絹ヶ崎は「——冗談じゃ、ないわ」と小さくこぼし、カムイはゆっくりと彼女の方へ振り返った。

「アタシが…… 大人しく引退?このまま、本当に死ぬのが怖いからって理由で?そして後輩達の活躍を遠くから、あっさりと忘れられていきながらじっと見てろって?無理に決まってるでしょ!」

 小さな声が段々と大きくなり、最後には叫び声となった。『あんな子達が喜ぶ顔なんか絶対に見てやらない!落ちぶれた姿なんか、晒してやるものか!無駄に年老いて死ぬのなら、花盛りの今死にたい——』と、絹ヶ崎は必死に自分の心を奮い立たせる。

「“冒険者”は所詮“悪魔”達の食い物にされるだけの道化師だってんなら、道化師らしく、綺麗に散ってやろうじゃないの!」

 絹ヶ崎が舞台役者の様に高らかに声をあげた。細く長い両腕を広げ、その様子はまるで女優の様である。そんな彼女の姿を見て、カムイの口角が微かに上がった。
「…… 其方が、で生きていられている理由がやっとわかったよ」
 カムイの呟きは絹ヶ崎の耳には届かない。
 彼女は精一杯の虚勢を張って、「もう、アンタ達の事なんか頼らないわ!」と涙で潤む瞳でカムイをキッと睨んだ。そんな彼女にカムイが意地の悪い笑みを返し、高層階なのも構わず窓から去って行く。黒曜石の様な彼の瞳の奥には、少しだけ優しさが宿っていた。


       ◇


 予定よりも遅れて、二ヶ月後。『蒼天の剣』の五名は東京都在住の冒険者達に最も人気のあるダンジョンの未攻略階層に挑み、全滅したとニュースで少しだけ報道された。絹ヶ崎姫更が孤軍奮闘に近い状態になりながらも最後まで必死に他のメンバーを守り続けたが、今一歩及ばず、ボス戦で惨敗したらしい。『蒼天の剣』は彼女達とは無関係な後輩にその名だけを引き継がれ、“冒険者配信”に関するホームページの片隅に絹ヶ崎達五名の名前が刻まれはしたが、すぐに世間は彼女達の存在を忘れていった。

 人の死は二度あるらしい。
 一度目は肉体の死。二度目は、誰もがその存在を忘れた時。

(…… たまには思い出してやるから、安心して消えるといい)

 絹ヶ崎は結局“悪魔”達にその“魂”を食われてはしまったが、二度目の“死”が来ない分、他の冒険者達よりは幾分かはマシだろうとカムイは思った。
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