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【第三章】

【第14話】事の顛末・前編

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 遥か遠方の夜景までもが見渡せる高層マンションの一室で今、絹ヶ崎姫更がスマートフォンを片手に誰かと通話をしている。風呂上がりの体は淡い色合いのネグリジェ一枚で長い髪はまだ少し濡れていた。
『——で?どうだった?』
「いっそ笑える程、見事なまでに失敗したわ」と言い絹ヶ崎が舌打ちをしながら革製の白いソファーに勢いよく体を投げ出す。細い脚を組み、ソファーの背もたれに肘を預けながら彼女は話を続けた。
『マジかよ…… どうすんだ?未開拓階層のダンジョン攻略まで、もう一ヶ月も無いんだぞ?』

「わかってるわよ!そんな事、私が一番わかってる!」

 大声を張り上げ、絹ヶ崎はソファーに置いてあったクッションを窓側に投げた。
 絹ヶ崎は『蒼天の剣』という冒険者パーティーのメンバーの一人である。紅一点で、華やかな印象のある彼女はパーティー内でも一番の人気を誇り、人気冒険者・個人ランキングでは唯一、二年連続で二十位以内に入っている。『蒼天の剣』自体も人気のパーティーではあるのだが最近は再生数の伸びに限界が出始めてきた。個々の人気頼りだったり既に何処かのパーティーが攻略済みのダンジョンに潜るだけではもう現状維持すらも難しく、更に上に行くのは到底無理そうだ。

 視聴者達は常に刺激を求めている。

 ならばもうそれに応えねばと、彼等は完全未攻略の階層に挑戦する事にした。年単位で通い慣れたダンジョンであろうが、階層が進むと難易度は格段に上がっていく。敵の種類、配置、どういった種類のフィールドなのか。何一つとして不明な階層への挑戦には危険が付き物だ。いくら高位冒険者とはいえ、装備や補助系のアイテムがどんなに充実していようとも、攻略法が不明な階層に初めて挑むとなると『死亡』を避けては通れない。全力で殺しに掛かってくる敵や地形などによるトラップを相手にするのだ、相当の覚悟と事前準備が必要となる。

「文句があるなら、今からでも、アンタが口説けばいいじゃない!」
『散々調べても、現在遭遇可能な“神様”が“男神”だけだったんだ、その役割は納得の上だったはずだろ?第一…… 俺が代わりに“例の彼女”を口説き落としたとして、その次の段階では“男神”を掘らせて欲しいって頼むのか?無理だろ。調査済みの“男神”は随分と美形らしいが、それでも男相手にオレのが勃つとは思えないし、だからって口説き落とした相手に“女神”を紹介してくれって言える訳がない。ならば“男神”にお前を紹介させてくれってのも、今度は『その女は誰よ⁉︎』ってなる可能性もあって…… ——どう考えたってオレが動いても意味が無いってのは、前にもちゃんと話したよな?』
「ちゃんと覚えてるわよ、馬鹿にしないで」と言い、絹ヶ崎が綺麗に整えてある爪をガリッと噛んだ。
「アタシばっかが苦労してる現状が納得出来ないって話をしてんのよ!」
『いやいや。その代わり、交渉の為の金はオレ達で出すって話なんだから公平だろ。億だぞ?億。いくらオレ達が稼いでるったって、手痛い額だ』
「そう、だけど…… 」
 二人が同時に溜め息を吐く。賀村巴交渉相手はあんなアパートにしか住めない様な女性だ、高額な金を積めばあっさり乗るだろうと踏んでいた。ただ紹介するだけでも大金を貰えるのだ、断る理由は無いと。神社で願い事をする様な感覚で、“神”にさえ会えれば願いは聞き入れて貰えると思ってもいたのに、根底から叶わずではどうしていいのか分からず、絹ヶ崎はやり場の無い苛立ちで感情が制御出来ない。

「——あぁぁぁぁぁ!クソがっ!」

 叫び声を上げながら絹ヶ崎がテーブルの上に置いてあった物を全て細腕で薙ぎ払った。高価なワイングラスやテレビのリモコンなどが床に落ちたが、毛皮の敷物のおかげで壊れはしなかったみたいだ。

(——体を売っても何をしても売れなかったアタシが、やっと掴んだ地位なのに!)

 本業はモデルである絹ヶ崎が“冒険者配信”を始めたきっかけは、通話相手である『マサ』に誘われたからだった。十八歳から始め、順調に順位を上げていき、“冒険者”としての知名度のおかげでモデルとしての仕事も今では順調だ。だが、そこに至るまでにはダンジョンの中でもう何度死んだのか分からない。十、二十回目までは数えてもいたし、物凄く『次』が怖かった。だが百、二百を超え始め、宝箱から得た“死の痛み”を無効化出来るアイテムを装備し始めてからはそれがなくなった。露出度の高い細身の美女が『死』をも恐れずに果敢に敵をいなしていく姿は人気を集め、個人の世界ランキングでは十二位を誇るまでに。

『タンク役のお前が“不老不死”になれないとなると、マジで攻略は相当困難になるな…… 』

「そもそもアタシは、盾持ちなんかやりたくないのに…… 」
『それは仕方がないだろう?手に入った装備で決まった立ち位置なんだからな』
 盾役である為、敵のヘイトは絹ヶ崎に最も集まる。そのせいで彼女はパーティー内で最も死亡率が高い。大多数を相手にすると流石に防ぎきれずに死亡するので装備品に付いている“自動復帰スキル”を使って持ち場を死守しているというのが現状だ。
 絹ヶ崎は今年で二十四歳になった。ダンジョン内では一回の死亡で一時間分の寿命を失うが、六年という活動期間で失った寿命がどのくらいなのか見当も付かず、最近では死神の足音が聞こえる気さえする。目隠しをした状態で崖に向かって真っ直ぐ歩いている様な気分だ。
 攻略法が確立されているダンジョンの階層ですらコレなのだ。未踏破の階層の攻略なんて、誰かが一歩前に進もうとするだけでも死ぬかもしれない。

 自分達の実力では、此処がもう限界だ。

 二人とも気が付いてはいても、この栄光を他者には譲りたくないせいか、どちらも口には出さない。
「わかってる、わかってるの…… “アタシ”が“タンク”だったから、今のアタシがあるんだしね」
 さて、どうしたものかと絹ヶ崎は前髪を無造作にかきあげた。
 “神族”と交合し、“半神半人”となり“不老不死”になればダンジョンの攻略が容易くなると絹ヶ崎が知ったのは、裏のダンジョン攻略サイトでだった。藁にもすがる想いでやっと見付けた情報だったし、その一文を読んだ時は天啓でも受けたみたいな気持ちになった。

 なんだ、たったそれだけの事でいいのか、とも。

 誰とだって寝れる。ずっとそうやって生きてきたんだ。今度はその相手が“神様”だというだけ。金はある、居場所だって調べ上げた。なのに唯一の繋がりであったに断られた事で計画の全てが破綻しかけている。だけどあれ以上は強くは出られない。半分とはいえ『賀村巴』も“神族”なのだ。彼女にはどういった能力があるのかまでは調べられなかったから。

 絹ヶ崎の人差し指の爪はもう噛み尽くしてしまい、今度は親指の爪を噛み始める。綺麗にデザインされた爪がすっかり台無しだ。どうしよう、どうしたら…… 苛立ちとストレスで心も頭もどうにかなってしまいそうだ。

 ——だがその時、不意に絹ヶ崎の頬を強い風が撫でた。

 この部屋は高層階だ。それに夜だし、窓を開けたままにはしていない。なのにどうして?と不安な気持ちを押し殺しながら窓の方に絹ヶ崎が顔を向けると、そこには幼な子が一人、長く白い髪を風に靡かせながら立っていた。

(嘘でしょ…… 向こうから、チャンスがやってきたわ!)

 歓喜に震え、絹ヶ崎はパーティーメンバーである“マサ”に何も告げぬまま、すぐに通話を切った。
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