ショタ神様はあくまで『推し』です!

月咲やまな

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【第三章】

【第13話】機微③(賀村巴・談)

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 玄関でしばらく大人しくしていたおかげか、少し気持ちが落ち着いてきたので部屋の中に入って温かいお茶を用意してみた。ついでに夕飯の下拵えもと一瞬考えたが、それは心境的にまだちょっと無理そうなので、もう少し時間を置いてからにしよう。

 湯気のあがるカップの中の水面を見ていると、どうしたって車内での出来事を思い出してしまう。知らない人から急に『話がある』と言われるまではまぁそれなりにはある話かなとは思えたが、まさか、『“落ち神”様に会わせろ』だなんて言われるとは思ってもいなかった。『無理だ』と告げると今度はカムイ君に会わせろだなんて…… 。だけど——

(あんな理由じゃなかったら、もっと納得の出来る理由であれば…… )

 もっとちゃんと絹ヶ崎さんの話を聞いてしまっていたかもしれない。我ながらお人よしだなぁとは思う。自分だけで済む話じゃない、カムイ君にだって迷惑のかかる問題なのにだ。だけど彼女の要求は聞くに値するものでもなく、看過出来る範囲のものでもなかった。

 “不老不死”になる為に“神様”とまぐわいたい。

 果たすべき目的の為に“神様”を利用したいだなんて、この時代であっても、流石にまともな考えだとは思えない。“神様”が相手であれば、幼い姿であろうがどうでもいいという考え方も到底理解出来ない。気持ちが悪い。“神様”であろうが、『小さい』というだけで庇護対象として思ってしまうこの感覚の方が可笑しいとかではないといいのだけど。だけど私では無理なものは無理だ。もしどうしても“ 半神半人そう”なりたいのであれば、私やカムイ君とは無関係な所で勝手になってくれ。

(…… それにしても)

 “半神半人”になるには“神様”と体を重ねるのだという話は本当なのだろうか。ソレが一番手っ取り早い手段であるというだけで、他にも何かあるのでは?神と人間の間に生まれるという時間の法則を捻じ曲げる様なやつは別として。

(だけどもし、絹ヶ崎さんの言うように私が“神様”と『そういう事』をした結果、“半神半人”になったのだとしたら…… )

 持ったままになっていたお茶を一口飲み込む。色々と考えていた間に少しぬるくなってしまったが、味まで落ちたわけじゃないからまぁいいか。


 …… いくら考えても何故か不思議とそんなにショックではない。『光栄』だとも思わないけども。

(そこまでしたい相手もいなかったし、さっさと捨てたいなんて感覚も無かったけど、かといって後生大事にって程でもなかったからかなぁ)

 何があったのかの記憶は全く無いけど、不本意ではなかったんじゃないだろうか。もしくは三百年の間に色々諦め尽くしたのか。心の方ではすっかり消化出来ている感情だから、何か他人から言われても揺さぶられないのかもしれない。当の“加害者本人”を前にした時にまで、同じ心境でいられるかはわからないけども。


 少しして、部屋の扉の鍵が開く音が聞こえた。カムイ君が戻るにはまだ早い気がするのだが、「——ただいま」と彼の声がする。カップをテーブルに置いて立ち上がると、私はすぐ玄関にカムイ君をお迎えに行った。
「お帰りなさい」
 そう声をかけるなり、カムイ君は私の体に抱きついてきた。そしてぎゅっと力を入れてそのまま動かなくなる。…… もしかして、担当者さんがカムイ君に連絡でもしたんだろうか?だとすると『どうしたの?』と声掛けるのは何か変だ。かと言って何処まで聞いたのかもわからないからか何も言葉が出てこない。
「…… 大丈夫か?」
 不安そうに瞳を揺らし、カムイ君が私を見上げる。
「カムイ君こそ、大丈夫だった?誘拐されかけたとか無い?」
「あぁ、カススが送迎をしてくれるからな。人如きが儂に手出しなんぞ出来ん」
 まぁそうか。だからこそ、“落ち神”様やカムイ君に直接特攻せずに、ワンクッション置いて私から攻略しようとしたんだろうしな。
「疲れたよね、中に入ろうか」
 そう声を掛けて一緒に部屋の中に入る。そして、彼の分のお茶も用意してから二人でソファーに腰掛けた。
「…… 巴の、担当者からざっくりとは聞いた。無体はされなかったか?本当に大丈夫なのか?」
 小さな手で私の服を掴み、ずずいっと距離を詰めてくる。

(ち、近い…… )

 だからか徐々にばくばくと心臓が煩くなっていく。でも、『推し』との距離感がバグれば誰だってこうなるもんだ!と思いたいのだが、そうじゃない感情が奥底にある気がして何だか自分が怖くなった。
「だ、大丈夫。車から降りたばっかりの時はちょっと凹んでたけど、もう気持ちの方も随分と落ち着いたし」
 両手を軽く挙げて降参するみたいなポーズをする。絹ヶ崎さんの同類みたいにはなりたくない。なので少しでも距離を取りたい所なのだが、カムイ君は全然離れてくれそうにはない。
「そう、か」と呟き、ほっとカムイ君が息を吐く。そしてそのまま私の胸の中に頭をぼすんっと埋めて動かなくなってしまった。

 少しの間を置き、カムイ君がポツリと呟く。
「…… 何を、言われた?あの女に」
 胸の埋まっていてカムイ君の顔は見えないが、声には苛立ちを感じる。
 既にもう聞いたのでは?だから早く帰って来たんじゃ…… とは思うも、改めて彼に教えることにした。
「『とあるお方』に会わせて欲しいって。所在を知らないから断ったんだけど、そうしたらカムイ君と会わろって頼まれたの。お金を払うから、目的の為に、自分を“半神半人”の存在にしてもらいたいからって言ってたな。あ、もちろん、カムイ君の件も即座に断ったよ!だって、カムイ君と性て——」まで言って、私は慌てて口を塞いだ。勢いで少しだけ口にはしてしまったが、『性的な行為をしてまで、“不老不死”になりたがっていたから』だなんて言えるはずがないから。
 だけどカムイ君は言葉の続きを察したみたいだ。

「巴は、人間が途中から“半神半人”になる方法を聞いたのか?」

「…… う、うん」
 彼は当然私が“半神半人”の身である事は知っている。多分、“神隠し”の件やその“加害者”が“落ち神”である事も。

「それを知って、嫌では、なかったか?気味が悪いとか、憎いとか…… 相手を許せないのでは、ないか?」

 心なしかカムイ君の声が少し震えている気がする。同じ“神族”として思う所があるのだろうか。
「うーん…… 何も覚えていないからかもだけど、特には、思い浮かばないかな。そういった行為をシタ以上、『好きだから』であってくれたら、それでいいかなぁとは、ちょっと思うけど」
 幼い容姿の子にする話じゃないよなとは思うも、やんわりと本心を告げる。お茶を濁してもいい様な雰囲気ではなかったから。
「でもまぁ…… 結局は呪われちゃったくらいだし、嫌われているのかもだけどね」
「呪い?」
 顔を少し上げ、不思議そうに訊いてくる。袖を軽く捲って「コレの事だよ」と正直に告げた。

「ソレは“呪い”ではないぞ。…… 意地でも離れるものかと残った、“残留思念”じゃ」

「これって、“呪い”じゃない、の?」
「『他の者を寄せ付けぬ』という強い思念も混じっているから、…… 巴にとっては、“呪い”と変わらぬかもしれんがな」
 苦笑混じりにカムイ君がそう言った。肌のこの黒い痕跡から『そうである』と感じ取ったのだろうけど、それにしては随分と感情移入が過ぎている気がする。

(カムイ君にも、似たような経験があるんだろうか?)

 姿も知らぬ“カムイ君のデートに誘いたい相手”が頭に浮かび、もやっとした気持ちにそっと蓋をする。
「…… 『好き』なら許せるのなら、『一生許せない』と同義じゃな…… 」と言う彼の小さな呟きが耳に届きはしたが、聞いて欲しくて口にした言葉ではないような気がして、私はその言葉を聞き流す事にした。
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