上 下
43 / 61
【第三章】

【第12話】機微②(カムイ・談)

しおりを挟む
 先代から引き継いだ神域を己の領域へと塗り替えていく作業をしていると、突然左近と右近の二羽が扉を何度も叩いた。普段とは違い、随分と慌てた様子だ。
「どうかしたのか?」
 声を掛けながらこちらから扉を開ける。すると二羽が両方を翼を大きく広げて、「「急いで、神社の方までお戻り下さい!」」と声を張り上げた。喧しいのを嫌うこちらに気を遣い、彼らはあまり大きな声を荒げないのに珍しい。
「来栖様がお見えです」
「どうも、巴巫女神様に何かあったらしく——」まで聞いて、儂は続きの言葉を待つ間も惜しみ、直様目の前の天空回廊にも似た廊下を走り始めた。


「——来栖!」
 現界と神域の境界線である扉を超えた途端、“力”を節約しようと勝手にするりと体が小さくなっていく。先程まで着ていた衣装も家を出た時の物に変化していき、どう見てもただの幼子となってしまった。
 ここ最近はずっと、今の儂の姿に合わせて子供の様な風貌で会いに来ていたのに、今目の前に居る来栖は儂がよく知る大人の姿のままだった。

 “担当者”として、巴の前で見せているままの格好である。

 こちらに合わせた容姿へ変える間すらも惜しい程、急いで此処まで来たという事か。
「良かった、すぐに来てくれて」
 こちらの顔を見るなり、汗の滲む来栖の顔が少しだけ緩んだ。嬉しいというよりは気が抜けた感じだ。

「巴に何かあったのか?」

 直様来栖に詰め寄ったが身長差のせいで見上げる首が痛い。此奴の脚にしがみついているせいで益々我が身の小ささを痛感した。
「部下達に送らせた。だから今はもう、部屋に戻っているはずだから大丈夫だ。ただ——」と告げてから、来栖は巴の身に起きた事を、知っている範囲で話してくれる。それを聞き、いっそ『儂が不在の日は部屋から出るな』と念押してアパートの敷地内からは出られぬ様に閉じ込めておけば良かったと激しく後悔した。

「…… 多分、“神隠し”の間にどういった事があったのかを知った気がする」

「——っ」
 その言葉を聞き、ビクッと肩が跳ねる。巴の身に起きた全ての行為に対し、悪い事をしたつもりは微塵も無いが、他人から何かを聞かされる事自体は出来れば避けたいというのが本音ではあるからだろう。
「あ、いや、はっきり『聞いた』と言っていた訳じゃないから気のせいかもしれないんだが、…… 何となく雰囲気的にそんな気がする」
「他人から知らされたとして、記憶の封印への影響はあるのか?」
「その辺は無い。封印は完璧だ」
「そうか…… 」
 安堵した自分に驚いた。別に知られてもいいと、何も変わることはないと思っていたが、根っこの部分ではそうであると自信が持てていなかったのか。
「部屋に戻れそうなら、早く戻った方が良い。潔癖なのか、悪意に脆いのか、もしくは余っ程な話を聞かされたのか。いずれにせよ心の方に相当ダメージを受けていたからケアが必要だ」

「…… 儂に、可能だろうか?」

 ずっと掴んでいた来栖の服から手を離し、俯きながらぽつりと呟く。封印の関係で“神隠し”の間の記憶が彼女には無いとはいえ、“乙女”のままであった巴の身を感情任せに凌辱し続けた“加害者”が掛ける言葉に何の意味があるというのだ?一人ではアパートに戻れず助けを呼んだくらいだ、きっと散々その体を汚されたのだと他人から突如聞かされて心が保たないのだろうと思うと、自分が傍に寄り添うのは逆効果な気がする。結局は何も言えず、ただずっと黙ったままで終わりそうだ。

(胃液を吐くほど、儂の行為は気味が悪かったのか…… ?)

 刃物でも刺さったみたいに胸の奥がずきりと痛む。あるべき形に収まれていない現状に耐え切れず、“神域”内では奥深くにまで触れてしまっているあの行為にすらも罪悪感を抱き始めた。

「他に誰が居る?別の誰かに任せるのなんて、もっと無理だろう?」

 きょとんとした顔で来栖に言われ、「まぁ、そうだな」と頷き返す。儂らを引き離した張本人のくせに、『二人は共にあるべき』だと心から想ってくれている雰囲気のおかげで少しだけ気を取り直せた。

「すぐに部屋に戻る。——左近、右近。また少し離れるが大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「大事な時期ではあるとはいえ、巴巫女神様の助力のおかげで予定よりも早く作業が進んでおりますので心配はいりませんよ」
 二羽はそう言うと、ぐぐっと揃って儂の背中を押し始めた。この姿では変わらぬ身長で少し違和感を覚えてしまう。
「「早くお戻り下さいっ」」
 此奴らも巴が心配なのだろう。巴には随分と懐いているみたいだからな。
「カススはもう私の方で呼んであるから、庭で待機済だ」
「わかった」
「彼女に接触した『絹ヶ崎姫更』に関してはこちらでも調べて、二度と接触出来ない様に対応しておく」
「頼む。——あ、いや…… それは儂が動こう」
「…… いいのか?」
「そもそも儂に会いたいと接触して来たんだろう?」
「そうだが、交渉が可能だと期待させるだけなんじゃ?」

「そうだろうな。だから、会っておこうと思う」

「上げて落とすとか、お人が悪いなぁ」と呆れ顔で言われたが、このまま他に任せて放置も癪に触る。巴を利用出来るかもしれないとは二度と思えない様にしておかねば。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~

ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」 アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。 生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。 それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。 「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」 皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。 子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。 恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語! 運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。 ---

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...