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【第三章】
【第12話】機微②(カムイ・談)
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先代から引き継いだ神域を己の領域へと塗り替えていく作業をしていると、突然左近と右近の二羽が扉を何度も叩いた。普段とは違い、随分と慌てた様子だ。
「どうかしたのか?」
声を掛けながらこちらから扉を開ける。すると二羽が両方を翼を大きく広げて、「「急いで、神社の方までお戻り下さい!」」と声を張り上げた。喧しいのを嫌うこちらに気を遣い、彼らはあまり大きな声を荒げないのに珍しい。
「来栖様がお見えです」
「どうも、巴巫女神様に何かあったらしく——」まで聞いて、儂は続きの言葉を待つ間も惜しみ、直様目の前の天空回廊にも似た廊下を走り始めた。
「——来栖!」
現界と神域の境界線である扉を超えた途端、“力”を節約しようと勝手にするりと体が小さくなっていく。先程まで着ていた衣装も家を出た時の物に変化していき、どう見てもただの幼子となってしまった。
ここ最近はずっと、今の儂の姿に合わせて子供の様な風貌で会いに来ていたのに、今目の前に居る来栖は儂がよく知る大人の姿のままだった。
“担当者”として、巴の前で見せているままの格好である。
こちらに合わせた容姿へ変える間すらも惜しい程、急いで此処まで来たという事か。
「良かった、すぐに来てくれて」
こちらの顔を見るなり、汗の滲む来栖の顔が少しだけ緩んだ。嬉しいというよりは気が抜けた感じだ。
「巴に何かあったのか?」
直様来栖に詰め寄ったが身長差のせいで見上げる首が痛い。此奴の脚にしがみついているせいで益々我が身の小ささを痛感した。
「部下達に送らせた。だから今はもう、部屋に戻っているはずだから大丈夫だ。ただ——」と告げてから、来栖は巴の身に起きた事を、知っている範囲で話してくれる。それを聞き、いっそ『儂が不在の日は部屋から出るな』と念押してアパートの敷地内からは出られぬ様に閉じ込めておけば良かったと激しく後悔した。
「…… 多分、“神隠し”の間にどういった事があったのかを知った気がする」
「——っ」
その言葉を聞き、ビクッと肩が跳ねる。巴の身に起きた全ての行為に対し、悪い事をしたつもりは微塵も無いが、他人から何かを聞かされる事自体は出来れば避けたいというのが本音ではあるからだろう。
「あ、いや、はっきり『聞いた』と言っていた訳じゃないから気のせいかもしれないんだが、…… 何となく雰囲気的にそんな気がする」
「他人から知らされたとして、記憶の封印への影響はあるのか?」
「その辺は無い。封印は完璧だ」
「そうか…… 」
安堵した自分に驚いた。別に知られてもいいと、何も変わることはないと思っていたが、根っこの部分ではそうであると自信が持てていなかったのか。
「部屋に戻れそうなら、早く戻った方が良い。潔癖なのか、悪意に脆いのか、もしくは余っ程な話を聞かされたのか。いずれにせよ心の方に相当ダメージを受けていたからケアが必要だ」
「…… 儂に、可能だろうか?」
ずっと掴んでいた来栖の服から手を離し、俯きながらぽつりと呟く。封印の関係で“神隠し”の間の記憶が彼女には無いとはいえ、“乙女”のままであった巴の身を感情任せに凌辱し続けた“加害者”が掛ける言葉に何の意味があるというのだ?一人ではアパートに戻れず助けを呼んだくらいだ、きっと散々その体を汚されたのだと他人から突如聞かされて心が保たないのだろうと思うと、自分が傍に寄り添うのは逆効果な気がする。結局は何も言えず、ただずっと黙ったままで終わりそうだ。
(胃液を吐くほど、儂の行為は気味が悪かったのか…… ?)
刃物でも刺さったみたいに胸の奥がずきりと痛む。あるべき形に収まれていない現状に耐え切れず、“神域”内では奥深くにまで触れてしまっているあの行為にすらも罪悪感を抱き始めた。
「他に誰が居る?別の誰かに任せるのなんて、もっと無理だろう?」
きょとんとした顔で来栖に言われ、「まぁ、そうだな」と頷き返す。儂らを引き離した張本人のくせに、『二人は共にあるべき』だと心から想ってくれている雰囲気のおかげで少しだけ気を取り直せた。
「すぐに部屋に戻る。——左近、右近。また少し離れるが大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「大事な時期ではあるとはいえ、巴巫女神様の助力のおかげで予定よりも早く作業が進んでおりますので心配はいりませんよ」
二羽はそう言うと、ぐぐっと揃って儂の背中を押し始めた。この姿では変わらぬ身長で少し違和感を覚えてしまう。
「「早くお戻り下さいっ」」
此奴らも巴が心配なのだろう。巴には随分と懐いているみたいだからな。
「カススはもう私の方で呼んであるから、庭で待機済だ」
「わかった」
「彼女に接触した『絹ヶ崎姫更』に関してはこちらでも調べて、二度と接触出来ない様に対応しておく」
「頼む。——あ、いや…… それは儂が動こう」
「…… いいのか?」
「そもそも儂に会いたいと接触して来たんだろう?」
「そうだが、交渉が可能だと期待させるだけなんじゃ?」
「そうだろうな。だから、会っておこうと思う」
「上げて落とすとか、お人が悪いなぁ」と呆れ顔で言われたが、このまま他に任せて放置も癪に触る。巴を利用出来るかもしれないとは二度と思えない様にしておかねば。
「どうかしたのか?」
声を掛けながらこちらから扉を開ける。すると二羽が両方を翼を大きく広げて、「「急いで、神社の方までお戻り下さい!」」と声を張り上げた。喧しいのを嫌うこちらに気を遣い、彼らはあまり大きな声を荒げないのに珍しい。
「来栖様がお見えです」
「どうも、巴巫女神様に何かあったらしく——」まで聞いて、儂は続きの言葉を待つ間も惜しみ、直様目の前の天空回廊にも似た廊下を走り始めた。
「——来栖!」
現界と神域の境界線である扉を超えた途端、“力”を節約しようと勝手にするりと体が小さくなっていく。先程まで着ていた衣装も家を出た時の物に変化していき、どう見てもただの幼子となってしまった。
ここ最近はずっと、今の儂の姿に合わせて子供の様な風貌で会いに来ていたのに、今目の前に居る来栖は儂がよく知る大人の姿のままだった。
“担当者”として、巴の前で見せているままの格好である。
こちらに合わせた容姿へ変える間すらも惜しい程、急いで此処まで来たという事か。
「良かった、すぐに来てくれて」
こちらの顔を見るなり、汗の滲む来栖の顔が少しだけ緩んだ。嬉しいというよりは気が抜けた感じだ。
「巴に何かあったのか?」
直様来栖に詰め寄ったが身長差のせいで見上げる首が痛い。此奴の脚にしがみついているせいで益々我が身の小ささを痛感した。
「部下達に送らせた。だから今はもう、部屋に戻っているはずだから大丈夫だ。ただ——」と告げてから、来栖は巴の身に起きた事を、知っている範囲で話してくれる。それを聞き、いっそ『儂が不在の日は部屋から出るな』と念押してアパートの敷地内からは出られぬ様に閉じ込めておけば良かったと激しく後悔した。
「…… 多分、“神隠し”の間にどういった事があったのかを知った気がする」
「——っ」
その言葉を聞き、ビクッと肩が跳ねる。巴の身に起きた全ての行為に対し、悪い事をしたつもりは微塵も無いが、他人から何かを聞かされる事自体は出来れば避けたいというのが本音ではあるからだろう。
「あ、いや、はっきり『聞いた』と言っていた訳じゃないから気のせいかもしれないんだが、…… 何となく雰囲気的にそんな気がする」
「他人から知らされたとして、記憶の封印への影響はあるのか?」
「その辺は無い。封印は完璧だ」
「そうか…… 」
安堵した自分に驚いた。別に知られてもいいと、何も変わることはないと思っていたが、根っこの部分ではそうであると自信が持てていなかったのか。
「部屋に戻れそうなら、早く戻った方が良い。潔癖なのか、悪意に脆いのか、もしくは余っ程な話を聞かされたのか。いずれにせよ心の方に相当ダメージを受けていたからケアが必要だ」
「…… 儂に、可能だろうか?」
ずっと掴んでいた来栖の服から手を離し、俯きながらぽつりと呟く。封印の関係で“神隠し”の間の記憶が彼女には無いとはいえ、“乙女”のままであった巴の身を感情任せに凌辱し続けた“加害者”が掛ける言葉に何の意味があるというのだ?一人ではアパートに戻れず助けを呼んだくらいだ、きっと散々その体を汚されたのだと他人から突如聞かされて心が保たないのだろうと思うと、自分が傍に寄り添うのは逆効果な気がする。結局は何も言えず、ただずっと黙ったままで終わりそうだ。
(胃液を吐くほど、儂の行為は気味が悪かったのか…… ?)
刃物でも刺さったみたいに胸の奥がずきりと痛む。あるべき形に収まれていない現状に耐え切れず、“神域”内では奥深くにまで触れてしまっているあの行為にすらも罪悪感を抱き始めた。
「他に誰が居る?別の誰かに任せるのなんて、もっと無理だろう?」
きょとんとした顔で来栖に言われ、「まぁ、そうだな」と頷き返す。儂らを引き離した張本人のくせに、『二人は共にあるべき』だと心から想ってくれている雰囲気のおかげで少しだけ気を取り直せた。
「すぐに部屋に戻る。——左近、右近。また少し離れるが大丈夫か?」
「はい、問題ありません」
「大事な時期ではあるとはいえ、巴巫女神様の助力のおかげで予定よりも早く作業が進んでおりますので心配はいりませんよ」
二羽はそう言うと、ぐぐっと揃って儂の背中を押し始めた。この姿では変わらぬ身長で少し違和感を覚えてしまう。
「「早くお戻り下さいっ」」
此奴らも巴が心配なのだろう。巴には随分と懐いているみたいだからな。
「カススはもう私の方で呼んであるから、庭で待機済だ」
「わかった」
「彼女に接触した『絹ヶ崎姫更』に関してはこちらでも調べて、二度と接触出来ない様に対応しておく」
「頼む。——あ、いや…… それは儂が動こう」
「…… いいのか?」
「そもそも儂に会いたいと接触して来たんだろう?」
「そうだが、交渉が可能だと期待させるだけなんじゃ?」
「そうだろうな。だから、会っておこうと思う」
「上げて落とすとか、お人が悪いなぁ」と呆れ顔で言われたが、このまま他に任せて放置も癪に触る。巴を利用出来るかもしれないとは二度と思えない様にしておかねば。
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