ショタ神様はあくまで『推し』です!

月咲やまな

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【第三章】

【第10話】週末の訪問者③(賀村巴・談)

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「アタシの用件は簡単よ」
「…… 」
 話の邪魔をせず黙って次の言葉を待つ。すると絹ヶ崎さんは、到底無理な要求を口にし始めた。

「貴女を“神隠し”していた“落ち神”と、アタシを引き合わせて欲しいの」

「…… え?(——ま、待って。何故この人は、私が“神隠し”に遭っていた事まで知っているんだろ?)」
 それに、私だって今何処に居るのかも知らないのに、そんな話をされてもただただ困る。直様『無理だ、知らない』と伝えようとしたのだが、私よりも先に絹ヶ崎さんの方が話を続けた。
「あぁ、何も、貴女の立場を取って代わろうって話ではないの。現状でもかなり忙しいから他に仕事を増やしたくもないしね。ただアタシは早急に“不老不死”になる必要があるのよ。だからその為にも、もうこの際“落ち神”でもいいから、“神様”に会いたいのよ」と言い、また自分の胸元にそっと手を置いた。
「…… っ」
 そんな事まで知っているのかと思うと途端に背筋に悪寒が走った。何もかも調べ上げたのかと思うと怖さすら感じる。
「人間が“半神半人”の存在になる方法はそう多くはないわ。最も有名なものは『神と人との間に生まれる』ね。でもコレは今からでは到底無理。だけどもう一つの方法でなら——って、実際に実行した貴女に、わざわざ言う必要なんか無いわね」
 口元に触れながらふふっと絹ヶ崎さんが笑うが、そんな方法私は知らない。もしかして“神隠し”と何か関係があるんだろうか。

「…… ねぇ。参考までに訊きたいんだけど、貴女はどうやって“神様”を誘惑したの?相手は“落ち神”だったとはいえ…… とてもじゃないけど、簡単には誘いにのってはくれそうには見えないのだけど」

 絹ヶ崎さんが無遠慮に私の体を上から下までじっと見てくる。私は誰の事も『誘惑』なんかしてもいないのに、何故そんな事を言われ、こんな視線を向けられなければならないんだ。
「でもまぁ、胸は大きめよね。それだけで良いなら楽そうだわ」
「…… いや、あの、すみません。ホントさっきから何の話をされているのか、私にはさっぱり…… 」
「いやだ、まさか知らないフリ?」と訝しげな顔をこちらに向ける。だがすぐにパッと表情を変え、ぱんっと軽く両手を叩いた。

「あぁ!そっか、報酬の話しをしていなかったわね!ごめんねさいね、旨味がないとその反応も納得だわ」

 違う。そんな理由じゃない。だけどこちらが否定する間も無く、絹ヶ崎さんが好き勝手に喋り続ける。
「“落ち神”と『引き合わせる』と約束してくれるなら、この場で五百万、現金でお支払いするわ。実際に会った後には追加で五百万。説得してくれたり、お膳立てまでしてくれるのならもう五百万お支払いしましょう。そして無事にアタシが“不老不死”になれたら成功報酬として一億出すわ!」

(お金の話なんか、どうでもいい…… )

 そんなものいくら積まれても、引き合わせる事なんか、そもそも何も知らされていない私ではどう足掻こうが不可能なのだから。
「驚いて声も出ない?でもね、この行為にはそれだけの価値があるのよ。ちゃんと契約書も用意したわ。そうじゃないと、そっちも不安でしょうからね」

「——お断りします!」

 これ以上聞く気にはなれず、私は大きな声をあげた。すると絹ヶ崎さんから「——は?」と低い声が返ってきた。
「ちょっと。まさか、独占する気?自分だけ上手い汁吸って狡いとは思わないの⁉︎——あぁ、貴女がたっぷり吸ったのは、“汁”じゃなくって“精液”だったわね」
 見下す様な眼差しを絹ヶ崎さんがこちらに向ける。そして私は耳を疑った。
「せぃ、って…… はぁ⁉︎」
「また知らないフリ?かまととぶるのもいい加減にして頂戴。こっちは真剣なのよ!」と今度は威圧的な顔を向けてくる。こちらの態度に対して相当御立腹な様だが、私からすればそっちの方がよっぽどオカシイ。

「まず、そもそも無理なんです!私は“落ち神”様が今何処に居るのか知りません。“神隠し”から救い出され、その後は逃げる様にしてこちらに引っ越して来たんです。被害者という立場上、加害者の詳細は何も知らされていないんです!」

 私の言い分を聞き、「…… あぁ、そう」と呟いて、何かを考えるみたいに絹ヶ崎さんが黙り込む。
 もうこんな不毛な場からさっさと逃げたい。車を降りる手段は無いものかと外を伺ったが、信号待ちのタイミングにでもならない限りは無理そうだ。
「じゃあ、貴女と同棲している“神”とアタシを引き合わせてくれる?それなら可能でしょう?…… 報告では、幼い姿らしいからスルのは難しそうだけど、まぁ、ヤリようはあるでしょ。どうせ姿通りの機能ではないだろうし」
「ま、待って、あの子に何をする気なんです?」
 困惑する気持ちをそのままぶつける。すると絹ヶ崎さんは指で輪っかを作り、その中に指を一本入れてこちらに向けた。

「何って、セックスに決まってるじゃない」

「は?」
「え?まさか本当に何も知らないの?“半神半人”になる手っ取り早い方法は、“神様”とまぐわう事なのよ。当然知っていて、そうなる様に進んで実行したんだと思ってたわ」
 そう呟く声が聞こえて吐き気がする。幼い容姿のカムイ君をそんな対象として見ている人間が今目の前に居るというだけで気持ちが悪い。
「“神様”なんて滅多に会えないんだから、貴女だけでの独占なんて絶対に許さないわよ。もうこの際だから、追加で一億積んでもいいわ。こちらとしては出来るだけ早めに頼みたいの。固定パーティーの行動計画に関わる件だから詳しくは言えないんだけど、もうあまり猶予は無いのよね」
 この様子だと向こうに出せる手札は『高額な報酬』のみみたいだ。弱みを握られている訳ではないのなら、ならばもう、こっちも答えは一つしか無い。

「お断りします。何と言われようが、いくらお金を積まれようが、絶対にあの子に手出しはさせません」

 はっきりと、絹ヶ崎さんの目を見て言い切った。当然向こうも真剣な眼差しをこちらに向けてくる。随分と切羽詰まっているのか、苛立ちで美しい顔を台無しにしながら。
「貴女って、見た目と違って随分と欲深いのね。その上心根がかなり矮小だわ」
「小さな子に無体を働こうとしている方が、余っ程かと思いますけど」
「お金じゃないって言うのなら、何が欲しいの?地位?名誉とか?それとも、芸能界に憧れの相手でもいるのなら紹介してもいいけど」
「そんなものに興味はありません」と告げて首を横に振る。

「…… 会いたい人なら居ますけど、三百年も前に死んだ私の家族なんで、そんな相手じゃ絹ヶ崎さんには到底無理ですよね?」

「——っ」
 顔を顰め、絹ヶ崎さんが言葉を詰まらせた。そんな相手ではそれこそ“神様”でもなければ到底無理な話だろう。
「もう此処でいいんで、降ろして下さい」
 前のめりになり、「でも!」と絹ヶ崎さんは大声で言ったが、続く言葉が出てこないみたいだ。

「…… 止めて」
 絹ヶ崎さんが窓の外の方へ顔をやり、運転手に指示を出す。するとすぐ脇の方へ車を寄せて運転手さんは車を一時停止してくれた。
「ありがとうございます。…… もう二度と会いには来ないで下さい。こんな用件では、こちらは一切交渉には応じませんから」
 淡々と告げ、車のドアを開ける。絹ヶ崎さんの方へ背を向けて車から降りようとすると、彼女はボソッと小さな声で呟いた。

「アタシが死んだら、貴女のせいだからね」

 こちらに顔を向けてはいないが、窓に映る彼女の顔は酷く歪んでいた。だが感情に任せて法外な行動に出ないのはきっと、絹ヶ崎さんの仕事が人気商売だからだろう。そうでなければ背後から刺されていてもおかしくなかったかもと思う程の表情と重い空気の漂う車内から降りた瞬間、私はそっと息を吐き出した。
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