上 下
39 / 61
【第三章】

【第8話】週末の訪問者①(賀村巴・談)

しおりを挟む
 “巫女神”という訳のわからないお仕事に“公務員”として就任した日から少し経ち、週末がやってきた。平日は毎日九時までには出勤し(半神半人とはいえ“神様”に準ずる者の移動だからと、付喪神様の車での送迎である)、十七時には帰宅し始める。残業はまだ一度もなく、新たに覚える事もなく、誰かから引き継ぐ何かしらも一切なし。

 正直ものすごく『楽』である。

 楽なのだが、『…… いいのか?コレでお給料を貰って』と強く思う。
 お仕事タイムが始まっても、はっと気が付くともう夕方だ。『“神域”には時間泥棒でも居るのか?』ってくらい時の流れが早く、それが怖くってしょうがない。どうやら私は、神域では大人な姿のカムイ君と共にゆったりと座って寛いでいるだけの簡単なお仕事なせいで、毎度毎度毎度即落ちするみたいにして眠ってしまっているっぽい。だから、カムイ君が鎮座する部屋を出て、『『お勤めご苦労様でした』』と双子の雀である左近さんと右近さんに言われる度に毎度申し訳ない気持ちになる。
『今日も素晴らしきご活躍ですね』
『外を見てみて下さいませ。もうこんなにも染め上がっておりますよ』
 廊下向こうの眼下に広がる広大な森を翼で指し示しながら言われても、作り笑顔を浮かべて『…… お役に立てて何よりです』としか返せない。

(——だって、私は何もしていませんし!)

 え?いいのコレで、本当に?そんな気持ちを誤魔化すみたいに家ではその分家事の一切合切を頑張ってみている。朝はカムイ君よりも遅くに部屋を出て、夕方には一足先に部屋に戻れているので食事の下拵えをしておいたり、そのついでに翌日の朝食などの下準備も済ませる。同時にお風呂を溜めておいたり、隙間時間で洗濯や掃除も済ませておく。狭い部屋なおかげでどうにか出来ているが、毎日となると実はちょっと大変だ。特に帰宅後は妙に体が怠いから。だけどこうでもしないと仕事が楽過ぎて精神が持たないので、体に鞭打って頑張っている。


        ◇


「…… 今日も出掛けて来る」
 今日も今日とて私に朝食を食べさせながらカムイ君がぶすっと拗ねた顔で言った。『神様でも、やっぱり週末はお休みしたいのかな?』と餌付けみたいに口に入れられた林檎を咀嚼しながら思っていると、「巴と共に、日がな一日ゴロゴロしていたかったんじゃがのう」と彼がため息を吐く。
「だが、引き継いだ“神域”の染め上げは始めの勢いが肝心なのでな、しばらくは毎日行わねばならん。本来ならこうやってアパートに戻って休むのも惜しいくらいなのじゃが、この時間も大事にせねばな」
 ウサギさん型にカットした林檎の二つ目をこちらに差し出しながら、カムイ君がニッと微笑む。

(あー今日も推しが可愛いなぁ)

 表情を変える事なく、そんな事をまた思ってしまった。彼は他のヒトの者だなんて事実を忘れてしまいそうになる程の笑顔とサービスである。『そんなに忙しいと、好きなヒトとの本番デートにはなかなか行けないね』だなんて、私はきっと一生言わない様な気がしてきた。

「えっと、じゃあ、私も一緒に行った方が良いんじゃ?」
「いいや、それはならん。共におった方が作業が早いのは確かなんじゃが、巴の身柄はあくまでも“公務員”じゃからな。休みの日にまで“神域”に連れ込むと人事課から叱られる。…… 説教を受けるのは儂じゃぁないが、避けてはやりたいからのう」
 その話を聞き、何故か私の担当者の姿が頭に浮かぶ。中間管理職という立場はどの世界でも大変みたいだ。


「じゃあ、行ってくる」
「うん。無理しないでね」
「あぁ」と頷き、カムイ君が靴を履く。そしてぴたりと止まり、じっとこちらを見上げてくる。…… どうしたんだろうか?と思っていると、カムイ君がふわりと笑った。

「こうしていると、まるで人間の夫婦みたいじゃな」

 以前私が思った事と同じ事を口にされ、顔が一気に赤くなった。彼が小さな姿でなければ、勢い余って『行ってらっしゃいのキス』までしてしまっていたかもしれない。

(いやいやいや!私みたいな奴にされたらセクハラだよ!通報事案っ!)

 今のはただの『感想』であり、彼には他意の無い発言であるとは分かってはいても、胸の奥がギュッと苦しくなる。本当に夫婦そうなる事は出来ないけど、“ごっこ遊び”くらいは許して欲しいと願った気持ちがバレやしていないかと不安にもなった。
「夕方には戻る」と告げる彼の表情は柔らかなままだ。だからきっと気が付かれてはいないと思う。…… そうであると思っていたい。


       ◇


 久しぶりに部屋で一人過ごしているうちに、昼時が近づいてきた。仕事がないと一日の流れはなんとゆっくりなのだろうか。『もうお昼かな』と思って時計を見ても、まだ一時間しか経っていないとか。さっきからそんな事を繰り返している。
「…… お昼ご飯はどうしようかなぁ」
 昨日の夕飯の余りは朝食で食べ切ったから調理済みの物は何も無い。卵かけご飯とかならすぐに食べられるが、それだとちょっと寂しいものが。

(一人だし簡単に買って済ませるか、お店でちょっと贅沢でもしてみようかな)

 ソファーでごろんと寝転び、側にあったヤモリのぬいぐるみをぎゅっと抱いた。
 商店街にあるお店のラインナップを思い出しながら出掛ける準備を済ませ、『よし、お昼ご飯を食べに行こう』と外に出る。部屋の鍵を閉めてから鞄にしまい、敷地外に足を向ける。するとそこに一人の女性がアパートの敷地内をジロジロと無遠慮に覗き込んでいるのが見えた。中には入らず、うろうろともしている。たまに何やらつんつんと何も無い空間をつついては腰に手を当てて溜息をこぼしていた。

(…… 何してんだろ?)

 大きなサングラスをかけている長髪の女性は深めにツバの大きな帽子を被っていて、その正体を隠そうとしている感がある。スパイとかよりはお忍びの芸能人風だ。もしかすると猫屋敷さんのお知り合いだろうか?彼女なら、バックダンサーという仕事柄芸能人の知り合いが多そうだから。
「——防犯系の札付き物件かぁ。見た目の割にセキュリティがしっかりしてるのね…… 」
 何やらぶつぶつと言いながらぐるぐると敷地の際をうろうろとしている。アパートの住人の誰かしらに用件があるか、もしくは探りたい“何か”が此処にあるのは間違い無さそうなので、思い切って私は「あのぉ」と声を掛けてみた。こちらの存在には何となく気が付いていたのか、『ありがたい!』とでも言いたそうに女性がぱっと明るい顔になった。
「どうかされましたか?」
「丁度良かった!貴女、此処の住人よね?」
「…… えぇ、そうですけど」
 笑顔が明る過ぎて気圧される。紅い口紅を引いた口元しか見えてはいないが、かなりの美人さんでもある様だ。

「もしかして“賀村巴”さんって、貴女の事?」

 面識の無い相手なのに何で私の事を知っているんだろうか?不思議でならないが、『違う』と嘘を言うべき理由も無い為、私は「あ、はい」と頷き答えた。
「良かった!——もしかして、丁度今出掛ける所だった?」
「…… えぇ。商店街の方まで、ちょっと」
「なら車で送ってあげるわ!ちょっとお話ししましょう?」
 パンッと手を合わせて『良い事を思い付いたわ』風にそう言った。だけどおばあちゃんがよく言っていた。『知らない人にはついて行っちゃいけないわよ』って。
「いいえ、知らない人にそこまでしてもらうのは——」の言葉は、「知らない人じゃないわ、大丈夫!」と女性に遮られた。

 周辺をチラリと見て、私の方へ顔を近づけると「此処ではちょっと顔見せは出来ないの。でも車内でなら顔見せもOKだから、アタシがすぐに誰かわかるから安心して」と小声で囁く。近傍を歩いている人達がちらちらとこちらの様子を伺っているからか、「ほら、人が集まってきちゃったわ。早く乗りましょう」と手首を引っ張られた。

(この通りじゃ、大きな車が路駐されていると邪魔だから、人目が集まっているだけなんじゃ?)

 そう口にする間も無く、私は怪しげな女性が乗って来た車の後部座席の方へ引き込まれてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...