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【第二章】

【第10話】初めての給餌(賀村巴・談)

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 水族館を見終わり、すぐ近くにあるからとオススメされていたパフェやアイスを扱う店に私達は入った。こちらも雑誌で紹介されていたお店である。
 流石に、さっきみたいにほぼ貸切とまではいかないまでも、直様一番すみっこの席を用意し、店内にある大きめな植木鉢をわざわざ移動して遮蔽物にするという配慮をしてくれた。“神様”のご来店には慣れていないにしても、そういう気遣いが必要な対象であるという事は、もしかするとどの店でも周知されているのかもしれない。

「お待たせいたしました!ご注文の品、こちらに置かせて頂きます」
 席に座る前にレジカウンターで事前注文していた品が運ばれて来た。ホクホク顔の店長さんとは違い、こちらのお人は随分と緊張しているのか、食器を持つ店員さんの手が少し震えている。同じ立場なら私もこうなっていたに違いない。『めっちゃ気持ちわかるよ!頑張って!』と心の中で力強く叫ぶ。『もし粗相があれば天罰とかあったりして、と心配だったりもするんだろうなぁ』なんて事もちょっと考えてしまう。
「ごゆっくりどうぞ」
 そそくさと店員さんが去って行く。店内の窓の奥では興味本位の人だかりが出来ているが、そちらは見えていないフリをした。

「そ、そろそろ…… “きゅうじ”しても良い頃合いか?」

 そわそわと、心なしか少し頬を赤くしながら訊かれたが…… そもそも『きゅうじ』とは一体?
 分からないせいで返答に困った。目の前には背の高い容器に入ったパフェがドンッと置かれ、カムイ君の手にはソーダスプーンが握られているからきっと、彼の言う『きゅうじ』は『給餌』なのでは?と思い至った。何故ここで敢えて『給餌』という単語をチョイスしているのかが不明なままだが、“彼女”に食べさせる練習をしてみたいのなら、そりゃもうお付き合いするべきでしょう。
「もちろん」と笑顔で返す。内心ちょっとだけまたモヤッとはしたが、その感情には上手い事蓋をして、出来るだけ彼の方へ近づき、「あーん」と素直に口を開ける。
 シロクマ君を再現しているであろうパフェにスプーンを容赦無く入れ、可愛いシロクマ君が即座に殉職した。顔の半分はもう消し飛んでいる。周囲にはチョコプレートやフルーツなども飾ってあったのだが、その辺には目もくれず、バニラアイスを私の口に運んでくれた。
「あーん」
 彼も釣られているのか、カムイ君まで一緒に口を開けていて、か・な・り!可愛い。そう、可愛いのだ。薄い唇としっとりとしている真っ赤な舌が不思議と妙にいやらしく見えた様に感じたが、それは絶対に気のせいだ。

「美味しいか?」
「うん。デコレーションも可愛いし、人気なのも納得だね」

 立地の良さもあってか次から次にお客さんが入って来る。外に並ぶ列も長いが、今日は『冷たい物が食べたい!』と思う程暑くはないから、カムイ君の来店効果も多少はありそうだ。お店的には『招き猫』ならぬ『招き神様』万々歳って所だろう。

「そうか」と満足そうにしながら、またカムイ君がスプーンをこちらに差し出してきた。
「カムイ君は食べないの?」
「あぁ、そうじゃったな」と言い、自分でパクリと食べてしまう。『ワシも食べさせて欲しい』と言って甘えたり、『コレだと間接キスじゃな』とこぼして照れるといった雰囲気は皆無だ。まぁ…… そう、っすよね。

(二十九とプラス三百歳の私なんか、ただの練習台ですもんね。食べさせて欲しいとか思うはずもないし、同じスプーンを使った程度で胸がきゅんっとしたりなんかしませんよねぇ)

 わかってる。わかっているんだけど、ちょっとだけ残念に思ってしまうのくらいは許して欲しい。ここまで近くに居る『推し』が自分に無関心というのは正直な所かなり寂しいものだから。

「リンゴも食べるか?」
「うん、食べる」
 アイスクリームがたっぷりついたウサギ型のリンゴも美味しそうだ。小さめにカットしてくれていたから私は一口でパクリと食べた。
 傍から見たらこの光景ってどういうふうに見えているんだろうか?『親子が戯れている』もしくは『アラサー家庭教師が公子を唆している』とか?まぁ、その程度だよねぇ。

 注文したパフェはもう半分くらいにまで減っている。が、私が七割は食べてしまっているのではないだろうか。甘い物は好きだし美味しいから全然余裕なんだけれども、申し訳ない気持ちにはなってきた。
「…… カムイ君、ちゃんと食べてる?」
「あぁ」とは言うが、また私の方にスプーンを差し出してくる。食べさせる事に熱心で空返事をしている感じだ。ぱくっとまた一口食べつつ、『——そういえば』と昔読んだ本の一節が頭に浮かんだ。

『求愛給餌』

 確か、異性を引き付ける為の求愛行動の一つだったはず。番関係の維持の為だったり、狩の腕を誇示する意味もあるんだったっけ。
「もっとあるぞ」
「うんっ」
 出逢い始めの頃の不健康な青白い顔が嘘みたいだ。優しい笑顔をこちらに向けながら差し出してくる姿を見ていると、このままではこの行動が、その『求愛給餌』なのでは?と勘違いしてしまいそうになる。

 違うって、ちゃんとわかってる。

 カムイ君にはデートに誘いたい相手が別にいて、目視出来るレベルで呪われているらしき自分が“神様”と結ばれる事なんか有り得ないんですって理解はしていても、今はこの、疑似恋愛みたいな時間を楽しむくらいは許して欲しい。
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