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【第二章】
【第8話】水族館にて・前編(賀村巴・談)
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「じゃあ行くか」
手を引かれ、そのままついて行く。てっきり建物の前にずらりと並ぶ列の最後尾に向かうのだと思っていたのに、カムイ君は何故か最前列の方へ向かっている。これはもしかすると、“神様”だから人々のルールを知らないのかもしれない。
「そっちじゃないよ」と私が声を掛けると、「いや、問題無い」とだけ言い、彼はサクサクと歩き続けた。
入り口の正面に到着した。すると開店まではまだ三十分程はあるはずなのに、何故か従業員一同が横一列になって待機していた。『な、何事⁉︎』と思いながらもカムイ君に着いて行くと、中央に立っていた人が一歩前に出て、私達の方へ丁寧に会釈を始めたではないか。
「本日はご来館頂き誠にありがとうございます。スタッフ一同誠心誠意おもてなしさせて頂きますので、ごゆっくりとご観覧下さい」
どう見ても館内で一番偉い人なのでは?という風貌の男性が扉を開けて中にどうぞと促してくれる。堂々と入館していくカムイ君に続いておずおずとした態度で館内に入ると、後方の扉がきっちりと閉まった。
「事前にお知らせした通り十時になりましたら通常通り営業を開始させて頂きます。ですが、御二人様が観覧中のエリアの一つ前までの解放を徹底しておきますので、ゆっくりとお楽しみ下さい。では、失礼致します」
「あぁ、ありがとう」
カムイ君がそう短く返すと、スタッフと館長風の方々が散り散りになっていく。きっと開館前の準備などに戻ったのだろう。そんな皆さんの様子を驚きを隠せぬまま見ていると、「進まないのか?」と訊きながらカムイ君が私の腕を軽く引いた。
「あ、そうだね、見ないとだよね」
隣に並び歩き始めると、「どうかしたのか?」とカムイ君がこちらを見上げてきた。
「あ、や、まさか、営業前から入れるとは思わなかったから、驚いちゃって。…… 此処って、そもそもそういう予約とか出来るものなの?」
「さぁなぁ。だがきっと、人間では前もって交渉し、更には大金を積まないと無理じゃろうな」
「もしかして、カムイ君が“神様”だから、許された事なの?」
「あぁ。お互いの為とも言える」
「…… お互いの為?」
「“神族”はストレスに過度に弱い。あー…… 違うか、情緒が荒れやすいと言うべきかもしれん。宵闇市とは違って二十三区一帯は“人間”の方が圧倒的に多いからな、あまりにも人間の視線が多いと疲れてきて天候に害が、な」
(あ、なるほどねぇ。また何処しらから市役所とかに苦情がいく訳だ)
「宵闇市内でだったら平気なの?」
一緒に商店街を歩いた時、カムイ君が周囲を気にしている感じは一切なかった。お店側も、『神様だから』と今回みたいなサービスも無かったし。
「あの街は妖や獣人の方が大多数を占めている分、ワシが“神族”だからと好奇の目を向けてはこないからな」
「…… じゃあ、さっき沢山写真を撮られたのも、実は嫌だったんじゃ?」
「いや、短時間ならそう気にならん。それにワシ等の姿や声は、こちらが意図して残そうとでもせん限り、あらゆる記録媒体でも残せないから安心せい」
「え?そうなの?…… すごいね」
「眼球で捉えているうちは見えているし、声も聞こえるから撮影も出来た様にその場では感じられるじゃろうが、後で写真などを見返すと、背景のみしか撮れていないんじゃ。そこに居るようで実は居ない。神族とはそういった存在だ」
「…… えっとじゃあ、私も、なの?半分は、まだ人間なんだよね?」
「もしかすると、半透明くらいでは、写っているかもしれんな」
「…… そっかぁ…… 」
自分は何とも中途半端な存在なのだなと思うと、少し頭が痛くなる。だけど、カムイ君に促されて水族館の展示スペースにまで足を踏み入れた瞬間、そんな気持ちが綺麗に溶けて消えていった。
「わぁ!す、すごいね」
館内は薄暗く、小さな水槽が左右にずらりと並んでいる。最初のスペースに展示されているメインの魚は金魚達で赤や白の綺麗姿で優雅に水槽内を泳いでた。
「贅沢だね、この広さを二人で観て歩けるだなんて」
事前偵察であろう事も忘れて、本気で魅入ってしまいそうである。水槽内部だけじゃなく、水槽外の空間にまで少し大きめな金魚が泳いでいるのには驚きだ。しっかりと立体感のある金魚で、指先で触れるとふわりと散って消えたり、懐くみたいに寄ってくるモノまでいる。触れた瞬間はひんやりと冷たく、どうやら昔見たプロジェクションマッピングとはまだ違う技術みたいだ。未知の技術に触れ、『此処は本当に未来なのだな』と思うと少し感慨深い気持ちになった。
「ただ、魚を飾っているだけではないのじゃな」
カムイ君も不思議そうな顔で周囲を見渡している。雑誌に掲載されていた写真だけでは得られぬ情報を得れただろうから、きっと本番のデートも成功間違いなしだろう。
実際に海の生き物に触れられるコーナーを体験したり、視界いっぱいを埋め尽くしてしまいそうな程の巨大な水槽も二人きりで見る事が出来た。薄暗さのせいか深海の中を散歩でもしているような気分だ。
「綺麗だねー」
「あぁ、そうじゃな。なかなか見る事のない光景ばかりじゃ」
「カムイ君は、海に潜ったりはした事あるの?」
「ワシは森育ちじゃからな。海に行こうと思った事も無いから、当然潜った経験も皆無じゃ。…… 巴は、あるのか?」
「まぁ…… 子供の頃には何回かあるかな。ただ、浅い所をちょっと泳いだくらいだから、こんなに魚が居るような光景を実際に見た経験は、他の水族館に行った時くらいだけどね」
「そうか」と呟き、カムイ君が水槽をじっと見上げて魅入っている。やたらと魚が私達の方へ集まって来ている気がするが、きっと気のせいだろう。
「気に入ったのなら、ぬいぐるみでも買ってく?まず間違いなく、色々な魚のぬいぐるみとかグッズが出口付近で売ってるから」
「それはいいな。今日の記念にもなるじゃろうし」
(別に、今日の『記念』になるような品は必要無いのでは?)
そうは思っても正直ちょっと嬉しいと思ってしまうのはきっと、彼も、今日という日をちょっとは特別な日だと感じてくれているのだと思えたからだろうなぁ。
手を引かれ、そのままついて行く。てっきり建物の前にずらりと並ぶ列の最後尾に向かうのだと思っていたのに、カムイ君は何故か最前列の方へ向かっている。これはもしかすると、“神様”だから人々のルールを知らないのかもしれない。
「そっちじゃないよ」と私が声を掛けると、「いや、問題無い」とだけ言い、彼はサクサクと歩き続けた。
入り口の正面に到着した。すると開店まではまだ三十分程はあるはずなのに、何故か従業員一同が横一列になって待機していた。『な、何事⁉︎』と思いながらもカムイ君に着いて行くと、中央に立っていた人が一歩前に出て、私達の方へ丁寧に会釈を始めたではないか。
「本日はご来館頂き誠にありがとうございます。スタッフ一同誠心誠意おもてなしさせて頂きますので、ごゆっくりとご観覧下さい」
どう見ても館内で一番偉い人なのでは?という風貌の男性が扉を開けて中にどうぞと促してくれる。堂々と入館していくカムイ君に続いておずおずとした態度で館内に入ると、後方の扉がきっちりと閉まった。
「事前にお知らせした通り十時になりましたら通常通り営業を開始させて頂きます。ですが、御二人様が観覧中のエリアの一つ前までの解放を徹底しておきますので、ゆっくりとお楽しみ下さい。では、失礼致します」
「あぁ、ありがとう」
カムイ君がそう短く返すと、スタッフと館長風の方々が散り散りになっていく。きっと開館前の準備などに戻ったのだろう。そんな皆さんの様子を驚きを隠せぬまま見ていると、「進まないのか?」と訊きながらカムイ君が私の腕を軽く引いた。
「あ、そうだね、見ないとだよね」
隣に並び歩き始めると、「どうかしたのか?」とカムイ君がこちらを見上げてきた。
「あ、や、まさか、営業前から入れるとは思わなかったから、驚いちゃって。…… 此処って、そもそもそういう予約とか出来るものなの?」
「さぁなぁ。だがきっと、人間では前もって交渉し、更には大金を積まないと無理じゃろうな」
「もしかして、カムイ君が“神様”だから、許された事なの?」
「あぁ。お互いの為とも言える」
「…… お互いの為?」
「“神族”はストレスに過度に弱い。あー…… 違うか、情緒が荒れやすいと言うべきかもしれん。宵闇市とは違って二十三区一帯は“人間”の方が圧倒的に多いからな、あまりにも人間の視線が多いと疲れてきて天候に害が、な」
(あ、なるほどねぇ。また何処しらから市役所とかに苦情がいく訳だ)
「宵闇市内でだったら平気なの?」
一緒に商店街を歩いた時、カムイ君が周囲を気にしている感じは一切なかった。お店側も、『神様だから』と今回みたいなサービスも無かったし。
「あの街は妖や獣人の方が大多数を占めている分、ワシが“神族”だからと好奇の目を向けてはこないからな」
「…… じゃあ、さっき沢山写真を撮られたのも、実は嫌だったんじゃ?」
「いや、短時間ならそう気にならん。それにワシ等の姿や声は、こちらが意図して残そうとでもせん限り、あらゆる記録媒体でも残せないから安心せい」
「え?そうなの?…… すごいね」
「眼球で捉えているうちは見えているし、声も聞こえるから撮影も出来た様にその場では感じられるじゃろうが、後で写真などを見返すと、背景のみしか撮れていないんじゃ。そこに居るようで実は居ない。神族とはそういった存在だ」
「…… えっとじゃあ、私も、なの?半分は、まだ人間なんだよね?」
「もしかすると、半透明くらいでは、写っているかもしれんな」
「…… そっかぁ…… 」
自分は何とも中途半端な存在なのだなと思うと、少し頭が痛くなる。だけど、カムイ君に促されて水族館の展示スペースにまで足を踏み入れた瞬間、そんな気持ちが綺麗に溶けて消えていった。
「わぁ!す、すごいね」
館内は薄暗く、小さな水槽が左右にずらりと並んでいる。最初のスペースに展示されているメインの魚は金魚達で赤や白の綺麗姿で優雅に水槽内を泳いでた。
「贅沢だね、この広さを二人で観て歩けるだなんて」
事前偵察であろう事も忘れて、本気で魅入ってしまいそうである。水槽内部だけじゃなく、水槽外の空間にまで少し大きめな金魚が泳いでいるのには驚きだ。しっかりと立体感のある金魚で、指先で触れるとふわりと散って消えたり、懐くみたいに寄ってくるモノまでいる。触れた瞬間はひんやりと冷たく、どうやら昔見たプロジェクションマッピングとはまだ違う技術みたいだ。未知の技術に触れ、『此処は本当に未来なのだな』と思うと少し感慨深い気持ちになった。
「ただ、魚を飾っているだけではないのじゃな」
カムイ君も不思議そうな顔で周囲を見渡している。雑誌に掲載されていた写真だけでは得られぬ情報を得れただろうから、きっと本番のデートも成功間違いなしだろう。
実際に海の生き物に触れられるコーナーを体験したり、視界いっぱいを埋め尽くしてしまいそうな程の巨大な水槽も二人きりで見る事が出来た。薄暗さのせいか深海の中を散歩でもしているような気分だ。
「綺麗だねー」
「あぁ、そうじゃな。なかなか見る事のない光景ばかりじゃ」
「カムイ君は、海に潜ったりはした事あるの?」
「ワシは森育ちじゃからな。海に行こうと思った事も無いから、当然潜った経験も皆無じゃ。…… 巴は、あるのか?」
「まぁ…… 子供の頃には何回かあるかな。ただ、浅い所をちょっと泳いだくらいだから、こんなに魚が居るような光景を実際に見た経験は、他の水族館に行った時くらいだけどね」
「そうか」と呟き、カムイ君が水槽をじっと見上げて魅入っている。やたらと魚が私達の方へ集まって来ている気がするが、きっと気のせいだろう。
「気に入ったのなら、ぬいぐるみでも買ってく?まず間違いなく、色々な魚のぬいぐるみとかグッズが出口付近で売ってるから」
「それはいいな。今日の記念にもなるじゃろうし」
(別に、今日の『記念』になるような品は必要無いのでは?)
そうは思っても正直ちょっと嬉しいと思ってしまうのはきっと、彼も、今日という日をちょっとは特別な日だと感じてくれているのだと思えたからだろうなぁ。
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