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【第二章】
【第5話】予行演習(賀村巴・談)
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今日という一日は、カムイ君のこんな一言から始まった。
「なぁ、今日は一緒に出掛けないか?」
どんなに外見が幼かろうがあまりの整いっぷりにイケメンフェイスとしか言いようのない彼から言われたとなると、その一言の破壊力たるや。私がまだ十代後半の乙女だったら『美男子からデートのお誘いを受けた!』と思い込んで手放しで喜んだかもしれない。だが喪女歴二十九年(記憶に無い三百年は数えないものとする)の経験が『違う。勘違いすんな』と告げている。だって私とカムイ君とでは親子程にも見た目の差があるし、そもそも——
オススメデートコース特集の掲載された雑誌を握り締めて、本命をデートには誘わんだろ。
どんなに綺麗な瞳をキラキラと輝かせていようが、カムイ君が手に持つ雑誌が即座に私を現実に引き戻してくれる。そもそもコンビニであの雑誌を欲しがった時点で『デートに誘いたい相手が居る』的な事を言っていたから、私はその予行演習といった所だろう。
(ふむふむ。良いでしょう、お姉さん一肌脱いじゃうよー)
「いいよ、行ってみようか」
不覚にもモヤッとする胸中からは目を背けながらそう答えると、カムイ君の口角が嬉しそうに上がった。あーもうっ、現地偵察のお誘いであろうが、こんなに素敵な笑顔を見られただけでも儲け物だ。事前偵察の同行は課金必須レベルのご褒美である。
「ちなみに何処に行きたいのかな?」
「水族館じゃ」と言って隅に付箋紙を貼ってある特集ページをカムイ君が開いて見せてくれた。どうやらそこは海岸沿いにある類の水族館ではなく、都心にあるタイプの水族館の様だ。目的地は駅から近いみたいだが、此処から行くとなるとそこそこ時間がかかりそうな場所である。
「これはすぐにでも用意して出掛けないとだね」
急いで帰宅しないといけない用件がある訳ではないが、神様だとはいえ、小さなカムイ君を遅い時間まで連れ歩くには出来るだけ避けたい。同居する様になってからはきちんと眠れているみたいだが、だからこそ、今の生活リズムを崩す様な真似はしたくないので交通手段もしっかり下調べしておかねば。
(だけど、東京の、今尚ややこしいままなあの交通網を私が理解出来るかが問題だな)
いや、その前に着替だな。別の服に着替えもさせないと。絶対にこのままの姿でカムイ君を連れ出す事は出来ない。猫と缶詰の真上に『鯖の味噌煮』と描かれたTシャツ姿のままデートの予行演習なんかさせる訳にはいかないもの。当日もそんな格好で待ち合わせ場所になんか行きでもしたら、いくらイケメンでもショタ神様でも、その場でフラれる可能性大だろ。そうだ、以前着ていたパーカーなんかは結構おしゃれで似合ってもいたから、あれに着替えてもらおうかな。
「んじゃ、まずは着替えようか!」
「そうじゃな」
カムイ君は素直にそう言って頷き、ジャガイモ箱サイズ程度の木箱を開け、中からずるりと服を取り出し始めた。色合いや生地的にいつものシャツではなさそうなので、ひとまず口出しは控えておこう。…… それにしても、あのサイズの箱の中に一体全体どうやって色々な物を詰め込んでいるんだろうか?もしかするとあれか?次元の違うポケットや亜空間ボックス的な機能でもあるんだろうか?神様だったら何だってあり得そうだ。
私があれこれと不思議がっている間にカムイ君がお着替えを終わらせていた。
「おぉぉぉっ!似合うね!…… (でも——)」
うん、似合っている。反射的に手放しで褒めてしまうくらいに似合ってはいるのだが、いかんせんこれではお洒落過ぎるな。
長い髪を髪留めで後ろで緩やかにまとめ、黒と濃紺を基調としたその服装は『公爵令息』と言うべき風貌だ。半ズボン姿でハイソックスをガーターベルトで吊っているとかもう、ショタコンの心を鷲掴みする気満々の格好である。お隣に真っ黒な執事さんを従えていてもおかしくない程に。だがしかし、『えっと、君はこれから何処に行く予定なのかな?』と即座にツッコミを入れたくなる姿でもあった。
それに、だ。
(…… こんなお洒落さんの隣で着る服なんか、私は持っていませんよ?)
一瞬とはいえ、真剣に『メイド服でも買っておけば良かった』なんて生まれて初めて考えてしまった。とてもじゃないけど手持ちの中ではどの服を着たとしても、この服装のカムイ君とは一緒には歩けない。今日のお出かけは所詮演習でしかないっていうのに、気合い入れ過ぎですってば!普段の緩さをもうちょっと持ったままでいて欲しかったな、お姉さん的には!
(それとも、そういう格好じゃないと、隣には立てない様な風貌の子がお相手なのかなぁ)
ちりっと胸の奥が痛んだ気がしたが、そんな感情はお首にも出さずにいると、「ちゃんと巴の服も用意しておいたぞ」と言い、カムイ君がこちらに綺麗に畳んだ状態の服を差し出してきた。
「ちゃんと脱がせやすい服を選んでおいたぞ」
ドヤ顔で意味不明な発言をされた。コレは、あれか?『男が女性に服を贈るのは、脱がせる楽しみがあるから』とかいうやつを間に受けているのか?だとしたら、こんな小さな外見の子にそんな知識を与えた奴に、助走付きで飛び蹴りを喰らわしてやりたい。
「…… あ、ありがとう。でも、その、そこは気にする必要無いからね?」
何がどう駄目なのかを説明するのも難しい相手な気がして、私はこの程度の言葉しか返す事が出来なかった。
「なぁ、今日は一緒に出掛けないか?」
どんなに外見が幼かろうがあまりの整いっぷりにイケメンフェイスとしか言いようのない彼から言われたとなると、その一言の破壊力たるや。私がまだ十代後半の乙女だったら『美男子からデートのお誘いを受けた!』と思い込んで手放しで喜んだかもしれない。だが喪女歴二十九年(記憶に無い三百年は数えないものとする)の経験が『違う。勘違いすんな』と告げている。だって私とカムイ君とでは親子程にも見た目の差があるし、そもそも——
オススメデートコース特集の掲載された雑誌を握り締めて、本命をデートには誘わんだろ。
どんなに綺麗な瞳をキラキラと輝かせていようが、カムイ君が手に持つ雑誌が即座に私を現実に引き戻してくれる。そもそもコンビニであの雑誌を欲しがった時点で『デートに誘いたい相手が居る』的な事を言っていたから、私はその予行演習といった所だろう。
(ふむふむ。良いでしょう、お姉さん一肌脱いじゃうよー)
「いいよ、行ってみようか」
不覚にもモヤッとする胸中からは目を背けながらそう答えると、カムイ君の口角が嬉しそうに上がった。あーもうっ、現地偵察のお誘いであろうが、こんなに素敵な笑顔を見られただけでも儲け物だ。事前偵察の同行は課金必須レベルのご褒美である。
「ちなみに何処に行きたいのかな?」
「水族館じゃ」と言って隅に付箋紙を貼ってある特集ページをカムイ君が開いて見せてくれた。どうやらそこは海岸沿いにある類の水族館ではなく、都心にあるタイプの水族館の様だ。目的地は駅から近いみたいだが、此処から行くとなるとそこそこ時間がかかりそうな場所である。
「これはすぐにでも用意して出掛けないとだね」
急いで帰宅しないといけない用件がある訳ではないが、神様だとはいえ、小さなカムイ君を遅い時間まで連れ歩くには出来るだけ避けたい。同居する様になってからはきちんと眠れているみたいだが、だからこそ、今の生活リズムを崩す様な真似はしたくないので交通手段もしっかり下調べしておかねば。
(だけど、東京の、今尚ややこしいままなあの交通網を私が理解出来るかが問題だな)
いや、その前に着替だな。別の服に着替えもさせないと。絶対にこのままの姿でカムイ君を連れ出す事は出来ない。猫と缶詰の真上に『鯖の味噌煮』と描かれたTシャツ姿のままデートの予行演習なんかさせる訳にはいかないもの。当日もそんな格好で待ち合わせ場所になんか行きでもしたら、いくらイケメンでもショタ神様でも、その場でフラれる可能性大だろ。そうだ、以前着ていたパーカーなんかは結構おしゃれで似合ってもいたから、あれに着替えてもらおうかな。
「んじゃ、まずは着替えようか!」
「そうじゃな」
カムイ君は素直にそう言って頷き、ジャガイモ箱サイズ程度の木箱を開け、中からずるりと服を取り出し始めた。色合いや生地的にいつものシャツではなさそうなので、ひとまず口出しは控えておこう。…… それにしても、あのサイズの箱の中に一体全体どうやって色々な物を詰め込んでいるんだろうか?もしかするとあれか?次元の違うポケットや亜空間ボックス的な機能でもあるんだろうか?神様だったら何だってあり得そうだ。
私があれこれと不思議がっている間にカムイ君がお着替えを終わらせていた。
「おぉぉぉっ!似合うね!…… (でも——)」
うん、似合っている。反射的に手放しで褒めてしまうくらいに似合ってはいるのだが、いかんせんこれではお洒落過ぎるな。
長い髪を髪留めで後ろで緩やかにまとめ、黒と濃紺を基調としたその服装は『公爵令息』と言うべき風貌だ。半ズボン姿でハイソックスをガーターベルトで吊っているとかもう、ショタコンの心を鷲掴みする気満々の格好である。お隣に真っ黒な執事さんを従えていてもおかしくない程に。だがしかし、『えっと、君はこれから何処に行く予定なのかな?』と即座にツッコミを入れたくなる姿でもあった。
それに、だ。
(…… こんなお洒落さんの隣で着る服なんか、私は持っていませんよ?)
一瞬とはいえ、真剣に『メイド服でも買っておけば良かった』なんて生まれて初めて考えてしまった。とてもじゃないけど手持ちの中ではどの服を着たとしても、この服装のカムイ君とは一緒には歩けない。今日のお出かけは所詮演習でしかないっていうのに、気合い入れ過ぎですってば!普段の緩さをもうちょっと持ったままでいて欲しかったな、お姉さん的には!
(それとも、そういう格好じゃないと、隣には立てない様な風貌の子がお相手なのかなぁ)
ちりっと胸の奥が痛んだ気がしたが、そんな感情はお首にも出さずにいると、「ちゃんと巴の服も用意しておいたぞ」と言い、カムイ君がこちらに綺麗に畳んだ状態の服を差し出してきた。
「ちゃんと脱がせやすい服を選んでおいたぞ」
ドヤ顔で意味不明な発言をされた。コレは、あれか?『男が女性に服を贈るのは、脱がせる楽しみがあるから』とかいうやつを間に受けているのか?だとしたら、こんな小さな外見の子にそんな知識を与えた奴に、助走付きで飛び蹴りを喰らわしてやりたい。
「…… あ、ありがとう。でも、その、そこは気にする必要無いからね?」
何がどう駄目なのかを説明するのも難しい相手な気がして、私はこの程度の言葉しか返す事が出来なかった。
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