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【幕間の物語・②】

ボクと貴女の恋の形・前編(御手洗ほのか・談)

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 子供の頃からぬいぐるみやお花、可愛い物が好きだった。スカートを穿かされても別段不満も無かったから、だからって自分が“そう”であるかもなんて考えてもいなかった。だが子供は嫌な方向に聡いもので、当人よりも先に、御手洗ほのかボクが“普通”とは違うと感じ取ったみたいだ。

『着替えてるとさ、なんかこっち見てきて怖いよね』
『キモッ!近寄らないでくれる?』

 周囲に興味がないからボクはそんな事をやってはいないのに、微々たる違和感に対して身勝手なストーリーをクラスメイト達が組み上げていく。勘違いと思い込みが彼女らの思考を侵食していき、伝染し、そのせいでボクはどんどん周囲から嫌われていく。
 初めはハブにしたり言葉での攻撃だけだったのが、中学にあがる頃にはイジメにまで発展し、高校にあがった時にはもう犯罪レベルの窃盗や傷害にまで悪化していた。

 靴は何度も捨てられ、教科書は破かれ、プール授業では水の中に突き飛ばされ、校内の階段からは突き落とされた。

 テンプレ的だが全て見事に犯罪だ。なのに聞こえてくるのは遊園地にでも行ったみたいに楽しそうな笑い声。“女性”の体でありながら、心は“男性”である事から生じる差異により、人を害する行為を『楽しい』と思える狂った感覚の者達にまで目を付けられたみたいだ。もしかすると、ただ単に、ずっと誰かしらにイジメられていた対象を“玩具”と認識しただけかもしれないけど。


       ◇


『——ハーイ、綺麗にしましょうねぇ』
 女子トイレに入っていた時、個室の上部にある隙間から大量の水をぶっかけられた。驚きながら顔をあげると、今度はバケツが上から降ってくる。多分頭にすっぽり被った様を見て笑おうとしたのだろうが、少し体をずらして難を逃れた。

(…… トイレの最中にって、変態かよ)

 舌打ちが聞こえる中、水分をペーパーで拭ってショーツを穿く。何もかんも濡れているから気持ちが悪い。
 
 こんなんやり過ぎだ。先生に相談したい所だが残念な事にこの学校は古臭い隠蔽体質で、ボクへの傷害は何度も握り潰された。そのせいか益々加害者達が増長する。先生に『何か気触る事でもあったんじゃない?喧嘩をしたのなら、貴女から謝ったら?』とまで言われて以降は学校に何も望まなくなった。
『避けんなよ!つくづくムカつく奴ぅ』
 ドアを開けて個室から出ると、攻撃的な性格なせいでクラスの問題児と化している実行犯の女が口を尖らせていた。他のクラスメイト数人が一緒に居るが、彼女らはいつもニヤニヤとしているか笑っているだけで自分達の手は汚さない。特等席で常に観察している最も卑怯な奴らだ。何かあったら主犯に全て押し付けて逃げる。一番近くで見て、もっとやれと煽っていたんだから同罪なのに、そうとは思っていないからきっとこの先も同じ事を何度も繰り返すんだ。

『…… 何でこんな事すんの?』
 濡れた髪を掻き上げながら無駄な問いかけをする。この行動に理由なんか無い。ただ楽しいからやってるんだろうとわかってはいるけど、似たような事が此処半年で何度もあってはいい加減疲れてきた。
『ミカちゃんの彼氏を取った罰よ』
『…… ?』

(男に興味なんか無いし。しかも“ミカ”って誰なんだ)

『今時“ボクっ子”とかダサ過ぎだし、全方位に媚び売ってんじゃねぇよ!』
 自称“友人”の嘘に踊らされて、空回りな正義感を“イジメ”という最悪な行為で振り翳す。自分が正しいと思っているからか、己に酔いしれた表情で『売女』だの『尻軽女』だのと罵倒しながらボクを蹴ってきた。そんな姿を見て周囲が口元をおさえてニヤニヤとしているから、きっとあの中に“ミカ”が居て、自分達の狂言に踊らされている“友人”の姿を見て内心ほくそ笑んでいるんだろう。

(実情は、この女も、ボクと同じでイジメの被害者ってオチかぁ。全っ然笑えないんだけど)
 
 主犯の行為はどんどんエスカレートしていく。掃除道具をしまっている扉を開けてモップを取り出して、『こうしたら存在から消えるんじゃね?もうアンタさ学校に来なくていいよ!ってか、今までだってよく来れてたよねー。あ、そっかぁ、マゾなんだアンタ。あははははは!』と言いながら濡れた制服に擦り付けてくる。制服は高いからホント止めて欲しい。
 腕を振って抵抗しても届かない。自分の小柄で非力な体を恨めしく思う。

『ちょっとぉ、流石にさぁ』
『可哀想だよぉ?』
『やり過ぎ、やり過ぎぃー』

 言い訳の為に止めているふうを装いたいのかもだが、声が笑っている。弱い者イジメが楽しくってしょうがないとか内面がもう腐敗しているレベルだ。“ミカ”から逃げた彼氏の選択は大正解だ。これらのどれかと付き合うとか、高校時点でもう、人生の破滅にまっしぐらだろうから。
『あんまりやるとさぁ、気持ちよくなっちゃうんじゃね?止めてよねー吐き気するわ!』
『ねぇ、誰か呼んでくる?トイレでSMプレイとかヤッてる所ネットにアップして社会的に殺しちゃうとか、面白いんじゃない?』
『何それ、大賛成!今呼ぶわー』
 周囲の一人がスマホを片手に、本当に誰かを呼ぼうとした。
『やめっ——』
 男に犯されるとか、考えただけでも吐き気がする。そんな目に遭うくらいなら死んだ方がマシだ。

(いっそ、コイツらを殺してやろうか)

 自分はまだ未成年だ、名前も顔も公表はされない。今までの被害を考えれば刑罰だって重たくはならないだろう。——そう考えたせいか、家族に迷惑がかかるかも、心配を掛けたくはないからと散々我慢し続けてきた気持ちの糸が、ぶつっと音を立てて切れそうになった。

 拳をつくって、今にも女子達に殴りかかりそうになったその瞬間——

 急に地面がぐらりっと揺れて空間までぐにゃりと歪んだ。地震かと思ったがどうもそれだけでは無いようだ。地震だったら空間までもが歪んで見えるはずがないから。
『きゃあぁぁぁぁぁ!』
『やだ!何?——怖いんだけど!』
 遠くからも悲鳴や走る音、混乱で机や設備が引っくり返る音まで聞こえてくる。地震自体は幸にしてそれ程の揺れではないが、ずるりと何かが這い出す様な音や、大きな羽音などといった不可思議な音がそこかしこからするせいで混乱は増す一方だ。
 皆々が状況を呑めずにいると、今度はバリンッ!とガラスが割れるような騒音が響き渡った。『何処で』と特定のしようが無いその壮大な音に心臓が止まりそうな程の恐怖を感じる。とうとう侵略戦争でも始まったのかと思った程に日常では聞かない響きだった。

 バシャンッ

 今度はすぐ側で、上から水が降ってきたみたいな音が聞こえた。『ギャァァァ!』という複数人の悲鳴も。声のした方へ顔をやると、ボク以外の全員が水浸しになっていた。小さな竜巻が発生し、それが室内の水を巻き上げて女子達に向かって発射されている。…… どう見てもそれはトイレの中の水で、被害に遭っている当人達もそれがわかっているから『汚いッ!』『嫌ぁぁぁぁぁ!』と泣きながら逃げ回っているが、廊下に出る為の扉が開かず外にも逃げられないでいた。ならばと窓から逃げようとした子がいたが此処は三階だ。怪我だけでは済まないだろうに、トイレの水を被り続ける事に耐えられないみたいである。

 回し車の中で走り回るみたいに逃げ惑い、女子達が叫び続けているが不思議とボクには一滴だって飛んでこない。何で?とぽかんとした顔で地獄絵図と化した室内で呆然としていると、個室トイレの仕切りの上から一人の少女の声が聞こえてきた。

『嫌がらせってのはね、自分もやられる覚悟がないとやっちゃ駄目なんだよ』

 おかっぱ頭で、白いブラウスを着ており、赤いスカートを穿いた少女がケラケラと笑っている。初めて見た少女のはずなのに何故か既視感を覚えた。その少女の意地の悪い笑顔を見て、今度こそ本当に心臓が止まるかと思った。

——これが、ボクが初恋に堕ちた瞬間だった。
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