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【第一章】

【第9話】大家さんとの遭遇(賀村巴・談)

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 猫屋敷さんとの約束の時間が間近になり、冷蔵庫の中に入れてあった保存容器を三個ほど取り出した。これらはゴミを捨て終わり、部屋に戻ってから作った差し入れの料理である。お蕎麦を一緒に食べる約束に手ぶらで向かうのは流石に気が引けるからと慌てて作った。サツマイモと海老、そして鶏肉の天ぷらである。かき揚げもと思ったのだが、これ以上の量は二人では食べきれないかもしれないので、それはやめておいた。

 紙袋の中にそれらを入れて早速部屋を後にする。玄関ドアを開けた時に『…… カムイ君も誘おうかな』と思ったのだが、猫屋敷さんとの約束に、勝手に他者を追加するのもおかしいかと思い直して三号室の部屋のチャイムを押した。
「ハーイ!」
 猫屋敷さんの元気な声と共に、玄関ドアが開いた。
「いらっしゃいマセー」
「どうも」と返し、軽く頭を下げる。そして真っ先に「これ、よかったら食べて下さい」と保存容器の入った紙袋を猫屋敷さんに差し出した。
「オォ!テンプラの良い匂いしマース!ありがとうデス」
 遠慮せずに紙袋を受け取ってくれ、こちらに背を向けつつ猫屋敷さんが「ドウゾ、あがって下サーイ」と言う。「お邪魔します」と口にして玄関に入ったが、私の部屋とは違い、建物の雰囲気と同じくとても古い雰囲気の内装だった。カムイ君の部屋とも酷似している。この感じだと、私の部屋だけ最近リフォームした後なのかもしれない。

「ザブトン敷いてありマス、そちらに座って待っていて下サーイ。すぐにこの差し入れ温めマスね!」
「はい、ありがとうございます」
 既に料理などが並ぶテーブルの側にある座布団に座り、失礼にならない程度に周囲を見渡す。十畳間程度の中に『台所』と表現すべきデザインのキッチンが面しており、私の部屋だとベッドスペースになっている箇所は古風な柄の入った押入れだ。床面はフローリングではなく畳だし、見てはいないが『お風呂はタイルの壁とステンレス製で、お手洗いは和式なのでは…… 』と思うくらい昭和臭がする。

(そう言う私も、そこまでの部屋は古いドラマとかでしか知らないんだけどね)

 背筋を伸ばして座り直し、テーブルの上に視線をやる。茹で上がっている蕎麦がでんっとテーブルの真ん中にうず高く盛られており、白胡麻、わさび、小ネギを切った物を入れた小皿とつゆ入れや箸が三人分並んでいる。

(…… 三人分?何故、三人分)

 不思議に思い、首を傾げると、「…… あの」と男性の声が突然聞こえ、慌てて声のした方へ顔をやる。するとそこには見知らぬ男性が一人、近くの座布団に腰掛けていた。
「——っ!」
 驚き、昔観た動画の猫みたいに体を跳ねさせながら反射的に後ろにさがる。同時に『いつの間に⁉︎』と大声で叫びそうになったが、大人としての矜持でそれは必死に耐えた。

「どうも初めまして。新しい入居者の賀村さん、ですよね?」

 突如声を掛けてきた男性は、こちらの反応に慣れた感じで淡々と対応する。
「あ、はい」

「僕は大家の服部はっとりです。以後お見知り置きを」
「お、お、大家さんでしたか!初めまして、よろしくお願いします」

 そう言って両方同時に頭を下げると、台所に居た猫屋敷さんが、私の作った天ぷらを大皿に盛り付けて戻って来た。
「用意出来ましたヨー」
 私の対面に座り、大皿をテーブルに置く。そして猫屋敷さんが、「お二人の挨拶は済みましたカ?」と言って私達の顔を交互に見た。蕎麦は三人で食べると聞かされてはいなかったのだが、部屋の主と大家の判断なのなら私はただ従うのみだ。

「はい」と返すと、猫屋敷さんがにんまりと笑う。
「彼は此処の大家さんってだけじゃなく、服部——」まで言った猫屋敷さんの言葉を遮るみたいに、服部さんが「やめろ!僕の名前は地雷だって何度も言ってるだろ!」と叫びながら彼女の口元に手を伸ばす。だが猫系の何かしらな猫屋敷さんは『液体か?』ってくらいの柔らかさで華麗にかわし、「半蔵はんぞういうんですヨ!ワタシの師匠でもあるんデース!」と続きを言ってのけた。

「“服部半蔵”さん、ですか」

 このご時世だ。もしかすると、ご本人の転生者とか、それとも召喚でもされた?だなんて考えていると、服部さんは諦め顔で座布団に座り直し、深いため息をこぼした。
「…… よくあるやつですよ。歴史上の人物や有名人と同じ苗字だと、つい生まれた子供に同じ名前をつけたくなるやつ。あれが運悪く僕の両親で発動して、同姓同名にされたパターンです」
「あぁ、成る程」と何度も頷く。私が神隠しに遭う前も名前で色々苦労している人の話が話題になっていた事があったが、きっと服部さんも例に漏れずだったのだろう。

「あぁは言っていますけど、半蔵は本物の忍者なんデスよ。ずっと昔から、私の師匠なんデス」

 猫屋敷さんが声を小さくして私の耳元で囁いた。『え』と驚く間も無く、「違う!」と服部さんが横からすかさず否定する。『隠したいんですもんね。わかってますよー』とでも言うみたいにニヤニヤ顔をする猫屋敷さんを服部さんをギロリと睨む。どっちの発言が本当かは短い付き合いの私ではわからないが、二人のやりとりを見ているのは夫婦漫才みたいでちょっと楽しい。
「ココまで気配を消せておいて、まだ否定するんデスか?」
「消してるんじゃない…… 存在感が薄いだけだって、これも何度も言ってるだろ」
 名前以上にその事を相当気にしているのか、手で顔を覆って服部さんが俯いてしまった。
 失礼ながらその理由がちょっとわかる気がする。中肉中背で短髪、可もなく不可も無くな格好と特徴のあまりない醤油顔。失礼かとは思うが『モブ』という単語を絵に描いた様な雰囲気の人だ。多分私が来室した時には既にこちらに居たんだろうに、全っ然!気が付かなかったくらい、本当に存在感が薄い。この部屋とすっかり同化していたと言ってもいいくらいに。

(本人は望まずとも、忍者適性が高いのは確かみたいだね)

「だからお前の部屋には来たくなかったんだよ…… 」と俯きながら服部さんがそうこぼす。じゃあ何でこの席に彼も居るんだろう?と不思議に思っていると、私の表情を読んだみたいに、「それは、私が忍術を使用したからデース」と楽しそうに猫屋敷さんが言った。
「忍術?」
「そうデス!『家賃滞納の術』デース!半蔵を呼ぶのに一番効果的な術デスよ!」

(それって、大家さんが一番嫌うやつやん…… )

 そんなのは忍術でも何でもない。ただの迷惑行為だ。なのに明るく楽しそうに猫屋敷さんが言うと、可愛く思えてしまうから恐ろしい。
「それはマジでやめろって、何度も何度も言ってるよなぁ⁉︎」
 服部さんの声だけ聞けば、怒る直前といった雰囲気だ。
「デモ、こうでもしないと半蔵は遊びに来てくれまセン。だから半蔵が悪いんデス!」
「用も無く大家が来て、喜ぶ借主なんか居ないだろ!」
「ワタシは嬉しいデース!大家の前に、半蔵は幼馴染なんですカラ!」
 こちらもこちらで毛を逆立てた猫みたいである。二本の尻尾まで膨らんでいるから尚更か。

(…… 蕎麦、もう伸びてそうだなぁ)

 そんな本音を隠し、笑顔で二人の様子を見守る。この漫才みたいなやり取りはこの後もしばらく続き、猫屋敷さんが用意してくれた蕎麦の味がどんどん落ちていく様子を前に、ただただ勿体ないなぁと思った。
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