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【第一章】

【第6話】少年への差し入れ(賀村巴・談)

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 部屋に戻ってすぐ、隣室のカムイ君との約束を果たすべくご飯を炊き始めた。昨晩も思った事なのだが、炊飯器が私の知っている“炊飯器”のままなのがありがたい。オーブン機能付きの電子レンジも、二口タイプのガス台も、給湯器だなんだといった設備がどれも私の知っている物をよりコンパクトにしたり、シンプルだったりオシャレにした程度の差で本当に助かった。敢えて私に合わせて三百年の差なんか感じさせぬ設備にしてくれているのか、そもそも進歩が停滞しているらしいこの世の中ではコレが普通なのかは定かではないが、この先も住む事となる部屋の使い勝手が昔と変わらないという点に“誰か”の気遣いを感じる。

「サケはあるかなー」
 狭い台所に収まっている冷蔵庫はどうしたって小さい。冷凍室が別になってくれているだけでも救いものだ。小さいながらも色々な食材が最初から揃ってくれているのだが、流石に鮮魚の鮭は無いだろうと思いながら中を探したのだが、真空パックに入った切り身があった。他にもイクラの醤油漬け、小分けになった味噌ラーメンのスープやスープカレーの元、冷凍庫には半分に切ったトウキビなんかも入っている。…… よくよく考えると、食材のチョイスが随分と私の地元寄りなのは気のせいだろうか?

 ご飯が炊きあがるのを待っていると、スマホを経由して担当者さんから返信が着た。隣室の件は大家さんへ知らせてくれたそうだ。今日の午後、仕事が落ち着いたタイミングでこちらに顔を出してくれるともある。その時にカムイ君の件をちょっと相談してみよう。
「出発時に、事前に一報くれるのか。『了解』っと」

 昨日引っ越して来たばかりでもう知人ができ、早速予定も入ったのは幸せな事なのだが、どちらも相手が幼子というのが少し悲しい。担当者さん以外の大人にそもそも遭遇していないので致し方ないのだけれども。


       ◇


 お昼になり、早速作ったおにぎりをカムイ君に差し入れする為部屋を出る。一〇一号室のチャイムを押すと、今か今と昼ご飯を待っていてくれていたのか、間髪入れずに扉が開いてカムイ君が部屋から顔を出した。
「こんにちは」
「こんにちは」と返してくれたカムイ君の髪の毛が少し乱れている。もしかしてお昼寝でもしていたんだろうか?彼のお昼寝姿を想像して、ちょっとほんわかとした気持ちになってきた。

「約束通り、おにぎりを持って来たよ」
 そう言って、お皿にのせたおにぎりにラップを緩くかけた物を彼に差し出す。小さな子供に五個も作ったら多いかな?とも思ったが、余ったら夜にでも摘んで貰えばいいだろう。おにぎりだけでは栄養価が不安だったので他にも少しおかずを作って、それも一緒に盛り付けておいた。
「ザンギは好きかな。あと、たくあんも切っておいたんだけど…… 食べられる?」
「あぁ、大丈夫だ」

(…… あれ?“ザンギ”があっさり通じた)

 “ザンギ”は私の地元ではメジャーな鶏の唐揚げだ。味付けが濃いめのタレに漬け込んでから油で揚げる。あまり他では通じない料理名かと思っていたのだが、今はもう全国的に知られた物となったんだろうか?

「もしかして、カムイ君って北国出身だったりする?」

「——え?」と返した彼の声が裏返っている。動揺で瞳が揺れる瞬間なんてものを人生で初めて見た。
「ど、どうしてそう思ったのじゃ?」
「“ザンギ”を知ってるみたいだったから」
「別に、何処ででも食べられるじゃろ」と言い、手から奪うみたいにして皿を受け取ってくれた。
「…… そっかぁ」
 カムイ君は何故か出身地を隠したがっている節がある気がする。都会では不干渉が鉄則だ。これはあまり深くは訊かない方がいいのかもしれない。だけど気軽に地元ネタを振っても通じる気がしてきた。その事がとても嬉しい。必要に迫られて急に首都へ来る羽目になったから、余計にそう思うのかもしれない。まぁ、私には三百年分のブランクがあるから、誰が相手であろうが通じない事の方が多そうだけども。
「そうだ、お昼ご飯一緒に食べる?」

「…… そ、それは、『きゅうじ』をするって事か?」
「きゅうじ?」

「朝逢って、昼にソレは流石にまだ早いじゃろ!大丈夫じゃ、一人で食べられるっ」

 直様扉を閉めて部屋に引き篭もりそうな勢いで言われた。彼の言う『きゅうじ』が何なのかよくわからないが、こちらも訊いて答えてくれそうな雰囲気では到底無かった。
「えっと、じゃあ晩御飯は大丈夫?何か食べられる物は、お家にある?」
 お節介だとは思うのだが、子供の一人暮らしとなるとどうしたって気になってしまう。
「大丈夫、そう心配するな。これだけでもう充分じゃ」
「わかった。…… 『したっけね』」
「あぁ。そっちも、しっかり休むんじゃぞ」

(あ、やっぱり通じた)

 彼を試すみたいに地元の方言の『したっけ』を使ってみたが、やはり通じた。『じゃあ、またねー』とか『そうしたら』などといった意味があるのだが、流石に道外の人にはそうそう通じないものだろう。

(よし、カムイ君相手の時は、安心して何も考えずに会話が出来る!)

 そう確信を得た私はニコニコと笑いながら、扉を閉めて部屋の中に戻って行くカムイ君を見送った。次の約束をしているわけではないけれども、お隣さんだからまたいつでも逢えるだろう。それだけの事を嬉しく思える。だけど——

(…… こんな年上に懐かれても、きっと迷惑だろうなぁ)

 とは思うも、訳も分からぬまま、地元からどころか、生まれ育った時代からも離された身としてはどうしたって自分と近しいモノが恋しくなってしまうものだろうから、ちょっとだけ許して欲しい。
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