ショタ神様はあくまで『推し』です!

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
4 / 61
【第一章】

【第3話】猫屋敷さんとの出会い(賀村巴・談)

しおりを挟む
 長距離移動の疲れが出たのだろう。夕飯を終えてすぐに寝落ちしてしまい、持って来た荷物の片付けも出来ず、お風呂にも入り損ねてしまった。
「お風呂が先か、朝食が先か。あー…… 。そうだ、ご近所に挨拶もしないと。…… そういや、してもいいのかな」
 妙に既視感のある布団からのっそりと這い出て、昨日のうちにかろうじて部屋の中に持ち込んでいたキャリーケースから着替えを取り出して、まずは目覚ましも兼ねて風呂場に向かう。『湯船にお湯を溜めるのは夜にして、今はシャワーだけにしよう』と決めて服を脱いで風呂場に足を踏み入れると、全身鏡が目に入った。
「…… うわぁ」
 テンプレ的日本人の容姿である私の髪は、今までは真っ黒だった。髪色を楽しめる職場ではなかったので染めた経験のなかったセミロングの髪が、今は内側だけ真っ白になっている。『これはインナーカラーなのだ』と思えば、まぁオシャレだと思えなくもない。瞳の色も黒寄りのままなので、目立つ箇所には殆ど“神隠し”の弊害は受けていないみたいなので改めてホッとした。

「それにしても…… 」

 だが、体の方は何度見ても酷い有様である。まるで大きな手に掴まれた様な痕跡が全身のそこかしこにくっきりと黒く残っているのだ。これには病院に検査入院していた時点で、私だけじゃなく、看護師の方々もかなり驚いていた。この有様を医師の方々に相談した所、どうやら私は——

 …… 呪われている、

 当時の状況を知る者がその場に居なかった為、どうしたって推測の域を出ないそうなのだが、『“神隠し”に遭っている間に呪われたのではないか』との事だった。何者かに今もまだ執着され続け、所有されている状態にもなっているのだろうから、もう一生誰かと結ばれる事が出来ないらしい。だがその“何者か”が“神隠し”の“加害者”と同一の存在であるのか否かも知る術は無く、呪いを解く手段があるのかもお医者様達では不明だそうな。

「黒いから、めちゃくちゃ目立つなぁ」

 生涯独身の烙印を全身に刻まれ、その体を洗いながら段々と凹んできた。年齢イコールで彼氏がいない歴な私ではあるが、この先どんなに良縁と出逢う機会があろうが何だろうが、もう誰とも恋愛を経験出来ないのかと思うと益々気分が滅入っていく。こ綺麗で洒落た部屋に住めるにしたって、落ちたテンションはなかなか回復してはくれなかった。


       ◇


 シャワーを浴び、洗面所でスキンケアをしながらどうにか気を取り直し、早速ご近所さん達に引越しの挨拶をしに行く事にした。ただ『今後よろしく』と挨拶をするだけだ、此処が未来であろうが流石に『常識外れ』な行動ではないだろう。
 壁掛け時計の知らせる時間は午前十時。夜に働いている人だとまだ寝ているかもしれないが、昼職の人なら多分もう起きているはず。…… 平日だし、この室内のサイズ的に一人暮らし向け住宅だろうから不在の可能性は高いかもしれないが、今日は火曜日だから週末を待つと期間が開き過ぎな気がする。近々私も仕事を始める事になるだろうし、後回しにするとそもそもの機会を逃しそうだから行ける時に行っておこう。少しでも挨拶の対象を減らし、不在の様なら夜か後日にリトライだ。

 簡単に朝食を済ませ、担当者さんが既に用意してくれていた粗品を紙袋に詰めて部屋を出る。まずは二階からと決めて訪問したが、奥と手前の二部屋はどうやら空室らしく、中央の一部屋は残念ながら不在だった。
 次は一階だ。足を置くだけでガンガンと鳴る鉄製の少し錆びた階段を降りて程近い一〇三号室の小さなチャイムを押す。これまた建物と同じくらい古いデザインで、二階と同じでカメラやインターフォンの無いボタンだけのタイプだ。ここまで古風な物だと、ただ押すだけで壊れてしまいやしないかと不安になる。

「——ハーイ!どなたデスかぁ?」

 明らかに日本人のイントネーションではない声がドアの奥から聞こえてきて、反射的に身構えてしまった。中学、高校と英語は恥ずかしながら1か2しか取れなかった私がきちんと引越しの挨拶を出来るのだろうか?と不安になる。だがもうベルは鳴らしてしまった。ここで逃げたら、いい歳した大人がいたずらをして逃げたと事案扱いになるかもしれない。もう引くに引けず、根が小心者だからか胃が少し痛くなってきた。
 ガチャリという音と共にこじんまりとした可愛らしい印象を持つ金髪の少女が扉を開けてくれた。肌は白く、大きな瞳は金色で、まるで猫みたいな口元がとても愛らしい。それどころか、よく見ると頭には猫耳が生えているじゃないか。よく動く尻尾までちらりと視界に入るが、それは二本と通常の生き物よりも一本多い。金魚柄の日本てぬぐいを頭に巻いているが、まるでカチューシャとリボンのセットみたいでとても似合っている。

(…… 本当に、昔とは違う世界になったんだなぁ)

 病院内でも獣人っぽい方々や妖怪であるとしか思えぬ風貌の者達を遠くで見掛けはしたが、間近ではなかったからか実感はあまりなかった。テレビとかそんな物を観ている様な気分に近かったのだが、すぐ目の前に立たれると、世界は本当に変わってしまったのだとじわじわと実感してきた。

「初めまして、隣に引っ越してきました“賀村巴”と言います。お近づきの印に、こちらをどうぞ」

 軽く頭を下げならが挨拶をする。「ご丁寧にドーモ!」と返す隣人さんはとても小柄で百四十センチくらいといったところか。金色の少し長めのボブヘアは緩くウェーブが入っていてふわふわと柔らかそうである。

「ワタシは“猫屋敷ねこやしきメアリー”デース!以後、オミシリオキを!」

 上手く口が回らないのかちょっと拙い日本語の発音が可愛くって胸に刺さる。もう随分と古い表現になったのだろうが、萌えるとか尊いってこの事を言うんだろうなとちょっと思った。
 紙袋から取り出した粗品を手渡すと、猫屋敷さんの表情がパッと明るくなった。その表情はまるで全ての猫科を駄目にするニャンちゅ~るを差し出された猫みたいである。

「これがあの有名な、“引っ越し蕎麦”デスネ⁉︎オォッ!ワタシ、初めてもらいましター!」

「いいえ、ただのタオルです」
 喜び方がまるで犬だ。見た目は猫でも、彼女の気質は犬寄りなのかもしれない。
「アレルギーや好みの問題があるので、食べ物は避けました」
 渡した粗品はただの真っ白なタオルである。担当者曰く、念の為にと高級品らしいのだが、自分で用意したわけではないので詳しくはわからない。
「オゥ…… そうでしたカー。でもワタシ、アレルギーナイデスよ。だから蕎麦でもダイジョウブデス!」
 段々と気を取り直したのか、テンションを上げながらそう言われた。

(…… まさかこれって、蕎麦持ってやり直せって事かな?)

 返答に困っていると、「なので、近日中に一緒にお蕎麦食べまショウ!ワタシ、用意しますヨ!」と急に手を取られ、ギュッと握りながらお誘いを受けた。金色の大きな瞳をキラキラさせながらそう言われて断れる者など居るのだろうか?——いいや、無理だろ。そもそも断る理由も無いし。
「はい、是非」
「やったぁぁぁ!」
 猫屋敷さんが万歳をし、その場で跳ねながら全身で喜びを表現する。…… 猫みたいな特徴の外見だけど、ホントは犬系の何者かなのかなと、また思ってしまった。
「“引越し蕎麦”食べるの、いつならイイデスか?ワタシ、昼間は結構自由なので、いつでもダイジョウブデスよ!」
「そうですねぇ、今日はまだ片付けとかがあるので、明日のお昼、十二時くらいでとかはどうですか?」

「オッケーデス!伝統的料理を食べるのなら本格派デース!ワタシ、打つ所からやるデスヨ!今から習いに行って来ますネ!時間になったら、ワタシの部屋来て下サーイ!」

「——え」と私が言う間も無く、鍵も掛けずに猫屋敷さんが部屋から飛び出して行く。今はまだ桜が咲くか咲かぬかくらいのシーズンだというのに、上着もなく、ガーリー系の半袖短パン姿という出で立ちでいったい何処へ、脱兎の如く駆けて行ったのやら。

「…… この部屋の鍵、どうしたらいいんだろ」

 大家さんの連絡先も知らないので代わりに鍵を頼む事も出来ない。…… 担当者さんにメールか何かで連絡して、事情を話し、大家さんへの連絡を頼むとしよう。
 嵐のような少女の行動力に驚きつつ、ひとまず部屋の扉だけは閉めて、少しの間だけこの付近の治安の良さに賭ける事にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...