ショタ神様はあくまで『推し』です!

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
3 / 61
【第一章】

【第2話】新たな生活(賀村巴・談)

しおりを挟む
 ノストラダムスが予言した『世界の終わり』なんか全然来ないまま世紀末ってやつを難なく乗り越えた先に、私・“賀村巴かむらともえ”の青春時代は存在していた。冬にはそりゃもうアホ程雪深くなる北国のど田舎に生まれ、農業を営むそれなりに仲の良い家庭で育ち、十八歳で就職してそこそこの都会に出た。ブラックではないがホワイトとも言い難い会社で事務員として十一年働き、二十九歳になるまで彼氏もなく独身のまま、比較的平穏な生活を送っていたのに——

 何故か今は、三百年後も祖国の首都のままであった東京に急遽移り住む事となり、“宵闇よいやみ市”という街に居る。

 此処、“宵闇市”は私が“神隠し”に遭う前までは確実に存在しなかった街である。“妖怪”だ“妖精”だ何だといった者達が本当に実在する“隣人”である事が発覚し、世界中が混乱に陥った過程で新たに認可された街の一つだと、担当者から『早急にこれだけは読んでおくように』と言われた冊子の中に書いてあった。他の国にも似たような地域が多数存在するらしく、いずれは地理の勉強をし直す必要がありそうだ。

 この街は元々妖達が面白半分で人の真似をして造った隠れ里から始まった土地だったからか、他の地域よりも“人では無い者達”が多く住む街らしく、“神隠し”の“被害者”となったが暮らすのには適した場所らしい。

(“神隠し”、ねぇ…… )

 何度自分が置かれた状況を振り返っても現実味がサッパリ無い。なので必死に少しだけ過去を思い返してみる事にした。

 ——“神隠し”に遭う直前。当時の私は仕事に追われているうち、三十代が刻一刻と近づいてきていた。私の実家は交通機関で帰るにはかなり不便な場所で、山の中にポツンと建っている一軒家である。車の免許を持っていないからと何となく機会を逃し、家族からくる『いい加減顔ぐらい出せや』との催促を散々聞き流して結局十一年もの長きに渡り一度も帰らずにいた。だが『…… 流石に、そろそろ実家に顔を出すか』と帰省した時、不幸にも“神隠し”なるご大層なものの被害者になったそうだ。

(だけど、その間の記憶は全て“封印”されているんだったよね)

 そのせいで私には記憶の欠落があるのだが、二十九年分の人生の記憶だけで生きるのには全然困らないからか、現状に対して不安はあれども不満は無い。…… ただ、もう二度と、家族や友人達には会えないのだという事実だけが重く心に伸し掛かる。

 三百年後。警察みたいな仕事を人間と共に担ってくれている“鴉天狗”のおかげで時を経て救い出され、目が覚めてから直様押し込まれた病院で数々の検査をこなし、隙間時間ではひたすら現状を受け止める為に渡された概略の書かれた冊子を読み、二日後には予定通りに退院。担当者の上司による『“神隠し”をした“落ち神”の居る地元からは早々に離れた方が良い』との判断に従い飛行機に乗り、その日のうちに即道外へ出る事になった。

(そもそも、“落ち神”って…… 何?)

 全てが全て怒涛のように事が運び、何かを悩んだり考えたりする隙も無く、空港行きの列車だ飛行機だ、ドライバーが不在なのに勝手に動くクラシックカーなどに乗せられ、見知らぬ街の風景を見ながら『…… 未来って、もっと機械的な世界になるのかと思っていたのになー』なんて思っているうち、新居に到着。その後は、『明日また来ます。生活に必要な物は一通り部屋にありますが、不足品があれば書き出しておいて下さい。新居は一階の一〇二号室です』と担当者に鍵を渡されて一人、見知らぬ街に放置されてしまった。

 海外旅行にでも行くのか?ってくらいに大きなキャリーケースの引き手を持ち、今日から住む事となったアパートの外観を見上げながら、口から出るのは溜め息ばかりだ。

(なんか、“昭和”って感じのアパートだなぁ。…… しかも『弟切荘』って。なんともまぁ、物騒な名前だ)

 私が被害に遭う前にだってもうこんなアパートは絶滅気味だったのになってくらいに古いアパートだ。木造と鉄筋との混同二階建て。二階への階段は外にあり、屋根はあれども吹きっ晒しで少し錆びている。灰色の壁はとても薄いだろうし、何だったら雨漏りだってしそうだ。上下共三部屋ずつに分かれており、困った事に私の部屋は一階のど真ん中だ。これは生活音に相当気を付けての生活になりそうである。この先の生活に必要な費用は家賃以外も“加害者”持ちらしいので文句の言えない立場なのだが、『もうちょっとどうにかならなかったのだろうか?』と、失礼ながら思ってしまった。

 色々諦めつつ手に持った鍵で施錠を解除して室内を覗く。
 ——だが次の瞬間、私は新居に対して抱いていた不満の全てを捨て去る事となった。

「…… か、可愛いっ!」

 まるで子供の頃に夢見た様な部屋を前にして、つい叫んでしまった。
 室内に入ってすぐ。玄関には二人くらいが立てるスペースと全身の映る鏡があり、そこを開けると一面靴箱になっていた。縦に長い靴箱なので相当数の靴をしまっておける。棚板は可動式だからブーツだって何だって平気そうだ。
 キャリーケースを玄関に引き入れてから靴を脱ぎ、鍵を掛けていそいそと室内にあがる。こじんまりとした洋式のお手洗い、洗濯機もある脱衣場や洗面所とがあった。その奥にある風呂場は百六十センチ前半の私でも脚を伸ばして入るのは流石に無理そうだが、ありがたい事にユニットバスタイプである。建物の外観的にはシャワーすらも夢のまた夢で、タイル張りの壁と床に、使い古した給湯器付きのステンレス製湯船が置いてあってもおかしくなかったから、これだけの事でちょっと感動してきた。

 気持ちを切り替えてキッチンを覗く。一人暮らし用の狭いタイプだが、とても綺麗だし、備え付けの棚や引き出しの中も確認したけど一通りの調理器具は揃っていそうだ。本格的なお菓子作りまでは無理でも、これなら日常的な食事の用意で困る事にはならないだろう。

 お次は本丸・リビングルームである。玄関を開けた時点で既に少し見えてはいたのだが、いざ足を踏み入れてみると、つい感嘆の息をこぼす程に現実離れした室内だった。窓の手前には丸い形をした大きな飾り棚が設置されており、中心部が丸くくり抜かれているおかげで丸い窓が設置されている様に見える。飾り棚の内側には丸いクッションが多々置かれており、そこに座って棚に寄り掛かりながら外を眺めつつ読書などを楽しめそうだ。変則的な形をした棚の中には何故かコロポックルのコスプレをしたシマエナガとお尻を鮭に噛まれて叫ぶ木彫りの熊が飾ってある。

(…… これってもしかして、私の地元を意識したチョイス、なのかな?)

 元々は押入れだったのかな?と思わせる箇所は小さなベッドスペースになっている。天井はやや低めで、天井付近は横長な収納スペースの様だ。
 早速ベッドにあがってみると、金色のワイヤーで造られた小さな星や月の照明が何個もぶら下がっていてとても可愛い。近くの壁面にあるタッチパネルに触れると室内の照明が全て消え、ベッドスペースの天井部分には星空が現れた。
「うぉ!何これ!すごいっ」
 家庭用のプラネタリウムっぽいのだが、それらしき物が何処にも見当たらない。何だかいきなりちょっと先進的な感じがして興奮が止まらなくなった。

 他にはアホ程薄くて大きなディスプレイが右側の壁面に設置されていたり、淡い緑色の可愛いローテーブルと二人掛けのローソファーが置かれていたりと、インテリアのほぼ全てがとても洒落ている。狭いながらも『ドリームハウス』と言える室内で、全てプロのインテリアコーディネーターが厳選しましたと言われても納得してしまうレベルだ。

 ——改めて周囲を見渡すと、そこかしこに、この部屋を用意してくれた人の愛情を感じる気がする。誰が用意してくれたのか教えてはもらえていないが、いつかお会いする機会があったら、是非ともお礼を言いたいものだ。

「食材も色々あったし、久しぶりに料理でもしてみようかな」
 平々凡々な部屋でずっと暮らしてきたからか、今日からはこんなに素敵な部屋で暮らすのかと思うと、少し楽しみになってきた。…… もう何処にも知り合いが居ないこの時代で、私はこの先、一人で生きていかないといけないのだ。生活していく空間が素敵な場所のおかげで、ほんのちょっとだけ心が軽くなった気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

催眠術にかかったフリをしたら、私に無関心だった夫から「俺を愛していると言ってくれ」と命令されました

めぐめぐ
恋愛
子爵令嬢ソフィアは、とある出来事と謎すぎる言い伝えによって、アレクトラ侯爵家の若き当主であるオーバルと結婚することになった。 だがオーバルはソフィアに侯爵夫人以上の役目を求めてない様子。ソフィアも、本来であれば自分よりももっと素晴らしい女性と結婚するはずだったオーバルの人生やアレクトラ家の利益を損ねてしまったと罪悪感を抱き、彼を愛する気持ちを隠しながら、侯爵夫人の役割を果たすために奮闘していた。 そんなある日、義妹で友人のメーナに、催眠術の実験台になって欲しいと頼まれたソフィアは了承する。 催眠術は明らかに失敗だった。しかし失敗を伝え、メーナが落ち込む姿をみたくなかったソフィアは催眠術にかかったフリをする。 このまま催眠術が解ける時間までやり過ごそうとしたのだが、オーバルが突然帰ってきたことで、事態は一変する―― ※1話を分割(2000字ぐらい)して公開しています。 ※頭からっぽで

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...